タクシーのなか

「お客さん、ティッシュ、好きなように

使ってね。」


タクシーに乗ってもなお、

大樹は泣き続けていた。

どうしてこんなに涙があふれてくるのか

わからないふりをしたかった。


この涙がきれいなものだったらいいのに

と何度も思った。

ひっこみそうになってもそれがよぎって

苦しくなって、またこぼれてくる。


あいつはいつもかっこいい。


自分のやりたいと思うことをまっすぐに

やっている。言い訳もしない。

誰のせいにもしていない。

俺がこの歳であの状態

-バイトで食いつなぎ、よれよれの服を

着ている-だったらたぶんやるせなくて

あんなにキラキラした目を

していられない、と思う。


そう考えて、また自己嫌悪に陥る。

俺はこうやってあいつをずっと

見下していたのか。

あいつより俺の方がちゃんとしている

そう確認したくて、ちょくちょく

あいつに会っていたのだろうか。


恥ずかしい。

俺はなんて恥ずかしい人間なんだろう。

ただ、ギターが好きで

ギターの話をしたくて

本当はあいつと一緒にまた

ステージのうえで光を浴びたい。

それだけだったはずなのに。


たいして生活に余裕なんてないのに

あいつにおごられるのが嫌で

あいつにおごらせるのは申し訳なくて

万札を押しつけてきた。

タクシー代はいくらだろう。

…まあ、足りなかったらカードがある。

今月はまだ使えたはずだ。


「すみません、ありがとうございます。」

しわくちゃの顔で

ティッシュをもらい、ぐずぐずの鼻に

押し当てる。


ぱっ、と窓の外をみると

街灯の光が連なって不思議にぼやけていた。

こんな風に景色を見たのは

いつぶりだろう。


大学の頃はよくあいつとギターを背負って

自転車に乗ってあてもなく

夜や朝方の道をうろついていた。

夏はその空気の香りをめいっぱい

吸い込んで、

冬は妙にきれいに瞬く星を見上げながら

ペダルを漕いだ。


全てが唄のようで

終わるはずのない物語になるはずだった。


目尻があたたかくなった。

今度はきれいなそれだった気がした。


運転手の到着を告げる声が

優しく車内に広がった。







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