3着目
冷えたビール
「夢があるっていいね。」
そう言ってもらえるのは
一体いつまでなんだろう。
すっかり冷たくなってしまった風に
やけくそになってパーマをかけた髪が
遊ばれる。
「さすがに、
そろそろ考えた方がいいんじゃない?」
理解してくれているはず、と
勝手に高をくくっていた
友人は容赦なかった。
スーツに100円ショップで
買ったわけがないきれいなネクタイ、
ワックスで固めた髪で武装して
よれよれでだぼだぼのシャツとズボン、
のびきった髪の俺を見た。
そして俺の隣で妙に存在感を出している
ギターを。
「このまま、
今日がずっと続けばいいのにな。」
大盛況だった、大学サークルの引退ライブで
そう言い合ったのは
もう5年も前のことらしい。
多くの同期は“ちゃんと”していて
俺が夢と現実を行き来している間に
就職を決めていた。
卒業して3ヶ月後にあったときすでに
卒業してからの日数=
楽器に触れていない期間に
なっているやつがほとんどだった。
でも今、前にいる
少なくともこの間会った-確か4ヶ月前は
まだ目を輝かせて、
「あのバンドの新譜いいよな。」
「最近、使う弦を変えてみたんだよ。」
なんて言っていた。
はずだった。
それが急に何があったというのだろう。
俺たちの間には
さっき来たばかりの
氷がついたグラスに入ったビールよりも
冷えた空気がどしっとあぐらをかいている。
「まだバンドが売れると思ってるのか?」
「いや、バンドは解散しちゃったから
最近はソロでやってる。」
「それなら、なおさら。
なんで働こうとしない。
もうここまできたらわかるだろう。
…そういうことだって。」
大樹は肝心なことをうつむいてぼそぼそ話す
くせがある。昔から。
さっきからずっと目が合っていない。
だからこそ、本気で話しているのだとわかる。
でも聞き流せない。
「そういうこと、って
どういうことだよ。」
重苦しい空気がさらに重量を増す。
「…もうだめだって。
それで食ってくのは無理だって、おまえは…
は思わないのかよ。
なんで、そんななんだよ。
そんなんでへらへらしていられるんだよ。」
大樹はテーブルの上においた拳の
親指をぐっと手のひらに食い込ませながら
泣いていた。
店員を呼んで伝票をもらった。
俺は置かれてから
一度も口をつけていなかった
ビールを一息に飲み干して
最後の1枚だった万札を渡して
大樹をつれて店を出た。
店員がおいかけてきて
釣りをくれた。
3921円だった。
店を出た大樹は
まだ泣いていた。
そして1人で帰れる、と言い張って
タクシーをつかまえて乗り込んだ。
別れ際に、万札を押しつけられた。
いいよ、と押し返しそうとするけれど
びくともしない。
迷惑そうにみてくるタクシーの運転手も
はやく受け取って欲しそうだ。
諦めてぐしゃぐしゃになったそれを
受け取って、
走り去っていく友人を見送った。
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