水の中

_____店を持つ少し前の話。



仕事を辞めた。


時間を持て余して仕方がない。

平日の昼間、

街を歩く。


スーツ姿の人、

オフィスカジュアルの人

おじいさん

おばあさんまで

全員自分よりちゃんとしている、

立派だ、と思う。


みんな脇目もふらず前だけを向いて

すごい速さで歩いて行く。

目的地と約束があると

人は急ぐ。

私はどんどん歩みが遅くなっていく。


自分がよりちっぽけで

ちんちくりんになっていく気がした。

ショーウィンドウに映る自分が

みすぼらしくて

みじめで仕方がなかった。


汚れた靴、

色落ちした黒スキニー、

よれたパーカー、

とかしたつもりになっていた

ぼさぼさの髪、

くまが沈着した

かさついた肌。


後ろから来る人々に

道を譲った。

前から来た人とぶつかりそうになったら

すぐに謝った。


何の意味もなくすみません、と

言うことが増えた。


何がよくて何が悪いのかも

わからなくなった。


減っていく銀行口座の数字をみて

これがゼロになったら

消えて無くなるんだろうかと思った。


はやく楽になりたいのに

出来るだけ長く生きていたくて

じっと部屋にいることが増えた。


暗い部屋に

カーテンをしめずに転がる。

車が通るたびに天井に浮かび上がる光が

ゆらめくのをながめる。

水槽のなかにいるみたいに

ゆるゆると沈んでいく。


何日もそうしていただろう。


何かあったときのために、と

とっておいたお金全てを使って

ぱーっとやろうと思った。


おまえさんなら大丈夫だ、

そう言ってあの人は

私にここを任せてくれた。

ずっと断ってきたけど

急に力がみなぎって

なんでもなんとか出来る気がした。


ちんちくりん。

この決意にそう名付けた。

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