コーヒーカップ
「お母さん!!!」
見覚えのない女の子が、わたしを見上げている。身長140㎝くらい。小学校高学年くらいだろうか。
咄嗟に考える。
自分にはもちろん、親戚にもこのくらいの子どもがいる者はいないはずだ。しかもここは、遊園地なのだろうか。愉快に流れる音楽を遠くに聴きながら、はしゃぐ子どもたち、いつもよりも距離の近いカップルたちはアトラクションの前に列を成している。
なぜ、遊園地にいるんだろう。
さっきまでちんちくりん。にいたはずなのに
なんで……。
あれ、でもこの子わたしに向かってお母さん、って言った……?
全く持って理解ができない。
それなのに人は不思議だ、はっきりとそう言われるとそんなような気がしてくるし、じっと見つめてみたその子が知っている誰かに似ているように見えてくるからやっぱり、おかしい。
「ねーえーーーー! お母さんってば!!」
なおもその子はわたしをそう、呼び続ける。仕方がない、諦めて頷く。
「せっかく遊園地に来たんだから、もっとはしゃいでよ! ぼーっとしないで!! お父さんと隆也、先行っちゃったよ!!」
お、お父さん。
ということは、私、ここでは結婚しているのか!! しかも、子どもが2人……。
理解はしたくないけれど、しろと言われてもしきれないけど、わかる。
よくドラマでみるやつ。
こんなことあるはずないっていつもテレビの前で笑ってる、あれだ。
こんなことあるはずないって。
こんなこと……。
「ねーーえーーー!!!!!」
こっちは分からないことだらけで、いっぱいいっぱいなのに、娘を名乗る女の子はさらに叫び続ける。
一体わたしになにを望んでいるんだ。
不審な親子に周りもちらちらとこちらを盗み見たり、何かを囁き始めたりしている。このままでは警備員を呼ばれて、さらに面倒なことにかねない。
ええい、
よく分からんがなりきってみせましょう!!
まさに空元気で心の中で喝を入れ、自分を奮い立たせる。
「ごめんね、早く行かなきゃだね!!! ……。」
……名前を呼ぼうとするも、名前がわからない。先程入れた喝はどこに行ってしまったのだろう、また固まってしまう。
「もう! お母さん! 変! 変だよ! 裕香、愛想尽かしちゃうよ?!」
……そうだね、ごめんね。
微笑んで言った、つもり。
うまく笑えていただろうか。
頭のなかで
「この子、裕香って言うんだ。」
というテロップがくるくる回っている。
はしゃぐカップルが規程外のスピードで目の前のコーヒーカップをまわしているのが、気に食わない。
裕貴也と香織。
子どもに名前をつけるなら、裕香だね。
付き合ってもいないのに、彼はそんなことを言っていた。
南の国に突然雪が降ったら、きっとこんな気分なんだと思う。
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