第18話 異物

 峡谷内は高低差が激しく、探索は思っていたよりも時間のかかるものになっていた。


「うーん、特に何かいそうって感じもないねえ」

「ただの偶然だったんだろうか……」


 まだ歩き始めて数時間ほどだが、特にこれといって気になるようなものは見つかっていない。


「ついでにお小遣い稼ぎになるからいいんだけどね、何も変な事は無かったっていうのも立派な情報になるだろうし。お、ネコババワシの巣があるよ!」

「わっかりやすい名前だよなあ……」


 ネコババワシは広い地域に生息するワシだ。

 その名前の通り落ちているものを拾っては自分の巣に持ち帰るという性質があり、時折巣を調べると宝石や金貨といった金目のものが見つかる事もある。

 巣で見つかったものは原則として見つけた者の所有物となり、このワシで一攫千金を狙おうという人もいるが、ちょっとした足しになるようなものが見つかるような事ですら稀であり、現実的ではない。


「んー、やっぱハズレっぽいなあ。変な棒があるくらい」

「変な棒?」

「これだよこれ」

「これって……ボールペン?」


 エリノアが手にしている棒。二見はそれに見覚えがあった。

 土で汚れてしまってはいるものの、それは二見にとっては見慣れたごくごく普通のボールペンだった。

 しかし、この世界にはボールペンは存在しないはずだ。

 紙に試し書きをしてみるとスラスラと書く事ができ、比較的新しいような印象を受ける。


「何? ボールペンって」

「この先端がボールになってて、そのボールにインクを付着させて転がす事で書くことが出来るペンなんだけど……俺の世界では普通に使われてたものだよ」

「これがボール?」

「確かにボールですね。しかし、これほど精巧なペンを……マスターは裕福な家庭で育ったのでしょうか?」

「いやいや、これ1本パンと大差ないくらいの値段だからな?」

「こんなのドワーフでも作れるか分かんないよ?」


 言われてみれば二見も何気なく使っていたボールペンだが、こうして見てみるととんでもない技術の代物なのだろう。

 こちらの世界の人間が元の世界を見た時には、ある意味で魔法の世界と言えるのかもしれない。


「って、話が逸れてるな。おかしいのは何で俺がいた世界の物がここにあるのか……」

「またナリア様がやらかしちゃったとか?」

「否定しきれないけど……確認のしようがないな。とりあえず人がいるかどうか調べてみよう」


 二見達は人のいた痕跡を探してみたが、結局日が暮れるまで探してみてもそれが見つかる事は無かった。

 今日もここで夜を明かしてから、翌日ギルドへと戻る事にした。


「にしても……どう報告すればいいんだこれ」

「正直に報告しても苦しいだろうねえ……」


 二見の世界を証明するのにボールペン1本では厳しいだろう。彼が全てを話したとしても空想上の設定だと言われてしまえばそれを完全に否定できるような手立てはない。


「つっても……黙殺していいような事とも思えないんだよな」

「フタミは話すつもりなの?」

「そうしようかなって思ってる」


 二見は焚き火へと薪を軽く投げ入れる。

 細かい火の粉が宙を舞い、そしてすぐに消えていく。


「もしも手の込んだ戯言だと思われるならそれまでだし、真剣に受け止めてくれるなら……何かしらは出来るだろうしさ」

「杞憂だといいけど……もし監禁とかされちゃったら?」

「その時は全力で逃げる……かな、もしそうなったらエリノアは俺に脅されてたって言ってくれればいいさ。イリーナもな」

「そんな切り捨てるような事はしたくないなあ」


 犯罪の類はしていないが、万が一という事もある。研究の対象にされて解剖されるなんて事も可能性としては捨てきれない。流石に無いとは思うところではあるが。


「とりあえず……何とかしてナリアと話が出来ればいいんだけどなあ」

「何か方法とか聞いてないの? 祈るとかさ」

「向こうから話しかける事はあるっぽい事を言ってた気はするけど、こっちからはどうだったかな」

「もう……ちゃんと聞いておけばよかったのに」

「もっと楽な生活になると思ってたんだよ」


 こうなるのをナリアは見越していたのだろうか。

 二見は一瞬そう思ったが彼女にそこまでのカリスマ性を感じず、どちらかと言えば普通の女の子に近いような印象が残っている。


「とりあえず今日は休むとするよ、イリーナ。見張りを頼む」

「了解しました」


 二見はナリアが夢に出てこないか期待をしつつ、瞼を閉じた。

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