第14話 ステップアップ
「マスター、しばらく休暇をいただきたいのですが」
「どうした、珍しいな」
図書館へと向かう途中、イリーナが個別行動をしたいと言い出した。
彼女が自分から個別行動をしたがるというのは予想外だった。だが、彼女なりに何か考えがあるのかもしれない。それを聞いてから判断すればいい。
「長期の外出である上に、想定される相手は強敵。であるならば私は可能な限り多くの弾薬が必要になると予想されます。強敵用の弾丸は今は難しいかもしれませんが、道中の雑魚を散らす為の弾丸は今のうちに作っておいた方がいいかと思います」
「なるほどな……」
イリーナにとっては全てが食材と言っていい。
ゴブリンやコボルトを討伐した時も彼女は必要とあればそれを食す。しかも生で。
その光景は決して人間らしいそれとは言えず、最初に目にした時はエリノアが悲鳴を上げたのを覚えている。
「いいんじゃない? 目の前であんな事されるよりはずっといいし……でも、ちゃんと綺麗にしてから戻ってきてよね?」
「承知しております」
「それじゃあ3日後。一回酒場に集まってから出発って事にしようか」
「了解しました。それでは準備をしてまいります」
スカートのすそをつまんでイリーナが一礼し、この場を去る。
「何だかなあ……悪い子じゃないってのは分かるけどさ」
「まぁ……うん……そうだな」
何とも言えない空気のまま二見達は図書館へと入る。
この世界での図書館は冒険者にとっての資料室のようなものとなっている。小説や新聞といったものも置いてあるが、広い面積の殆どが魔導書や魔物図鑑で埋まっている。
二見も何度か利用した事があり、この世界の事を理解する為に大きく貢献してくれた施設だ。
「さてと……私はレッドキャニオンについて調べるから、フタミはヒルカイトについてお願い」
「分かった」
二手に分かれ、それぞれ情報をかき集める。
「ヒルカイトヒルカイト……結構あるな……」
ヒルカイトについてまとめられた本だけで10冊以上はあるようだ。
ざっと目を通してみると、殆ど同じような事を書いているだけのものではあったが、通常のヒルカイトとは違う特異個体が複数発見されている事が分かった。
「一般的に知られてるヒルカイトじゃない可能性もある……って事か」
ただ幸い特異個体だった場合、どう対処すればいいかも書いてあるようだ。
例えば火を吐く個体であれば可燃性の体液を溜め込む袋が喉元にあり、そこに火属性の魔法を当てれば簡単に仕留める事が出来るのだそうだ。
それぞれの特徴をメモにまとめ、エリノアの姿を探す。
エリノアは本を机の上に積み上げ、情報をノートに書きこんでいるようだった。
「どう? 何か分かった?」
「うーん、特に驚くような情報は出てきてないかな。多分何回かは野宿って事になりそうっていうのは分かったくらい」
「どれどれ……なるほどな」
基本的には村を経由しながら進む形だが、途中から人が住んでいない地域を進む事になる。幸い川が流れており、水に困るというような事は無さそうだが、それでも野宿の経験が殆どない二見は苦労する事になるだろう。
「食べ物の問題は?」
「一応干し肉とパンは持って行くかな。でも食べられる魔物もそれなりに生息してるみたいだから、出来るだけそっちで繋いでいきたいところ」
こうして二見達は着々と準備を進めて行った。
一方、その頃イリーナはと言うと。
「もう少し欲しいところですね」
イリーナのポーチには30発ほどの弾丸が入っていた。
最低限の威力を確保しただけの弾丸ではあるが、それでもゴブリンやコボルト相手であれば当たり所によっては一撃で屠るだけの力がある。
彼女の手には白と赤の長い銃が握られており、彼女の青いメイド服には赤い染みがいくつも出来ていた。
銃に疎い二見や、前の世界についての知識を与えられていないイリーナは知る事は無いが、彼女の銃のモデルはモシン・ナガンだ。
今でも有名な銃で、ロシアを代表する大口径スナイパーライフルだ。
「まだいましたか、好都合です」
3匹のゴブリンがイリーナを見つけ、襲い掛かった。
彼女は銃を構え――そのままゴブリンの1匹を殴り飛ばした。
ゴブリンは勢いよく吹っ飛び、そのまま動かなくなった。
その一撃でゴブリン達は力の差を察したのだろう。残った2匹はイリーナに背を向け、別々の方向へと駆け出した。
「やはり一発も撃たないというわけにはいきませんか」
素早く銃口をゴブリンへと向けたイリーナは、ついに引き金を引いた。
大きな銃声が響き渡り、音速を越えた速度で飛翔する弾丸はゴブリンの頭を貫いた。
彼女は素早くボルトをスライドさせ、もう1匹のゴブリンへと照準を合わせる。
ゴブリンは木陰に隠れてしまい、肉眼では見えなくなってしまった。
「視界情報、ゴブリンの行動パターンを予測。ライフリングへの魔力注入を開始、照準良し」
彼女は照準を木へと合わせたまま、引き金を引いた。
銃身に刻まれたライフリングに彼女の魔力が流れ、小さな魔法陣がいくつも銃身内へと現れる。
放たれた弾丸は木へと着弾し、辺りには残響する銃声だけが残っていた。
「戦闘終了。またやってしまいましたか……」
そう呟く彼女は木の裏へと向かったゴブリンの方へと歩み寄る。
そこには眉間を貫かれたゴブリンが倒れており、絶命していた。
彼女の強みの一つに弾丸作成があるが、発射する際に即席で弾頭を強化する事で貫通力を高める事が彼女には可能でもある。
しかし、この技には欠点がある。
それは単純で消費魔力が多く、今回出した貫通力を確保するならば最初からそういった弾丸を作った方が魔力の節約が出来る。
この技が真価を発揮するのは、強力な弾丸をさらに強化した時か、本当の緊急時くらいのものだ。
「とは言え……数発分は黒字にはなりますかね」
そう言うと彼女はゴブリンの死体の前に屈みこんだ。
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