第12話 ヒューマノイド
メイドの接待は非常に丁寧なもので、中へと通されたエリノアと二見はリビングへと通されていた。
見たところ悪人という印象はなく、隠居しているような素振りも感じられない。
メイドの暗めの碧眼が二見とエリノアを交互に見る。
「お客様がいらっしゃるのは何年ぶりでしょうか……お茶すら出せず申し訳ございません」
「いや、大丈夫。ところでこの家に住んでいるのは貴女だけ?」
エリノアは警戒しているようで、メイドから目を離さない。
「今はそうですね、マスターが亡くなってからはずっと」
メイドの表情が少し曇るが、言葉はどこか淡々としていて無機質な印象を受ける。
「まずは自己紹介を。私の名前はイリーナ。マスターが亡くなった後のこの屋敷を管理させていただいておりますメイドでございます」
二見達も自己紹介を軽く済ませ、二見がイリーナへと質問を投げかける。
「いきなりで悪いけど、そのマスター……っていうのはいつ頃亡くなられたんだ?」
「32年と87日でございます」
「えらく正確だな……」
「それにしては若く見えるね……エルフには見えないけど」
「私はヒューマノイドです。なので外見上の見た目は殆ど変化いたしません」
「ヒューマ……?」
「ヒューマノイドだって!?」
首を傾げるエリノアを横に、二見が驚きの声を上げる。
ヒューマノイド。それは現代でもかなり進歩した技術の一つだが、パッと見たところ目の前にいる彼女の外見からはそうであるとは感じられない。
しかし、よく観察してみると彼女の目に生物らしさを感じられず、彼女の言葉が本当であると二見には思えた。
「何なの? ヒューマノイドって」
「ロボット……人工物なんだよ! 彼女は!」
「マスターの発言から推測すると、類似する存在はガーゴイルですね」
「って事は……魔物?」
エリノアの警戒の色が濃くなるが、イリーナは落ち着いた口調で返す。
「敵対するつもりはございません。それにマスターからは魔物ではないと伝えられました。マスターが存命の頃は街へ買い物に行く事も多かったですね」
どうやら昔はごく普通のメイドとして活動していたようで、特に目立ったトラブルもなかったそうだ。
「読めるかどうかは分かりませんが……マスターの資料がございます。よろしければ見てみますか?」
「是非とも! いいよな?」
「まあいいけど……フタミは詳しいみたいだね」
「ああ……まあちょっとな」
会う事は出来なかったが、その知恵が遺されているのであれば見ない手はない。
イリーナの案内で通された資料室には多くの本が本棚に整列されていたが、それらはこの世界の歴史書であったり図鑑ばかりだ。
イリーナは真ん中に設置された引き出しへと向かい、1冊の紙束を取り出した。
「こちらです。私は読めませんでしたが」
「これは……何語? 挿し絵もないみたいだし……」
「マジかよ……ロシア語と英語か……?」
「読めるの?」
「多少は……ってとこか」
そこに書かれていたのはロシア語らしき言語と英語だ。
見たところ取扱説明書のようで、最初にロシア語で書かれた後に同じ内容を英語で書いたようだ。
恐らくイリーナのマスターはロシアの科学者だったのだろう。
技術の詳細は分からなかったが、どうやらイリーナには特別な魔力炉が取り付けられているようで、魔力を使いすぎて一時的に魔力切れになる事はあっても、放っておけば勝手に魔力を回復する事が出来るそうだ。
さらに、食事をすることで魔力生成効率を高める事が可能で、戦闘前には食事をさせておくことが推奨されている。
戦闘面に関してだが、彼女自身の戦闘能力は冒険者として中堅程度のもののようだ。
しかし、流石は科学者と言うべきか。どうやら彼女には魔力を弾丸として作り出す能力が備わっている。食事によって魔力を高め、多くの魔力を込めれば込めるほどより強い弾丸を作り出すことが出来ると書かれている。
彼女には高い弾道計算能力があり、狙撃手として非常に高いポテンシャルを秘めている。
そして肝心の銃だが、彼女のエプロンが銃へと変形するようだ。
二見も魔法で弾丸を撃ち出してはいるが、あくまで彼自身の魔法であり、他者が同じように魔弾を撃ち出しても威力が射手によって決定される。
対してイリーナの場合は弾丸を発射する事が出来るのであれば、誰でも同じ威力を出す事が出来るという強みがある。
「魔法の力でやりたい放題出来てた……って感じだな。メカニズムさえ理解できればな……」
二見はため息をつく。
ここにはそれの為の技術も書かれているように思えるが、そこの部分を読むことが出来ないか、読めたとしても二見には理解できない内容のものであるのが悔やまれる。
最後のページにはイリーナのマスターの変更方法と、これが読める者への全ての物の所有権の譲渡という文が書かれていた。
「エリノア、ちょっといいか?」
「何?」
イリーナから少し距離を置き、エリノアへ二見が提案する。
「イリーナを俺達のパーティーに加えないか?」
「本気で言ってる? 他の地域では魔物と組むパーティーがあるとは聞いたことあるけど、ガーゴイルとってのは聞いたことないよ?」
「ガーゴイルは例えだって……イリーナは戦闘も出来るように作られてるみたいだしさ。2人より3人の方がいいだろ?」
「ったく……パーティーに入れるのはいいけど、フタミの訓練は続けるからね? それから、一応イリーナの意思を確認してよね」
「ああ、ありがとう」
イリーナの元へと戻り、二見はイリーナへと問いかける。
「ここにはイリーナ、君の詳細と一緒にマスターの変更方法が書いてあった。もしよかったらだけど、一緒に来ないか?」
「そうですか。マスターがそこにそれを書かれたのであれば、それがマスターの意思なのでしょう。もし……こちらから頼めるとしたら、記憶はそのままにしていただけると嬉しいです」
イリーナの声は相変わらず無機質なものではあったが、彼女の切実な感情が込められているように二見は感じた
「そこは安心して欲しい。それじゃあ……いいか?」
「はい」
二見はイリーナと向き合い、紙に書かれた英文を読み上げる。
「それでは、改めてよろしくお願いします。マスター」
「よろしく。これはイリーナに預けておくよ」
二見はイリーナへと紙束を手渡す。
こうして、イリーナが仲間に加わる事になった。
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