第9話 訓練

「そこ! 腰が引けてる!」

「つってもやっぱ怖いもんは怖いって!」


 エリノアの振るう剣を死に物狂いで躱す二見。

 それもそのはず、彼女が振るっている剣は木剣でもなければ練習用に刃を潰されたものでもない。当たれば切れてしまう本物の剣だ。


 二見は普段着ではなく革を金属で補強した軽装鎧を装備してはいるものの、彼女の剣は鎧で受けてもそのまま切り裂かれてしまいそうな予感がする。


 街の門から出てすぐのところで二見とエリノアが対峙していた。


「避けるなら最小限の動きにしないと一生避けないとダメになるよ!」

「んな事言われてもなあ!」


 エリノアは二見から目をそらさず近い間合いを維持しながら剣を振るう。

 エリノアの剣筋は確かなものだが、実のところ二見を殺してしまうような斬撃は繰り出してはいない。しかし、だからと言って剣気を弱める事はしない。


 そのおかげで二見はエリノアからの攻撃を受ければ死ぬ――そう確信していた。


 ――何故この二人が戦っているのか、それの答えは数日前に遡る。


「マジか……不合格者ゼロって」

「案外こういうものって聞くけどね、ただキツいのはこっからだよ」


 夜の酒場、エリノアと二見が同じテーブルで共に食事をしている。


 今回の冒険者試験には不合格者がおらず、全員合格という結果になった。

 二見達のパーティー以外は早速依頼を受け既に出発しているか、明日に備えているといった者たちが大半だ。


「俺達も何か依頼を受けて――」

「ダメ、模擬戦でのあの醜態を忘れたとは言わせないよ?」

「ぐ」


 ゴブリン。それはどこにでも湧く珍しくもない魔物の一種だ。

 彼らは一部の例外を除けば、少々筋力が高いものの魔力が非常に弱く、知能も低い生き物だ。

 しかし、繁殖力が非常に高く、大きな群れにもなると村をものの数時間で壊滅させてしまうほどの制圧力を持つ側面もある。


「ま、地域によっては人と共存してるって話だから、あんまり敵視しすぎてもダメなんだけれどね。逆に人間が魔物扱いされる地域もあるし」

「へぇ……」


 思っていたよりも武力が正義という世界でもないようだ。それでも、前にいた世界よりは武力が必要とされる世界であるようには感じられるが。


「まずは自分の実力を正しく把握する事。これが戦いでは一番大事。今のフタミは実力に対して自信が無さすぎるよ」

「はは……」

「慢心されて勝てない相手に突っ込まれるのも困るけれども……臆病すぎるのはもっとタチが悪いからね」

「無能な働き者の方が厄介なんじゃ?」

「別にそういうヤツは勝手に死んで終わるだけだから楽だよ。場合にもよるけれどね」


 顔色一つ変えずにそう言い切るエリノアに二見は恐怖を感じ、背筋に寒気が走った。

 前の世界では冗談で「死ね」という言葉が使われる事は珍しくはなかった。しかし、この世界ではそれと同じような軽さで冗談ではなく本当の「死」が扱われているのではないか? 少なくとも二見にはそう思えた。


「そうだ、一応パーティーは組んだけれども……あんまりにもそのビビリが治りそうにないのなら。分かってるよね?」

「あぁ、その時は別の道を探してみるとするよ」


 ――そして、今に至る。


「最小限の動きで避けて、相手の次の攻撃までに自分の攻撃を挟む!」

「こうか! いってえ!」


 二見が攻撃を避けつつエリノアへと手のひらを向けたその瞬間。鋭いエリノアの回し蹴りが二見の手首を蹴り飛ばす。

 その隙を突かれた二見の喉元には銀色の刃が紙一重のところで止められていた。


「うん、なるほど」


 エリノアは剣を鞘に納め、腕を組んで二見を見下ろす。

 対する二見はと言えば、起き上がって体についた土埃を払い、エリノアと目を合わせる。


「まだ腰が引けてはいるけど、そろそろ実戦に行ってみてもいいかもね」

「まだエリノアに1発も当てられてないし……何ならエリノアに気圧されまくってるけど」

「一応これでもかなり特訓したんだからね? 私も。魔物相手の実戦訓練を始めたのは今のフタミくらいの実力の時だったと思うし……万が一の時はフォローするからさ!」


 二見の動きは最初に比べるとかなり成長していた。

 エリノアの斬撃が真に本気のものかを見極めるだけの力はついていないが、少なくとも殺されると思いながらも大振りではあるが、回避する事が安定して出来るようになっている。


 それに、彼の放つ魔法の威力はかなりの威力をもっており、エリノアの実力では、小さな魔法弾でもいなすにも全力で挑まなければ押し負けてしまいそうになるほどだ。


「依頼は明日決めて、出発はその依頼の内容を見てから決めるって形でいいかな?」

「俺は構わないよ。ようやく冒険者としての仕事……か!」


 その日の夜の二見の演奏はいつもに比べて非常に軽快で自由な音が奏でられた。

 

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