第7話 慢心

 二見が呼ばれるのは一番最後になった。

 最後に残ったのは二見、そしてポニーテールのオレンジ色の髪をした剣士風の少女の二人だけだった。


 二見の記憶ではこの子も二見と同じく誰かと一緒に受けに来たというわけではないのか、誰かと一緒にいるところを見ていない。

 リータの案内でギルドの廊下を黙々と歩き、特に特徴のない1枚扉の前でリータが立ち止まる。


 実技試験を行うという事だったが、隣の部屋とのドアの間隔を見るにワンルーム程度の広さしかないように思えた。


「それでは最後の試験、頑張ってくださいね」

「え、ここで実技試験を?」

「えぇ、入ってみればわかりますよ」


 リータがそうドアを開けると、そこにあったのは細長く続く通路だ。


「マジかよ……」


 通路が終わり、広がった視界に映ったのは広々としたスタジアムだった。

 ステージの広さは直径30メートルほどはあるだろうか、すり鉢状に広がる観客席にはズラっと椅子が並んでいた。

 二見達が入ってきた入り口の他に、3つの入り口があるのが見える。


 二見達の正面には椅子に腰掛けた4人の姿が見えた。

 リータは4人の方へと向かい、観客席へと腰を下ろした。


「待たせてしまって申し訳ない。私はここのギルドの長、トラヴィスという」


 一番年配の男が立ち上がり、二見達を一瞥する。


「今回の実技試験は現れる魔物を可能な限り討伐してもらう。魔物とは言ってもこちらのエステルの魔法で作り出した仮想敵だ、命の心配はしなくてもよい」


 エステルと呼ばれた中年女性が軽く会釈をする。彼女以外の審査員らしき人物以外は普通の服装だが、彼女だけローブを身に着けているのはこの為なのだろう。


「それからこの試験だが全力を出してもらっても構わない。気付いているかもしれないがここはオルファンスタジアムだからな」

「やっぱり……定期的に闘技大会で使われている……」


 オルファンスタジアム。それはこの街「オルファン」の名物施設の一つだ。

 ステージを覆うものと、スタジアム全体を覆う二重の非常に強固な防御魔法がかけられており、特にステージを囲う魔法は堅牢だ。

 過去にツートップと言われていた冒険者同士の激しい試合が行われた事があるのだが、双方の強力な魔法を受けても破れる事は無かった。


 二見はこの事を知らず、ただの防御魔法のかけられたデカいスタジアム程度にしか思っていない。


「そうだ。さて、試験だがそこの2人は協力してもいいし、個人個人で動いてもらっても構わぬ」

「それってつまり、私が全部倒しちゃってもいいって事?」

「極端な話をすれば逃げ回り続けるというのも一つの手ではある。しかし、これが試験であるという事は忘れてはならんぞ?」


 剣士は二見の方を見て、何か迷っているような素振りを見せた。


「言っちゃうのもなんだけど……邪魔だけはしないでね」

「気を付けるよ、まあ自衛は出来るからさ。一応名前を聞いておいても?」

「私はエリノア。そっちは?」

「俺は二見だ、よろしく」

「二人が良ければ始めるぞ」


 二見達は頷き、エリノアは腰に下げた剣を抜く。

 刃渡り70センチほどはあるだろうか、自分に敵意を向けているわけではないとは言え、実際にこんなものを持った人間を近くで見るのは初めてだ。


「ギャッ! ギャッ!」


 微かにだが二見の耳に何かの鳴き声が聞こえてきた。

 それは二見達が入ってきた入り口を含めた全ての入り口からしており、中が暗く見通せないせいで正確な数は分からないものの、多くいるであろうと感じさせるほどのものであった。


 二見は一つの入り口へと手のひらを向けて構え、魔力を集中させる。


「フタミ、来るよ!」

「分かってる――いけ!」


 入り口から子供より一回り大きいほどの赤い皮膚をした小人。それらの手には棍棒や刃こぼれした鉈や剣が握られており、殺気立った様子で二見達の方へと駆けていた。

 見た目からしてゴブリンと呼んで問題ないだろう。


 二見はそれがステージの明かりに照らされると同時に、集中させた魔力を入り口の方へと向かって放った。

 まるで砲弾のような青白い弾が先頭のゴブリンへと命中し、大きな爆発音と共にその入り口から出てこようとしていたゴブリンの群れを吹き飛ばした。


「まだまだ!」


 二見はもう片方の入り口の方へと体を向け、両手を銃のように人差し指を二見へと駆け寄ろうとするゴブリン達の方へと向ける。

 視認できた数は5匹、指先に魔力を集中させて先ほどと同じように放つ。先ほどの魔法に比べれば威力は劣るものの、その代わりに連射が利くのがこちらのメリットだ。


 小さいとは言ってもその飛翔速度はかなり速く、ゴブリン達に命中した魔法弾は破裂音と共にゴブリン達の肉を弾けさせた。


「やべっ――」


 しかし、1匹のゴブリンが二見の弾幕をかいくぐり、間合いへと入った。

 咄嗟に回避すればいいだけではあるが、一方的に的撃ちしかしたことのない二見は思わずすくんでしまう。


 心臓が早鐘を打ち、ゴブリンが振り下ろそうとする刃こぼれした剣がハッキリと見える。

 死の恐怖が二見の体を支配し、二見がここまでかと思ったその時だった。


 目の前のゴブリンの横腹に刃こぼれの無い剣が勢いよく突き刺さった。


「ったく、何ボケっとしてんの!」

「……え?」


 やはり装備をつけていない二見が気になっていたのだろう。咄嗟にエリノアが剣を投擲し、その剣が二見に襲い掛かったゴブリンを串刺しにしたのだ。

 武器を失ったエリノアだったが、乱暴に振り下ろされるゴブリンの手首を掴んだかと思えば、そのまま武器を奪い取ってゴブリンを殴り倒していた。


「すげえな……この世界……」


 二見は体を起こし、エリノアの剣をゴブリンから抜き取った。

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