第5話 迷い
二見がこの宿に泊まり始めて約1週間の時が過ぎた。
街の様々な場所で演奏し、この世界についての理解を深めることが出来た。
まずこの世界での音楽家は前の世界以上にその道だけでは食っていくのが難しいという点だ。クラブハウスのような場所もあるものの、規模が非常に小さく場所代を加味すると儲けらしい儲けになる事が少ない。
そして何より街から街への移動には魔物に襲われるリスクが高く、自分が生まれてからその街から一歩も出ずに生涯を終えるのも珍しい話ではない。大規模な演奏会を行おうにも大都市でない限りは客が満足に集まらないのだ。
二見はベッドに腰を掛け、悩んでいた。
この世界にピアノが無いという事に加えて、クラシックを始めとしたハードコアやポップスという先人たちの音楽は幸いこの世界でウケが良いように思えた。
しかし、稼ぎという面では良くても黒字になりそうでならない赤字が多く、食い扶持として見るには正直苦しいというのが本音だ。
「冒険者か……」
冒険者試験のチラシに目を通してみる。
命がけの仕事というイメージがあるが試験の内容自体は非常にシンプルなものであり、それぞれの戦闘力の確認と簡単な筆記テストに面接、それらに合格すれば晴れて冒険者となれるのだそうだ。
この世界の冒険者のグレードは星の数と色で分けられているようで、それぞれの等級の星が最大3つ、色は銅、銀、金、白金の四段階となっている。
酒場へと降りて行き、大きな掲示板に張り出された銅ランクの依頼にざっと目を通す。
銅星1つからゴブリンやコボルトといった所謂雑魚のはぐれ個体の討伐依頼があり、星2つで小規模なそれらの巣の破壊依頼。銀にもなると危険地帯での薬草採取や、二見達よりも大きな体の魔物を相手する仕事がかなり増えている。
「資格を取るだけ取ってみる、というのも手ですよ?」
「リータさん、いたんですか」
暇を持て余していたであろうリータが後ろから二見に声をかけた。
リータは背もたれに顎を乗せながら二見を見つめ、その後に掲示板の方へと視線を移す。
「最初は拍子抜けする仕事が多いですけれども報酬は内容に比べたら良いですし、銅星2つにもなると1か月に2、3個依頼をこなせばその辺の普通の仕事よりも稼げますよ~。御覧の通り依頼はたくさんありますしね」
「うーん……資格が失効されない為の最低ノルマってどれくらいなんですか?」
「銀等級以下の方は、その人の冒険者等級と同じ難易度の仕事を1年に1度こなしていただければ大丈夫ですよ。もしもそれが達成できなかった場合は、1年以内にこなした依頼の中で一番難易度の高い依頼のランクへ落ちる形になります」
他にもパーティーを組んでいる場合には、パーティー等級という登録されたパーティー専用のランクも存在しているようで、サポートに特化した冒険者は個人ランクが低くとも、上級パーティーの要になっているような人もいるのだそうだ。
ギルドではパーティーを組むことを推奨してはいるが、ソロで活動している冒険者も多いそうだ。
「次の試験は……明後日か」
二見は試験の登録用紙に筆を滑らせる。
試験登録料を支払い、試験時間について説明を受ける。
「中庭のトレーニング用品は自由に使っていただいて構いませんが、持ち出しは原則禁止ですのでご注意ください。街の外にもトレーニング場がございますので、そちらもご自由に利用してくださいな」
「ありがとうございます」
魔法の使い方は何となくは分かるが、実際に使った魔法はキーボードを出現させる魔法くらいだ。
二見は魔法の試し撃ちをする為に街の外へと続く門へと向かう。
魔法の世界ではあるが、意外にもボーッと街の中を歩いている分には異世界という感じはしない。どちらかと言うと昔らしさを残したヨーロッパという印象が強い。
この街道に自動車をズラっと並べてしまえばあっという間に現代ヨーロッパの出来上がりといった様子だ。
そんな事を思いながら外へと踏み出した二見は、目の前に広がる景色に思わず声を漏らした。
「すげ……」
そこに広がっていたのは見渡す限りの平原だ。
緑を切り裂くように茶色い道がずっと先へと続いており、吹き抜ける風によって平原に光の波が出来ている。
近くにトレーニング用具入れが置かれており、二見はそこから案山子を1体取り出して設置する。
二見はそこから5メートルほど離れた場所へ立ち、深呼吸をする。
この世界にしかない要素の一つにマナというものが存在する。それは大地から生み出されていると言われており、二見が暮らしていた世界での酸素と似た役割を持つものだ。
酸素は生きるためのエネルギーを作り出す一方で、マナは魔力を生み出すものだ。
酸素との違いと言えば、呼吸によって吸引せずとも全身から取り入れることが可能と言う点だ。
そして魔力を発現させる事、これを魔法とこの世界では呼称する。
魔力は個人個人に差がある為、得手不得手も差が出てしまう。魔法と言うと何でもできるトンデモ能力というイメージもあるが、この世界の魔法はそこまで便利なものではないようだ。
「よし」
二見は手のひらに自分の魔力を魔法として発現させる。
そこに揺らめくのは青白い炎。ナリアとの最後の会話で目にしたそれと同じものだと二見には理解できた。
「いけ!」
手のひらを案山子へと向け、その炎を案山子へと向かって発射する。
勢いよく放たれた火の玉は案山子の中心へと命中し、大きな破裂音と共に案山子を空高く吹っ飛ばした。
「すっげ……」
思わず肩を震わせる二見。
魔法の使い方は理解していたが、実際に使った上に威力まで目の当たりにしてみるとまるでスーパーヒーローにでもなったような気分だ。
魔法を体に纏わせる事で身体強化も可能で、自動車のような速さで駆ける事も簡単にできた。
しかし欠点もあり、水や火といった属性魔法を使うことは出来ないようだ。
無属性と言える純粋な力に特化した魔法。それが二見に与えられた力だ。
その晩、酒場で門の外で暴れ回る不審者の噂がひっそりと流れていた。
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