第4話 稼ぎ方

 日が暮れる頃、酒場の方へと降りてみると席はほぼ満席状態。ほとんどの人が酒を注文しているせいなのかアルコールの匂いが二見の鼻をつく。

 意外にも装備を纏った冒険者の姿よりも、仕事終わりと思しき一般人の姿の方が多く見られ、仕事の愚痴が聞き耳を立てずとも二見の耳へと入ってくる。


 演奏は空いている場所で自由に行っていいようで、投げ銭は自由にしていいとの事だ。


 リクエストを聞いて演奏できればそれが一番だとは思うが、この世界の曲を二見はまだ知らない。

 二見がキーボードを出現させると、周囲の客が興味を持ったようで二見の方を見ながら「何か演奏してくれるみたいだぞ」と仲間内で盛り上がり始めた。


「よろしくお願いします」


 軽い会釈の後、帽子を机の上に置いて二見は鍵盤をリズムよく叩き始めた。

 軽いジャズ調にアレンジされたゲーム音楽が酒場の喧騒の中に響き渡る。

 二見は自由気ままに鍵盤を叩き、その演奏をちゃんと聴いている人は殆どいないようだった。


 しかし、二見はそれを不満には思わず演奏を続ける。

 ここはあくまで酒場であって、コンサートホールではない。主役は酒とそれぞれの愚痴や自慢といった話であって、それを邪魔しない名脇役のような演奏をしようと二見は心がけているのだ。


「兄ちゃん、それは何ていう楽器なんだ?」

「これですか? キーボードですよ」

「へえ、聞いたことのない楽器だな……どうだ? 一緒に」


 小太りの中年程の男性が二見の隣へと立つ。

 彼の手には小さな箱があり、彼の口ぶりからしてセッションをしたいのだろうという事は分かったが、二見は迷っていた。


「適当に演奏してくれればいいさ、俺は勝手に合わさせてもらうよ。投げ銭は全部君が受け取るといい」

「そういう事でしたら……」


 場の雰囲気に合わせて二見は鍵盤を叩く。

 酔っ払いたちをイメージした千鳥足のような旋律が奏でられ、そこに今まで聞いたことのない音色が隣から加えられる。


 小太りの男は目を閉じたまま箱を片方の手に乗せ、そしてもう片方の手を近づけたり遠ざけたり、握ったり開いたりする事で演奏している。

 まるでテルミンのような印象を受けるが、そこから奏でられる音色は非常に幅広く、どちらかと言えばシンセサイザーのような印象を受けるものだった。


 出来るだけ展開が分かりやすいように王道的な進行をしようと心がけてはいるが、彼の演奏はどこでどうしたいのか、主旋律のバトンタッチのタイミング、それらがかなり分かりやすい。


 二見達の演奏が終わると、酒場の中に拍手が沸き起こった。


「いいセッションだったよ。ありがとう」

「こちらこそありがとうございます」

「よかったら一杯どうです? とは言っても僕は飲めませんけれども、奢りますよ」

「折角だ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 男と握手を交わし、軽い自己紹介を済ませる。

 男の名前はドルフ・ボルマン。旅をしながら演奏活動をする冒険者兼演奏家なのだそうだ。

 基本的に演奏は無償で行っており、生活費は冒険者での仕事でのみ稼ぐというのが彼のやり方なのだそうだ。


「演奏家と冒険者の両立っていうのはその……」

「あぁ、演奏1本に絞らないのかって話か?」


 よくされる質問なのだろう、彼は慣れた口調で言葉を続ける。


「俺が演奏1本に絞らない理由はいくつかあってね、まず1つは演奏はあくまで趣味であって仕事にするつもりはないって事。お金を貰っちゃうと責任が発生するしね。そしてもう一つは冒険者には小さい頃の憧れでね、どっちか選べと言われたら俺は冒険者を取るくらいには好きな仕事なんだ。生き死にの仕事のおかげか何より稼ぎも良いからね、演奏で稼ぐ必要を感じないんだ」

「なるほど……」


 あくまでの自分のやりたいように、それが彼のモットーなのだそうだ。

 緊急時以外では最低限のノルマだけこなしていれば冒険者の資格は無くなる事はなく、街の移動に護衛をつける必要もなくなったりと恩恵は色々とあるらしい。


 二見の興味は彼が演奏に使っていた箱の方へと移る。見たところ飾りのついたただの箱のように見えるそれで、どうやって音を出していたのだろうか。


「そういえばドルフさん。その楽器は一体……?」

「これか? ヘンツェだが……もしかして知らないのか?」

「生憎、まだここには慣れていないもので……」

「ここも何も……世界的に楽器って言ったらこいつくらいしか無い気もするが……」


 この世界の音楽は基本的に歌か、彼が持っているヘンツェと呼ばれる箱で奏でられるものなのだそうだ。

 どちらも繊細な魔法を使う手法がとられているようで、二見が知る歌とは違い、声帯で音程を調整しつつその音を魔法で和音させたり人の喉では出せない音へと変換して演奏するのだそうだ。

 そしてヘンツェは自身の魔力を音へと変換し、その魔力をこの箱がスピーカーとなって周囲に聞こえるようにする楽器という事らしい。



「なるほど……中々難しそうな楽器ですね」

「セイヤ君のその……キーボード? はどんな楽器なんだい?」

「そうですね、キーボードと言うのは――」


 ドルフはあまり酒には強くないのか、酒を少し飲んだだけで顔が赤くなっていた。

 ナリアとの話を冗談ぽく話し、二見の知る本来のキーボード、そしてピアノの仕組みを簡単にドルフへと説明する。


「弦を叩いて……なるほど、子供たちがするような音遊びの延長のようだね」

「他にも擦ったりする楽器もありますよ」

「しっかしナリアとはねえ……もし本当なら君は神の遣いみたいなもんじゃないか!」


 話がちぐはぐな所もあるが、ドルフは二見の話を大袈裟なリアクションを取りながら楽しそうに聞いていた。


「僕はそろそろ失礼しますね」

「俺は明日ここを出るが、また会ったら神様の話を聞かせてくれ!」


 二見は賑やかな酒場を後にした。

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