第3話 異世界
「いっ――」
二見に鋭い頭痛が走る。
知らないはずのこの世界だが、どうすれば魔法が使えるのかという点についてだけは何故か理解できていた。しかし、知らないはずの事を既に知っている。という状況に頭がついて来ていないようだった。
思わず頭を押さえ、近くにあった何かへともたれかかる。
「ここは……」
二見が辺りを見回すとまず目についたのは壁だ。
とは言っても目の前に壁があるわけではなく、広い範囲を囲うようにしてそれはそびえ立っていた。
どうやらここは小高い丘になっているようで、どうやらここは街を一望できる場所のようだ。
「のわっ!?」
二見は自分がもたれかかっていたものを見て思わず驚きの声をあげた。
彼がもたれかかっていたのは大きな像で、その人物は先ほどまで会話していたはずのナリアそっくりのものだったのだ。
「女神ナリア……か」
若干胸が盛られているような気もするが、像に備え付けられたプレートを見る限りではこれはナリア本人の像で間違いないだろう。
先ほどまで無かったはずの感覚が全てある。腕や足、自分の視界には見慣れた己の体がちゃんとここにあるという事にこれほど安心する機会は無いだろう。
「とりあえず……ここでボサっとしてても仕方ないか」
服は学校の制服ではなく、見慣れないものを着用していた。
恐らくこの世界の一般的な服装なのだろう。丘を降りて街の中へと歩みを進めると、活気ある市場のようなところへと出た。
野菜や肉を売り込む商人の声に、値切り交渉をする主婦の声。言葉が無事に理解できることを確認できたのはいいが、二見には少々うるさすぎる場所だった。
「ん?」
癖でイヤホンを取り出そうとポケットに手を突っ込むと、そこにはイヤホンではない何かの感触があった。
それを出してみると巾着袋が入っており、中には10枚ほどの大きな金貨が入っていた。
前の世界とは完全に物価が違っているせいか、イマイチパっとはしないものの、大金と言えるだけのものであるという事は分かった。
「……つっても、家とか買うにはキツいな」
買えないわけではない金額ではあるのだが、家を買ってしまうと手元には殆ど残らないほどの額だ。しばらくは遊んで暮らせはするだろうが、稼がなければいつかは飢えてしまうだろう。
ここで二見には二つの考えが浮かんだ。
一つは冒険者として戦い、そこから報酬を得る道だ。折角異世界転生したとなれば、この道を進んでみたいという衝動はいくらかある。
そしてもう一つはピアノ演奏家として稼ぐという道だ。
路地裏へと移動し、二見は意識を集中させる。
すると二見の目の前に宙に浮かぶキーボードが現れた。
「便利だな……魔法って」
鍵盤を軽く叩くと透き通ったピアノの音が路地に響く。自分の意思でキーボードを出し入れできるというのは非常に便利なもので、その気になれば2つのキーボードを出す事も出来るようだ。
演奏も問題が無い事を確認した二見は、とりあえず宿を探すことにした。
「お?」
大通りを歩いていた時、宿の看板が目に入った。
どうやらそこは酒場も兼ねているようなのだが、二見の興味は腰に剣を下げ鎧を身に纏った男や、ローブと宝石のはまった杖を持つ明らかにファンタジーの住人といった風貌の客に惹かれていた。
中は広々としており、昼間という事もあってかアルコールの匂いは殆どしない。
壁にはたくさんの依頼書が貼り付けられた大きな掲示板が取り付けられており、中庭も一般開放されているようだ。そこにはトレーニング用の案山子が設置してあり、新人冒険者の為の訓練イベントも定期的に開催されているという貼り紙も目に入った。
「冒険者ギルドは初めてですか?」
周囲を見回す二見に給仕服の女性が声をかけた。
身長は二見よりやや小さく、腰ほどまである赤い髪を1本の三つ編みにまとめている。胸元の名札にはリータと書かれており、優しい笑顔を二見へと向けていた。
「えっと……初めてですね」
実際に訪れるという意味では初めてではあるが漫画やゲームで見るようなものと非常に近く、掲示板から気になった依頼書を剥がし、カウンターで詳細を聞くといったシステムなのだそうだ。
カウンターの近くには薬や食料をはじめとした雑貨屋が設置されており、金さえあればここから出ずに生活する事も出来そうだ。
「今日はどういったご用件で?」
「宿を探していまして、後は演奏できる場所も」
「なるほど、それでしたらこちらの方で手続きを」
カウンターへと案内され、紙に名前を書いて鍵を受け取る。
鍵とは言ってもそれは指輪であり、登録された魔力の持ち主だけが部屋の扉を開ける事が出来るようになっているようで、現代のホテルを彷彿とさせる。
ふと二見の目にチラシが目についた。
手に取ってみるとどうやら冒険者試験についての紙だったようで、1週間に1回冒険者試験が行われているそうだ。
「冒険者はいつでも募集していますよ、もしよろしければフタミ様も」
「考えておきますね」
冒険者のチラシを手に、二見は自室へと向かった。
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