第2話 お約束?

「ここは……?」


 二見は自分の状況がどういうものか全く理解できていなかった。


 二見の視界は非常に明るく、足元は少し黄ばんだ厚い雲がどこまでも続き、その果ては少なくともここから見える事は無さそうだった。

 その景色は非常に美しく思わず見とれてしまいそうになるものではあったのだが、状況の不透明さに加え、謎のイマイチはっきりしない体の違和感が二見の不安感を煽る。


「あ、気が付いた?」


 二見の後ろから聞きなれない若い女性の声がした。

 振り返るとそこには金髪の美女の姿があった。その髪は腰の長さまであり、クセのないストレートヘアーがそよ風に吹かれてカーテンのように靡いていた。

 年齢は二見とそう変わらないほどの印象を受けるが、どこか優しくも神々しい雰囲気を漂わせる不思議な人だ。


「ここはどこで……貴女は一体……?」

「そうだなあ……何から話せばいいやら……」


 彼女は困った様子で頭をかき、二見がどこまで記憶しているかを質問してきた。

 嘘のような話ではあったが、二見は犬に襲われたところまでを素直に話し、そこから先の記憶はないという事を告げる。


「ここに来るまでの私が知ってることを話しても信じられないかもしれないけれど……聞く?」

「勿論」

「分かった――」


 彼女の口から話された事を二見は素直に呑み込めそうになかった。


 彼女が言った事をまとめると、彼女の名前はナリア。二見はあの犬に殺され、その魂を彼らの縄張りへと持ち帰ろうとしている所をナリアに助けられたのだそうだ。

 ここは二見達の住む世界と彼女が主に活動している世界との狭間の世界であると言う。


「ここまでは大丈夫かな?」

「その……これは夢って事無いよな……?」

「抓ってあげようか?」

「そんなの自分で出来るって」

「その体で?」


 指摘されてようやく二見は違和感の正体に気付いた。

 彼女の髪が靡いているにも関わらず、その風が感じられない。それどころか立っているならばあるはずの足の感覚もなければ、周囲を見回すときに首を回す感覚もないのだ。

 少なくとも視覚と聴覚はあるようだが、他の五感は死んでいるように思える。


「今の君は魂だけの状態。それ以外には何もない状態で抓ったりは出来ないよ?」

「って事は……もう来世に期待するしかないのか……」


 山口達の事やゲームやアニメ、二見にはやり残した事が多かった。

 二見の中に水の入った瓶が割れたように絶望感が広がっていく。


「えーと……その、非常に言いづらい事なんだけどさ」


 まるで悪いことをした子供のように上目遣いでナリアがこちらを見つめているのが分かった。


「その……君を襲った化け物なんだけど……私達の管理ミスでそっちの世界に行っちゃったんだよね」

「……は?」


 彼女の思わぬ発言に思わず声を漏らす。


「あれは魔物。でも……世界と世界の狭間にいる魔物で、どこの世界にも普通は現れる事は無いはずなんだけどね」

「そうは言っても……俺は出会ってしまったんだろ?」


 二見の中に怒りが湧いたが、その怒りはすぐに冷めて行った。

 彼女に二見の感情が分かるかどうかは分からないが、少なくとも二見には彼女が責任を感じているように思えた。


「出来る事なら君を元の世界で何事も無かったように蘇生してあげたいんだけれども、私の力じゃあそれは出来なくてね。他の方法なら蘇生出来ない事もないんだけれど……」

「他の方法?」


 二見の脳裏にあるワードが浮かび上がった。


「「異世界転生」」


 もしや、と思ったものだったが、まさかの大当たりだ。

 ナリアも言い当てられると思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべたかと思うと、腕を組んでため息をついた。


「知ってたの?」

「ラノベで人気なジャンルでさ、損害賠償みたいな感じでチート能力を貰った主人公がうんぬんかんぬん――って話が多い印象があるかな?」

「へえ……なら今からしようと思っていた話は短く終わるかも。とりあえず君が選べる道は今二つあるんだけど」


 彼女は左手を差し出し、言葉を続ける。


「君はこのまま完全に死んで元の世界へと戻る。そっちの世界の事はよく知らないから君がどうなるかは分からないけど……本来進むべき道なのかもしれない選択肢だね」


 二見の中の死のイメージとは違い、彼女の左手には暖かな光の粒が漂っていた。

 そして彼女は右手を差し出してこう続けた。


「もう一つの道。それは私達の世界で続くはずだった人生を続ける道。君のいた世界からは外れちゃうけれどもやり直せる……って言っていいのかな。もしこの道を選ぶならチートかは分からないけど力は与えるよ」


 右手には青い炎が揺らめいており、その炎は決して大きいとは言えないものではあるが、力強いものを感じた。


「転生を選んだ場合は……こう、何かお願いされたりするのか? 強大な悪と戦えとか」

「そのつもりはないけれど、緊急時にはひと声かけるくらいはすると思う。でも強制はしないよ」


 細々とした質問をしてみたが、言語であったり資産の面では問題ないようにしてくれるらしい。


「このまま死ぬってのも思う所はあるしな……あ、ピアノはあるのかな、そっちの世界」

「ピアノ? 無いと思うけど……私の方で何とかしてみるよ」


 彼女のリアクションを見る限りピアノと言う楽器が存在しているのかも怪しそうだが、彼女の発言で二見の中で決心がついた。


「ナリア、俺を転生させてほしい」

「分かった。それじゃあ始めるね――」


 彼女の右手が二見へと伸ばされ、二見の視界は青い炎で包まれた。

 

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