異世界転生とキーボード
てんねんはまち
第1話 目指す道
「おい二見、お前進路は決まったんか?」
「そうだなあ……音大かな、ピアノもっと弾けるようになりたいしさ」
「いいなあ……私も何か出来たら良かったのに、楽器」
とある高校の放課後、教室の隅の席に集まって会話する男女三人組の姿があった。
その中の一人、二見と呼ばれた男子生徒がこの物語の主人公だ。
運動はそれなり成績は並程度な二見だが、音楽、それもピアノの腕は校内で抜き出ている。
「でも中根はかなり運動神経ええやん? 楽器できへんくてもそっちが出来るんならまだええやんか」
「なんだかなあ……それはそれ、これはこれなんだよ」
「女心ってやつなのかな?」
「んま、そういう事にしといてよ」
関西弁の男子生徒の名前は山口琢磨。剣道部所属の正義感の強い男で成績優秀。体つきが良くて男子からの人気は高いのだが、どうにも女子からの人気はそこまで高くはないようで、何度かフラれて凹んでいるところのケアに付き合った事がある。警察官を目指している。
残る女子生徒は中根凛といい、父が自衛隊勤務であり、母もまた元自衛隊員という根っからの自衛隊家族の一人娘だ。筋の通ったしっかりした人物で、男女問わず人気がある。彼女もまた自衛隊を目指しており、航空の道へと進みたいのだそうだ。
二見達三人組は幼馴染で小学生の頃からずっと同じ学校へと進んでおり、目指す道は違えども小さい頃は一緒によく遊んでいたものだ。今では部活や勉強で遊ぶ時間が減りはしたものの、それでも時間が合った時には三人で遊びに行く事は珍しい事ではない。
「もうすぐ離れ離れになっちゃうかも……なんだよねえ」
「せやなあ、中根は防大受けるんやろ?」
「そうだね、あんまり考えたくないけど……」
中根の表情が若干曇る。彼女が目指す大学は非常に偏差値が高く、大学と名がついてはいるものの給料が出るという特殊なところだ。
その学園生活は非常に厳しいと言われており、恐らくこの三人の中で一番過酷な道を進もうとしているのは彼女だ。
「進路……あんまり考えたくないなあ」
「まあ考えんくても直面するもんなんやし、どうせなら考えといた方が楽やろ! あかんかった時の事もちゃんと考えとくんやで?」
「あかんかった時……なあ」
ふと二見が窓の外へと目を向けると、既に外は薄暗くなり始めていた。
「っと……そろそろ下校時間か、思ったより残っちゃったな」
帰り支度を整え、三人で他愛ない話をしながら駅へと向かいう。
他校の生徒も乗ったすし詰め状態の電車から解放されるかもしれない、という点に関しては進学の良い点なのだろう。
「あの電車は勘弁してほしいけど……すし詰め回避ってなるとかなり待たないとっていうのがなあ……」
「下校時刻からズラせば退社時刻と被り……そこから下手にズラせば残業組と被んでな……」
タフな二人も大概降りた直後は感情の無い表情を浮かべるあたり、すし詰め電車は苦行ランクの高いものなのだろう。
「それじゃ、また明日やな」
「だね、また」
「気を付けてね」
ここで山口達とは別れ、二見は静かな道を一人歩いていく。
既に日は落ちており、学校や電車の賑やかさと比べるとまるで別世界に来たような感覚がする。
駅から二見の家までは30分ほどかかり、そこまでにめぼしいものと言えばコンビニが1軒ある程度のものだ。
頭の中に譜面を思い浮かべ、それをどう演奏するのがいいのかを考えながら歩いていけば、気が付いた時には家の前にいる。それがいつもの二見の帰り道だった。
「……ん?」
ふと二見の視界に見慣れないものが映った。
それがいるのは20メートルほど先にある路地の前だ、匂いを嗅いでいるのか地面に頭を下げている。
二見はどこかの犬が逃げ出したのだろうとも思ったのだが、どうにも犬ではないような気がしてならない。
しばらくそれの様子を伺っていると、それは不意に頭を上げ、二見の方を見た。
「なっ!?」
思わず二見が驚きの声を上げた。
それもそのはず、それは二見の方へと駆け出していたのだ。
「ヤバイってこんな――!」
思わず背を向けて駆け出す二見。
しかし、そこで二見の意識は途切れてしまった。
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