第10話


 エイミーの婚約が決まって半年が経った。


 ――あの日。

 エイミーがルイス王子とのお見合いをしたあの日以来、リンゼはエイミーに会えずにいた。

 会う事を禁止されていたからだ。

 これは、父親に直々に言われた。


 一年後には他国へ嫁ぐ姫に、が付かない様に国王から進言されたと。

 しかし、それを進言したのは間違いなく王妃ユリアである事もリンゼは分かっていた。


 リンゼはあれから、エイミーの水面下で起きている出来事の背景を考えていた。


 エイミーを溺愛する国王が彼女を他国に嫁がせるなんて発想を抱く筈が無い。

 これは、国王に入れ知恵をした人間が居る。


 エイミーを退ける事で利益を得る人間なんて限られていて、王妃ユリアかその姉達ぐらいしか居なかった。


 しかし、姉達は専ら貴族とのお忍びの色恋にばかり夢中で、この国を治める事になど全く興味を持っていない様子だった。

 そうなると、このお見合いを持ち出したのはユリアしか居なかった。


 ユリアが愚かな王妃だったら良かった。


 目の当たりにして、日々エイミーを除外し虐めていてくれたら、ユリアを糾弾し国王に進言出来たものの、傍から見れば、ユリアとエイミーは義理ながらも上手くいっている親子に見えるのだ。そんな関係で、リンゼ如きがユリアの企みを国王に進言しても全く相手にされないのは目に見えている。

 それもユリアの作戦だっただろう。

 自分の計画を気取られぬ様、慎重に事を起こしているのだ。

 実に賢い女性だ。


 しかし、リンゼはエイミーを助けてあげたいと思う反面、一番重要な事を知らなかった。


 それは、エイミーの気持ちだ。


 もし。

 もしも。


 エイミーがルイス王子に惚れていて、この結婚を喜んでいるなら、ユリア王妃の目論見は――その場合、リンゼの気持ちは報われないが――すべてが良い結果に転がる。


 だから、先ずはエイミーの気持ちが知りたい。

 しかし、エイミーには会えない。


 エイミーに会いたい……。






「おや、リンゼじゃないか」


 イギルでは三年に一度、国の法律を見直し、修正を行う時期がある。

 ちょうど国の祭りと重なる春の終わり。激務の父の仕事を補うため、リンゼは父の執務室に篭り、何日目かの徹夜をしていた。


 目の下に隈を作りながらも、文字が無駄に多い書類と格闘していたリンゼに声を掛けてきたのは、聖ミハエル学院で元同級生のジミルだった。


 飛び級したジミルは一昨年、リンゼは今年、学院を卒業をした。


 ジミルは今、検察官になっていた。


 ジミルの父親は現役の最高裁判長だったが、彼は検察官の道へと進んだ。

 ジミル曰く、検察官には法廷中に着る羽織りがあるそうだ。

 その純白の羽織り『潔白の法衣』に袖を通した時、あらゆる事件においても公平に、偽りなく真実を追求するこの法衣こそ、ジミルの求めていた正義の象徴だと言うのだ。


 数年前、学院に戻ったリンゼは、当時飛び級して別クラスになっていたジミルに全く相手にされず(ジミルの方がもう相手にしなくなった)、関わり合いの無い生活を送っていた。

 そして、数か月前にリンゼが王宮に勤め始めてからは、同年故の話し易さからか、二人は軽口を叩く様になり、いつの間にか親しい友人になっていたのだ。


 つまり、二人は大人になったのだ。

 リンゼは眠気に二重に見えるジミルを見上げ「法務室はあっち」と分かりきった事を述べて、再び書類に目を当てる。


 いつもなら、ここで無駄話しをする程度に仲良くなっていたが、今はそんな場合では無かった。


「くくく、ずいぶんと追い込まれているな」

「ああ、君も暇だったら、刑罰の所をやってくれないか? 君の得意分野だろ?」


「おあいにくさま。僕は今からガレッド伯爵家で起きた殺傷事件の調査に行くんだ」

「そうか。相変わらず痴情のもつれから来る不倫事件ばっかりやっているのか」


 珍しく刺々しい物言いのリンゼに、ジミルは「おや」と声を上げる。


「どうしたんだ? 嫌味は僕の専売特許なのに……」


 ジミルはがむしゃらに仕事を続けているリンゼを黙って見つめ「今日の夜、久しぶりに飲もうか」と提案する。


「そんな時間、半刻も無い」

「いや、作ろう。君は追い込まれている。エルレーン宰相! 息子殿を今夜お借りしても良いですか?」


 息子と同じく三徹目のフラフラのエルレーン宰相は、くそ忙しいのに下らない事をお伺い立てる部下に答える時の決まったフレーズ「お前の好きにせい!」と言う返答をジミルに返し、円満に交渉成立した。


 徹夜は、人の判断を鈍らせる。




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