第9話



 エイミーには結婚の拒否権は無かった。


 その日のうちに二人は婚約し、ちょうど一年後にハンナ国へと嫁ぐ事が決まった。


 ルイス王子の言った通り、この早すぎる展開は前々から決まっていた事柄である証拠でしかなかった。


 エイミーが戸惑っている間にも外堀を固める様に、あっという間に婚約の話は城中に、国中に広まり、一気にお祝いモードとなったのだ。



「――お父様! こんな話、聞いていませんでした!!」


 ルイス王子の帰国後、真っ先に父を責めたが、国王であるアルベルトはエイミーを抱き締め、


「おお、エイミー。お前はこの国を継ぐことに大きな重圧を感じていただろう? その重圧に苦しむお前を解放させてあげたかったんだ。ルイス王子はお前がと言ってくれた。もう、この国の女王になるために、化粧もせず、勉学に励まなくても良い。お前の望む、幸せな生活が出来るのだよ?」


 荒ぶる娘を宥める様にエイミーの頭を撫でる父。


 ――何もしなくて良い生活?


 その言葉にエイミーは身が震えた。


 確かに重圧に押し潰れていた。

 しかし、何もしない生活に憧れていた訳でも無い。

 この国で家族に囲まれて、完璧で無くとも民を想う女王になりたいと思っていた。


 自分に足りない所は次期宰相となる優秀なリンゼに力になって貰おうとも思っていた。


 しかしそれは、エイミーの絵空事であった。国王は娘を想っている様で、実の所エイミーに期待するのを止めてしまったのだ。

 

 つまり、幼い時からエイミーが一番恐れていた、家族に見放されてしまうという事態が起きてしまったのだった。




 それから度々、ルイス王子はエイミーの元へ訪ねて来て、優しい言葉を掛けてくれた。


「我が国は常に戦が絶えませんが、貴女は心配なさらなくても良い。貴女は後宮で静かに私の子供を育ててくれれば良いのですよ」


「私の傍で笑っていてくれれば、私は幸せです」


「ドレスも宝石も好きなだけ買ってください。我が国は国庫は潤沢ですから、貴女が望む程度の物なら、なんでも贈りますよ」


 なんでも贈ると言うルイス王子。

 エイミーはふと尋ねた。


「では、本をくれますか? 私は本が好きなんです」


 すると、ルイス王子は少し顔を曇らせた。


「本は……貴女の視力がもっと下がるだろうし、もうこれ以上の知識は貴女の人生に不要です。それよりも、社交界で周りの淑女たちと上手く渡り合える様な調度品が必要なのですよ」


「不要……?」

「ええ、それにこの眼鏡」


 エイミーはまたしても眼鏡を奪われた。


「我が国に来たら、こんな物を付けてはいけない。貴女の美しさが半減します」


「そんな……! 私は眼鏡が無かったら、歩くのもままならないのです……!」


「心配しなくても、貴女は出歩く事も後宮のみになりますから。貴女が歩く時は必ず侍女を昼夜問わずお付け致します」


 安心しろとばかりに言われたが、これで安心出来る人間など居るはず無い。

 しかも、目の見えないエイミーをルイスが助けてくれる訳では無いのだ。


 ぼんやりと黒髪の幼馴染みの顔が浮かんだ。


 その頃のエイミーはルイスと会っていると無償にリンゼに会いたくなる自分が居る事を自覚していた。


 ……リンゼに会いたい。


 しかし、婚約したエイミーはリンゼに会う事を禁止されてしまっていたのだ。


 嫁ぐ身の女性が、幼馴染みの宰相の息子とは言え、若い男と会うなんて許されぬ事だとユリアに言われて……。



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