第二十一話 帰還
【Side:秀明】
ここは西方部と中央街の境目。ここでこのワシ……もとい『秀明』は豊国軍を率い、かつての
「秀治。何故、この膠着状態が続く中、自ら打って出たんじゃ!」
これだけの大軍がおれば必ずや勝てるはず。そう思って、ワシは甥の秀治に指揮を任せた。しかしそれに慢心したのか、無様にも敗北してきおった。
「も、申し訳ござ——」
「その一言で済むと思うのか。貴様はワシの後継者なんじゃぞ。敵の策略に嵌って無様な失態を演じるとは……。此度の敗北の責任は重いぞ!」
普段は可愛い甥でも、この失態は許せん。ワシは鬼の形相で秀治を叱りつけた。何やら本陣は凍り付くように固まっておるが、この
「お、おい。一大事だ。秀一から伝書鳩が届いたぞ!」
その時、弟の秀一から伝書鳩が届いたと、副将に任じた家利が言うてきおった。こんな時に何じゃ……。要らぬ話なら容赦せんぞ。ワシは怒りが収まらず、気付けば
「な、何じゃと。西都部で地震が起きたじゃと……」
書状を乱雑に開くと、ワシの両手は震えが止まらんかった。家族は……、浪速城は……、一体、どうなったんじゃ。クソッ、かくなる上は……。ワシは陣羽織を脱ぎ、近くの騎馬に跨った。
「叔父上殿。一体、どうするのですか?」
すると秀治が問いかけてきおった。奇怪な目をしよって……。
「これよりワシは浪速領へ帰還する!」
「は、はぁ? 本気で仰っているのですか?」
何を言うておるんじゃ。浪速領で地震が起こったんじゃぞ。領民を助けんでどうする。そう思いながら、ワシは秀治に戦を任せ、帰還すると明言した。
「し、しかし叔父上殿。ここで総大将が引いては、戦線崩壊の可能性もありますが?」
この期に及んで何を言うか。これぐらい自分で何とかできんのか。もう少し頼りになったら良いんじゃがな。
「ならば、官兵衛、則正、虎清を置いていく。これで連合軍を倒してこい!」
ワシは少し呆れつつも、秀治を安心させるために最低限の戦力を与えた。これで大丈夫じゃろ。
「……分かりました。それなら戦の定石を守って、戦って参ります」
どうやら分かったようじゃな。 秀治が賢く慎重で良かったわい。それならあとは地震があった事を触れ回るのみじゃな。ワシは急ぎ諸将に情報発信を命じた。そして間もなく、浪速領へ帰還していった。
【Side:元康】
こちらは伊勢島領。吾輩の名は
「元康殿、本当に豊国家の背後を突かないのですか?」
確かに敵の総大将は撤退したと言うが、これを機に反転攻勢をかけるとは……。このバカ殿めが……。何を考えておるのやら……。
「信勇殿、焦りは禁物ですぞ!」
その提案を吾輩は優しく却下した。アレは罠でしかない。敵の布陣を見て分からんのか。本当に信三様の息子とは思えんな。
「しかし豊国秀明の背後は無防備です。せっかく緒戦に勝ったのに、これでは流れが変わるのでは?」
うーむ。やはり緒戦に勝ってしまった事で慢心しとるようだな。ここで焦っては意味がないというのに……。どうやら教えてやらんといかんな。
「いえ、アレは罠です。見なされ。いつの間にか豊国家は二手に分かれております。おそらく我々が豊国秀明の背後を突けば、挟撃する腹づもりでしょう……」
吾輩は敵陣を指し、ここで攻め入る事が危険だと信勇殿に伝えた。未だ伊勢島領には豊国秀治に加え、軍師・黒井官兵衛、猛将・市松則正、そして豊国家最強の鬼椰虎清と、いずれも主力を残している。慎重を期すのが当然。これで信勇殿も考え直してくれると良いのだが……。
「まさか元康殿は、あのハゲネズミが『朝廷を味方に付けた』という噂を信じているのですか? それはあり得ませんぞ。彼らは我が父上に大恩があります。大手を振って切り込んでも大丈夫ですよ!」
そう期待していたが、どうやらこのバカ殿には伝わらんみたいだ。そのような噂を聞いたのであれば、事実はどうあれ、ここは
「そうですか。ならばお一人でどうぞ!」
もはやこれ以上の戦闘は松徳家に利益がない。こんな奴と共倒れはゴメンだ。吾輩は武器を下ろし、安土家を見限る事にした。
「元康殿。一体、どうなさったんですか? 何が気に入らないのですか?」
信勇殿は両手を広げて尋ねてきた。何故、この状況になったのが分からんとは……。もはや安土家に未来はないなと我輩は確信した。
「ハァ、今、西都部では震災が起きました。この事態に領民は苦しんでおります。そんな時に卑劣な手段を講じてまで戦に勝とうとする愚か者を誰が慕いますか?」
すぐにこの場を去っても良かった。しかしこんなバカ殿でも、かつての主君の息子。最後に耳の痛い事を言って分からせるのが、人情というものかもしれん。
「ま、まさか同盟を解消するのですか。それだけは勘弁願います。私一人ではあの大軍を相手には——」
やっと分かったか……。でももう遅い。そもそもこれは自分が始めた戦。尻拭いは自分でやるのだな。泣きながら縋る信勇殿を我輩は馬上から蹴飛ばし、家臣と共に戦線を去っていくのであった。
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