第二十話  天災

 どうしてなんだ。何でグレイだけ……。俺は流儀スタイルの判別をさせてもらえず、一時間経っても胡座をかき、ブツブツと不平不満を呟いていた。


「クリフ。二人は優秀な武将になれるって言ってたんだから、素直に戦闘力と基礎フォームを鍛えましょう」


 そこへヒナタがやってきた。そんなの分かってるよ。でもこれだけ露骨に差を付けられたら……。どう言われても俺は前向きにはなれなかった。


「……クリフ。今日はお開きにしよう。君が静かだと、僕も張り合いがないからね。今晩は美味しいものでも食べて気分転換しよう」


 クソッ、今はそっとしておいてくれないかな……。何気ない気遣いなんだろうけど、今のグレイに言われると腹が立つ。


 ドゴゴゴゴゴ、グラララララ!


 そんな醜い感情を抱いていた時、突然、大きな揺れが起きた。何だ。まさか地震か……。俺は不思議と冷静になり、すぐにしゃがんだ。


「みんな、大丈夫か?」

 

 そしてグレイ、ヒナタ、スケサクに声をかけた。


「僕は大丈夫だよ!」


「あたしも無事よ!」


「ワタクシも何とか!」


 三人からはすぐに返事があった。良かった。ひとまず無事みたいだな。俺はホッと一息つき、道場の扉を開けた。すると目を疑った。


「な、何だよ。アレ……」


 今日は晴天だったはず……。それなのに何で空が赤く染まっているんだ。俺は身震いが止まらなかった。


「だ、誰か、助けてくれぇ」


 その時、城下町から叫び声が耳に届いていた。よく見ると、眼前には火の手が迫っていた。まさか今の地震で火災が……。それじゃ今のは逃げ遅れた人の声なのか……。俺は領民の声を聞き、助けに向かおうとした。


「待つんだ。クリフ!」 


 しかしそこへ半人半獣となったグレイが、翼を広げて行く手を阻んできた。何だよ。こんな時に邪魔すんなよ。俺は怒りを露わにし、炎を発して押し退けようとした。


「君は炎帝の天洋族だ。今ここで君が助けに行ったら、この火災を起こした犯人だと疑われ、混乱を招きかねない。まずは避難経路を確保し、現状の把握を優先すべきだ!」


 なに言ってんだよ。そんな事よりも命の方が重いだろ。たとえ犯人と疑われても助けに行く。俺はグレイの言い分を無視してでも城下町へ行こうとした。


「お前達。まだここにいたのか?」


 すると佐吉さんと喜之助が戻ってきた。あの火の海を潜り抜けてきたのか。ちょうど良かった。これなら何とかできるかも……。


「すみません。今から城下町へ行こうと思います。一緒に領民を助けましょう」


 今ならまだ間に合うかもしれない。一人でも多くの命を救えるはずだ。


「こんな時に何を言うか。まずは秀一様の指示を仰ぐ。被害状況や規模もまとめる必要があるからな!」


 ところが佐吉さんはグレイと同じように現状の把握を優先した。何でだよ。人の命の方が大事なはずだろ……。


「クリフ、気持ちは分からんでもないが、今は我々の身の安全も確保せねばならん。辛いだろうが、ここは耐えるんだ」


 そんなの納得できるか。俺は無理にでも火災現場へ行こうとするが、最終的に喜之助さんに手を掴まれた。クソッ、ゴメンな……。必ず助けに行くからな……。そう言い聞かせながら、浪速城へ連れて行かれた。


 浪速城・聚楽室じゅらくしつ。ここで俺達は災害救助の会議に参加させられた。


「まさか兄上の遠征中に大地震が起こるとは……。急ぎ報告の必要があるな」


 留守役が秀一様で良かった。この人ならすぐに人命救助の指示を出してくれるはず……。俺は下知げちが出るのを待つと共に城下町の領民の命が気がかりで仕方なかった。


「それでしたら、この美作みまさか元成もとなり、手筈を整えました。すぐに伝書鳩を飛ばしました。直に返事も来るかと思われます!」


 元成という人物が口を開く。迅速に動いてるみたいだけど、人命はどうするんだよ。そんな事務方の作業は後回しでも良いのでは……。


「秀一様。被害状況ですが、城下町の家屋は焼失が激しいです。未だに要救助者も多数。生存者は皆無かと……。如何しましょうか?」


 生存者が皆無だって……。俺達が避難した時、まだ助けを待つ声がしてたじゃないか。佐吉さんはもう諦めてるのか。俺は豊国家の対応に不信感を募らせていく。


「そうか。救い出す方法もなさそうだな。この城もいつ火の手が回るか分からんし、震災にかこつけて侵攻してくる輩も出てくるかもしれん。さて、どうしたものか……」


 確かに秀一様の言い分には一理ある。でも助けを求める声を無下にしたくない。一体、どうすれば……。俺は自分の無力さを痛感し、頭を悩ませた。その時、グレイが隣に立った。何やら腹を括った様子で俺に頷いてきた。もしかしてお前も同じ気持ちか……。それなら一緒に行こう。


「秀一様。城下町へ領民の救出に行きます!」


 そう思い、俺達は同時に声を上げた。やっぱりグレイは親友であり、良き相棒だ。コイツとなら命を救えるはず……。何故か分からないが、そう確信できた。


「お前達、これは修行じゃないんだ。軽率な行動は慎め!」


 何でそんな事を言うんだよ。俺とグレイなら、あの火の海を難なく動ける。決して軽率な考えじゃないはずなのに……。どうして佐吉さんは止めるんだよ。


「ちょっと、よろしいでしょうか?」


 俺が焦り始めた時、一人の女性の声が響き渡った。まさかこの声は……。


「ス、スミコ!」


 俺には聞き馴染みのある声だった。何でここに……。でもこの人なら何かを変えてくれるはず……。そう期待していた。


「おい、秀治様の側室とは言え、女子おなごが聚楽室に入るとは何事だ!」


 しかし佐吉さんは次期後継者の側室でも有事への介入は許さなかった。当然、俺達の行動も許可するつもりはないだろう……。もう従うしかないのか……。


女子おなごだから何だ。ここには越弦殿の姫君もおるではないか。入るなと言われるいわれはない!」


 そう思っていた矢先、スミコはヒナタの名を挙げて食ってかかった。


「秀一様。クリフとグレイは炎の能力を持っております。この火災時には役立つかと思われます!」


 その直後、スミコは凛としたたたずまいで秀一様に訴えた。


「……分かった。二人に出動を命じる。責任は俺が負う!」


 すると救助活動を許可が下りた。すげぇ、豊国家の考えを変えやがった。相変わらず肝が据わってるな。でもこれで領民を助けられる。俺達は即座に城下町へ駆け出して行った。


「……少しお話よろしいですか?」


「貴方は越弦家の姫君・ヒナタね。お噂はかねがね。私も一度お会いしたかったわ」


 俺とグレイが駆け出した後、ヒナタとスミコの交流が始まった。これが後に世界を変える二人の『女傑じょけつ』の出会いとなるが、俺がそれを知るのはもう少し後の話なのであった。

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