第二十二話 思惑
浪速領が大地震に襲われて一週間。俺とグレイは被災地での救助活動を志願し、多くの領民の命を救った。すると予想もしない出来事が起こった。
「異種族は『悪の化身』だと差別していたが、まさか助けて下さるとは……。君達は命の恩人だ。まことに感謝しますぞ!」
いやいや、当然の事をしたまでなんだけどな……。別に種族や出自に関係なく助けたつもりだし、命を粗末にしたくないだけだったのに……。俺は頭を掻きむしりながら、手の平を返したように感謝する領民の態度に戸惑った。
「おい、ケガ人はここに連れて来い」
そう思いながら、ふと俺は声のした方に目をやった。そこでは佐吉さんと元成さんが先頭に立ち、医者と共に負傷者の治療にあたっていた。ヒナタやスミコまで一緒にいる。
「飯の用意ができたぞ。少しでも栄養を摂れ!」
別の所では喜之助さんが食糧問題に尽力していた。スケサクは料理の腕を活かし、炊き出しに従事している。
「豊国家よ。此度の救援活動。まことに大義である。朝廷を代表して
少し離れた所では秀一様が豊国家の代表として、神帝陛下から謝辞が贈られていた。
「不謹慎だけど震災が起きて、物事が良い方向に動いているのでは?」
人命を優先した行動が『異種族』への差別意識を変えたのは間違いないし、支援体制が整った事で『人の繋がり』と『平凡な日常』の有難みも分かる。この二つが当たり前となる世を作る事こそ、豊国家に属する自分達の使命なのではないか。震災後の様子を見て、俺の心には新しい目標が生まれ始めていた。
支援体制が整い、浪速領の生活も安定し始めた頃。一ヶ月の期間を経て、ようやく秀明様が帰還してきた。
「皆の者。このような
普段は飄々としていて畏怖する存在を醸し出すのに、こんな風に頭を下げられるんだ。こんな風に末端の人間にまで頭を下げられる秀明様は、秀明様は度量が大きい人なのでは……。
「兄上、吉子様や秀蓮様も無事だ。まずは家族の元へ行ったらどうだ?」
すると秀一様が家族と過ごせるよう休息を促す。そうだ、この人には家族がいたんだ。もしも領民を優先しないのなら、今の考えは撤回しよう。
「いや、未だ領民は苦しんでおるのじゃろう。ワシが家族団欒しておっては示しがつかんじゃろ。これより陣頭指揮を執らせてもらう!」
ところが秀明様は右手を突き出し、気遣い無用と言わんばかりに提案を突っぱねた。どうやらあの時、薩摩領で言ってた『領民の気持ちが分かる』と言う言葉は嘘じゃないみたいだ。俺は豊国家に奉公するのも悪くないかもと思い始めた。
「兄上らしいな……。しかし戦はどうしたんだ。まさかほっぽり出して来たのか?」
でもまだ分からない。秀明様の動向を探ってみよう。俺はつぶさに観察する事にした。さて、今はどうだろうか。浪速領一帯の復興の最中。戦も抜け出したみたいだし、敵に攻め込まれたら太刀打ちできない。この人はどうするんだろう。
「案ずるな。戦は秀治に任せてきた。官兵衛、則正、虎清もおるから大丈夫じゃ!」
すると秀明様は口元を緩ませながら、戦の成り行きを話した。秀治様に任せたのか。道理で背後を突かれなかった訳だ。
「しかし武器や武具もないし、武官も出払っている。資産や兵糧も領民に使い果たした……。本当に大丈夫なのか?」
でもそれだけじゃ浪速領への侵攻は防げない。秀一様の言う通り、秀明様は楽観的過ぎる。本当に復興に注視できるのだろうか……。
「大丈夫じゃ。そろそろ経験を積ませたいと思っておったところじゃ。ほら、異種族の二人がおるじゃろう。クリフとグレイという……」
えっ、まさか俺達を登用してくれるというのか……。それは予想外だ。でもこんなに嬉しい事はない。俺は単純なのか、先程までの秀明様への疑心暗鬼は吹き飛んでいた。気付くと一緒に話を聞いていたグレイと肩を取り合い喜んでいた。
「……ならば秀明様。少しお時間を頂けますか? クリフの事で話があります」
それ故に直後に自分の名が挙がった事を知る事はなかった。俺は登用されてから活躍する姿を想像する事を夢見ていたが、後に彼らが集まった事が俺やグレイ、ヒナタ、スミコなどの運命を大きく左右する事になった。
【Side:秀明】
復興支援の最中、ワシは佐吉から謁見の申し出を受けた。このような時に何を言うんだと普通なら思うが、くだらない話を持ち込む奴ではない。必ずや何かあるはず……。ましてや喜之助はともかく、秀一と家利まで同席させたんじゃからな……。しかしその話は予想の遥か上をいくものじゃった。
「……佐吉よ、それは間違いないんじゃな?」
「はい、
まさかこれ程の才能を有しておったとは……。勝忠を倒した時に見せた
「秀明よ。これは一大事ではないか? あの小僧の仙術と異種族の力が覚醒したら、豊国家の存亡にも関わると思うが……。それにグレイと仲が良いのも気になるしな」
家利が危機感を覚えるのも無理はないじゃろう。子供とは言え、仙術の
「お待ち下さい。クリフは秀明様が自ら引き入れた人物ではありませんか? それなら家臣として迎え入れるのが筋かと思います!」
皆がクリフの危険度を感じ始める中、喜之助だけが対照的な事を言ってきおった。気持ちは分かるが、それは無理だ。未だに豊国家に屈しない大名がおり、次代を担う秀治や秀蓮の脅威にならんとも限らん。ワシは心を鬼にして排除の考えを示した。
「それならクリフを豊国家の縁者、もしくは有力大名の娘と婚姻させては如何でしょうか? 彼は元王族です。大名としての器は申し分ないはず。それに恩を仇で返す人物ではなさそうです。これなら謀反も防げるでしょう」
今度は政略結婚を主張するか……。
「それは良い案だと思うが、クリフは見習いだぞ。元服する年頃でもない。救助活動は真面目に取り組んでくれたが、どうも豊国家に忠節を尽くすとは考えにくい。それに但馬家との繋がりもある。危険因子はあるぞ!」
さすがは我が弟じゃ。よく見ておるわ。これ以上は議論の余地もなかろう。クリフを誅殺するとしよう。
「ならば元服までに私がキッチリと教育を施します。適任者も用意しております!」
ワシの心が決まりかけていた矢先、喜之助は焦りながら訴え出た。そうまでしてクリフを守りたいのか。ここまで反抗するとは良い度胸じゃ。
「じゃあ、適任者の名を述べよ。力を与え過ぎれば反旗を翻す機会を与えかねん。相応の身分でなければ、豊国家との関係も強固にならん。そんな都合の良い娘がおるのか?」
おやおや家利を刺激したようじゃな。さぁ、喜之助よ。どうするんじゃ。アイツは今にもクリフの首を獲りに行くぞ。
「……その者の名は——」
すると喜之助は人差し指を立てて、『ある女の子』の名前を口にした。
「な、なにぃ。お前、本気で言っているのか?」
その名を聞いて佐吉は腰を抜かしおった。考え直すように説得を試みるじゃが、むしろ面白いのではないか。年も近いし、家柄も決して悪くない。
「うむ、良かろう。ワシが許可しよう」
これは良い話かもしれん。上手くいけば秀治や秀蓮は大きな力を手にするかもしれん。この秀明の考えは後に実現する事となるのであった。
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