第十八話  謝罪

 近領での一件から翌日。俺はグレイ、ヒナタと共に澤山屋敷を訪れた。


「フゥ。やっぱり緊張するな」


「そうだね。僕なんか心臓がバクバクしているよ」


 門前に着くと、俺の足は浮いたようにフワフワしていた。いつもは冷静なグレイも足が震えている。まるで自分の体じゃないような感覚だった。


「アンタ達。しっかりしなさいよ。ちゃんと謝罪しなきゃ意味ないんだからね」


 そんな俺達をよそにヒナタは顔色一つ変えず、いつものように平常心を保っていた。相変わらず何て肝の据わった女だ。


「準備は良いな。入るぞ!」


 喜之助さんが門を叩く。いよいよだ。俺は一層浮足立つ。


「何の用だ?」


 そこには俺達を待っていたかのように、佐吉が居合の試し斬りをしていた。突然の訪問に動じる事もなく、刀に鞘を納めると、俺と目が合った。


「佐吉さん。先日の非礼。大変申し訳ございません」


「あたしも反抗的な態度を取り、申し訳ありませんでした」 


 あっ、しまった……。先を越された。俺は最初に『あの事』を聞こうとしたが、グレイとヒナタが先に頭を下げたため、口を開く機会を失った。しかしそんな心情を知る由もない佐吉は何も語らず、ただただ鋭い視線を俺達に向けていた。


「……佐吉。こうやって頭を下げに来たんだ。三人を許してやってくれんか?」


 そこへ喜之助さんが俺達の横に立ち、一緒に許しを乞うてくれた。今こそ話をすべきだ。謝罪も兼ねて聞いてみよう。そう思っていた矢先だった。


「まぁ、お前の娘とグレイの誠意は伝わった。しかしクリフは何で黙っているんだ」


 何と佐吉が先に口を開いてきた。表情もドンドン険しくなっていく。これじゃあ、謝罪しかできないじゃないか。どうしたら……。俺は再び口を開く機会を失う。


「クリフ様。我々は謝罪をしに来たんです。何も考えず、まずは素直に頭を下げるべきですぞ!」


 そうか。こういう時は思った事を先に言えば良いんだ。スケサクの助言は俺の迷いを一気に打ち消した。ようやく地に足も着いた。


「アンタにとって『仲間』とは何だ?」


 謝罪の方が大事なのは分かるし、何の関係もない話だ。でも俺にとっては同じ目的に向かって邁進する『仲間』への佐吉の態度は、はっきり言ってイラっとする。もっと柔らかい態度で接する事ができないのかを知りたかった。


「……私は自分の毀誉きよ褒貶ほうへんぐらい自覚している。しかし自分が厳しい態度を取る事で規律が守れるなら、孤立しても構わない」


 すると佐吉は表情を曇らせた。しかしそれが自分の存在意義だと言わんばかりに俺の質問に答えてくれた。確かに理解はできるけど、それならそんな浮かない顔をするんだ。もっと柔らかい態度で接すれば仕事もやりやすいだろうに……。それにいつも一人でいる。屋敷で読書して過ごしてるし……。


「クリフ、勘違いはするな。私は嫌われ役を引き受ける事に誇りを持っている。こうすれば秀明様への批判も向かないからな。豊国家のためになるなら喜んで演じる。それに仲良しごっこの集まりでは、倭国統一はできんからな」


 倭国統一を目指す豊国家の規律が乱れれば、いずれひずみが出てくる。それが分かっているからこその振る舞いだった。こんなに高い覚悟と志を持っていたんだ。こんな人になんて事をしたんだろう。ようやく俺は佐吉の価値観や先日の暴力が愚かな行為だったのかを理解した。


「佐吉さん。先日から今日までの非礼の数々。大言たいげん壮語そうご並びに貴方への暴力。大変申し訳ございませんでした」


 その直後、俺は地面に手をつき、これまでの事に対して深く頭を下げた。いつの間にか『佐吉さん』と敬称で呼ぶようにもなっていた。 


「フッ、まさか亡国の皇太子に頭を下げられるとはな……。お前は意外と素直な人間なんだな」


 佐吉さんは苦笑いを浮かべながら、深々と頭を下げる俺に驚いていた。少し固いけど、こんな顔して笑うんだ。初めて見た。これなら上手くやっていけそうだ。


「えっ、皇太子でも頭ぐらいは下げますよ。それに佐吉さんだって本当は心根の優しい人なんでしょ?」


 そう思い、俺は少し砕けた感じで返事をしてみた。すると以前と違う親近感のある声かけにグレイやヒナタ、喜之助さんが驚いた。何で驚くんだと思っていると、スケサクから純粋で素直な人だと笑われた。


「フッ、お前は面白い奴なんだな」


 どうやら佐吉さんも同じ受け取り方をしたようだ。よく見ると腹を押さえ、笑いを堪えているみたいだ。こっちが本当の姿なんだな。


「そうみたいですね。それでしたら、こんな未熟者の俺達にもう一度だけ修行の機会を頂けませんか?」


「……良いだろう。もう一度だけ機会を与えよう。ただし、次は容赦しないからな。覚悟して臨め!」


 本音でぶつかり合い、自分の謝意を示した事で佐吉さんと歩み寄る事ができた。その上で俺達は修行の再開を認められた。紆余曲折を経たものの、豊国家での新たな理解者を得る事となった。


 翌日。俺とグレイは再び仙術の修行を始めた。ヒナタは基礎体力作りに取り組み、同時に佐吉さんと喜之助さんの後ろ盾を得て女性の社会進出を促す活動も始めた。


 修行を再開して以降、週二回、俺達は歴史や読み書きの勉強にも励んだ。少しずつ文武両面で成長する日々を送っていくのであった。

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