第十七話 人柄
浪速領を発って二時間後。
「着いたぞ。ここは佐吉が治める近領だ」
そこは見るからに田舎であり、城の規模は小さく農村地域が広がっていた。明らかに経済力も高くなさそうだ。
「あの人って豊国家の重臣ですよね? 何でこんな小さな領土の大名なんですか?」
グレイが驚くのも無理はない。佐吉は認めたくないけど、俺達の指南役を任される程の奴だ。小国の大名に治まっているのは疑問しかない。
「佐吉はな、豊国家に尽くす事が生きがいなんだ。それ故に地位や名誉には、さほど拘りがないんだ」
その疑問に喜之助さんは答えてくれた。どういう意味だ。主君に仕える者は、本来、そういう物に拘るはずだろ……。そんな無欲な奴がいるのか。ますます疑問は深まっていった。
「確かに佐吉は正論や合理的な考えで物事を推し量る奴だ。冷たいと思う者がいるのも事実。これは誰もが周知している」
すると今度は俺達が抱く佐吉の印象を話し始めた。でも何の関係があるんだ。
「ただ生真面目で頼まれた事は着実にこなすのも、また事実だ。お主達もそれは分かっているだろ? だから信用も厚く、孤立しないでいられるんだ。それと小国の大名に留まっているのは、佐吉の謙虚さの証だ」
「それって本当なんですか? それなら何であんな態度を取るんですか?」
俺は思わず尋ねてしまった。そんな一面みた事がないし、それだけ良い一面があるなら、もっと人と交わって円滑に仕事ができるようにすれば良いのに……。
「うーん。それはだな……。おそらくだが、お主らと同じように佐吉も人柄を探っているんだと思うぞ?」
「えっ?」
またしても俺は驚いた。グレイとヒナタも同じような反応している。まさかあの人って不器用なだけなのか。
「少しは分かってきたか? 佐吉は深く関わって信用できると判断した者にしか弱みを見せられないんだ!」
その予感は当たっていた。感情を表に出すか出さないかの差はあるけど、俺と少し似てる……。それも他人に頼れない所が……。
「成程。喜之助殿の言い分は一理ありますな!」
その時、ずっと話に加わっていなかったスケサクが口を開いた。まさかお前まで俺があの人と似てるって言わないよな。
「クリフ様。領民と話してみなされ。ワタクシが聞いた限りでは、皆が佐吉殿を
何だって……。俺達が話をしている間に領民と話をしていたのか。まぁ、あの人に似てるって言わないだけマシだけど、一体どんな事を聞いたんだ。俺は気になって一目散に佐吉の評判を領民に聞いてみた。
「何かと思えば、そんなの良いに決まってるだろ。あの方は悪代官の処罰、上下水や街道の整備、頼んだ事は責任を持ってやってくれる。この土地を良くしてくれた
「そうよ。税の取り立ても私達の事情に配慮してくれる。それに不正はしないし、嘘もつかない。あんな良い領主は他にいないわよ!」
すると男女問わず、領民からは佐吉を絶賛する声が上がった。嘘だろ……。こんなに慕う人がいるのか……。俺は驚きを隠せなかった。
「おやおや。何事じゃ?」
そこへ地面まで届く長い
「あっ、長老様。この子らが佐吉様の悪口を言うんですよ。どうも、あの方の良さが分かってないようでして……」
悪口って……。別に事実を述べただけだぞ。それに佐吉の良さが分かってないだと……。そんなの見た事ないから分かる訳ねぇだろ。俺は領民達の言い分にイラ立ちを見せる。すると喜之助さんが長老に対し、俺達を招待した経緯を話し出した。
「ほほぉ。そうでありましたか。大変でしたな……。ならば少し私がお話いたしましょう。コレ、そこの少年よ」
一通り話を聞いた長老は俺を指差してきた。今度は何だよ。どうせ貴方も佐吉の良い所ばかりを話すんだろ。
「君は佐吉様が嫌いなようじゃな? その気持ちは分かるぞ。ワシもあまり好きではないからな」
ところが返ってきた言葉は俺の予想していた事とは違った。長老も佐吉の事を好んではいなかった。それならどうしてここに住んでるんだ。
「ただな、あの方は家臣から謀反を起こされた事も領内で一揆を起こされた事が一度もないんじゃ。豊国家臣団で唯一な……。何故だか分かるか?」
どういう意味だ。嫌いな奴なら不満を述べても良いはずなのに……。長老の言葉に俺は首を傾げ、さらに疑問が深まっていった。
「佐吉様は知っての通り、冷淡で素っ気ない物の言い方をする。それに不満を抱く者も少なくない。しかし物事とは『目に見えている事』だけが真実ではないんじゃ。何事にも良し悪しがある。そこに隠された真意を見抜くのが重要なんじゃ。無論、人付き合いの上でもな」
それって長老の持論なんじゃ……。何を言ってるのか俺には理解できなかった。
「まぁ、今は若いから分からんじゃろ。しかし何事も経験あるのみ。ワシの言う事を知りたいのであれば、まずは佐吉様に歩み寄ってみなされ。それが君の成長に繋がるからな。ホホホ」
何だよ。教えてくれないのか。佐吉と関わって何が分かると言うんだ。クソッ、誰か教えてくれよ。そう思いながら、去り行く長老の後ろ姿を見つめて俺は頭を抱えていた。
日が沈み始めた頃。俺達は浪速領への帰路を歩いていた。その道中、俺は自分と近領の長老や領民が語る『佐吉の人柄』が、どうしてあんなに異なるんだと不思議に思っていた。
「クリフ。明日、佐吉さんに謝りに行こう」
そうやって考え事をしながら歩いていた時、突然、グレイが佐吉に謝りに行こうと声をかけてきた。どういう風の吹き回しだ。俺は不思議に思い、その理由を尋ねてみた。
「あの時のヒナタちゃんへの言葉って、実は佐吉さんなりの気遣いだったんじゃないかな。ケガするから危ないとか、まずは技術や体力を付けろとか……。まぁ、言い方は酷いと思うけどね……」
「そんなはずは——」
そう言いかけた所で俺は言葉を止めた。佐吉のあの言い方は酷い。でも長老様や領民の話を聞くと、グレイの言ってる事もあながち間違いではないのかも……。
「クリフ様。もうお分かりなのではありませぬか? 確かに佐吉殿の言い方は酷いと思います。しかしそこに『情』がないとは思えませぬ。それは近領の長老様や領民の話からも伺い知れたはず。なのでここは暴力に訴えた自分の行いを悔い改め、歩み寄る姿勢を持ってみるべきかと思いますぞ!」
そんな思考になり始めていた時、スケサクが謝罪を勧めてきた。同時に佐吉と歩み寄る機会を持つようにも進言される。
「クリフ。そもそもの原因はあたしなんだから、一緒に行かない? これを機に佐吉さんと向き合ってみましょう」
「私も行こう。お主達が佐吉と向き合えるように尽力する!」
そしてヒナタや喜之助さんからも、謝罪へ行くように勧められる。本当にあんな奴と歩み寄れるのか……。俺は何だか佐吉と会う事に憶病になっていた。でも四人は俺の言葉を待っている……。ここは行くしかないのか。それならあの事を聞いてみるか。
「分かった。明日、俺も行くよ」
俺は『ある思い』を胸に秘めながら、佐吉の元へ行く事を決心するのであった。
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