第十六話 理解
俺と佐吉は『仲間』への認識で対立した。一発だけグーパンチを見舞ったが、仲裁に入った喜之助さんに気絶させられた。それからの事は何も覚えていない。
「うぅぅぅ。どこだ、ここ?」
そんな俺が目を覚ましたのは正午過ぎの頃だった。
「クリフ殿。目を覚ましたか?」
そこへ喜之助さんがヒナタの肩を借りて現れた。そう言えば、この人、本当に体が悪いんだな。それなのにどうして……。俺は二人を見ながら、ある疑問が浮かんだ。
「ヒナタ。ちょっと席を外してくれるか? グレイ殿とスケサク殿を呼んできてくれ」
しかしそんな事を知る由もない喜之助さんは俺の傍に座ると、何故かヒナタを部屋から出した。何だ、アイツらもここにいるのか。
「ふぅ、クリフ殿。昨日の一撃はすまなかった。ただヒナタを認めてくれた事は感謝するぞ!」
ヒナタが部屋から出ていくと、喜之助さんはすぐにお詫びとお礼を述べた。
「別に大した事はしてません。あんなの当たり前ですから!」
俺は目を合わせずに返事をした。でも何でこんな人が佐吉と親しいんだ。サッサと距離を置けば良いのに……。そんな気持ちが湧き出てきたからか、自然と肩や拳に力が入っていた。どうやらまだアイツへの怒りは収まっていないようだ。
「……クリフ殿。少し耳の痛い事を言うが、昨日の暴れっぷりは残念だ。確かに佐吉にも非はあったが、相手に掴みかかるのは武士としてあるまじき行為。
すると突然、喜之助さんに叱責された。何で俺の怒りが収まっていない事が分かったんだ。ある程度は平静を装っていたはずなのに。まさか仙術の力か……。
「心を読まれたとでも思っているようだな? 私は相手の思考や気配を察知できる『
やはりそうだったか。でもそんなアリかよ。病気の影響を差し引いても、効果絶大すぎるだろ。俺は改めて仙術の力が底知れない事を実感した。
「まぁ、私の話はこれぐらいにして……。クリフ殿よ。近い内に佐吉に頭を下げよう。二人が変われるよう尽力するから!」
喜之助さんの実力が明らかになった所で、再び話題が佐吉への暴力に戻る。頭を下げるって謝罪の事か。冗談じゃない。絶対に嫌だ。俺は目で訴えながら、首を横に振る。
「そんな事を言わず、私は佐吉にも少しは変わって欲しいと思っている。お主のように仲間を思いやれ――」
「でも仲間にあんな事を言う奴は大嫌いです!」
何とか説得しようと促す喜之助さんに俺は思わず声を上げてしまった。一瞬だけ空気が凍り付くのが自分でも分かった。でもこの際、言いたい事を全て言ってやる。そう思い、拳を握って立ち上がった。
「俺はアイツが『ヒナタに女だから下がれ』って言ったのが許せないんです。何であんな奴の肩を持つんですか?」
この日一番の大声だろう。唸るように鼻息も荒い。もう感情が先走っているのも分かる。でも言わずにはいられない。
「……確かにそれは否定できないな」
そんな俺の気持ちを喜之助さんは見抜いているだろう。それなら教えてくれ。佐吉が豊国家に忠誠を誓ってるとか、信頼されてるのが本当なのかを……。
「そんなに大声を出して、一体、どうしたんだい?」
そう思っていた所にグレイとスケサクがやってきた。ヒナタもいるな。ちょうど良かった。皆にも聞いてもらおう。
「佐吉のヒナタへの態度が、俺は許せないんだ。二人はどう思ってる?」
俺は布団の上に座り、グレイとスケサクに佐吉の事を尋ねてみた。二人だってアイツに嫌悪感を抱いていた。必ず同意見のはずだ。
「クリフ。もう良いのよ。あたしが意地を張りすぎただけだから……」
すると意外にもヒナタが微笑みながら、俺の怒りを収めようとしてきた。なに言ってんだ。あんな事を言われて泣いてたくせに……。今だって口角が下がってる。俺はヒナタの反応に納得できなかった。
「お前だって頭に来ただろ? それに何か目標があるって言ってたじゃないか? 修行に参加したのも、俺達の性根を叩き直すって言ってたけど、本当はそれが理由なんじゃないのか?」
同時に無理して笑っているとしか思えなかった。こう言っただけで俯いているじゃないか。言いたい事を言えよ。
「……男に生まれたアンタに何が分かるの?」
そう思っていると、ヒナタはクルリと背中を向けた。全身を震わせ、必死で涙を堪えているようだった。
「あたしは女性の地位向上を目指してたの。男と同じように戦や政治に関わりたいと思ってた。でもアンタ達と修行して分かったの。女では無理だって……。目隠しした二人にすら勝てないし、勉強だって炊事や洗濯で時間を取られてできないもん。だったら諦めるしかないじゃない!」
しかし本心を語るうちに涙が
「……なぁ、ヒナタ。お前は凄いよ。本当に大きな壁に立ち向かってたんだな。今まで一人で頑張ってきたんだな」
気付くと俺はヒナタの手を握り、これまでの頑張りを労っていた。それは下心とか関係ない素直な気持ちだった。
「確かに男女に『違い』はある。でも『力差』はない。いつの時代、どこの国でもそれは同じだ。ヒナタが立てた目標は間違ってないぞ」
続けてヒナタの目標が正しい事も伝えた。その言葉に彼女の涙は止まった。目元は赤いけど、少しだけ視線が上がる。
「ただ一人で頑張るのは限界がある。だから一緒に闘わないか?」
「た、闘うって?」
真剣な目で『共闘』を宣言した俺にヒナタは目を丸くした。何故か握られた手には熱も帯び始める。
「せっかく良い事をしようとしてるんだ。諦めるなんてもったいない。大きな壁が立ちはだかったら、俺が一緒に乗り越えてやる。一緒に国を変えよう!」
俺はヒナタの力になりたい。そのためなら苦労も惜しまない。そう思っていると、彼女は自然と首を縦に振っていた。
「ヒナタちゃん。修行で見せた君の剣技は見事だったよ。女の子だからって引け目に感じなくて良い。僕も一緒に闘うから、もう一度挑戦してみないかい?」
そこへグレイも立ち上がってくれた。これは心強い味方だ。頼りにしてるぜ、親友よ。
「ほ、本当に一緒に闘ってくれるの?」
俺とグレイが協力を申し出ると、ヒナタは口元を抑えながら再び涙した。当たり前だと言わんばかりに小指を立てる。指切りすると、次第に彼女が笑い始めた。うん、コイツは笑顔が一番だな。
「……クリフ殿。それだけ人を思いやれるのは大したものだ。ただそれだけの事ができるなら、佐吉に謝罪はできないか?」
すると一連のやり取りを見ていた喜之助さんが、
「今みたいにヒナタと向き合えたお主なら、必ずや佐吉とも分かり合える。仲良くなれとは言わん。ただ信頼関係とは互いの嫌な所も受け入れて成り立つものだぞ」
そんなの分かってるよ。でもヒナタと佐吉は違う。それにアイツに謝れって言われても、納得できない事はしたくない。
「クリフ様。ここは少し考えを変えてみませぬか。その強い正義感は貴方様の良き所。しかしそれは時に悪い方へ向かってしまう場合もあります。なのでここは喜之助様に従ってみませぬか?」
するとこれまでずっと行く末を見守っていたスケサクが諭してきた。そんな事を言っても……。
「……ならば、私について来い。佐吉の本当の人柄を教えてやる!」
俺が沈黙を貫いていると、突然、喜之助さんが俺の手を引いて歩き出した。この後、『ある場所』へ連れて行かれるのだが、これが良い方向に向かうのであった。
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