第十五話 口論
一晩明けて、ようやく俺の怒りは収まった。時間が経った事で少しだけ冷静になり、女の子を相手にムキになり過ぎたと
「あら、逃げずに来たのね?」
門前に着くと、すでに喜之助さんとヒナタがおり、すぐさま彼女は口元を押さえて挑発してきた。コイツ、絶対に負けねぇからな。俺は睨むように全身に力が入る。
「クリフ殿、これから一緒に修行するんだ。もう仲違いはやめんか」
そこへ喜之助さんが俺の肩を叩いてきた。これから一緒にってどういう事だ。一瞬、俺は意味が分からなかった。
「今日から喜之助の娘が修行に付き合ってくれるそうだ」
すると道場から佐吉の声が聞こえてきた。えっ、この子が……。おいおい、大丈夫なのか。俺はヒナタの方を向き、目をパチクリさせた。
「あのね。あたしには目標があるの。女だからって舐めないで。これを使えば、アンタ達には勝てるわよ」
そう言って、ヒナタは喜之助さんから竹刀を受け取っていた。剣術だと……。それで俺やグレイに勝つとか笑わせるな。目隠ししても避けれるさ。
「クリフ、ヒナタちゃんを舐めない方が良いよ。少なくとも剣の腕は僕達よりも上。それに同年代では『剣術小町』って言われている。豊国家中でも有名だよ」
俺がヒナタを
「分かった。お前が言うなら、間違いないんだろ。油断せずにいくよ」
そんな親友の一言に俺は気を引き締め直した。そして二日目の修行に入る事にし、まずは昨日と同じく目隠しをした。しかしグレイとはぶつかるし、小さな石ころに
「クリフ、グレイ。まずは冷静になるんだ。こういう時こそ平常心を保つ事を心掛けろ。そうしないと仙術の習得は難しいぞ」
何も見えない中で困惑する俺達に喜之助さんは、まず何をすれば良いかを助言してくれた。これは目からウロコ。こうやって分かりやすく教えてくれれば、やる事は決められる。そう思って、俺は深呼吸を始めた。耳を澄ますとグレイも同じ事をしているのが分かる。少し冷静になれたみたいだ。
「ヒナタ、準備は良いみたいだ。いつでも掛かっていけ」
「分かりました。お言葉に甘えていきます!」
その最中、佐吉は修行開始の合図を出す。おいおい、ちょっと待てよ。この状況で始めるのか。少しは間を取れよ。そう思っていたが、ヒナタは速攻で襲い掛かってきた。クソッ、お構いなしかよ。バシバシと容赦ない竹刀の音が響き渡る。
「でやぁぁ」
痛ぇ……。本気できてるな。やっぱり甘く見てたな。グレイの言うように『剣術小町』と言われるだけあるな。でも少しだけコツが分かったぞ。
「やぁぁぁ」
「左!」
大声と共に再びヒナタの剣の振る音が聞こえる。目が見えないけど、それは左からくるのが分かった。
「えい!」
「右だね!」
どうやらグレイも気付いたみたいだな。これが
「ちょっと、離しなさいよ」
その瞬間、俺は腹を蹴られた。まだ上手く感じ取れねぇか。完璧には習得できてねぇみたいだな。でもようやくヒナタの太刀筋が分かってきたし、呼吸まで分かる。佐吉の言うように仙術習得の近道と言うのは本当だな。
「三人とも休め。こんな修行。続けても仕方ない!」
そう思っていた矢先、突然、佐吉が修行を中断してきた。なに言ってんだ。もう少しで仙術が習得できるのに……。俺は納得できず物申した。グレイも同様だ。
「お前達は分からんのか? 目隠しを外してみろ!」
何だよ。もしかしてあまりにも早いから焦っているのか。そう思って、俺とグレイは目隠しを外した。
「ハァハァ……。ゼェゼェ」
するとヒナタが滝のように汗を流し、膝をついて肩で息をしていた。明らかに顔色も悪い。どうしたんだ。何でそんなに辛そうにしてるんだ。予想もしていない事態に俺は目を見開き、グレイも驚いたように口を開けていた。
「お前らは太刀筋や呼吸が分かるようになって、仙術が習得できたと思っていたんだろ? しかし実際は違う。ただ単にヒナタがバテただけだ」
佐吉は俺達がヒナタの攻撃を避けられるようになった理由を述べた。嘘だろ……。そんなバカな……。
「それとヒナタ。最初から考えなしに動きすぎだ。攻撃方法も『振る』、『突く』の二つのみ。加えて掛け声で読まれてしまう。それで男と互角にやり合えると思っていたのか。これ以上は邪魔だ。ケガする前に
続けて冷淡な一言をヒナタに吐いた。
「さ、佐吉さん。まさかあたしのせいですか。ハァハァ。あたしは死ぬ気でやっていきます。ゼェゼェ。女だからって邪魔者扱いはしないで下さい」
するとヒナタが息を切らしながらも反論した。しかし立ち上がる事ができず、竹刀も満足に構える事ができなかった。
「そんな様で何を言う。お前はクリフやグレイと比較しても、役立たずだ。
一瞬にして、その場が凍り付いたように静まり返った。ヒナタはショックだったのか、竹刀を落として大粒の涙を流し始めた。今のは酷すぎるだろ。同じ釜の飯を食う仲間に何て事を言うんだ。俺は佐吉の元へ足を踏み出していた。
「何だ?」
「ヒナタを侮辱するな。アイツの剣術は十分な域に達している。休憩しながらでも良いからやらせて下さい!」
この修行で十分に理解できた事がある。ヒナタは大口を叩くだけの実力はある。それなら彼女への配慮も必要だろ。そう思って、俺は佐吉の心ない言葉に対し、ありったけの怒りをぶつけた。
「……お前はバカなのか? 戦場で敵が休ませてくれると思っているのか? そのような甘い考えは通用しない世界だぞ?」
しかし佐吉は『戦場の厳しさ』を語ってきた。そんなの分かってるよ。でも強くなるには厳しいだけじゃダメだろ。俺はどうしても引く事ができなかった。
「もうその辺にしないか。また若者が離れ——」
「別に構わん。私は仙術を教えるとは言ったが、馴れ合うつもり一ミリもない。それにこの程度の事で憤慨するようでは、今後も役に立たん。辞めてもらって結構だ!」
喜之助さんが仲裁に入った時、佐吉は再び心ない一言を放った。この仲間を軽んじる発言。もう我慢できねぇ。俺は気付くと左拳を振り抜いていた。その直後、鈍い音が響いた。
「お前は仲間を何だと思ってるんだ? グレイやヒナタは一緒に修行する仲間だぞ。それを女だから下がれとか、役に立たないとか……。一体、何様のつもりなんだ?」
俺は堪忍袋の緒は切れていた。今までにないくらい炎も発していた。
「何様とはどういう事だ? 私はただ事実を述べただけ。それが豊国家のためになるなら、それ良いじゃないか?」
それなら言い方だってあるだろ。人の気持ちも推し量れねぇのに何が豊国家のためだ。ふざけんのも大概にしろよ。俺は口元の血を拭う佐吉に再び飛びかかった。
「やめんか、クリフ殿!」
「離せ。コイツは絶対に許せない!」
俺は戦闘に発展するのを恐れた喜之助さんに取り押さえられた。邪魔しないでくれ。もう一発ぶち込んでやる。そう思って、力の限り腕を振りほどこうとしていた時、腹にドコッと鈍い音が響いた。
「すまんな。お主程度の見習い衆。私でも簡単に倒せる。立場を弁えてくれ!」
俺は喜之助さんに気絶させられてしまった。その後、どうなったのかは分からない。ただこの日の出来事が、後の人間関係を大きく左右するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます