第十四話 修行
夏の猛暑が続く中、俺とグレイの修行が道場で始まった。凄く蒸し暑いけど、仙術を習得のためだ。弱音なんか吐いてられない。そう思って、修行初日に臨んだが、それは苛烈な修行の始まりだった。
「ま、前が見えねぇ!」
「お、同じく……」
修行開始にあたって、俺とグレイは目隠しをするよう命じられた。右も左も分からない。こんな状況で何をする気だ。クソッ、アイツめ。なに考えてんだ。
「良いか。
佐吉曰く、これは異種族の俺達が最短で仙術を習得する方法らしい。確かに趣旨は分かるけど、もっと違う方法があるんじゃないのか。俺は真っ暗な視界に戸惑う中、疑問しかなかった。
「とと、ところで佐吉殿。何故、ワタクシが、よよ、呼ばれたのでしょうか?」
でも最も困惑していたのは俺達じゃなく、突然の参加を命じられたスケサクだろう。どんな顔をしてるかは分からないけど声が震えてる。
「貴方にはクリフとグレイに攻撃を仕掛けてもらう。遠慮なく叩きのめしてくれ!」
おいおい、どういう事だ。スケサクに俺達を攻撃しろって……。そんな事、アイツにできる訳ないだろ。
「さ、佐吉殿。しゅ、主君とその友人に攻撃など……。ワタクシにはできませぬ」
カランと音が聞こえる。何か置いたみたいだ。やっぱり
「スケサク殿。そう言わず、付き合ってやれ。これも二人のためだ」
すると佐吉が口を開く。いつもの冷淡な言い方だ。どうやらスケサクを帰す気はなさそうだ。ハァ、仕方ない。ここはやってもらうしかないな。
「スケサク。物は試しだ。俺に構わずやってくれ!」
「そうです。僕達を思うなら、お願いします!」
そう思って、俺は攻撃を命じた。それにグレイも続いた。スケサクからの返事はない。でも再びカランと音が聞こえた。よし、これで修業が始まるな。こうして心を弾ませながら、俺達の修行が始まった。
夕方が近付いた時間帯。ようやく暑さも和らぎ始めた頃、修行が終わった。
「フン。予想通り、酷い有様だな」
目隠しを外した俺とグレイの小袖は砂で汚れ、体にはあざができていた。汗も大量にかき、立っているのもやっとの状態だった。
「この程度では仙術の習得も程遠いな。これが実戦だったら刀や槍で一突きだからな。今は役立たずと言うべきか」
そんなボロボロの俺達に佐吉は容赦ない一言を浴びせてきた。この野郎、言いたい放題言いやがって……。俺は怒りに震え、拳を握って目を釣り上げた。
「何だ? 本当の事だろ? 文句があるなら修行をやめるか?」
しかし佐吉は臆する事なく、さらに追い打ちをかけるような言葉を口にした。もう我慢できねぇ。俺は無意識に炎を発した。
「クリフ、ここは堪えよう。今の僕達では佐吉さんに敵わないよ!」
「そうですぞ。そんな事をしても強くなれませぬぞ!」
するとグレイとスケサクが俺の肩を掴んできた。チクショー。俺は今にも飛びかかろうとする気持ちを抑え、歯を食いしばって耐え忍んだ。
修行を終え、俺は長屋に戻った。しかし夕食になっても、怒りは収まらなかった。
「アイツの言動……。めちゃくちゃ腹立つ!」
よくあれだけ神経を逆撫でる事が言えるよな。本当に性格の悪い奴だ。俺は鍋を突きながら、佐吉への不満が止まらなかった。
「まぁ、あの人は敵も多いし、否定はできないね」
グレイはオニギリを口にしながら豊国家の人間関係を語る。どうやらコイツも佐吉には不快感を示しているようだな。でも何であんな奴を秀明は登用してるんだ。それが不思議で仕方ないんだけど……。
コンコンコン。
その時、扉をノックする音が聞こえた。こんな遅くに誰だ……。俺はイライラしながら、扉を勢いよく開けた。
「おやっ、こんな時間にすまんな。お主がクリフ殿か?」
すると頭巾で顔を覆った男と、彼に肩を貸すショートヘアの少女が立っていた。誰だ、この二人……。
「そうですけど……。貴方達は誰ですか?」
そう思いつつも、俺は来客に素性を明かした。はっきり言って、こんな時間に尋ねるとか非常識だろ。
「そんなに警戒せんでも良い。私は
しかし俺が警戒心を露わにしているにも関わらず、喜之助と名乗る男は目元を緩ませながら、握手を求めてきた。何なんだよ。この二人は……。
「あれっ、もしかして喜之助さんですか? ヒナタちゃんまで……。一体、どうしたんですか?」
そこへグレイがやってきた。えっ、知り合いなのか。俺は思わず両者の顔を何度も見やる。どういう関係なんだ。
「おぉ、グレイ殿もいたのか。ちょうど良かった。じゃあ、立ち話もなんだから家に上げてくれないか?」
いやいや、ここは俺の家なんだけど……。一瞬、そう思ったが、すでに警戒心は解けていた。おそらくグレイの知り合いだと分かったからだろう。気が付くと、俺は二人を自分の部屋まで案内していた。
俺が喜之助さんとヒナタを家に招くと、向かい合うように座った。
「いやぁ、佐吉の下で修業してる若者がいると聞いてな。珍しいと思って来たんだ。この時間帯に来たのはスマンな」
そしてすぐに来訪の理由を話した。目元しか見えないけど、おそらく温厚な人なんだろう。初対面ながらも喜之助さんの人柄に俺は安心感を覚えた。それ故にこの人なら佐吉の事を聞いてくれそうだと、今日の出来事を話してみた。
「……そうか。やはり今回も、そうだったか」
すると喜之助さんは過去に佐吉が問題を起こしたと思われる内容を口にした。やはりって前にもあったのか……。この一年、ずっと思ってたけど、やっぱり嫌な奴なんだ。俺は呆れ返ってしまった。
「お主達の苦労は分かるぞ。ただこれだけは覚えておいて欲しい。佐吉ほど信頼できる男はいないという事をな。今は分からんかもしれんが、付き合いを重ねれば、いずれ理解できる。それまではアイツの指南を受けろ!」
そんな俺に対して喜之助さんは佐吉の人柄を語ってきた。どうもこの人はアイツと付き合いが長いみたいだけど……。
「でも僕達は一日であの人と距離を置きたいと思いましたけど?」
グレイが本音を語る。それはそうだ。そんな話、信じられないからな。それにアイツに教わるの嫌だもん。もっと良い人に教わりたいよ。
「……そうか。ならば明日は私も道場に赴こう。何かあったら仲裁に入る。だからここは一緒に乗り越えんか?」
そう思っていると、今度は喜之助さんが修行に赴くと言い出した。いやいや、そうじゃなくて佐吉を注意してくれよ。
「父上。あたしも行って良いかしら? この根性なしの性根を叩き直したいわ」
するとヒナタも修行に行くと口にした。なっ、根性なしだと……。何て生意気な事を……。俺の佐吉への憤りは彼女へ向いた。
「おい、お前に負ける程、俺は弱くないぞ!」
そして思わずヒナタの胸倉を掴みかかった。頭から湯気が出る程に俺は鋭い目を向けたが、彼女の方も目を逸らさなかった。この女、何て肝が据わってるんだ。面白い。ここで決着をつけてやる。
「クリフ、やめるんだ。相手は女の子だよ!」
そこへグレイが間に入ってきた。ヒナタの前に立って俺に敵意を向けていた。何だよ……。根性なしって言われて腹が立たないのかよ。思わぬ介入に俺の怒りは鎮まった。彼女の方も喜之助に宥められ、帰路につく事となった。
「まっ、首を洗って待ってなさい。グレイ、ありがとね」
しかし去り際に再びヒナタが挑発してきた。何だと、上等だ。返り討ちにしてやる。俺は一層ムキになったが、周囲の制止もあって中指を立てるぐらいしかできなかった。
喜之助とヒナタの帰宅後。
「あの女、マジでむかつく!」
絶対にあの言葉を撤回させてやる。俺の怒りはヒナタに向いていた。
「ところで喜之助さんの言ってる事は本当なんだろうか?」
そこへグレイが話題を変えようと声をかけてきた。そんなの知るかよ。俺の耳には誰の話も入ってこなかった。しかしこの日の出来事が、後に佐吉との関係に大きく左右するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます