第十三話 仙術
修行を始めて約一年が経った。十一歳になって成長期に入ったのか、俺の体つきは逞しくなり、身長も伸びた。修行の成果も出始めているのか、技の練度も日に日に増していた。そんな日々を送る中、グレイとの関係にも変化が生まれた。
「クリフ。今夜だけど、部屋に来ないかい?」
「あぁ、良いぜ。だったらスケサクも呼ぶよ。アイツは元料理人だからな。一緒に上手い飯でも食おうぜ!」
「フフフ。いつも悪いね。是非ともご馳走になるよ」
当初は皮肉屋で嫌な奴だと思っていたけど、一緒に修行してみると、グレイは貧民街に生まれて身寄りがいない事を知った。それなのに前を向いて生きる姿に俺は感化され、今では公私共に付き合いのある『親友』になっていた。
その日の夜。俺はスケサクを伴い、グレイの部屋にお邪魔した。
「グレイ殿。早速、台所をお借りします。今夜は
そう言って、スケサクは早々に夕食の支度を始めた。出来上がるまで少し時間がかかる。それまで俺とグレイは床の間に座り、待つ事にした。
「……ところで何か話が合って呼んだんだろ? どうしたんだ?」
しかし何もしないのは時間が長く感じる。少しでも暇をなくそうと、俺は自分を部屋に呼んだ理由をグレイに尋ねてみた。
「察しが良いね。実は明日、佐吉さんの所に行こうと思うんだけど、君もどうだい?」
佐吉の所だって……。どういう風の吹き回しだ。もしかして何か情勢の変化があったのか。突然の誘いに俺は眉を動かす。
「そんな大それた事じゃないよ。ほら、忘れたのかい? 何で佐吉さんに異種族の能力が通用しなかったのか……。そろそろ理由を知りたいと思わないかい?」
するとグレイが理由を説明した。そう言えば、この一年、ずっと修行してたから忘れてたぜ。そうだな。あれからかなり強くなったし……。そろそろ教えてくれるだろう。
「良いぜ。だったら明日、朝一で行こう!」
俺はすぐに佐吉の所へ行く事を了解した。そんな他愛のない話をしながら、夜遅くまで歓談をした。
翌朝、俺とグレイは澤山屋敷を訪れた。門番への挨拶も忘れ、一目散に扉を開けて佐吉の部屋へ向かった。
「おはようございます。佐吉さん。どうして異種族の能力を無効にできたのか。そろそろ教えて下さい」
部屋に入るなり、佐吉は縁側に座って何やら難しそうな本を読んでいた。まるで俺達に関心がないのか、顔を上げる様子はなかった。いつもの事だけど、この態度はムカつく。俺は憤りを感じた。
「お前達が知りたいのは、『
すると突然、佐吉が本を閉じて素っ気ない返事をしてきた。仙術だって……。何だよ、それ……。俺とグレイは首を傾げた。
「仙術とは、お前達、異種族の能力に対抗できる力の事だ。少しここで待っていろ。書物を持ってきてやる」
上から目線で話しやがって……。本当にムカつく人だ。でもどうやら教えてくれるみたいだな。それなら少しは大人しくしてるか。そう思って、俺とグレイは素直に佐吉の部屋で待機する事にした。
部屋で待機を命じられて数分間。それは何時間にも感じられた。いつになったら戻って来るんだよ……。俺は貧乏ゆすりをしながら、苛立ち始めた。ちょうどその時だった。コンコンと襖をノックする音が聞こえた。
「おはようございます。貴方達が主人の言ってたお客様ね?」
襖が開かれると、そこには物腰柔らかい女性がお茶を持ってやってきた。この人は一体、誰なんだろう……。俺はグレイに目で尋ねるが、どうやら知らないようだ。
「申し遅れました。私は
「えぇ~」
俺は思わず声を出してしまった。グレイも相当驚いているのか、目を丸くしていた。こんな穏やかな人が佐吉の妻だって……。あんな冷淡な人と結婚するなんて、
「人の部屋で大声を出すとは何事だ?」
今度は背筋が伸びた。いつの間に戻ってきたんだよ。そう思って振り返ると、佐吉は両手に四冊の書物を持っていた。
「菜月、用が済んだんなら、早く部屋を出ろ!」
「はい。分かりました。ではごゆっくり」
佐吉は書物を床に置くと、菜月に素っ気なく退室を促した。まるで亭主関白だな。菜月さんは苦労してるんだろうな……。俺は夫に文句一つ言わない菜月さんを見て、心底そう思った。
再び部屋には俺とグレイ、そして佐吉の三人になった。
「これだ。仙術の概要と修行方法について記載がある」
パラパラと本をめくる佐吉の言葉を待つこと二分。その記載されたページを見つけて渡してきた。いよいよ詳細が分かるのか。俺はワクワクしながら、書物に目を移した。しかしその内容は難しいものだった。
「やはり理解できんか……」
俺達が頭を抱えていると、佐吉は立ち上がって自室の黒板に箇条書きを始めた。
「まず仙術の『
それってスミコが言ってた『倭国の強者』の事か。そう言えば、忠義様や秀明も
「鋭い視点だな。この
実体を捉えるだって……。じゃあ、俺やグレイの能力が通じなかったのも、この力が作用していたからか。自分達の能力に対抗できる手段があるなんて知らなかった。俺は驚きのあまり言葉を失っていた。
「それなら早く仙術を教えて下さい。この
でもこれは好機だ。仙術を習得して今よりも強くなってやる。そうすれば、俺もグレイも戦で活躍できるはずだ。
「いや、倭国の強者と対等に渡り合いたいなら、
そう思っていた矢先、その淡い希望は脆くも粉砕された。せっかく気持ちが高ぶってきたのに……。何でそんなやる気を削ぐ事を言うんだよ。俺とグレイはムッとした表情で佐吉を睨んだ。
「その
俺は思わず机をバンと叩き、凄んで問いただした。
「
しかし佐吉は動じる事なく、
「じゃあ、仙術使い同士の戦いは、どうやって決着がつくんですか?」
そこへグレイが質問をした。コイツ、現実と向き合ってやがる……。悔しがってる場合じゃねぇな。
「そうだな。まずは
すると佐吉は腕組みしながら、俺達の成長に言及する。
「分かりました。じゃあ、一からキッチリと教えて下さい!」
俺とグレイは再び頭を下げ、教えを請うた。
「良いだろう。ただし仙術と異種族の能力を併用するのも難しい。それに普通の人間に比べると、習得にも時間を要す! 長い修行になると思え!」
時間を要すだと……。ここまで来たら、長い修行だって上等だ。絶対に強くなってやる。俺はまっすぐな目で佐吉に覚悟を示した。
こうして俺とグレイは仙術の修行に励む事となった。そしてこれが俺の成長の足掛かりとなるのであった。
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