第十二話  個性

 俺とグレイは浪速領に着いた後、豊国家の主要人物と謁見を終えた。その後、城を出てスケサクと再会すると、佐吉に連れられて城下町へ赴く事なった


「ここは長屋ながやだ。お前達と同じ年頃の者が住んでいる!」


 俺達が案内されたのは、『長屋』という連棟住宅が立ち並ぶ場所だった。そこでは同年代の少年少女が、農業や商業を手伝っていた。


「こんな所で修業をするんですか。何だか平和ボケしそうなんですけど?」


 何だよ、この庶民的な暮らしは……。こんな所で修業して強くなれると思えないんだけど……。俺は疑問を持つと共に不満も示した。


「そんな事はない。お前達のように武士として教育される者の方が少ないんだ。ここで強くなったものだっている。則正や虎清のようにな」


 この住宅街は則正や虎清の育った場所でもあった。あの二人もここから出たのか。秀明の縁者なのに庶民と同じ場所で教育を受けたんだ。それを聞いて俺は意外に思った。


「まぁ、強くなれるかは、これからの修行への取り組み方次第だ。これで腐るようなら、今すぐ出奔しゅっぽんするんだな」


 そんなつもりはない。そこまで言うんなら、一年で戦に出れるぐらいに強くなってやる。佐吉の一言は俺の負けん気に火を付けた。こうして翌日から修行に励む事となった。


 謁見の翌日。俺とグレイの修行が始まった。


「ハァハァ……」


 しかし開始して一時間。もうダメだ。握力がねぇ。こんなはずじゃなかったのに……。何で一太刀も浴びせられねぇんだよ。俺は木刀を落とし、肩で息をしていた。体にはあざもできており、大粒の汗も流れていた。


「どうした? もう終わりか?」


 そんな俺とは対照的に佐吉は指先で木刀を回していた。あの顔、マジでむかつく。


「この野郎!」


 俺は木刀を拾い、背後に回って不意打ち同然に攻撃を仕掛けた。しかし力の差は歴然だった。どんな状況から攻撃しても佐吉には余裕で躱され、返り討ちに遭ってしまう。クソッ、これじゃ戦に出るなんて無理だ。


「おい、こっちで勝負させろ!」


 何度やっても勝てない状況に俺は嫌気が差した。興奮気味に佐吉を睨み、メラメラと炎を発現させた。


「天洋族の能力か。それで勝てると思っているのか?」


 まだ戦ってないだろ。本来の力を発揮すれば勝てるはず……。その余裕の笑みを歪ませてやる。俺は左拳から炎を放った。しかしその炎を佐吉は真正面から受け止められ、一撃で沈められてしまった。


「フン。一ヶ月経っても武術も使えんクセに自惚れるな。倭国の武士にとって武術は基本中の基本。それが使えないなら戦では役立たずだ」


 跪いて悔しがる俺に佐吉は非情な一言を叩きつけてきた。チクショー。何で炎が通用しないんだよ。


「フフフフ。君は進歩がないね」


 そんな俺とは対照的にグレイは武器をソツなく扱っていた。コイツに負けてるのが一番ムカつく。


「うるせぇぞ。俺に負けた奴が偉そうに語るな!」


 そう思って、俺はムキになって言い返した。するとグレイの癪に障ったのか、アイツは俺を小突いてきた。望む所だ。お前になら喧嘩で負けねぇよ。


「お前ら……。いい加減にしろ!」


 修行そっちのけで喧嘩を始めた俺とグレイは佐吉に木刀で殴られた。


「クソォ。何で倭国の人には俺の炎が効かないんだよ!」


 と何が違うんだ。俺は痛みに悶えながら、ずっと疑問に思っていた事を口走った。


「そう言えば、僕の能力も通用していない。何か秘密があるんですか?」


 何だって……。グレイの能力も通用してないのか。どういう事なんだ。


「どうやら何か気付いているようだな。しかし今は教える気はない。まぁ、私に一太刀でも浴びせられたら教えてやっても良いが……」


 本当か。それなら意地でも教えてもらうぞ。俺は両拳に炎を纏い、プイッと背中を向けた佐吉に背後から襲いかかった。


「フン、そんな不意打ち。通用すると思っていたのか?」


 痛ぇ……。あれだけ完璧に避けて裏拳を叩き込めるなんて……。行動が読まれてるのか……。俺は地面に伏せながら、悔しさを押し殺すので精一杯だった。


「まったく君って浅はかだ——」


 グレイは俺を見て笑っていたが、隙があり過ぎたのか、佐吉に肘鉄ひじてつを受けた。コイツも人の事は言えねぇな……。そう思いながら、俺は体を起こした。


「……はぁ、どうもお前達に武術は向いていないようだ。これから別の修行に入らせてやる!」


 すると突然、佐吉は木刀を地面に付き刺し、俺達の修行方針を変えようと提案した。『別の修行』って何だ。もしかして『倭国の強者』になる修行か……。途端に心が波打つように踊った。


「はっきり言って、お前達が武術を鍛えた所で『並』の実力しか発揮できんだろう。それならクリフは天洋族、グレイは幻獣族の能力を鍛えよう。その上でお前達に合った戦い方を指南していこう」


 しかし実際は違った。俺達が武術の才能がないのは事実らしい。でもそんな修行があるのか……。そう思って、俺は恐るおそる聞いてみる事にした。


「お前達が成長できるのであれば、そのやり方をやろう……。私としては最も嫌な選択だがな……。どうだ?」


 佐吉は提案している修行方法は嫌みたいだが、俺達の成長を優先してくれた。この人って、柔軟な対応もできるんだ。良かった、それなら願ったり叶ったりだ。


「はい、是非ともお願いします!」


 俺とグレイは頭を下げ、新たな修行を始める事にした。ここから一気に強くなってやると心に誓った。


 新たな修行を開始して二週間後、俺とグレイは実戦形式での組み手をしていた。


「せいやぁぁぁ」


 右手を相手の顎先、左手は相手の中断を付ける位置。その構えで俺は空手の型を覚えた。そこから炎を交えた正拳突きや蹴りによる接近戦、炎を展開して高範囲を炎上させる遠距離戦の両方で戦えるようになっていた。


「おっと、今のは危なかったね」


 一方のグレイは体操選手ばりの軽快な身のこなしで攻撃を回避する術を身に付けた。その身軽さからスピード主体の戦闘方法を確立し、飛行能力や回復能力を合わせて持久戦ができるようになっていた。


「……やり方を変えると、こうも変わるとはな。本当に恐ろしい奴らだ」


 俺は無駄な動きがなくなった事で攻撃力が増し、佐吉が防御を必要とするまでに成長した。一方のグレイは無駄な攻撃を避けるようになった事で防御力が増し、手数で相手を圧倒できるようになった。


「これは思っていた以上の逸材かもな……」


 俺達の成長速度は『股肱之臣ここうのしん』と呼ばれる佐吉の背筋を凍らせたようだ。しかしそんな事は露知らず、俺とグレイは実戦形式で戦闘力を向上させていくのであった。

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