第十一話  謁見

 倭国に亡命してから一ヶ月半。俺は但馬家と出会い、豊国家との戦を通じて、自分の未熟さを思い知った。しかし成長の機会も訪れていた。


「それでは行って参ります。お世話になりました!」


 俺は生活を援助してくれた但馬家に頭を下げ、固い握手を交わした。赤い小袖姿に丁髷ちょんまげってもらった。これなら王族とはバレないな。本当に感謝だな。


「殿様、豊国家にスミコ様を嫁がせるのは本当ですか?」


「そうでおわす。それは敵に膝を折るようなもの。今すぐ撤回すべきでおわす」


 そこへ但馬家の重臣である肝付きもつき清廉きよかど西里にしさと通盛みちもりが息巻いてやって来た。せっかくの船出に何だよ。


「それにクリフという少年を付き人として彼らを送るのは何故ですか? それは我々の役割ではありませんか?」


 どうやらよそ者の俺が豊国家に同行するのが気に入らないみたいだ。まっ、それもそうか。俺だって自分以外が王位を継ぐって聞いたら腹立つしな。


「何か誤解しておらんか。我々は縁戚関係を結んだだけ。所領は守られ、都市部との繋がりもできた。何か問題でもあるのか?」


 さすが但馬家の副将・隆義様だ。皆が静まり返った。やっぱり凄い人なんだ。それに清廉と通盛は俯いた。きっとバツが悪いんだろうな。


「そういう訳だ。不満かもしれんが、但馬家を守るには、これが最良の選択。それにヌシ達がいなくなったら、ワシは心細い事この上ないぞ!」


 すると忠義様が背筋を伸ばし、一人ひとりに目をやって頭を下げた。


「そんな事があったとは……。知らなかった」


 たった数十秒で家臣に考えを改めさせるとは……。本当に但馬家の二人は凄い人だ。この人達を目標に頑張ろう。


「別にこれから良い関係を築ければ良いじゃないですか。根に持たないでいきましょう」


 それなら謝罪は素直に受け入れよう。そう思って、俺は再び手を取り合い、薩摩領に別れを告げていった。


 一ヶ月後。俺は西方部の主要地域を通り、倭国の首都・浪速領に到着した。そして浪速城に繋がる唯一の道『虎徹街道』を通過すると、豊国家の主要人物と共に城下町へ入った。


「うわっ。な、何だ、この城は!」


 まず最初に外観が黄金でいろどられた豊国家の居城・浪速城が目に入った。何て派手な城なんだ。それが俺の率直な感想だ。


「本当ね。これからこんな雄大な城に住むのね……。薩摩城とは大違い」


 スミコの言う通りだ。四方を城壁に囲まれ、平野に広がる空堀に笹山と臼山が見える南側、海に面した北側、河川を配した水堀に囲まれた東側と西側。こんな大規模な城は見た事ない。経済力も首里王国より上かも……。


「当然だよ。ここは倭国第一の都市。地方大名と一緒にしないでくれ!」


 そこへグレイが皮肉めいた一言を放ってきた。相変わらず気に入らない言い方だけど、スケールが大きいのは間違いない。でも一つ気になるのは、この城に通じる道は、いま来た道しかない事だ。


「お前達、何をしているんだ。サッサと城へ入れ!」


 そこへ佐吉が入城を促してきた。分かってるよ。すぐ入るから冷たい目を向けんなよ。俺は二人の物言いに頭にきたが、急いで城内へ入っていった。


 浪速城に入ると、スミコやスケサクと別行動を取る事になった。俺はグレイと共に『天通り』と呼ばれる漆黒の廊下へ通された。


「何でスミコとスケサクとは別行動なんですか?」


 せっかく皆で来たんだから、一緒に行動すれば良いのに……。俺は突然の対応に理解できず、単刀直入に尋ねてみた。


「これからお前とグレイは秀明様と謁見する。あの二人は会わなくて良いと言われている。だからスミコ殿は奥座敷、スケサク殿は客間へ案内したまでだ」


 佐吉の一言に俺は少しムッとした。クソッ、あくまでも自分達が立場は上という事か。本当に腹立つ奴らだ。そう思いながら、天通りを歩いていく。


「さっ、着いたぞ。この先が『黄金きん』だ。くれぐれも失礼の内容に臨め!」


 回廊を歩いた先には『五七の桐』が刻まれた扉があった。再び豊国秀明と会うのか。こんな時に心臓が高鳴ってきた。止まってくれ。俺が左胸に手を当てると、佐吉がゆっくりと扉を開けた。


「秀明様。クリフ、グレイ、只今お連れしました」


 扉を開けた先には『いち』と呼ばれる場所があり、そこに秀明が座っていた。両脇には家臣と思わしき人物が並び座る。厳かな空気に俺は両肩にズシンと重さを感じた。グレイも緊張しているのか、何度も喉をゴクリとさせていた。


「フォフォフォ。よくぞ参ったな」


 しかし秀明は両手を広げて笑って歓迎し、扇子で下座に座るよう示した。でもそれが異様に感じた。コイツ、目が笑ってない。まるで俺達の心を覗こうとしてるみたいだ。


「首里王国から来ました、クリフです。よろしくお願いします」


「昨年末より豊国家に奉公しています、グレイです。南方遠征に同行していましたが、ようやく皆様と相見えた事を光栄に思います」


 それでもこの場はやり過ごそう。豊国家は気に入らないけど、まずは信用を得ないとな。そうしないと生活できないし……。そう思いながら、俺は丁重に頭を下げた。まぁ、グレイも信用を得ようと必死みたいだけど……。


「お前らが兄上が申していた新入りか? 私は豊国とよくに秀一しゅういちだ。秀明の異父弟おとうとだ。よろしくな」


 そんな中、秀一という人物が口を開いた。兄とは似ても似つかない聡明な顔立ち。それに穏やかな物腰。この人なら腹の内を明かしても大丈夫そうだ。俺は穏健派がいる事が分かり、ひとまずホッとした。


「ワイは市松いちまつ則正のりまさや。秀明はんや秀一はんの従弟いとこになる。よろしゅうな」


 すると右列に座る烏帽子えぼしを被る男の声が響き渡った。なんてバカでかい声だ。俺は血気盛んな関西弁の男に辟易へきえきした。


「俺は鬼椰おにやし虎清とらきよ。秀明様と秀一様の再従弟はとこだ」


 次に丸坊主の男が不愛想な表情でジッと俺とグレイを見つめていた。この人は何を考えてるか分からないな。少し距離を置きながら関わっていこう。


「ワシは加賀かが家利いえとし。豊国家の老衆おとなしゅうだ。不穏な動きを見せれば、容赦しないからな!」


 今度は左列から低い声が聞こえた。家利と名乗る壮年の男の右手には朱槍が握られていた。何と威圧的な闘気オーラ。これは大人しくしていた方が無難だな。


「まぁまぁ。加賀の大殿様。そんなに脅迫しなくても良いでしょう。ワタクシは豊国とよくに秀治しゅうじ。秀明や秀一の甥でスミコ殿の夫となる男だ」


 そこへ一の間の左側に座る若々しい青年が両手を広げて家利を諌める。この人がスミコの夫になる人か。派手な装いだけど、温厚そうな人で良かった。


「最後は私だな。北方部の大名、上松かみまつ祥勝しょうかつだ。一応、加賀殿に並ぶ老衆だ」


 左目の眼帯が特徴の祥勝という男が挨拶をする。これで全員と挨拶したな。でもいずれも一癖も二癖もありそうだ。


「まぁ、挨拶が済んだ所で、早速なんじゃが、これから豊国家は中央街で戦に臨む。役割を決めたいんじゃが、意見はあるか?」


 ようやく挨拶が終わった所で、豊国家が新たな勢力と戦をする事を聞かされた。もう次の戦いが始まるのか。是非とも参加したい。俺は左手を挙げた。


「クリフ。お前に実戦は早い。グレイと互角では話にならんからな!」


 そう思っていた矢先、佐吉から時期じき尚早しょうそうと断言され、留守を命じられた。


「何でですか。戦は経験が大事なのではないですか?」


 俺は畳に拳を打ち付け、参戦を直訴じきそした。


「いや、佐吉の言う通りじゃ。今は力を付けろと但馬殿にも言われたじゃろ。貴様はグレイと共に佐吉のもとで修行に励んでもらう!」


 有無を言わせない即答に俺は立ち上がった。ふざけるなと言わんばかりに不満を露わにし、拳に炎を纏って無言の抵抗をした。


「貴様。この黄金の間で、そのような行為。断じて許さんぞ!」


「そうだ。お前のような青二才に戦は合わん!」


 すると家利と祥勝が立ち上がった。それなら力づくで実力を示してやる。そう思って睨み合いを続けていると、俺の手首をグレイが掴んできた。


「クリフ。悔しいけど、ここは素直に修行に専念しよう!」


 なに言ってんだ。お前は納得できるのか。今度はグレイと睨み合うが、その時、強烈な痺れを感じた。冷静になって辺りを見渡すと、それは八人の家臣の闘気オーラだった。間違いなく忠義様と互角以上の……。


「ご無礼いたしました」


 今の実力では勝てない。俺は瞬時に実力の差を悟り、力を付けるしかないと考え直した。


「二人とも部屋を出るぞ。本日より私が指南役だ。行くぞ!」


 自分の未熟さを改めて痛感した俺は、グレイと共に退室した。こうして謁見は終了したが、ここから俺達の修行が幕を開けるのであった。

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