第十話   仕官

 俺は太陽の眩しい日差しで目を覚ました。どこだ、ここ……。何でこんな所で寝てるんだ。それに包帯まで巻かれてるんだ。但馬家と豊国家の同盟はどうなったんだ。目覚めて早々、あまりの状況の変化に頭が混乱していた。


「あらっ、クリフ。目を覚ましたのね。良かった。もう一週間も寝てたのよ」


 そんな中、俺の枕元にスミコがいた。正座をしながら、顔を覗き込んでいた。


「ス、スミコ。俺、何でこん——」


 何がどうなっているのか。すぐに確かめたかった俺は、体を思いっきり起こした。しかしその瞬間、頭にズキズキと鈍い痛みが走った。頭に手をやり、前に屈む。


「ちょっと、まだ無理しちゃダメよ。貴方、一週間も寝込んでたのよ!」


 スミコは俺に駆け寄り、背中をさする。一週間も寝てただって……。いつの間にそんなに寝てたんだ。


「覚えてないの? あの後、城に着くなり、バタリと倒れたのよ。本当に死ぬんじゃないかと思ったわよ。特にこの人が……」


 そう言いながら、スミコは人差し指を差し向けた。その先にはスケサクが眠っていた。目には隈ができており、不眠不休で看病してたようだ。これは起きそうにないな。でもありがとう。つまり俺は但馬家と豊国家が同盟締結後に倒れたって事か。何も覚えてないけど……。ただ生きてて良かった。


「ところでスミコ。但馬家はどうなったんだ?」


 これまでの経緯を聞いた俺は、今の状況を聞いてみた。豊国家との関係がどうなったのか。それは気になる所だった。


「そうね。両家の関係は良好よ。後日、父上から話があると思うわ」


 良かった。とりあえず何事も起きていないようだな。俺はホッと一息ついた。するとスミコの表情が浮かなかった。どうしたんだ。もしかして……。


「なぁ、スミコ。後悔してるんじゃないのか?」


「豊国家に嫁ぐ事を言ってるの?」


 思い当たる節があって尋ねてみると、スミコは特に動揺する様子もなく即答した。後悔してないのか。それならどうして浮かない顔をしてるんだ。俺は腕を組み、首を傾げた。


「……何となく言いたい事は分かるわよ。言っておくけど、私は豊国家に嫁ぐのは構わないと思ってるわよ。この時代、お家存続のために勢力結婚するなんて当たり前なんだからね」


 戦乱の世を生きる女性にとって、政略結婚は常識だった。そんな簡単に割り切れるものなのか。首里王国でも王族や貴族は恋愛結婚だ。父上と母上もそうだった。変な国だな。俺は倭国の結婚観に疑問しかなかった。


「とりあえず体調を整えなさい。何も考えずにね」


 そんな考えを頭に巡らせていた時、強制的にスミコが話を切った。今は答えるつもりはないって事か。そう思った俺は、これ以上の詮索は止めにした。


 それから三日後、俺の疲労やダメージは回復した。


「クリフ様、ご無事で何よりです!」


 体が自由になると、早速、スケサクが両手を広げて抱きしめてきた。本当に大げさな奴だな。でもありがとう。おかげで体調も万全になったよ。俺は感激のあまりに涙を流す家臣の存在を心から嬉しく思った。


「喜んでいるところ悪いが、二人とも城主の間へ来てくれんか?」


 俺達が快気を喜んでいると、忠義様がやってきた。回復したら話があるって、スミコが言ってたな。一体、何の用なんだろう。不思議に思いながら、俺はスケサクと一緒に城主の間へ向かった。


 城主の間に入ると、そこにはスミコと秀明が座っていた。何でコイツがここにいるんだ。しかも忠義様と同じ上段の間に……。どこまでも失礼な奴だ。俺は拳を握り、全身に力を込めた。


「そんなに警戒せんでも良いだろ。豊国家とは親戚関係。敵意を出すのは止めろ」


 すると忠義様が俺を諫めてきた。確かに同盟を結んだけど、城の主の席に座るなんて……。こんな人と親戚とか信じられないな。


「但馬殿の言う通りじゃぞ。信じられんのなら、命でも取るか?」


 そう思っていると、秀明が鼻で笑うように声をかけてきた。よく見ると小袖に袴姿で丸腰という質素な格好をしていた。金色の扇子を仰ぎ、敵意も示していなかった。クソッ、バカにしてるのか。どこまでも喰えない奴め。俺は歯を食いしばり、こんな顔は見たくないと目を逸らした。


「おやおや、とことん嫌われたようじゃな。フォフォフォ」


 この笑い方、虫唾が走る。今すぐにでもぶっ飛ばしたい。俺は高揚感に襲われた。


「まぁ、それだけ負けん気の強い奴は嫌いじゃない。ますます気に入ったわ」


 そうかよ。俺はお前が嫌いだ。イライラする。サッサと用件を済ませてくれないかな。


「早くこの場を立ち去りたいようじゃな。ならば、一つだけ聞いてくれ。小僧よ、ワシの所で力を磨かんか?」


 なに言ってんだ。力を磨くだと……。俺は思わず視線を秀明に移した。おそらく目を釣り上げているだろう。


「丁重にお断りします。俺は都落ちしたとは言え、身分は王族です。それに但馬様は俺達を家族と認めてくれました。そのためここに残るつもりです」


 そして即座に断りを入れた。そもそも俺を助けてくれたのは忠義様だ。何の縁もないお前の所には絶対に行かない


「ほほぉ。さすがは王族。意思が高い。しかしワシは貴様に魅力を感じたんじゃ。その物怖じしない度胸と信念を曲げない胆力をな。それと誰かを助けるために命を惜しまん姿勢も……。そんな有望な奴を育てたいんじゃ。家臣としてではなくな!」


「それでもお断りします!」


 俺を褒めてくれるのは嬉しいけど、お前とは相容れないだろう。そんな所で生きていくなんて御免だし、『第二の家族』と生きるつもりだ。


「クリフよ。少し冷静にならんか」


 すると忠義様が口を挟んできた。俺は冷静だぞ。


「ここに残るという選択は喜ばしい話だ。しかし本気で力を磨くのであれば、上洛して高い教育を受けるべきだ。それが『大切な人』を守り、ヌシの言う『王の条理』を貫く手立てとなるだろうからな」


 どういう事だ。確かに一理あるけど、教育なんてどこで受けても同じはずだろ。何でこの男の元へ行かせようとするんだ。『家族』と言ったのは嘘なのか。俺は強く首を横に振った。


「クリフ様、ここは豊国家の元へ行きましょう」


 今度はスケサクが勧誘を受け入れるように進言してきた。お前まで何を言ってんだよ。


「我々は亡国の王族です。いつ外敵に襲われるか分かりませぬ。それなら力のある者の庇護下に入るべきです。都市部に行けば、人も多いので隠れ蓑も作りやすいです。なので一緒に参りましょう」


 スケサクは自分達の置かれた立場を理解していた。でも本気で大丈夫なのか。俺は乗り気じゃないんだけど……。


「クリフ。心配しないで。豊国様には安定した生活できるように口添えした。いざという時は、義姉あねとして後ろ盾になるわ。私だって家族よね。だから一緒に行きましょう!」


 そこへスミコが後ろ盾になる事を宣言した。すでに俺を『義弟おとうと』と認めていた。自分も不安だろうに援助を申し出るなんて……。本当にお人好しな一族だな。でも家族のためなら嫌いな奴の所へ行っても良いかな。


「分かりました。豊国様の家臣になります!」


 豊国秀明の事は好かないけど、信頼する家臣、義父、義姉の一言で、俺は倭国の首都へ行く事を決断した。こうして俺の人生は大きく変わっていくのであった。

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