第九話   同盟

 激闘の末に力尽きた俺達は、豊国家の大軍に囲まれてしまった。しかし突然の流鏑馬により難を逃れた。


「皆の者、大丈夫か?」


 もはやこれまでか。俺は自分の命が風前の灯火ともしびだと思っていたが、スミコの肩越しから顔を覗かせると、十文字の旗印が目に飛び込んできた。


「父上!」


 スミコの叫び声で、俺はやってきた人物が忠義様だと分かった。良かった、これで何とか乗り切れる。俺は肩をなで下ろした。


「隆義、スミコ。そしてクリフよ。よくぞ耐え抜いてくれたな。感謝するぞ!」


 そんな中、戦場に現れた忠義様は激戦を生き抜いた者に労いと感謝の言葉を送り、秀明の方へ歩き出した。ちょっと、待ってくれ。俺も戦うぞ。そう思って、ボロボロの体で駆け出した。


「クリフよ。その体で戦うとは言語道断。医者を連れてきたから、ヌシは治療を受けるんだ!」


 しかし忠義様は右手を突き出した。ここで戦線離脱しろと言うのか。アイツは明らかに強い。一人では絶対に勝てない。俺は首を横に振り、戦う意欲を強く見せる。


「おい、ここは兄者に従え。相打ちとは言え、お前は強敵を討ち破ったんだ。それだけでも称賛に値する。だから今は傷を癒せ!」


 そんな俺を隆義様が右手で押さえ、武功も労ってきた。確かに今のままでは戦闘は不可能だ。命に関わる恐れもある。でも元はと言えば、こうなったの自分の責任。それを尻拭いしてもらうなんて嫌だ。


「クリフ。ここは父上に任せましょう。こういう時は人に頼りなさい」


 するとスミコまで諭してきた。こんな状況を作った奴を気にかけてくれるのか。何でこんなに親切なんだよ。俺は心がグチャグチャになり、気持ちが追い付いていなかった。涙も勝手に溢れていた。


「クリフよ。ここに来て一ヶ月、スケサク殿以外に頼る者がおらんくて辛かっただろう。しかしこれからはワシを義父ちちとして頼れ!」


 そこへ忠義様が言葉をかけてきた。顔を上げると、まるで鬼が笑ったような顔をしていた。普段の威厳もなく、亡き父上の面影も重なるように映った。俺は何て恵まれているんだ。そう思うと、スッと肩の荷が下りた。


「……分かりました。あとは任せます。一緒に薩摩領を守って下さい!」


 気が付くと但馬家の真摯さに心を打たれていた。いつの間にか家族と認められていたようだ。この人達は『第二の家族』だ。絶対に生き抜こう。そう思いながら、俺は戦のたすきを忠義様に託した。


「さてと、日吉藤丸、いや、豊国秀明と呼んだ方が良いか。ワシの領土に何の用だ?」


 俺が戦線離脱すると、忠義様は再び秀明の元へ歩き出し、刀を抜いて宣戦布告をした。一瞬、物凄い闘気オーラが体を貫いた。


「但馬殿。まさか一戦交える気か?」


「そのつもりだ。ここはワシの領土。何人たりとも侵攻はさせん!」


 烏丸広場が燃え盛る中、忠義様と秀明はお互いに闘気オーラで牽制し合う。これが戦乱の世で名を馳せる大名なのか。一歩も退かない二人を見て、俺は戦端を開いた行動が、如何に愚かだったのかを痛感した。


「まぁ、そういきり立たんでも良いではないか。まずは話し合わんか?」


 すると秀明が交渉を持ちかけてきた。なに考えてんだ。忠義様、敵は丸腰。今が好機です。討ち取りましょう。俺は固唾を飲んで敵将が討たれるのを待った。


「何の冗談だ?」


 ところが忠義様は表情をしかめるだけだった。いつでも戦えるように刀は抜いていたが、正直、意味が分からない。俺ならすぐに討ち取りにいくのに……。


「実はだな、ワシは戦をしに来たのではない。交渉しに来たんじゃ。豊国家に臣従よせよとな!


 緊張感が漂う中、秀明が丁重な姿勢で臣従を求めてきた。なに言ってんだ。誰がそんな負けを認めるような事をするか。


「冗談ぬかすな。それは領土を明け渡せと言うておるようにしか聞こえんのだが?」


 俺の予想と忠義様の意見は同じだった。当たり前だ。一国を治める人間が、戦いもせず敵に屈するなんて有り得ない。


「いやいや、薩摩領の統治は、これまで通り任せようと思うておるぞ」


 どういう事だ。本当にバカなのか。俺は呆れて何も言えなかった。当然、忠義様や他の但馬家の皆も同じだ。


「貴様の実力は理解しておる。本気で戦うなら犠牲も覚悟するが、本音では人が死ぬのは御免じゃ。なので武名の高い貴様に腰を折って欲しいんじゃよ」


 犠牲者を出さずに戦を終わらせる。戦で人は死ぬぞ。どんなに理想を掲げても、それが現実だ。全くなに考えてんだ。


「それは理想的な話だが、但馬家は先祖代々より南方部・薩摩領を治める武家の一族。家格かかくから見て、成り上がり者のヌシに従うのは御免だ!」


 忠義様も豊国家に従うつもりはないみたいだ。少し視点が違うみたいだけど……。でも当たり前の話だよな。俺はウンウンと頷きながら、双方の様相を見守った。


「……」


 しばし沈黙が続くが、両家とも武器を手に取っていた。忠義様、早く決断を……。俺は再び高まる戦の機運を肌で感じた。


「フォフォフォ。確かにワシは主君の敵討ちで成り上がった。生まれも育ちも農家。ワシを格下と思うのは無理もないじゃろう!」


 そんな中、突然、秀明が金色の扇子を広げ、笑いながら豊国家が但馬家より格下だと認めた。そんな事を言ったら、もう交渉は終わりじゃないか。俺が忠義様の方を向くと、切っ先を敵陣に向けていた。どうやら考えは同じようだ。


「しかしその出自こそ領民を理解し、天下人に相応しい器じゃと思わんか?」


 ところが秀明は両手を広げ、交渉を続けていた。天下人っていわゆる王家の事だろ。この国で言う『神帝陛下』だっけ。そんなの下々民しもじみんがなれる地位じゃない。どんな思考回路をしてんだ。


「馬鹿げた事を。そんなの武家生まれのワシも理解しておる。天下人の正当性を主張するには弱い!」


 忠義様の言う通りだ。何てバカバカしい話だ。


「正当性が必要か、ならば西都部で神帝陛下と大倭一族を保護したと言ったら、どうじゃろうか?」


 そう思っていると、突然、秀明が神帝陛下と大倭一族の名を口にした。彼らを保護しただって……。どういう意味だ。


「ワシらは『泰平の世』を取り戻すよう勅命を受けた。つまり豊国家と対立する事は、朝廷ちょうていに弓を引く事と同じ。それが如何にマズイ事か理解できるじゃろ?」


 それって正規軍って事か。倭国の事情を俺は知らないけど、それだと但馬家は一般の武家という事か。


「まさか本当に神帝陛下を味方に付けておったとはな。分かった。ならば同盟という形はダメか?」


 どうやら俺の予感は当たってるみたいだ。これでは戦っても無意味。その同盟という選択が最良だろう。


「同盟か。まぁ、悪くはないが、条件がある。昨今の同盟には裏切りが付き物。なのであの娘を甥に嫁がせてくれんか?」


 戦を回避できると安堵していた所、秀明がスミコを豊国家に嫁がせろと条件を抱いてきた。何だよ、その理不尽な条件。同盟って対等な立場なんじゃないのか。


「一人娘を嫁がせろと言うのか?」


 忠義様が怒るのも無理はない。俺だってこんなの納得できない。こうなったら差し違えてでも対等な関係に持ち込んでやる。


「……父上。ここは豊国家の言い分を呑みましょう」


 するとスミコが交渉に介入してきた。おい、なに言ってんだ。どういう事か分かってるのか。俺は思わず立ち上がって後を追おうとしたが、体が言う事を聞かなかった。


「私が嫁げば、一族の地位が上がります。それに所領安堵もされます。そのためなら、この身を捧げます!」


 しかし俺や忠義様の意図とは裏腹にスミコは覚悟を決めていたみたいだ。本気なのか。地位向上と所領安堵を信じて良いのか。少しは考えるべきでは……。


「分かった。ならば豊国殿よ。娘を嫁がせる。無論、公儀の序列は豊国家に準ずる!」


 俺が深く考え込んでいると、忠義様はスミコを豊国家に嫁がせる決断をした。


「良かろう。これで準一門じゃ。活躍を期待しておるぞ!」


 その申し出に秀明は快く同意し、これで両軍の戦闘状態は解除された。俺は納得いかない決着を訝しんだが、もうどうしようもない。ここは両家の関係が崩れない事を祈ろう。そう思って、但馬家と共に戦場を去った。


 後世にこの戦いは『第二次南方征伐』と呼ばれた。しかしこの交渉が後の戦いに大きな影響を及ぼす事になった。

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