第八話   本領

 お互いに本気を出した戦闘が始まって三十分。俺は呼吸が一層荒くなり、滝のように汗も流れ、体も重くなるのを感じ始めていた。


「ヒュー、なかなか手応えがあるね」


 一方でグレイの奴と言ったら、汗一つかかず口笛まで吹いてやがる。クソッ、また空に飛びやがった。上下左右からの攻撃だな。どうやって対処すれば……。


「ねぇ、そろそろ限界でしょ?」


 俺が四苦八苦している中、グレイは翼で二連撃をブチかましできた。ふざけんなよ。お前みたいに変な姿になれる奴には負けるつもりはない。それに攻撃も当たってるだろ。諦めるかよ。


「一つ良いか。ハァハァ。お前の炎は俺の炎と違うんだろ? 痛くもないし、熱くもない」


 俺は滝のように汗をかき、息も切らしているけど、バカの一つ覚えで戦っていた訳じゃねぇぞ。相手を知る事ぐらいはするさ。その減らず口、叩けねぇようにしてやるよ。


「ふーん。君って見かけによらず、頭も良いんだね。なら教えてあげるよ。君と僕の炎の違いをね!」


 するとグレイは人間の姿に戻った。相変わらずの上から目線はムカつくけど、これで少し休める。それに情報も得られる。これで五分ごぶに持ち込めるかも……。


「まずは君は天洋族の一つ『炎帝』と呼ばれる種族。その炎は『燃える』、『高温』などの特性を持ち、高威力・広範囲の攻撃力を誇る」


 そんな種族がいるとは……。それが幼い頃から炎が使えた理由だったのか。でも何でコイツは、そんな事を知ってるんだ。


「一方で僕は伝説動物に変身できる幻獣族。見ての通り変身できるのは『不死鳥』。如何なる攻撃を受けても青い炎と共に再生できる。そして幻獣や半人半獣になれば空も飛べる。この回復能力と飛行能力があれば、負ける道理がないでしょ?」


 また別の種族名だ。かなり物知りだな。しかも能力を詳細に把握してやがる。攻撃力がなくても、あの回復能力と飛行能力は厄介だし……。クソッ、勝算が見えねぇ。


「……フッ、根拠のない自信だな?」


 愚直に戦い続けても、自分が消耗だけ。それなら気持ちだけは負けないようにしよう。今はそうするしかない。俺は弱気を隠すようにグレイの話を鼻で笑った。


「根拠がないだって? 僕は事実を言ったまでだよ?」


 しかし俺の態度はグレイのしゃくさわったみたいだ。かかって来い。近付いた所を撃ち落としてやる。そう思って、拳を握った。


「事実と現実は違う。ハァハァ。今の話を聞いて勝つ見込みができたよ」


 少しでも熱くなれ。どんなに平静を装っていても、挑発を重ねれば攻撃は単調になる。するとグレイは半人半獣になり、猛スピードで蹴りを入れてきた。それを俺は真正面から受け止めた。ここまでは予想通りの展開だ。


「強がりもそこまでいくと、哀れで滑稽こっけいだね!」


 俺とグレイの戦闘は徐々に激化していった。戦闘で起きた爆炎は烏丸広場の森も徐々に破壊していった。


獣脚火砲ブルーガルーダ


「ウガッ、ゲホッ」


 でも序盤から全力で戦闘に臨んでいた俺と、途中まで余裕を見せていたグレイとの差は大きかった。互角だった戦闘の均衡が崩れた瞬間だった。


「いい加減、諦めてくれないかい? 君では僕に傷一つ付ける事ができない。少し腕に覚えがあるようだけど、実戦経験が違うんだよ。もう終わりで良いよね?」


 クソッ、足が動かねぇ。やばい、グレイが空を飛びやがった。俺は気合で何とか立ち上がろうとするが、まるで巨大な岩がズシンとのしかかるように体が重かった。


「クリフ!」


 片目でスミコが助太刀に入るのが見えた。よし、これなら何とかなる。そう思っていると、佐吉が阻止してきた。嘘だろ。どうする。もう目の前に……。あっ、そうだ。


着陸蒼炎ブルーボーン


反射炎カルド


 この手があった。俺は全身を分厚い炎で覆い、急降下してきたグレイを吹き飛ばした。いくら不死鳥でも、この炎は通せまい。


「ハァハァ、これで勝負は分からねぇぞ」


 俺は何とか攻撃を凌いだ後、得意気に立ち上がろうとした。しかし追い詰められた状況で炎を発したからか、とうとう体力の限界を迎えてしまった。


「ようやく決着がつくね。ホントに君ってバカな男だよ。あの世で後悔するんだね」


 もはや戦闘を続けられる状態ではなかった。ここまで来て負けるのか。そんなの嫌だ。そう思っていると、グレイは冷めた目で両翼を広げ、トドメを刺すべく突進してきた。俺は敗北を覚悟し、潔く目を閉じた。


「……ハァハァ、何だ? どうしたんだ?」


 しかしグレイが近付いて来る事はなかった。俺は不思議に思って半立ちで顔を上げると驚いてキョトンとした。いつの間にか佐吉が俺の目の前にいた。


「どうやら疲労が蓄積したようだな?」


 その言葉を聞いた直後、佐吉の後ろには、グレイが力なく倒れていた。どうなっているんだ。あれだけ優位に戦闘を進めていたのに……。俺の頭は現状に追いついていなかった。


「偶然かもしれんが、お前はグレイの唯一の欠点を突いたんだよ。回復能力にかまけて防御を疎かにする部分をな。疲労とダメージは蓄積される。相手の攻撃が全く効かないなんて事は有り得ないからな!」


 どうやら回復能力が皮肉にも形勢逆転という結果を招いたみたいだ。あっけない幕切れ。俺は信じられなかった。こんな終わり方で良いのか。


「ま、待て。僕はまだやるよ。これで負けたなんて納得できない!」


 するとグレイは膝を押されながら立ち上がってきた。全身に青い炎を纏い、半人半獣となった。コイツ、本当で凄い。ここで倒さないと、絶対に俺の前に立ちはだかる。そう思って、俺も再び戦闘態勢に入った。


「二人とも。もう十分じゃ。戦闘をやめよ!」


 そこへ言い出しっぺの秀明が俺達を離してきた。邪魔をするな。もう取引とかどうでも良い。ただ俺はコイツを倒したい。


火炎弾レッドバレッド


蒼炎翼ブルーバード


 その一心で渾身の一撃を放った。グレイも負けじと仕掛けてきた。それは大爆炎を起こし、周囲の者を吹き飛ばしていった。


「ク、クリフ!」


 もうダメだ。動けねぇ。そんな俺をスミコが助け出してくれた。そして急ぎ逃走を試みた。グレイの方を見ると、アイツも動けねえみたいだ。これじゃ勝ち負けは分からねぇな。


「おい、どこへ行くつもりじゃ? まだ勝ち負けは付いとらんぞ?」


 そこへ秀明の冷淡な声が耳に届く。豊国家の動きは早かった。すぐに戦線を立て直すとか、どんだけ強いんだよ。勘弁してくれよ。


「スミコ様。隆義様。ハァハァ、俺を置いて行って下さい」


 こうなったのは俺のせいだ。何としても但馬家は生き残って欲しい。それが戦端を引き起こした者のケジメだ。早く逃げてくれ。


「何を言う。お前を置いて逃げては但馬家の恥。たとえこの命が尽きようとも、一緒に薩摩城に帰るぞ!」


 しかし隆義様もスミコも逃げる気はないみたいだ。こんな俺のために死ぬ事はない。そんな事を言わないでくれ。


「助けてくれた者に義を貫く小僧の心意気、その小僧の義に報いろうとする但馬家。まことに『武士のかがみ』じゃな。我々も見習わねばな……。じゃが、もう命運は尽きた。覚悟を決めるが良い!」


 俺と但馬家の関係。それを秀明は『武士の鑑』と最大の褒め言葉で評した。そう思うなら、取引に応じてんだ。見逃してくれないかな。


「皆の者、一斉にかかれぇ!」


 そんな虫の良い話はないか。クソッ、一斉に銃口を向けられた。もうダメだ。俺は死を覚悟した。


「そうはさせんぞ!」


 そんな絶体絶命の中、大量の流鏑馬やぶさめが豊国家に目がけて飛んでいった。一瞬の出来事に戦の流れは止まり、俺は事なきを得るのであった。

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