第六話   戦端

 薩摩城を出発して二時間後、先鋒隊は烏丸広場に到着した。そこは一つの入り口と出口を持ちながら、入り組んだ細道で真ん中に位置しており、まさしく〝天然の要害ようがい〟と呼ぶに相応しい場所だった。


「すごい。こんな場所があるから、道が整備されていたんだ」


 烏丸広場を見て、俺は倭国に来た日の事を思い出した。スケサクを背負ってきた山道に人の手が行き届いていたのは、万が一に備えての事だったんだ。


「まだ敵は来てないようだな。よし、皆の者、今すぐ三手に分かれ、入口、退路、中央に陣を張れ!」


 戦支度も忘れて辺りを見渡していると、隆義様は先に到着できた事にホッとしていた。いよいよ戦が始まるんだな。俺も急いで隊列に戻ろう。でも後ろから感じる気配は何なんだろうか……。


「どうしたの?」


 背後を気にしていると、スミコが声をかけてきた。隆義様も様子が気になるのか、騎馬きばから降りてくる。


「いえ、人の気配を感じまして……。誰かいるんでしょうか?」


 誰もいないはずだよな……。俺は視線を感じた方を指差した。茂みからガサガサと物音がした。


「クリフよ。ここは森に囲まれた広場。サルか何かではないか?」


 ただ隆義様とスミコは気に留めていなかった。確かにそうだけど……。何だか胸騒ぎがする。二人には悪いけど、念のため確認させてもらうぞ。


「しまった。見つかったか!」


「あっ、貴方達は……。ここで何をしてるんですか?」


 すると茂みから桐紋きりもんが刻まれた甲冑を纏う雑兵がいた。味方じゃない事は明らかだ。


「あの家紋は……、叔父様、豊国家の足軽が潜んでました!」


 スミコも気付いたみたいだが、もう遅かった。すでに四方を鉄砲隊と神輿みこしを担ぐ部隊に取り囲まれていた。


「これだけの大軍。どこに潜んでいたんだ!」


 隆義様が疑問に思うのも無理はない。土地勘のない地域で誰にも気付かれずに大軍を動かすなんて不可能だ。でもそんな事は言ってはいられない。俺は炎を発し、但馬家も慌てて武器を取る。


「但馬隆義だな? 二年ぶりだな!」


 その時、青い小袖を着た細身の男と、水晶玉を持った華奢きゃしゃな男が闘気オーラを発して現れた。無意識に全身に力が入る。一体、何者なんだ。


「貴様らは澤山さわやま佐吉さきちちょう勝忠かつただ……」


「覚えていたとは光栄だな。ならば、用件だけ伝える。今すぐ豊国家に投降せよ!」


 佐吉という反っ歯が特徴の男が口を開くと、隆義様とスミコが後退あとずさりする。二人の反応を見て俺は直感した。あの二人が強いという事が……。そして二年前に但馬家を壊滅寸前にまで追い詰めた武将だという事も……。


「お前が豊国家の人間なんだな? 俺はクリフ。首里王国の王子だ。祖国は滅亡したけど、縁あって但馬家に迎えられた。その恩に報いるためにも、貴方達を撃退させてもらうぞ!」


 でも俺には関係ない。隆義様やスミコは冷や汗を流しているけど、どんな強敵であっても勝てば良いんだ。


「フッ、亡国の王子か……。そのような気概のあるとは、末恐ろしいガキだな」


 なんて余裕な……、いや、舐めているとしか思えない態度だ。佐吉は刀を鞘に納めているし、隣の勝忠に至っては大あくびをしている。負けるなんて微塵も思っていないようだ。その顔を歪めさせてやる。俺は神輿に向かって一直線に走り出した。


「おい、何をする気だ?」


 決まっているだろ。あの神輿に火を付け、森に燃え移らせるんだ。そうすれば戦況を有利にできるはずだからな。


「おいおい。お前如きが養父殿に攻撃するなんぞ、十年早いわ!」


 えっ、何で炎が弾かれたんだ……。あの勝忠って男……。何か変な能力でも使ったんだな……。それならば、もう一度……。そう思っていると、突然、手刀を受けて地面に叩きつけられてしまった。


「おい、てめぇら。サッサと始末して薩摩城へ行くぞ!」


 豊国家の容赦ない攻撃が始まった。先鋒隊はまたたく間に殲滅され、俺も隆義様もスミコも縄で縛られてしまった。


「ふっふっふ。自分の愚かさを自覚したか? お前みたいな向こう見ずなバカが味方を窮地に陥れるんだ。王子と聞いて呆れるぜ。大方、お前の親も暗君あんくんだったんだろうな!」


 先鋒隊が縛り付けられると、勝忠が踏みつけて俺を嘲笑ってきた。その時、『プツン』と頭の中で何かが切れた。今、何て言った……。父上が暗君だと……。家族や仲間を悪く言うのは許さねぇ。


「今の言葉、取り消せ!」


 叫び声と共に、俺はバチバチと稲妻のような闘気オーラを発現していた。その影響は凄まじく、豊国家の雑兵はバタバタと倒れていた。


「こ、このガキ。まさか……、いや、そんなは——」


火炎弾レッドバレッド


 闘気オーラを発した直後、俺は自力で縄を解き、体を起こして炎を放った。絶対にコイツらを叩きのめしてやる。そんな怒りが波のように全身に広がっていた。


焔舞レッドガトリング


 最初の一撃で勝忠は意識を失っていた。でもコイツは家族や仲間を侮辱した。叩き潰すだけでは怒りが収まらない。軽口を開いた事を後悔させてやる……。


「……ほぉ、勝忠を圧倒するとは、なかなか腕が立つようじゃな!」


 無我夢中で拳を連打していると、背後からハゲネズミに似た小男が俺の手を簡単に掴んできた。一瞬、戦場の空気が止まるのを感じた。すると佐吉や神輿の近くにいた小姓が片膝をついた。


「小僧。よくもワシらの面子メンツを潰してくれたな!」


 この小男は何者なんだ。まるで金縛りにあったみたいに体を重く感じさせる。しかも隆義様とスミコ、但馬家の面々の戦意を失わせているし……。


「……言葉も出んか? まぁ、良い。小僧よ。ワシの名は豊国秀明。そこの副将を差し置いて取引をせんか?」


 豊国秀明だと……。つまり二年前、但馬家を滅亡寸前に追い詰めた親玉か……。誰が取引なんかするものか……。そう言いたかったが、目の前にいる小男の闘気オーラはドンドンと増すばかり……。俺は平静を装うので精一杯だった。


 俺と豊国秀明の出会い……。これが〝倭国の運命〟を大きく左右するのであった。

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