第五話   出陣

 天歴一五九〇年の某日の朝。薩摩城内では総大将の忠義様を中心とした『籠城組』と副将・隆義様を中心とした『先鋒隊』に分かれ、戦支度に取り掛かっていた。


「クリフよ、立派だな!」


 そんな中、俺は真紅の琉装から小袖こそでに着替えさせられ、甲冑かっちゅう脇差わきざしを渡された。その姿が凛々りりしく見えるのか、スケサクは感激して涙を流していた。大げさだなと思いつつも、いよいよだなと迫りくる戦に心を躍らせていた。


「兄者、これはどういう事なんだ?」


 そこへ隆義様がやってきた。顔をプルプルと震わせている。何だか怒っているようだ。すると突然、俺の胸倉を掴んできた。何すんだよ、苦しいじゃないか。


「何故、コイツを先鋒隊に抜擢したんだ。オイは納得できんぞ!」


 先鋒隊に抜擢だと……。どういう事だ。俺は首を絞められて息苦しそうにもがき、隆義様の右手から逃れようとした。でもこの人の掴む手はドンドン強くなっていく。正直、めちゃめちゃ苦しい。


「隆義、手を離してやれ!」


 すると忠義様が闘気オーラを発し、隆義様の右手を掴んだ。毅然きぜんとした対応で俺は解放されたが、咳が止まらねぇ。何が気に入らないんだよ。


「じゃあ、理由を聞かせろ。何故、この大戦おおいくさに十歳のガキを送り出すんだ。クリフは初陣なんだぞ? 周りの奴らも動揺してる。ここは籠城組に置くべくじゃないのか?」


 えっ、嘘だろ、ふざけんな……。それが最初の感想だった。隆義様は納得してないみたいだけど、こっちだって聞いてない話だ。とんだとばっちりだよ。咳が落ち着いたら一言物申してやる。俺は深く息を吸い始めた。


「隆義様。俺も先鋒隊に組み込まれた事は初耳でした。でも安心して下さい。王宮の稽古で武術は学びました。ある程度は役に立つと思います!」


 俺は実戦経験はないし、これが初陣だ。でも次期国王として武術は学んでいるんだよ。それに『炎の能力』もある。これで行かせないなんて言わせない。


「バカを申すな。稽古と実戦は全くの別物。何の緊張感も持たない奴が戦に出たら、確実に足を引っ張る。命も惜しいだろ。だから大人しく城で待ってろ!」


「命なんか惜しくありません」


 その一言に思わず口を開いてしまった。隆義様の憤慨する様子を見て、俺は一瞬しまったと思った。でも凄む相手にここで退いたらダメだ。


「俺は『大切な人』を守るためなら、命だって賭けます。その覚悟を持つ事が王の条理だと父上に教わりましたので。それに強くなりたいですし。なので心配無用です!」


 俺は隆義様から目を逸らさず、自分なりの王の条理と強くなりたいという意思を示した。意識してないのに何故か炎が気迫となって滲み出る。これで断るなら好きにしてくれ。


「……勝手にしろ。その代わりオイの指示は絶対だぞ。死んでも後悔するな!」


 そう思っていると、隆義様が渋々折れてくれた。顔を見ると、怒り半分、呆れ半分といった様子だったが、ぶっきらぼうな背中からは不思議と和やかな雰囲気が感じ取れた。


「クリフよ。あれはヌシを心配して言っておるのだ。気難しい弟だが、理解してやってくれ!」


 すると忠義様がため息交じりに俺の肩に手を置いた。どうやら隆義様も期待してくれているようだ。それなら素直に言えば良いのに……。俺は黙って部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、大丈夫なのかと胸に重苦しいものが広がった。


「大丈夫よ。私も一緒に行くから。何かあったら言ってね」


 そんな不安が顔に出ていたのか、スミコが俺の身長に合わせて前屈みになって目を合わせてきた。俺は手足が軽くなったように感じた。そして甲冑を付けているのに二メートル近くジャンプした。何故、そうしたのかは分からないけど……。ただ心強いと思ったのは確かだった。


 同日の昼。俺は赤い甲冑を身に着け、隆義様が率いる先鋒隊と共に薩摩城を出発した。でもいざ出陣するとなると、何故か心臓がバクバクしてきた。大それた事を言ったけど、どうやら緊張してるみたいだ。


「クリフ、表情が固いわよ、少し肩の力を抜きなさい」


 そんな俺の心情を察したのか、スミコが声をかけてきた。本当に見計らったように関わってくるな。そんなに顔に出てるのか。


「だ、大丈夫ですよ」


 但馬家に迷惑はかけたくない。それなのに上手く言葉が出なかった。いつも以上に唇も乾いていた。何とかして気を紛らわさないと……。俺は首をキョロキョロ動かすと、隆義様の格好が簡素な事に気付いた。


「スミコ、隆義様は甲冑を着てないけど、どうしてなんですか?」


 なに考えてんだ。戦を甘く見ているのか。刀や槍に突かれたり、銃で撃たれたら死んでしまうぞ。俺は目を丸くして尋ねた。


「父上や叔父様のような大名は、は甲冑を着ないの。何か特別な力を持ってるのよ」


 ところが理由があるみたいだ。スミコ曰く、この国の大名は『倭国の強者』と呼ばれる実力者らしい。特別な力って何だ。俺は足を止めて興味を抱いた。


「でも詳しくは知らないわよ。ただその力を使える者からしたら、甲冑は重いだけの道具にしか過ぎないって言ってたわ!」


 でも残念な事にスミコも詳しくは知らないらしい。何だよ、がっかりさせやがって……。でも何か俺も真似したいな。『特別な力』とかカッコいいし、もしかしたら強くなる近道かもしれないしな。


「よーし、俺も甲冑を脱ぎます!」


 そう思って、俺は赤い小袖姿になった。正直、こっちの方が動きやすい。走ったり飛び回ったりできるし、銃や大砲も効かないしな。


「ダメよ、今すぐ甲冑を着なさい!」


 スミコの諫言かんげんは賢明な判断だと思う。でもいつどうなるかなんて分からないんだから、好きにさせて欲しい。そう思いながら、俺は屈伸などの準備運動を始めた。


「スミコ。放っておいてやれ!」


 そこへ先頭を歩いていたはずの隆義様がやってきた。俺とスミコが足を止めた事を不審に思い、行軍を中断したようだ。


「で、でも危険ですよ。将来有望な人材を失うかもしれないんですよ?」


 そんな大げさな。心配しなくても大丈夫だよ。すると隆義様がスミコに刀を手渡していた。おいおい、何するつもりだよ。


「だったら、これを使え。オイは出陣前に『死んでも後悔するな』とクリフに申した。あれで死んだら自分の責任。口を挟むつもりはない」


 どうやら隆義様は俺の考えに口出しするつもりはないみたいだ。良かった、それなら好都合だ。


「隆義様、好きに行動させて頂き、ありがとうございます!」


 俺は正拳突きや炎を発しながら、戦闘準備に入ると共に隆義様の対応にお礼を言った。このやり取りを見てスミコは、脱ぎ捨てた甲冑を拾い始めたのでこれ以上は何を言っても無駄と思ったみたいだ。納得してくれたみたいだな。


「クリフよ。甲冑を着ないで戦に出るなら、早く隊列に戻れ。戦地に向かうぞ!」


 そして隆義様の号令で俺は、このまま戦に出て良いと確信した。いつの間にか緊張は吹っ飛び、今はワクワクした心持ちだった。初陣を待ち遠しく思うのでもあった。

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