第四話 情勢
薩摩城で暮らし始めて一週間。祖国を追われて
「クリフ様。この度は命を救って頂き、誠に感謝いたしますぞ!」
それと有り難い事にスケサクも回復した。本当に苦労した甲斐があった。本当、運が良いとしか言いようがないな……。
「おい、小僧。貴様は外国人で異形な能力を持っとるらしいな。不穏な行動を見せたら殺すからな!」
ただ但馬家の重臣との関係には溝があった。俺が忠義様から厚意を受けた事が気に入らないらしい……。
「無礼者。彼らを迎え入れたのは父上よ。その意思に背くなら、潔く城を去りなさい!」
それでも俺達が生活できているのは、スミコの存在が大きかった。今だって振袖から
「……クリフ、スケサク様。大変失礼いたしました」
しかも彼らの
「また彼らが失礼をしましたら、私に申し付けて下さい。すぐにでも対処しますので!」
でも少し
それから一ヶ月後、俺は忠義様の厚意もあって何不自由ない生活を送っていた。最近では囲碁を覚え、スケサクと対局するのが日課になっていた。
「おい、聞いたか? 城主の間に集まれだとよ!」
そんな代わり映えのない日常は、たった一人の男の言葉で終わりを迎える。何かあったのかと俺は囲碁を打つ手も止め、スケサクと共に部屋を出た。
「クリフ、どこに行くの?」
突然、スミコに呼び止められた。行く手を阻むように腰に手をやり、俺を睨みつけていた。
「どこって、皆が城主の間へ行くので、着いて行こうと――」
「貴方には関係ない話よ。戻りなさい!」
一体、どうしたんだ。こんな険しいスミコの顔、初めて見る。何で城主の間へ行ってはいけないんだ……。
「さぁ、早く戻りなさい。さもないと……」
何だよ……。鉄扇まで出してきて……。余計に気になるじゃないか……。うーん、あっ、そうだ。
「分かった。部屋に戻るよ」
「ありがとう。さぁ、一緒に碁でも打ちましょう」
俺は素直に従う素振りを見せると、スミコは部屋へ入っていった。道を開けるように……。それを待っていた。
「ちょっと、待ちなさい!」
何か言っているけど、もう遅いよ。俺は即座に踵を返して走り出し、一目散に城主の間へ向かっていった。
辺りを見渡すと、一ヶ所だけ障子に穴が空いていた。そこを右目で覗き込むと、隆義様を含めた重臣達が、忠義様と向き合う形で座っているのが見えた。自分の瞳孔が大きくなっているのも分かる。何だかただならぬ雰囲気を感じるな……。
「あっ、いた。クリフ、戻りなさい!」
そこへ数十秒遅れでスミコとスケサクが追いついてきた。二人は連れ戻そうと、左腕を引っ張ってきた。
「これは軍議の場よ。控えなさい!」
鋭い目つきでスミコが睨んでくる。
「クリフ様。ここは大人しく引き下がりましょう」
スケサクまで何だよ……。ここまでダメだと言われたら気になるだろ。俺は絶対に動くまいと、襖にへばり付いた。
「一体、どういう事だ。領国間の行き来には関所での手続きと伝書鳩の通達があるはずだろ?」
突如、怒声が響き渡った。何が起きたんだ。そう思って、再び穴を覗き込んだ。
「と、殿。先程から申しておりますように、今回は通達不要との事でして——」
「それは分かった。しかし一介の武将が通達もなしに関所を通れるんだ。それは神帝陛下と
声の主は忠義様だった。軍配が曲がるまで床を叩き続けるなんて……。何を慌てているんだ。
「兄者。どうするんだ? 薩摩領に攻めてくる
そう言いかけた所で隆義様の言葉が止まる。城主の間もざわめき出した。何で静まり返ったんだ……。障子から目を離すと、スミコはガタガタと震えていた。
「どうしたんだ?」
手を握ると、氷のように冷たかった。顔も真っ青になり、呼吸も徐々に荒くなっている。そんなに強い敵が攻めてくるのか……。
「実は二年前……、私達は日吉家……、もとい豊国家と戦ってたの。そこで地獄を味わったの……。彼らは南方部の大名を懐柔し、物資の供給を断ったの。最初こそは迎撃できたけど、食糧が底を尽いたら、もう成す術がなかった。一人……、また一人と餓死していき、但馬家は追い詰められていったのよ」
何だよ、ソレ……。まるで国同士の戦じゃないか……。そんな激戦が倭国では繰り広げられていたとは……。こうしちゃいられない。
「ま、待ちなさい。何をするつもりなの?」
決まっているだろ。今こそ、世話になった恩を返すんだよ。恩義に報いてこそ、義理と人情ってものだからな……。俺は城主の間の扉を燃やし、スミコの制止も聞かず、開口一番に忠義様へ迎撃を進言した。
「ク、クリフ……。いつから話を聞いておったんだ?」
俺の登場に忠義様は目を見開いた。おそらく話を聞いているとは思わなかったんだろう……。軍配も落とし、上段の間から立ち上がり、こっちに向かっているし……。
「おい、よそ者が口を挟むな。引っ込め!」
重臣の一人からヤジにも似た罵詈雑言が飛んできた。フン、勝手に言え。黙って死ぬくらいなら、一矢報いた方がマシだ……。俺は無視して忠義様の元へ歩き出した。
「おい、勝手な事をしたら殺すと言ったよな?」
その時、別の重臣が肩を掴んできた。彼の背後には刀を抜く者までいる。こんな時に何だよ。仲間割れしている場合じゃないのに……。
「待たんか!」
一触即発の空気が漂い始めた時、忠義様の声が響いた。全身に
「クリフの言い分にも一理ある。仮に豊国家と神帝陛下の繋がっていようとも、黙って攻め滅ぼされる
沈黙の中、忠義様は俺の頭を撫でながら、なんと迎撃を主張した。これに重臣達は言葉を渋る。誰も行かないのか……。腰抜けだな……。それなら自分が行く。俺は左手に炎を発し、出陣を口にした。
「待て、オイも行く。ガキにここまで言われては、黙ってられねぇ。皆もそう思わんか?」
そう思った矢先、隆義様が立ち上がった。但馬家の重臣達にも発破をかける。どうやら俺が行く事に思う所があるみたいだ。
「隆義よ。よくぞ言ってくれた。皆も二人を見習え。何としても領土を守ろうぞ」
忠義様も重臣に檄を飛ばす。すると『殿と隆義様の言う通りだな』とか『よそ者にデカい面はさせられん』と立ち上がった。
「それならば、全員で戦うぞ。まずは隆義。ヌシは部隊を率いて烏丸広場へ行き、そこで豊国家を迎え撃て。それと歳義、久義は
皆の気持ちが一つになった事で、忠義様が指示を出す。これでやる事は決まった。よーし、それなら俺もできる事をするぞ。
こうして俺と但馬家は、戦乱の世の情勢に足を踏み入れていくのであった。
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