第四話   情勢

 俺が薩摩城で暮らし始めて一週間。国を追われて前途ぜんと多難たなんな生活を覚悟していたが、但馬家に出会った事で難を逃れた。正直、運が良いとしか言いようがない。それに加えて有り難い事もあった。


「クリフ様。この度は命を救って頂き、誠に感謝いたしますぞ!」


 それは倭国に来て病気になったスケサクが回復した事だ。家臣が元気になったのは何よりも嬉しい。俺は安堵の表情を浮かべ、久しぶりの再会を喜んで抱き合った。


「おい、小僧。貴様は外国人で異形な能力を持っていると聞いた。不穏な行動を見せたら殺すからな!」


 ところがその喜びに水を差す者がいた。まったく今日で何度目だよ。俺は〝炎を操る能力〟と忠義様から厚意を受けた事で、城住みの家臣からやっかみと偏見を受けていた。どこの国にもいるもんだ。くだらなさすぎて仕方ないよ……。


「無礼者。彼らを迎え入れたのは父上と叔父様だぞ。その意思に背くなら、潔く城を去りなさい!」


 でも庇ってくれる人もいた。スミコだ。彼女は振袖から扇子を出し、鬼の形相で家臣を一喝する。こういう人が上に立てば、皆も幸せだろう。うん、そうに違いない。


「……クリフ、スケサク様。大変失礼いたしました」


 そんな事を思っていると、スミコが家臣の不躾ぶしつけな態度を詫び、申し訳なさそうに深々と頭を下げてきた。


「いえいえ、別に良いですよ」


 ここまで丁寧に応対してくれたら、何も言えない。むしろ感謝しないとな……。俺は気遣いを込め、ふと思った事を口にしてみた。


「かたじけない。今が戦乱の世じゃなかったら、どれだけ良かったか……。本当に申し訳ありません」


 しかし俺の言葉に一層申し訳なさを感じさせたようだ。言葉を間違えたか。この人は一度落ち込んだら、なかなか元に戻らないんだな……。


「もう謝らないで下さい。俺はここにいられるだけで十分です」


 あぁ、どうしようか。俺は頭を抱えながら、終始、ため息をつくスミコに付き合う事となった。


 一ヶ月後、ようやく俺は薩摩城での生活にも慣れ、囲碁を覚え、スケサクと対局する毎日を送っていた。


「おい、聞いたか? 城主の間に集まるんだってよ!」


 そんな変わり映えのない日常の中、大勢の人が城主の間に向かっていた。俺は囲碁を打つ手を止め、スケサクと共に部屋を出た。騒動の原因を探ろうと、興味本位で群衆ぐんしゅうに紛れた。


「クリフ、どこに行くの?」


 すると突然、スミコに呼び止められた。まるで行く手を阻むように腰に手をやり、俺を睨みつけてくる。


「どこって、皆が城主の間へ行くので、着いて行こうかと……」


「貴方には関係ない話よ。戻りなさい!」


 俺が城主の間へ行く事を話すと、スミコは顔をしかめて扇子で部屋を指し示してきた。何だかいつもと様子が違う。あんな険しい顔、初めて見る。


「……だったら勝手にさせてもらいます。はしごを外されるのは嫌いなので!」


 そう思いながら、俺は一旦部屋に戻るフリをして、すぐに踵を返して走り出した。まんまと騙されたスミコの手を逃れ、城主の間へ向かっていった。


 城主の間に着くと、襖が完全に閉められていた。緊張感だけがヒシヒシと伝わってくる。軽々しく入れないと俺は直感したが、どうにかして中の様子を見たいとも思った。すると障子に穴が空いているのを発見した。


「ここなら見えるかも……」


 俺が右目で穴を覗き込むと、そこには大勢の人が忠義様と向き合う形で座っていた。何だかワクワクしてきた。さっきより緊張感が伝わってくるし、自分の瞳孔が大きくなるのも分かった。


「あっ、いた。クリフ、戻りなさい!」


 そこへ数十秒遅れでスミコとスケサクが追いついてきた。二人は連れ戻そうとしてるのか、左腕を引っ張ってきた。ここで見るくらいじゃないか。俺は掴んできた手を振り払った。


「これは軍議の場よ。控えなさい!」


 スミコは鋭い目つきで睨んできた。何で頑なに部屋へ戻そうとするんだ。少しぐらい良いじゃないか。


「クリフ様。ここは大人しく引き下がりましょう」


 スケサクまで何だよ……。ここまでダメだと言われたら気になるじゃないか。俺は絶対にここを動くまいと、力付くで襖にへばり付いた。


「どういう事だ。領国間の行き来には関所での手続きと伝書鳩の通達があるはずだろ?」

 

 俺達が押し問答してると、怒声が響き渡った。何が起きたんだと不思議に思い、再び穴を覗き込んだ。


「と、殿。先程から申しておりますように『今回は通達不要』とお達しがあり――」


「それは分かった。ならば何故、一介の武将が通達なしに関所を通れるんだ。それは神帝陛下と勅許ちょっきょを受けた者にしか許されん事だぞ!」


 声の主は忠義様だった。軍配が曲がるぐらい、床を叩き続けるなんて……。何をあんなに慌ててるんだ。


「兄者よ。申し上げにくいんだが、豊国とよくに秀明しゅうめいが攻めて来るらしい。かつての日吉ひよし藤丸ふじまるが……」


 豊国、日吉……。何で名前が二つあるんだ。隆義様の言葉に俺が疑問を抱くと、城主の間がざわつき出した。どうしたんだと思い、スミコに尋ねようとすると、彼女もガタガタと震えていた。


「どうしたんですか?」


 俺は心配になって、スミコの手を握った。その手は氷のように冷たかった。呼吸も荒くなってる。顔も真っ青だ。そんなに豊国家って一族は強いのか……。


「日吉家、もとい豊国家とは成り上がりの大名なの。主家を滅ぼされた男が一から築き上げた……」


 それって、ここ最近で力をつけたという事だよな。アレだけ威圧感がある忠義様が焦り、全員が恐れをなす。但馬家と豊国家の間には何があったんだ。


「実は二年前、私達は豊国家と戦をしていたの……。そこで地獄を見せられたの……。彼らは南方部の大名を次々と味方に付け、物資の供給を断ったのよ。最初こそ城内から迎撃したけど、食糧が底を尽くと成す術がなかった。一人、また一人と餓死していき、但馬家は追い詰められていったのよ」


 スミコの話に俺は固まってしまった。まるで首里王国が崩壊と同じじゃないか。そんな壮絶な戦を経験してたとは……。どおりで見ず知らずの人を城に入れるのを拒む訳だ。これが今の倭国の現実なんだな……。


「ま、待ちなさい。何をするつもりなの?」


 何って決まってるだろ。但馬家が滅びるなんて嫌だ。今こそ世話になった恩に報いる時だ。そう思って、俺は城主の間の扉に手をかけた。


「忠義様。話は聞きました。敵が攻めてくるんですよね? だったら戦支度をして迎え撃ちましょう!」


 勢いよく扉を開けると、俺は即座に戦う事を進言した。忠義様は目を丸くしていた。家臣達からは冷ややかな視線が送られる。でも気にしない。どうせ黙ってても死ぬんなら、一矢報いようじゃないか。


「よ、よそ者の分際で偉そうに。ガキが口を挟むな!」


 何だよ。刀まで抜いて……。よそ者だからって、口を挟んじゃダメな理由はないはず……。俺は腹が立って炎を発した。一触即発の空気が漂い始める。


「待たんか!」


 その時、忠義様の声が響いた。何だアレ……。どうして闘気オーラを纏っているんだ。


「クリフの言い分にも一理ある。たとえ豊国家と神帝陛下の繋がっていようとも、黙って攻め滅ぼされるいわれはない。今から戦支度を始め、迎え撃とうではないか!」


 忠義様は軍配を片手に突き上げ、進言を受け入れてくれた。ほら見た事か。お前らの主君は分かってくれたぞ。それなのに何で立ち上がらないんだよ。そんなに豊国家が怖いのか。


「それなら俺が行きます。お世話になった恩を返したいので!」


 誰も行かないなら、この手で薩摩領を守ってやる。俺は左手に決意を表すように炎を発し、出陣を口にした。


「待て、オイも行く。十歳のガキにここまで言われては、黙っていられねぇ。皆もそう思わんか?」


 そう思った矢先、隆義様が立ち上がって周囲に奮起を促してくれた。すると呼応するように但馬家臣団も立ち上がった。


「皆も気持ちは固めたな。ならば隆義よ。部隊を率いて烏丸広場へ行き、そこで豊国家を迎え撃て。それと歳義、久義はやぐら堀切ほりきりを建設し、籠城の準備に取り掛かれ!」


 やっぱり自分の領土は守りたいんだな。一同をまとめた忠義様と隆義様、そして体が震えながらも立ち上がった家臣を見て、俺は心底そう思った。よーし、それならできる事をやっていくぞ。


 こうして俺と但馬家は戦乱の世の情勢に足を踏み入れていくのであった。

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