第三話 覚悟
俺は苦労の末に薩摩城に入る事ができた。スケサクを医者に託すと、スミコに背負われて本丸へ案内された。
「本当に知らない国に来たんだな……」
彼女の背中から城下町を眺めると、俺の目には蛍が飛び交う様子や月明かりで山や海が綺麗に映える夜景が印象的だった。それは首里王国では見られない新鮮な情景だ。
「さぁ、着いたわよ!」
城外の景色に目を奪われていると、俺は部屋の一室に案内された。背中から下りると、背伸びをするように大の字に寝転がった。
「……何だか落ち着くな」
笹が描かれた
「今日からはこの部屋で過ごせば良いわよ。ゆっくり疲れを取ってね。後足の午前中には父上と叔父様に会いましょうね」
そんな中、スミコから明日の予定を聞かされるが、俺は睡魔に負けた。徐々に意識が薄れ、声も左から右に流れ、小さくなっていく。しまいには夢の世界へ旅立ってしまった。
翌朝、俺は八時に目を覚ました。首里王国にいた頃と同じ時間だ。たった一日で様々な出会いを経験し、地元の殿様の城に泊まる事もできた。なんて運が良いんだろうと思いながら、布団から出て襖を開けた。すると目の前にスミコが現れた。
「あらっ、おはよう。よく眠れた?」
俺はびっくりして腰を抜かしてしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい。同年代の女性にみっともない姿を見せてしまい、思わず赤面してしまった。
「あらら、赤くなって。恥ずかしかった?」
スミコは口元に手をやり、右手で俺の頭を撫でてきた。まるで弟を見るようにクスクスと笑いやがる。クソッ、子ども扱いしやがって……。俺は一層恥ずかしさを覚えた。
「まぁ、朝から元気で良かったわ。サッ、父上と叔父様の元へ参りましょう」
俺は掌で転がされるような感覚に陥った。スミコが年上だからか、妙に調子が狂う。こんな人の身内なら、もっと振り回すのかな、大丈夫かなと少し不安になりながら、城主の間へ連れていかれた。
城主の間に着くと、すでに襖の扉が開かれていた。俺は促されるように中へ入っていくと、『上段の間』から威圧感を感じた。
「ヌシが首里王国から来た皇太子か? 待っておったぞ!」
「は、初めまして……、クリフです……」
突然の挨拶に俺は小さく返す事しかできなかった。表情は柔和なのに威圧感が凄い。まさしく歴戦の猛者の風格だ。正直、何をされるんだろう……。
「そんなにかしこまらんでも良いぞ。ワシは
しかし緊張と不安で一杯だった俺に対し、忠義という人は懇切丁寧に対応してくれた。はぁ、良かった。これならスケサクがいなくても大丈夫そうだ。
「礼儀作法はしっかりしているようだが、この隆義、姪に向けた蛮行は許さんぞ!」
すると一つ下段に座る隆義という人が厳しい目を向ける。嘘だろ、この人は敵視している……。ヤバいぐらい目が怖い。俺の心臓がバクンバクンと音が鳴り出した。嫌な汗も背中を伝っているのが分かった。
「叔父様、客人の前よ。そのような物騒な発言は控えて下さい」
そんな重圧を感じ始めた時、スミコが俺に助け舟を出してくれた。良い所で声を上げてくれた。ありがとう、これで少しは安心できるよ。そう思っていたら、心臓の鼓動も落ち着いてきた。
「弟がスマンな。それでクリフと申したか。娘から聞いたが、祖国が滅んだというのは、まことなのか?」
急に何だよ。いきなりその問題に突っ込むか。ちょっとだけムッとしたが、首里王国が滅亡して日も浅い。そう言えば、皆はどうなったんだろう……。俺の頭には『不安』の二文字が駆け巡り始めた。
「祖国が滅亡したのは本当です。突然、大国に攻め込まれまして……。ここには偶然流れ着いたんです……」
いつの間にか俺は肩を震わせ、拳を力いっぱい握っていた。その上、炎まで小さく発していた。これからどうしていけば良いんだ。多分、本音だけど、こんな事、ここで言ってもしょうがないよな。
「……大国の侵攻ね。辛かったわね。思いっきり泣いても良いのよ?」
そう思っていると、突然、スミコが俺を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。どうやら涙を堪えているように感じたようだ。でも不思議なんだよ。泣きたいんじゃない。『自分が弱い事』が悔しくて不安なんだよ……。
「……クリフよ。ヌシは困っておるのだろう? 何か力になれんか?」
そんな風に自問自答していると、忠義様が上段の間から降りてきた。気付くと目の前にいた。いつの間に……、どうして心が読めたんだ……。俺は驚き、思わずスミコから離れた。ビクンと体が反るぐらいに背筋も伸びた。無意識に体もこわばった。
「もし良ければ、薩摩城で暮らさんか? 但馬家の客分として迎え入れよう!」
すると予想外の提案をされた。俺はびっくりして、またもや腰が抜けた。
「ちょ、ちょっと待て、兄者。それは本気か? 外国人を城に住まわせるなんて、前代未聞だぞ。歳義や久義の意見も聞くべきだ。それに家臣の反発だって予想できる。やめておいた方が無難だぞ!」
隆義様が反発した。当たり前だよな。
「叔父様、クリフは私よりも幼い。放り出してしまったら生きる術はありません。そのような事を仰らず、どうか城に住まわせてあげて下さい」
嘘だろ……。どうしてスミコ様はここまで俺の事を気にかけてくれるんだよ。いくら何でもそれは安直すぎるだろ。
「まぁまぁ、二人とも。これはあくまでもワシの考えだ。ただ決めるのはクリフだ。まずは彼の意見を聞こうではないか」
そんな事を考えていると、忠義様が両手を叩き、二人を仲裁した。この人も本気で俺の事を考えてくれるのか……。それなら真剣に答えなきゃ不義理だよな……。少しだけ言わせてもらおうかな。
「皆様のお気持ちは十分に伝わりました。確かに生活基盤が得られれば、どんなに有り難い事か。でも俺は
俺は姿勢を整えると、本心を言った。ここまで気にかけてくれる人の存在は有り難いけど、見ず知らずの人に迷惑をかけるのは御免だ。誰かが傷付くのは嫌なんだよ。そう思っていると、忠義様が近付いてきた。
「……ヌシは本当に良い奴だな。高貴な身分にありながら、人を
そして何故か俺の人間性を褒めてきた。どうしてここまで気にかけてくれるんだ。お人好し過ぎだろ……。
「でも負けた側の人間を匿って滅亡した一族はいます。隆義様の言うように慎重に検討して下さい」
こんな良い一族が滅びてはいけない。自分の事を考えて欲しい。俺は幼いながらにも、心底思った。その上で再び提案を断った。
「そんな事は覚悟の上だ。しかし倭国は島国だ。ヌシの祖国と同じだが、最も近い
ところが忠義様は折れてくれなかった。むしろ俺の心配を吹き飛ばそうと、侵攻の恐れはないと口にした。地図を広げてまで教えてくれた。
「……成る程な。一応、敵が攻めてくる可能性は低いという事か。だったら何とか匿えるかもな!」
すると隆義様も賛同し始めた。本当にこの人達を頼って良いのか。俺は鼻をすすりながら、涙を堪えようと必死になる自分に気付いた。
「クリフ、父上と叔父様が言うんだから、一緒に暮らさない」
そこへスミコが俺に肩を抱いた。その手はどこか温かさを感じた。もう我慢しなくて良いんだよな……。
「……あ、ありがとうございます。お世話にならせて下さい」
もう涙腺が崩壊していた。生まれて初めて嬉し涙を流した。こんなに温かい人がいる倭国で暮らしていきたい。この国を良くしたい。そう思いながら、俺は但馬家の厚意に甘えるのであった。
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