第二話   信頼

 異国の地に来て半日が過ぎた。すでに体力も限界を迎え、いつ倒れてもおかしくない。でもスケサクだって俺を命懸けで祖国から逃がしてくれた。その義理は果たすべきだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は目的地まで懸命に足を動かした。


「ハァハァ、ここが薩摩城か?」


 ふもとの集落を出て数十分後。ようやく目的地である薩摩城が見えてきた。あの十文字じゅうもんじをめがけて走れば、スケサク助けられる。やっと一息つける。そう思って、最後の力を振り絞った。


「何だ、貴様は。怪しい奴め!」


 しかしその焦りが俺を窮地に陥れた。なんと急に鎧を着た男達に囲まれてしまった。しかも全員が槍や刀や銃を持っている。こんな大人数、一体、どこから現れたんだ。とにかく理由わけを話そう。


「突然の訪問、申し訳ありません。俺は首里王国の王子です。スケサクという家臣を助けて下さい!」


 まずは警戒心をとかなきゃな。こっちは病気の家臣を助けたいだけだし、いくら異国の地でも病人を無碍にはしないはず……。分かってくれるよな。


「な、なに、外国から来ただと? しかも王族とは……。皆の者、出あえ!」


 どうしたんだ……。まるっきり逆効果じゃないか。そんな頭ごなしに敵と認定しなくても良いじゃないか。


「ク、クリフ様……。戦ってはなりませぬぞ。ワ、ワタクシを見捨てて生き抜いて下され……」


 俺は沸々と怒りを滲ませていると、今にも力尽きそうな声でスケサクがささいてきた。そんな事を言っても、相手は逃がしてくれそうにない。引き鉄に手をかけているし、このままだと死を待つだけ……。もはや戦うしかないな。


「何事だ。騒々しい!」


 その時、女性の尖り声が響き渡った。その声は戦闘勃発となりそうな俺達の動きを止めた。


「ス、スミコ様。た、大変です。外国人が現れました。しかも王族と名乗っておりまして……」


 よく見ると、服装は桃色の打掛うちかけ。髪は短くて目は細いけど、気品に満ちている。男達が平伏している様子からしても、明らかにスミコという女性は高貴な身分なんだろう。もしかしたら彼女なら助けてくれるかも……。そう期待した俺は、人混みを掻き分けてスケサクを助けてくれと申し出た。


「……貴方が外国の王族の方ですね。残念ですが、その希望に応える事は致しません。お引き取り下さい」


 しかしその希望は二つ返事で、あっけなく打ち砕かれた。せっかくここまで来たのに納得できない。外国人だからって、こんな仕打ちを受けなきゃならないのか。俺はスミコという女性のすそを引っ張り、再び懇願した。それでも聞き入れてもらえなかった。


「待って下さい。何でそんな事を言うんですか? 誰であろうと命の重みは同じはずでしょ!」


 この国の人は血も涙もないのか。それじゃあ、どうしたらスケサクは助けてくれるって言うんだよ。俺は我慢の限界を迎えようとしていた。


「勘違いするな。別に命を選別する気はない。でもこの国は、戦乱の世の真っ只中。『命が平等』という概念が分からん者もいるため、私の一存では決められんだけ。ちなみにその男は助けるに値するのか?」


 するとスミコが返事をしてくれた。スケサクを助けるに値するかだと……。そんなの決まってるだろ。


「首里王国が滅んだ時、必死で船を漕ぎ、ここまで連れて来てくれました。そこまで尽くしてくれた家臣を見殺しにしたら、死んだ両親に顔向けできません。だからお願いします。どうか、俺の家臣を助けて下さい!」


 おそらくこれが最後の願いになるだろう。そう感じた俺は、祖国が滅んだ事、それで亡命した事、その際にスケサクに助けられた事。その全てを話した。その上で助けを得られるために土下座までした。


「……たった一人の家臣のために頭まで下げるとはな。一国の王子と聞いて呆れるぜ。そんな奴、サッサと見捨ててしまえば良いものを」


 笑いたかったら笑え。恥や外聞なんてどうでも良い。自分のために命をかけてくれる家臣を助けられるなら、何だってやってやる。頭一つ下げるぐらい安いもんだし、父上だって同じ事をするはずだ。


「クリフと申しましたか……。貴方の義理堅さと人情に厚い一面。まさに王子に相応しい器だと思います……。どうぞ、城へお入り下さい。家臣の治療。私が父に掛け合ってあげましょう」


 するとスミコだけは自分の行動に共感してくれた。何で急に態度を変えたんだろう。しかも声も優しくなっているし……。それに『王子に相応しい器』とか言っていたけど、どういう意味なんだ。俺は生まれながらに王子なんだけど……。


「あ、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません!」


 でも今は感謝を素直に伝えておこう。価値観は違えど、スミコには何かしら共感できる部分があったんだろう。そう思うしかないな。


「スケサク、これで一安心だな」


 この時ばかりは力づくで城に入らなくて良かったと心底思った。何とか薩摩城に入る事ができた俺は、これまで張り詰めていた糸が切れるように力が抜けた。そう言えば、自力で歩けるだけの体力が残っていなかったな。そんな俺をスミコが自ら背負って招き入れてくれた。少し気恥ずかしい思いをしながらも、ようやく目的を果たす事ができたのであった。

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