第28話 気遣いとお節介は紙一重。

さて、公園で二人並んでブランコに座る。朱莉の隣に座る緋奈は、緊張気味に唾を飲み込む。

謝る……具体的に何を、とかはもういい。とにかく仲直りしないと。


「あの……小野ちゃん……」

「ごめん、緋奈さん! ……アタシ、ちょっと嫌な態度取ってた……!」

「えっ」


先を取られた。元はと言えば、自分が哲二をボロクソに言ったのがきっかけだったというのに。


「いや、そんな……やめてよ。アタシが、先に嫌なこと言ったんだから……」

「そんなことないよ……急に嫌な言い方したアタシが悪いし……」

「違うし。……小野ちゃんが、後藤のこと好きなこと、見抜けなかったアタシが悪いんだから」

「え?」

「え? 違うの?」


好きだと分かっていたらあんな言い方はしなかったわけだが……前提が違ったのだろうか?


「好きだから怒ったんじゃないん?」

「ち、違うよ!」

「いや……だって、じゃあなんであんなに怒ったん?」

「そ、それは……友達が、バカにされてたから……」

「大沢の時はあんま怒んないじゃん」

「そっ……そ、それは確かに……」


……もしかして、無自覚だったのだろうか? あり得ない話ではないが……正直、驚いた。

何にしても、だ。ここははっきりさせておきたい。自分ばっかり知られてるのは嫌だし。


「アタシは、大沢のこと好きだよ」

「えっ……?」

「あの誠実で厳しくてでも優しくて……可愛い所が好き。……あ、あはは、こういうの……意外と照れるわ、はっず……」


思わずポリポリと頬を掻いてしまう。初恋って、本当に気恥ずかしいものだ。


「ひ、緋奈さん……可愛い……」

「い、いいから今それは……それに、素直になった方が、色々良いこともあるじゃん」

「いやこの前全然、認めてくれなかったじゃん……」

「そ、それは置いとけし!」


それはそうだけども、と思いつつも話しを進める。


「と、とにかく、好きだって認めたの。その方が……他人にも誤解されないし、大沢のアホを意識させるには……オープンになるしかないと思ったから」

「え……そ、そうかな」

「ちなみに、後藤も鈍感だよかなり。中学の時はモテてたけど、全然気付いてなかったし。逆に、全然好かれてない女子と話した時に『あの子、俺のこと好きなんじゃね?』とかほざいてたし」


正直、聞いているこっちが辛かったのは黙っておいた。


「だから……小野ちゃんも、好きなら好きって自覚して……それで、お互いに頑張らない?」


哲二のアホの片思いで終わるなら協力する気はなかったが……朱莉も哲二が好きならば、協力せざるを得ない。


「……うん。アタシも、緋奈さんには大沢と、ちゃんとお付き合いして欲しいな」

「あ、改めて口に出されると恥ずいんだけど……あのバカが誰かといちゃついてるとことか想像出来ないし……」

「……確かに」


よくよく考えたら、自分は樹貴の事を何も知らないのでは? なんて勘繰ってしまうほどである。


「でも……だからこそ、女の子にデレデレになった大沢とか、見てみたくない?」

「っ……ま、まぁ……」


それはそうかもしれない。女の子みたいな顔をした可愛いベビーフェイスから普段、放たれるのは地球の裏側まで貫きそうな鋭い言葉……しかし、そんな彼が時折見せる甘えん坊な顔を見られるのは自分だけ……想像するだけでご飯三杯くらい……。


「ひ、緋奈さん……ヨダレ」

「っ、いっけね……!」

「あんまり、その……淫らな真似はやめておこうね……? 大沢、下品な子は好きじゃないと思うし……」

「わ、わーってるし! てかそんな真似しねーし!」


そんな話をしながらも、そろそろ待たせている二人が退屈し始める頃だろう、と時計を見た。


「小野ちゃん、そろそろ行こ?」

「え……何処に?」

「お祭りに決まってんじゃん☆」


他に何があるのか。仲直りが終わったら、すぐに行く予定だった。

……なのだが、朱莉は申し訳なさそうに目を逸らす。


「ご、ごめんね……嬉しいけど……でも、明日も予備校だから……」


? 明日は明日なのでは? と、思ったのだが……おそらく、あんまりこういう夜遅くまで遊んだ経験がないから、寝坊が怖いのだろう。

寝坊して予備校に遅れた……なんて事になれば、母親に雷を落とされるだろうから。

でも……自分なんかが言っても何も考えてないだけ、と思われるかもしれないが……勿体無い。せっかくの夏休み、勉強だけでは思い出が出来ない。


「小野ちゃんさぁ」

「? な、何……?」

「親と喧嘩とかしたことないっしょ」

「あ、あるよ。それくらい」

「最後にしたのは?」

「……中一の夏」

「反抗期とか無かったやつじゃん……」

「だ、だって……中一の時の喧嘩で、お母さんにビンタされて首がゴキって鳴って、しばらく元に戻らなくなってから……その、怖くて……」


もはや恐怖の対象になりつつある。それは、確かに逆らうには勇気がいる。


「……そっか。じゃあさ」

「何?」

「こうしようよ。四人で問題を一問ずつ出し合って、答えが一番、遅かった人が奢り大会しながらお祭り」

「……はい?」

「それなら、自習になるっしょ?」


話しながら、にひっと笑みを浮かべる。勉強するフリなら大得意だ。この手の案はいくらでも浮かび上がる。


「自習……そっか。その手もあるのか」


ギャルというのは勉強をサボる生き物だし、まず真っ先に思い浮かぶ案だと思うけど……この子、本当なんでギャルの格好なんてしているんだろうか……。


「じ、じゃあ……そうしよっかな?」

「うしっ、決まり☆ じゃ、早く合流しよっか」


話しながら、男達と合流する事にした。


×××


さて、お祭りに参加する……のだが。


「はい、次。三権分立を提唱した思想家は?」

「「はい!」」

「はい、小野クンと後藤クン、同時にどうぞ」

「「モンテスキュー」」

「正解」

「ええええ!? な、なんでー!?」


ボロカスに緋奈が負けていた。こいつバカじゃね? と、樹貴はしみじみと思う。勉強苦手な癖に最後に答えた人が奢りバトルって絶対おかしい。


「いや、ハッキリ言って勝ち目ないでしょ。何でお前、サッカー選手にリフティング耐久対決とか挑んじゃったの?」

「るっさいなー!」


というか、割と勉強教えていた身としては、一問くらい答えてくれよ、とは思う。

ちなみに、ルールは一番遅かった人が次の出題者になるので、毎回緋奈に奢らせるわけではない。

とはいえ……今の所、2回に1回は緋奈が出してしまっているが。


「ひ、緋奈さん……そろそろやめた方が……」

「は? 負けたまま終われっての!?」

「俺は続けてくれて構わねェぞ、そのバカの奢りで食う飯は最高に美味ェし」

「ウザっ。絶対あんたは泣かす」

「いやたかだかクイズくれーで泣かねェよ。いいからオラ、早く焼きそば買ってこい」

「威張るなし!」


……ま、大体の事情は察してはいるが。どうせ、親に「帰って来い」と言われている朱莉が一緒にお祭りで遊べるよう提案してみたとかそんなとこだろう。

そのために自分の苦手な勉強を……いや、そこまでは考えてなかった可能性は十二分にある。アホなのは元々だし。


「……」


ま、何にしても、だ。そろそろ金銭的にもピンチだろうし、潮時だろう。

とりあえず、一人分だけでも減らそうと思い、別行動を提案した。


「俺、トイレ行ってくるわ」

「ん、おお、そうか?」

「三人で回ってて。後から連絡するから」

「あいよ」


適当に話して、離脱した。

一応、本当にトイレに向かうことにした為、近くの公園の公衆トイレに入った。中で用を済ませると、外に出てブランコに腰を下ろし、そして……ふっと息を吐いた。


「スタミナ限界……」


お祭りを巡り始めて、30分ほどで音を上げてしまっていた。たこ焼き、カキ氷、わたあめ、あんず飴を食べ漁った挙句、ラムネを飲みながら歩いていたこともあり、疲れた。


「ふぅ……」


そんなわけで、ブランコの上で体を休める。まぁ……ぶっちゃけもう帰っても良いわけだが。特にここにいる理由もないし、仲直りしたのなら三人で遊べば良い。


「……」


美鳥を呼んでおんぶしてもらおうかな……なんてプライドもへったくれもないことを思っていた。


「あ、いたぁ!」

「まだ起きてるかな……あいつ健康第一ですぐ寝ちゃうから……」

「ちょっと、何一人で休んでんの!?」

「一応、電話かけてみるかー」

「話聞いてる!? 二人とも先に見て回りにいっちゃったよ!」

「焼き鯖食べたいわ」

「あんたわざと無視してんだろそれ!?」


バレた。なんかピーコラピーコラうるさいから、ちょっと無視してみたのだが。


「なんか用?」

「なんでこんなとこにいんの!」

「ん、いやお前の奢りお祭りツアー、そろそろ財布の危機だと思って。あとションベン」

「何でアタシの奢り確定みたいになってんの!?」

「50%お前じゃんだって」

「半分じゃん!」

「四人いて半分なんですけど」

「おごっ……!」


この子、言い返すのやめたら良いのに、と思う。とはいえ、まぁそれ以上は言わないですぐに続きを話した。


「あいつらは先に行ったんだっけ?」

「そうだし。もー、どうすんの?」

「お前も先に行けばよかったのに。俺、もう疲れちゃったから動けないよ」

「はぁ? ホンットに情けない身体してんなー」

「情けない頭してる奴よりマシだよ」

「んがっ……!」


ま、そういうわけだ。それに、そもそも仲直りした二人が一緒に祭りを回らないと意味がない気もする。


「……ま、そんなわけだから。俺のことは放っておいて。疲れでちょっと休みたいし。立ちたくもないし」

「逆に言えば、動けるならお祭りに行けるわけね?」

「は?」


何言ってんのこいつ、短絡的過ぎるでしょ、なんて思う間も無く、グイッと腕を引っ張られた。

何をされるのかと思ったら、そのままグイッと背側に回され、そして背負われた。


「これで一緒にお祭り行けるっしょ?」

「俺は良いけど、お前は恥ずかしくないの?」

「あ、アタシの恥であんたが楽しめるなら、安いもんだから!」

「いやだいぶ高い買い物だと思うけど……」

「いいから2人を探しに行くし!」


しかし……そこまでされて嫌と言うわけにもいかない。少し前の自分なら問答無用で嫌がっていただろうが、案外この関係が気に入っているのかもしれない。


「じゃ、出発進行〜」

「あんたが仕切んなし!」


そのままお祭りの行列へ突入した。おんぶされたままだからか、いつもより視線が高い。決して高身長というわけでもない緋奈だが、そこそこの高さから人を見下ろせるのはちょっと気分が良かった。


「おお〜……これが、ウルトラマンの視線……」

「そ、そんなに高くないし……!」


でも周りの視線はすごく見られている。まぁ、自分はおんぶしてもらう年齢にしては高過ぎるし、当然と言えば当然だろう。気にしないけど。

しかし、緋奈はそうもいかないらしい。


「……あの、大沢……」

「何?」

「やっぱり降りて……恥ずい……」

「いや、あの二人探すのに高い位置のが見やすいし」

「いや……だって周りの人が見て……」

「ならあいつらもこっち見るかもでしょ」

「な、何あんた、おぶっててもらいたいわけ!?」

「疲れてるからね」


歩きたくないのだ。面倒だし。まぁ、要するに恥ずかしくないようにすれば良いのだろう。なら話は簡単だ。


「お姉ちゃん、俺ラーメン食べたーい」

「あんたにはプライドと探す気はないんか!? あとラーメンなんてお祭りにあるか!」


役になり切れば、恥ずかしさも恥ずかしさじゃなくなる事を知っている。ここぞとばかりに甘えてやる事にした。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。遊びたい屋台とかあったら、お金は俺が出すから」

「弟役やる気ないでしょあんた!? 何処の世界に、弟に奢られる姉がいるかっての!」

「いや俺弟じゃないから」

「お姉ちゃんって呼んでた癖に!?」

「あー、じゃああれ。俺が上野の妹と結婚したって設定。これで年下の姉が出来ましたよ、と。これなら俺が奢っても不思議じゃないっしょ?」

「あ、アタシに妹なんていねーし! てか浮気じゃんそれ!?」

「ツッコミそこ?」


色々とずれている気がする。結婚している年齢の男が「お姉ちゃん」とか言いながらおんぶされている事はどうなのだろうか? いや、まぁ実際17歳でその演技をしている訳だが。


「て、ていうか、アタシがあんたの浮気役とか絶対嫌だし!」

「うん、分かったから」

「せ、せめてそこは本妻役とか……」

「盆栽?」

「言ってねええええよバアアアアアアカ!!!!」

「あんま顔近い状態で叫ばないでくんない。心臓が止まっちゃう」


何をそんな急に焦っているように喚き散らすのか。いや、まぁ別にどうでも良いけど。そもそも設定はそんなガチで作り込むことはない。


「でもお前、もう金ないでしょ?」

「はぁ?」

「散々奢られたし、この後は俺が出すから。……だから、運転手はしっかり食いたいものとか遊びたい屋台に目を配っておくこと」

「ーっ……! あ、あんたほんとそういうとこ……!」

「え、もっとお金出したい人? お金貢げば彼女作れると思ってる大学生?」

「弾き飛ばすよあんた!?」

「ブイブレード以外で初めて聞いたそれ」


じゃあどういうとこなのだろう、と小首を傾げるも、真っ赤になったままの緋奈は何も答えない。代わりにブツブツと呟くばかりだ。


「ったく……そもそもおんぶされてる男に奢りだ何だ言われたってときめかないっての……!」

「ときめかせる気なんてないけど?」

「っ、ぬ、盗み聞き!?」

「いや距離感が距離感ですし」


聞こえてしまったものは仕方ない。そんな事より、さっさと二人を探すことにした。

観念したのか、緋奈は周りの視線なんて気にしなくするために声をかけてくる。


「ていうかあんた、軽過ぎない? ちゃんと食べてんの?」

「食べてるよ」

「好きな食べ物は?」

「たぬきそばかうどん。早く食べ終わるから」

「速さじゃなくて味で聞いてんだけど!?」

「じゃあ何でも良い」

「あんた絶対、普段から何も食べてないっしょ!?」

「いや、食べてるよ。妹が好きなもんを作ってやってるから」


毎日、妹が食べたいと言うものを作って一緒に食べているから、あまり好きなものとか考えたこともない。生きるために食べているだけだし。


「まぁ量は食う方じゃないけど。小学生の時にお祭りとか参加してた時も、型抜きの残り滓でお腹いっぱいになったことあるよ」

「逆にどんだけ型抜きやってたわけ!?」


なんて話をしながら歩いている時だった。ちょうど目に入ったのは、その型抜きのお店。


「あるじゃん、型抜き」

「アタシやったことないんだよねー」

「やってみる? 出すよ、お金」

「まぁ……じゃあ?」


とのことで、型抜きの屋台に入ってみた。


「いらっしゃい」

「二人分で」

「は、はいよ?」


おんぶされた男女が来た上に、男の方が降りながら財布を用意したから面食らっているのだろう。おじさんは少し疑問系だった。


「難易度はどれにする?」


表を見せてくれたので、樹貴と緋奈は並んで視線を落とす。


「アタシは……一番簡単なのかな」

「このクラーケン?」

「それ高難易度だから! 簡単なの!」

「じゃあこのポセイドン?」

「そもそもそんなもん掘れるか! 何この型抜き屋!?」

「分かったよ。このラヴェンダーなら良い?」

「お花の中でも難易度高そうなのがある!」

「型抜き屋ならではってこったな。型破りなモンばかりある」

「上手くないから!」


確かにこの型抜き屋おかしい。でも、だからこそ面白い気もする。

そんな中……ふと目に入った最高難易度。そこにあったのは……ラピートだった。


「よし、決めた。姉ちゃんもこれにして」

「ね、姉ちゃん呼び……コホン、どれ?」

「ラピート」

「最高難易度じゃん!」

「どれも最高難易度みたいなもんだし平気平気」

「違うよ!? もうこのイラストの描き込みからラピートだけ違うよ!?」

「じゃあどれが良いの」

「こ、これ! 落ち葉みたいなヤツ! 変な形だけど一番、簡単そう!」

「それカレハカマキリだよ」

「カマキリなの!?」

「すみませーん、カレハカマキリとラピートひとつずつ」

「はいよ」

「ちょっ、勝手に……!」


そのまま、型をもらって抜き始めた。


×××


一方、その頃……先に行くことにした哲二は、今更になって朱莉と二人きりになったことを思い出した。

まずい、緊張が凄まじい。前にどこで拾ってきたのか、釘バットを担いでいた2メートルくらいある男と喧嘩した時より緊張してしまう。


「後藤くん、見てあれ!」

「な、何?」

「金魚掬い! やらない?」

「ああ、面白いかもな」


そう答えながらも、とりあえず頭の中で樹貴を殴る。あのバカ、どうせ朱莉に気を遣った緋奈に気を遣ったのだろうが、ハッキリ言って悪手だ。緋奈が樹貴を放っておこうとするはずがないだろうに……。

おかげで、今の自分の緊張である。


「金魚掬いかぁ……アタシ、久しぶりだなー」


これは……話しかけられているのだろう。一ヶ月くらい前に比べたら、随分と普通に話せるようになったものだ。

とにかく、返事をしなければ。


「てか、祭りに来たのが久しぶりなンだろ?」

「金魚掬いは本当に7年ぶりくらいだよ。昔からペット飼うの止められてて……子供の時、お母さんに内緒で金魚掬って帰って、バレて滅茶苦茶怒られてからやってない」

「え……そ、その金魚どォしたンだ?」

「友達に引き取ってもらった」

「……友達いたのか?」

「いるよ! 他校には! どういう意味!?」


いや、いないって聞いていたからなのだが……と、思ったが、まぁ「すまん」と謝っておく。

しかし、母親というのも酷な人だ。金魚掬いが出来ないお祭りなんて、コーラがないドリンクバーみたいなもの、というのは持論だが、何もそこまで怒らんでも……と思わないでもない。


「でも、それならやらない方が良いンじゃねェの?」

「それは……あ、そっか。ていうか、あんまり持ち帰れる景品をもらえるものはやんない方が良いのか……」


そもそも自習している、という体でやって来ているわけだし、それはその通りだろう。

でもそれは先に気づけよ、と少しため息が漏れる。


「でも……やりたいなー。金魚掬い」

「……」


まぁ、ゲームとしてやるだけでも面白いものだし、夏の風物詩とも言えるので分からなくはない。


「……なら、俺が貰ってやるから、やるだけやってみるか? 金魚掬い」

「え……い、良いの?」

「やりてェンだろ?」

「……じ、じゃあ……やる!」

「うっし、やるか」


遊ぶだけなら問題ないだろう。

そんなわけで、列に並んで二人分の料金を払う。


「あ、アタシも出すよ」

「気にすンな。掬えてもうちのペットになるだけだし」

「うっ……ご、ごめん……」


謝られるようなことではないが、一々指摘もしない。

さて、ぽいを二人分もらい、いざ開始。と言っても……哲二は、金魚掬いが超得意な訳で。


「フっ……!」

「え? なんか今、手が消え……」


一気に掻っ攫った。一匹。気が付けば、お椀の上にユラユラと赤い小魚が尾鰭を揺らしている。


「鈍ってやがるな……三年くらい前なら、一発で5匹は仕留められたろうに」

「仕留めちゃダメでしょ!」

「力加減を覚えていないと衝撃で殺しちまうかも」

「何物騒なこと言っているの!?」


事実なのだから仕方ない。中学からやたらとパワーがついて、力加減を間違えることも多々ある。お陰で乗り切った喧嘩もあったが……やっぱ常日頃は抑えなければならない。


「よ、よーし、アタシも……!」

「俺のやり方は真似すンなよ。上野でも『出来るかボケェッ!』と逆ギレするレベルだから」

「そりゃそうだよ!」


そう言えば、樹貴はこういうの得意なのだろうか?

あの手先が器用と頭の回転は器用な小僧なら、本気の自分と良い勝負はしそうだ。

隣の朱莉が、深呼吸しながら首を左右に倒しつつ、ポイを慎重に水に漬ける。それ、一番やっちゃいけない奴。


「……そこあえっ?」


案の定、取ろうとした時には穴が空いてしまっていた。単純に穴に金魚を通しただけである。


「も、もう穴空いたの!?」

「そりゃそうだよお前……獲物を決めたら一気に行かないと」

「さ、先に言ってよー!」

「次やるときに気を付けりゃ良いから。……ほれ、俺のポイ使え」

「え?」


……言うと、少し目を丸くする朱莉。


「い、良いの? まだ取れるんじゃ……」

「気ィ使わなくて良い。取り方わかンねェなら教えてやるくらいしてやる」

「……え、えへへ……そっか、アリガト……」

「……」


嬉しそうにはにかむのは勘弁して欲しい。可愛いにも程がある。この巨乳。


「い、良いから集中しやがれ。殺すぞコラ」

「え、こ、殺されるのアタシ……?」

「俺が渡したポイも一回、使ってるかンな。一発で決めろよ」

「う、うん……で、どうしたら良い?」


どうしたら、か……と、少し悩む。教えると言った手前、何か言わなければならないが、自分のやり方を言語化しなければならないと思うと、少し難しい。

腕を組んで悩んだ後……とりあえず言ってみた。


「ジーッと見定めて、シュバっと手を出して、スピッと引き上げんだよ」

「スピット? な、何言ってんの……?」

「いや、だから……こう、シュバっとだよ。バッ、バッ……と!」

「いや、分かんないよ。シュバっバっバって何? 笑いのクセが強いアニメキャラ?」

「強過ぎンだろ! そうじゃなくて、こう……ヒュッと!」

「分かんないよ! 擬音ばっかじゃん! 説明下手くそか!?」

「し、仕方ねェだろ! 誰かに何かを教えるとか初体験なンだよ!」


あまり良い言葉が出ない。感覚派でやっているもんだから。どうしたら良いだろう? とにかく早く、なのだが掬い方と言うものもある。その掬い方もあまり考えずにやっている事もあって言語化は難しい。

少しウダウダと考え込んだ結果……なんか面倒になって、もう身体で覚えさせることにした。


「あーメンドクセェ! おい、手ェ貸せ!」

「え、手枷?」

「言ってねェよ! そンなに滑舌悪ィかコラ!?」

「ひぃっ!? い、良いです!」

「いや脅したわけじゃなくて……ああああもうっ!」


面倒になったので、後ろから手を回し、手首ごと朱莉の腕を動かした。


「オラ、集中しろ!」

「っ、ぇっ……あ、あの……!」

「どいつが欲しい?」

「え……わ、私の家で飼うわけじゃないし、どれでも……」

「バカ、俺の家で預かるだけでお前の金魚だろうが。お前が選べボケ」


なんかいつもの倍くらい憎まれ口が飛んでしまっていた。

すると、朱莉は少し頬を赤らめたまま、金魚を見据える。……そして、やがてちょっと黒い点が入った金魚を指差した。


「じ、じゃあ……あの子……」

「あいよ。一気に獲りに行くから。ポイを落とすなよ」

「う、うん……」


なんか集中していない気がしたが……まぁ、取れなかったらどんまいってことで。

動きを見定め、次に動く方向を予測し……よし、そこ! と、一気に手首ごと動かした。

風を切る音と同時に、朱莉の手は消え、そして金魚はお椀の中に入っていた。


「うしっ……取れた。今ので分かったか?」

「い、いやあの……うん、まぁ……」

「? どした?」

「手、意外と大きいんだなって……いや、意外でもないけど……」

「はぁ? ……あっ」


今更ながら、割と大胆に手首を掴んでしまったことを思い知った。というか、右手でポイを持っている朱莉に対し、当然ながらその右手首を自分も右手で掴んでいる。

それを、後ろからだ。つまり、割と覆いかぶさるような姿勢になっている訳で。


「っ、わ、悪い……」

「へ、平気……」

「……」

「……」

「なぁ、お前さんたち。イチャイチャは他所でやってくんねえか? うちの若いのが羨ましさで破裂しちまう」


どんな理屈だろう、と気になっても気にしない。何せ、恥ずかしさのあまりさっさと立ち去りたかったからだ。


「これ……」

「はいはい、おめっとさん」


金魚を袋に入れてもらって、そのまま立ち去った。

二人で並んで歩きながらも、さっきまでと違い二人とも照れた様子。

やっちまった……と、哲二はため息を漏らす。面倒臭さのあまり、つい距離感を間違えた。同じやり方で緋奈に教えたこともあった事もあり、自分の軽挙に少し腹を立てる。


「あ、あー……次何やるよ?」


空気を変えようと思い声をかけてみた……のだが、朱莉は少し頬を赤くしたまま呟いた。


「手、超大きかった……」

「は?」

「っ、な、なんでもない! 手首折れるかもって思っただけ!」

「え、ンな強く握ってたか?」

「い、いやそういうわけでもないんだけど……」

「……」

「……」


なんか……変な空気になってくる。何が言いたいんだろうか? と、小首を傾げたのも束の間、すぐに朱莉が横からそっと指先を握ってきた。


「っ、な、何……?」

「は、逸れたら大変だから……良い?」

「お、おう……」


な、何を考えているのだろうか? 揶揄われているのか? なんて頭上に「?」を大量に浮かべながらも、そのままお祭りを回った。


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オタ男に勝てないギャル子ちゃん。 @banaharo

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