第23話 気にするべきは周りの目ではなく身内の目。

 一応、連絡はもらっていたので、集合場所に集まった哲二は、待ち合わせ場所で待機していた。

 遅刻は嫌いなので5分前に来たのだが、まだ誰も来ていない。

 しかし……グリズリーか、とため息を漏らす。久しぶりだ。昔は良く緋奈と一緒に行っていたものだが、もう何年振りかも忘れた。

 正直、この歳で来て楽しめるのかは疑問だったが、まぁメンツがメンツだし大丈夫だろう。


「あ、後藤。早いね」

「……タツキ……はァ!?」


 現れた大沢樹貴を見てビックリだ。服装はそれなりに高校生っぽくなっている。男女どちらとも通用する服装ではあるが、だからこそ似合うと言う見方もある。

 ……だが、何故現地に着く前から、頭にツキノワグマ耳のカチューシャを乗せているのか。


「テメェなンで今から耳四つ付けてンだよ! 減らせ!」

「いや荷物になるし」

「合理主義にも程があンだろ! てか、そンな荷物になるモンでもねェし!」

「鞄の底にいくと曲がっちゃうんだって。妹から借りたものだから、壊れたりすると困っちゃうんだよね」

「いいから外せ! 一緒にいるこっちの身になりやがれってンだ!」

「えー。じゃあ持ってて」

「ふざけンなテメェコラ!?」

「そっちの鞄に入れとくだけで良いから」


 ダメだこいつ。話にならない。恥という概念がないみたいで、思わずこっちもその提案を聞いて「仕方ねえな」となってしまう程だ。

 カチューシャを受け取り、鞄にしまう。


「にしても、グリズリーか……それもテメェらと一緒に」

「嫌いなの? グリズリー」

「好きでも嫌いでもねェよ。ただ、改めて訳わかンねェ状況だと思っただけだ」

「世の中の出来事に一々、訳わからないとか思わない方が良いよ。何が起こったって不思議はないんだから」

「テメェは詩人かコラ」

「いや今のは全然、詩人っぽくないでしょ。ちゃんと詩を読んだ事ある?」

「ブチ殺すぞコラ!」

「いや逆ギレされても困るかな……」

「あぶなあああああい!」


 ……え、と反応する間も無く、真横から飛び蹴りが炸裂した。重たい蹴りの一撃……ミシッ、と上腕二頭筋に軋み、真横に転がる。


「大丈夫!? 大沢、野蛮人に殺すぞって言われてた!?」

「言われてた」

「あんた何弱い者イジメしてんの!? 最低にも程があるでしょバーカ!」

「そーだそーだ」


 こいつらは……本当に言いたい放題言ってくれるものだ。


「人を煽ったのはそこのガキだろうが!」

「同い年」

「黙り禿げろチビ! ていうか、百歩譲って殺すっつったとしても、飛び蹴りで来るかよ!?」

「片腕で綱引きを難なくこなす化け物が相手だし、奇襲による先制攻撃をかますのは当然でしょ」

「死角からの奇襲だから確実に当てられる、全体重を乗せているから相手は吹っ飛ぶ、よって逃げる時間を作れる……確かに有効な一撃だよね」

「テメェも冷静に分析してンじゃねェよ!」


 とにかくブッ飛ばしたいが、女に手をあげるのは趣味じゃない。

 よって、文句を言うしかないわけだが……しかし言って通じる相手ではない。どうしたものか、と悩んでいる時だ。


「ちょっと君達、良いかな?」


 声を掛けられた。警察から。えっ、と哲二も緋奈も固まるが、警察はそのまま続けた。


「今、飛び蹴りをしてたしされてたよね? 喧嘩なら、ちょっと話を聞かせてもらえるかな」


 ピシッ、と緋奈は固まる。

 チャンス中のチャンスである。見られていたのだから。


「ちょっ、いや今のは違っ……!」

「違くねェだろ。蹴ったろ、人と話している所を」

「はぁ!? そもそもあんたが悪いんじゃん! こんなか弱い男の子を殺すぞとか脅してたんだから!」

「あ、あれはだから……!」


 なんてヒートアップする中、警察は樹貴に声を掛ける。


「どうなんだい?」

「はい。確かに『死角からの奇襲だから確実に当てられる、全体重を乗せているから相手は吹っ飛ぶ、よって逃げる時間を作れる……有効な一撃』をぶちかましていました」

「大沢ぁぁああああ!!」


 正直者は誰に対しても公平である。綺麗に樹貴の感想を告げられ、緋奈は絶叫した。


「あと、この人からも『殺すぞ』『黙り禿げろ』などの脅しを受けました」

「タツキィィイイイイ!!」


 正直者は誰に対しても公平だった。哲二もチクられて、思わず樹貴に手が出そうになったが、その手首を警察は掴む。


「いやいや、目の前で暴力はダメでしょ。ちょっと向こうで聞こうか、話」


 指差す先には、派出所があった。補導される事になってしまう……と、思っていると、覚悟を決めていると、警察の方が樹貴にも声を掛ける。


「君も、詳しい事情を聞きたいから来てくれるかな?」

「んー……でももう一人と待ち合わせしてるんですよね」

「いや、被害者の聴取も必要だから」

「じゃあ連絡だけしておきますね。待ち合わせ場所を交番って伝えておきます」

「え、ま、待ち合わせ……や、まぁ良いか」


 とのことで、打ち上げのスタートは補導から始まった。


 ×××


「もうっ! 金輪際っ! 勘弁してよね!?」

「「ご、ごめんなさい……」」


 とっても怒っているのは朱莉。待ち合わせ場所が交番に変更とか訳わからない連絡をもらったのかと思えば、哲二と緋奈が警察に怒られていて、樹貴はゆっくりとお茶を飲んでいた。


「そうだよ、お前ら。もう今後、何処で誰が見てるかわからないんだから、やたらめったらと喧嘩するもんじゃないよ」

「あんたもだから! どうせあんたが挑発するような本音を言うからそうなったんでしょ!?」

「人聞き悪いな。そんなつもりはないんだけど」


 こいつは本当に悪い奴だ。何が悪いって、実際に悪い言葉を一切、使っていない事は想像できる所だ。

 この男の口の何が悪いって「死ね」「ブス」「カス」だのの罵詈雑言はないあたりだ。

 あくまでも間違っていない言葉を選ぶ点が非常に厄介と言える。


「テメェだけ狡いぜ、ったく……」

「でも、洗いざらいしゃべってよかったと思うよ。俺が黙ってたら、それこそ脅しだと思われるし」

「ならせめて弁解も一緒にしろや!」

「いや、どうせなら涼しいところで待ってたいじゃん? 交番はクーラー入ってるし」

「確信犯かよ!」


 あんまりな言い分に、思わず哲二のツッコミが炸裂した直後だった。それに対し、緋奈が意地悪そうな笑みで告げた。


「ぷふっ、確信犯の使い道間違ってるし。あれホントは『正しいと信じての行動』のこと言うから」

「アア!?」

「ちょっー! ここ電車の中だから落ち着いて!」


 慌てて二人の間に入る朱莉。さっきから割と声が大きい。電車の扉側で立っているとは言え、目立つなんてものではない。

 そんな中、樹貴が優しく口を挟んだ。


「そう言う使われ方をしていたのは昔でしょ。お前、って言葉も語源的には神様に対し使われていたものだけど、今どき上司に使っても怒られるワードだから。……俺達はその言葉が使われていた時代じゃなく、今の時代を生きているから、一々細かい所でツッコミを入れない方が良いと思うよ」

「うっ……!」


 意外とまともなことを言って黙らせてしまった。本当にまともなことを言って口を塞ぐのが得意な男だ。


「そォだぜ、そンなに昔の言葉を使いたきゃ、お前だけタイムスリップして原始時代を生きてやがれ」

「は?」

「まぁ一々、言い返さないと気が済まない人も、同じくらい幼稚だと思うけどね」

「おごっ……!」


 ちょっと棘のある言い方になったが、それでもスパッと黙らせる威力はあった。なんていうか、本当に口は強い男である。

 さて、そうこうしている時だった。ふと窓の外を見ると、目に入ったのはアラビアを彷彿させる丸い宮殿のような屋根。それを見れば、朱莉も緋奈も一気に頭の中でグリズリーの光景がフラッシュバックされる。


「おお〜……!」

「キタ……来ちゃった……!」


 高校に来てから2回目のグリズリー……思わず朱莉の胸は高鳴ってきた。この前は相当、楽しかったし、今回も楽しめると嬉しい。


「ね、まずは何に乗る?」

「そうだな……やっぱ、ウォーターフォール?」

「良いねー。外、アホみたいに暑いし、まずは涼しくなろっか」


 濡れる前提だが、問題ない。白い服は避けてきた。それは朱莉だけでなく緋奈も同じだ。

 ……そういえば、と朱莉は後ろに目を向ける。樹貴はともかく、哲二の私服姿は初めて見る……少し新鮮だ。喧嘩が多いヤンキーと聞いたが……私服は割と爽やかだ。普通のスラックスに、普通の上着を着ている。


「……」


 ギャップがある。……逆にあの格好で警察のお世話になったのか、と思わないでもないが。

 ていうか、何故ヤンキーになったのか気になるところだ。

 今、哲二は樹貴と何か話しているし……聞いてみた。


「ね、緋奈さん……」

「? 何?」

「なんで後藤くんってヤンキーになったの?」

「さぁ……ただ、高校デビューな事は確か。元々、バッキバキの野球部で身体は鍛えられてたし、派手な格好してたら絡まれて、喧嘩になったら勝っちゃったとかそんな感じじゃない?」


 まぁ、確かにそれっぽいかもしれない……が、今は熊の国だ。その辺のことは忘れよう。

 さて、駅に到着したので、降りた。改札口を出て、チケット(学割)を購入。

 フツフツと一歩近づく度に感じていた胸の奥の高鳴りが、ここに来て破裂した。


「「グリズリーだああああああ!!!!」」


 朱莉と緋奈は、手を繋いで両手を上げた。相変わらず目の前にあるのは「シンドケヤ城」。立派な西洋風の城で、天に向けて聳え立っている。

 自分達の背後から、哲二が声を漏らした。


「おお……懐かしいなオイ」

「こうやって見るとガバガバだよね。城の周りに地形的特異性もなし、城門付近に砲台もないし……そもそも城壁もない」

「お前は本当に夢がないな……」

「いや、それだけ平和な世界って事でしょ」

「……そ、そういうことか」


 これを、人をはめようとかではなく本当に思って言っているのだから、ある種天性のひねくれ者な気がしないでもない。

 そんな二人の話をぼんやり聞いていると、緋奈が声を掛けてきた。


「ね、写真撮らん?」

「あ、良いね」

「よっし。おーい、そこのバカ二人」

「「一番のバカにまとめられたくない」」

「はー!?」

「し、写真撮ろう!」


 慌てて中に入った。四人で撮りたいわけだが、ちょうど良い人は……と、周囲を見回していると、通りがかりのカップルが目に入った。ちょうど良いので、声をかけた。


「あの、すみませーん!」

「はい?」

「写真撮ってもらえませんか?」

「良いですよ」


 許可をもらったので、スマホを手渡す。

 勿論、シンドケヤ城をバックにして、四人で横に並ぶ。

 哲二、樹貴、緋奈、朱莉の順番に並んだ……が、そこでカメラを握ってくれた男性の方が声を掛ける。


「真ん中の君……その、言いにくいんだけど、あまりにも目立たないよ、そこだと」

「お構い無く」

「え、そ、そう?」


 目立たない? と言われて、朱莉が横から三人を見る。確かに、この中で一番と二番目に背が高い二人に、一番背が低い子が入っているのだから致し方ない。


「ホントだ。ウルトラ男の間に拉麺ライダーが立ってるみたい」

「俺そんなに小さいの?」

「緋奈さん、悪いんだけど……はじに来てくれる?」

「あ、うん」


 言いながら、朱莉は緋奈と場所を入れ替える。すると、哲二がさらに口を挟んだ。


「てか、タツキが俺の隣も良くないンじゃね。一番チビと一番デカいのが隣同士になっちまうし」

「そうだね。じゃ、大沢。あんた反対側に来て」

「決めたわ。俺、夏休み中に足の底の体内に金属埋めて背を伸ばす」

「牛乳毎日飲むとかにしなさいよ! なんでそんなシャッコー本部に頼み込むような方法をチョイスすんの!?」


 なんて話しながら、四人で並ぶ。あまり時間をかけるわけにもいかないので、各々でポーズをする。

 緋奈は並び順を好機と取って、樹貴と腕を組……もうとしたが、身長の問題で肩を組む。

 その樹貴は、ぼけっとした顔のまま立ち尽くす。

 自分の隣の哲二もポーズは取っていないが、ポケットに手を突っ込んでいて、少しポーズを決めているように見える。

 まとまりがない……と、眉間に皺を寄せてしまう。

 せめて自分だけでもまとまりを作ろうと思い、両隣の二人と肩を組んだ。


「っ、な、何してん……!」

「マイムマイムでもすんの?」

「お願いしまーす」

「はい、チーズ」


 撮ってもらった。それにより、腕を解いてスマホをもらいに行く。


「脇腹に……当たってた……柔らかかった……」

「ね、柔らかかったね」

「は? 大沢、あんたまで大きいのが好きなわけ?」

「いや、少しでも小さい方が良い。胸だけじゃなく、色々と」


 なんて何の話をしているのか分からないが聞こえて来たのを無視し、スマホを受け取る。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 画面を見ると、映っていたのは……結局、全員で腕を組むような形になっている自分達だった。


「あなた達、ビーチバレーの選手とか?」

「いえ……なんですかね、アタシ達って……」


 そのまま二人と別れた。さて、改めて三人と合流する。結局、並んで肩を組んでいた自分達を見て、どう思うだろうか?


「写真撮ってもらったよ。今、送るね」

「お、サンキュー」

「結局、四人で肩組んでたんじゃないの?」

「……」


 本当に大沢樹貴という人間は人の思い通りにならない男である。何故、見る前に分かっているのか。

 見てから、緋奈が少し頬を赤らめる。


「ホントだ……えへへ」

「……なンかどっかのスポーツチームみてェだな」

「さ、そろそろ乗り物乗ろう!」


 朱莉の提案で、乗り物を乗りに行った。


 ×××


 さて、まず乗ったのは電車の中で話していた通り、ウォーターフォール。二回目だから大丈夫だろう、とたかを括っていた。


「……また気絶しちゃった」

「どんだけ三半規管終わってんの……」

「オイ、そいつそのか弱さでどうやって生きてンだ?」


 樹貴がまた失神してしまったので、哲二の背中に乗せて歩いていた。

 しかし、緋奈も思わず冷や汗をかく。本当に弱々しい生き物だ。まだ熱中症だの脱水症状だの、その以前の問題。どんなにこっちが備えていても失神は免れないみたいだ。

 朱莉がウォーターフォールの前で尋ねる。


「この後、どうする?」

「上野、パレードはいつからだ?」

「お昼過ぎ。13時半から」


 クソ暑い時間帯を選んで、パレードの乗り物の上から、グリズリーさんやツキノワグマさん、ホッキョクグマさんが水をぶちまけながら道を通る。


「なら、俺がこいつの面倒見ててやっから。お前らで乗り物乗って来いよ」

「え……い、良いの?」


 その提案には、朱莉だけでなく緋奈も驚いた。そんな気を回してくれるとは……それも、哲二が。いや、割と昔からこう言うところはあったが、今でもご存命だとは思わなかった。


「アア。こンなガキ臭い所を一番、楽しみにしてたのはテメェらだろ」


 それはそうだが言い方……いや、素直になれないだけか、と理解。

 お言葉に甘えようかな、と思った直後だ。……でも、これって緋奈的には樹貴に優しさをアピールするチャンスなのではないだろうか?


「じゃあ、緋奈さん。行く?」

「いや……あ、アタシが面倒見るから! だから……あんたが遊んで来たら?」

「……ア?」

「ひゃっ……だ、大胆……!」


 小野ちゃん黙って、と思ったが、この際無視。自分が樹貴を好きな事は、二人にはなんとなく察されてしまっている。

 従って、二人とも嫌な顔はしないで、むしろニヤリとほくそ笑まれた。


「あっそ。じゃ、こいつ引き取れや」

「っ、るっさいな……!」

「寝てるからって好き勝手しないようにね?」

「しないし! いいからお前らさっさと行け!」


 樹貴を受け取ってから追い出すように怒鳴ってしまうと、二人は逃げるようにグリズリーを見て回り始めた。

 ……あ、これ哲二にとってもチャンスになっちゃうんじゃ……いや、まぁ良いか、と思うことにした。

 何せ、恋する気持ちは自分にもわかってしまったから。それに、付き合うかどうか、最後に選ぶのは朱莉だし、今は見守る。

 ……さて、まずは背中の樹貴である。とりあえず、寝ていても炎天下はまずい気がしたので、何処かお店に入ることにした。


「こう言う時は……あそこかな」


 そう決めて来たのは、アメリカグマさんのハチミツカフェ。ここはオシャレなカフェで、ハチミツカフェとは言われているが、ハチミツティー、レモンティー、アップルティーなど紅茶がメインだ。

 緋奈もここのグレープティーが大好きである。


「二人」

「か、かしこまりました……あの、その方は大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。寝てるだけなので」


 店員さんの心配を一蹴して、席に案内してもらう。


「グレープティーと……ハチミツティーお願いします」

「かしこまりました」


 注文だけして、しばらく待機。寝ている樹貴は、机の上に伏せるように寝かせておいた。

 初めてだ。グリズリーに来て、乗り物一個しか乗らないで休憩するの。

 まぁたまにはこんな日があっても良いよね、と思いつつ、この無邪気な寝顔を見る。


「はぁ……ホント、なんでこんな男を好きになったのか……」


 何もかもが見た目と中身が真逆。可愛い見た目だけど、可愛げがない。弱々しい見た目だけど、心は強い。なんだろう、この人。

 でも……良い子だ。しっかり者で、優しくて、素直で……そういうところが好きだ。二ヶ月くらい前の自分に言ったら、絶対に信じないくらい。


「……」


 にしても、あどけなさ過ぎる寝顔だ。……ちょっと、悪戯したくなってしまった。

 手を伸ばし……鼻をつまんでみる。小さく形の良い鼻を人差し指と親指で挟んで、鼻の穴を閉ざす。

 すると、少しだけ苦しそうにして、顔を背け……るような可愛い仕草ではなく、目を開いた。


「っ!?」

「んっ……」


 慌てて手を引っ込める。樹貴は呑気な顔をして周囲を見回した。


「あれ……ここどこ? 誘拐でもされた?」

「されてないし! ハチミツカフェ」

「へー……あ、また俺失神した?」

「うん」

「いやー、かたじけない。怖かったんだ」


 素直さ! その可愛さやめて! と、頭の中で悶える。


「小野と後藤は?」

「別行動。アタシだけあんたのお守りに残ったの」

「そりゃ悪いことにしたね」

「気にすんなし。あんたが気絶すんの、考慮しないでウォーターフォールに連れて行っちゃったから」

「いや、するよ。ここの支払い、俺がするから。お前は二人と合流してきなよ」


 ……それは、樹貴なりの気遣いなのだろう。相変わらず素直で合理的な思考回路から、ベストとも思える答えを出してくる子だ。

 実際、何も考えずに楽しむ分には、樹貴は言ってはなんだが足手まといではある。乗り物のたびに気絶するかもだし、体調にいちいち気を遣わないといけないし。

 ……でも、分かっていない。緋奈にとって、ここで楽しむための大前提というものを。

 机の上に置かれている樹貴の手を、包み込むように両手で握る。……今から言う事、少しは騒がしいけど……でも、言うしかない。素直な子に気持ちを理解してもらうには、素直な気持ちを伝えるしかないから。


「アタシは……あんたと一緒にいたくて……その、ここで休憩を選んだの。だから、置いて行ったりなんてしないし」

「そう?」

「……そう」


 照れに打ち勝って気持ちを伝えたと言うのに、相変わらずのほほんとした顔でこちらを見てくる男だ。

 むすっとしてしまうが、何も言わない。


「そっか。ありがとう、気持ちは嬉しい」

「ーっ……わ、わかれば良いの……」


 だから素直さの可愛さは勘弁して……と、頭を抱えたくなるのを抑えて、代わりに目を逸らす。ちょっと今、直視出来ない……のだが、樹貴はすぐに続きを言う。


「でも、やっぱり置いて行って。多分、外の気温的にも、ここで回復するまで休んだとしてもすぐに具合悪くなるし、やっぱり足を引っ張るだけになると思うから。特に、お前はここで遊ぶのが好きなんでしょ?」

「……」


 ダメだ、やはり伝わっていない……というより、気を遣っていると思われている。

 ちょっとむすっとしてしまい、苛立った口調のまま続けた。


「は? だから、違うから。そもそも、あんたが足手まといなんて事ないし」

「乗り物乗ったらダウンするのに?」

「乗り物次第でしょ。グリズリーヘビーユーザー舐めないでくれる? 絶叫マシーン以外で楽しむ方法も網羅してっから」

「すぐ具合悪くなるよ」

「その辺の対処策、揃えてきてる。あんたがダウンする数、少しでも減らせるように。……だから、黙ってアタシについてきて」

「……」


 言うと、樹貴は少し目を丸くして自分を見ている。驚いている……のだろうか? 樹貴のこんな顔、初めて見た。


「……大沢?」

「俺のために……そこまでしてくれたの?」

「そうだけど? 一緒に行く約束してたし」

「……」


 ……改めて思うと、自分は少し樹貴のこと考えすぎていたのかも、なんて頬が赤く染まる。でも……みんなで楽しむ為だ。これくらい構わない。


「……そっか。そこまでしてもらって、一緒に行かない方が失礼だな」

「っ、じ、じゃあ……」

「今日一日、迷惑かけるかもだけど……よろしく」

「ん」


 よし……なんか、初めて論争でこいつに勝ったかも、なんて少し心の中でガッツポーズ。

 そんな時だ。自分達の元に飲み物が運ばれてきた。ハチミツティーとグレープティーである。


「お待たせいたしました。こちらグレープティーとハチミツティーでございます」

「ありがとうございます」

「何これ」

「アタシの奢り。飲んで元気になったら……とりあえず、イッツベアーズワールド行こっか」

「了解。ありがとう」


 あそこは緩やかだから問題ない。そう思いながら、飲み物をとりあえず口に含んだ。


「ハチミツティーが俺のか……ん、美味っ」

「でしょ? アタシのイチオシだから」

「そっちも飲んでみたい」

「……え?」

「グレープティーとか飲んだ事ないし」

「え……いや、それは……」


 それだと間接キス……なのだが、気にならないのだろうか? いや……まぁたしかに今まで人との関わりはないみたいだったから仕方ないと言えば仕方ないのだが……自分だけ意識していて馬鹿みたい……と、悔しさが込み上げてくる。

 いや……それならば、自分も意識しなければ良いのだ。


「良いよ、どうぞ?」

「ありがと。……顔赤くね? お前も具合悪い?」

「あ、赤くねーしいいから飲めし!」

「あ、うん」


 カップを差し出した。ズズッ……と啜る樹貴。すると、樹貴は「おっ」と声を漏らした。


「こっちも美味しい」

「でしょ?」

「うん。あんま甘くなくて良い」


 ていうか……あんまり気恥ずかしくない。間接キスなんて名前こそ官能的だが、やってみれば大した事ないのかもしれない……なんて思った直後だった。


「あ、これ間接キスだから顔赤くしてたのか」

「たまには思ったことを飲み込めないわけアンタの口は!?」


 一気に沸騰したように顔が真っ赤になり、思わず叫んでしまった。

 その後、飲んだグレープティーの味は、甘さどころか味そのものが控えめに感じてしまった。


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