第22話 人を好きになった事ないのは偉いことではない。

 人を好きになる、と言う経験がなかった緋奈は、正直困っていた。

 たまに聞いた話や読んだ漫画では「初恋とは、あの人の顔を見ると胸がドキドキと痛くなり、頬は嫌でも紅潮し、一度彼を想うと頭から離れなくなってしまう」ものらしい。

 しかし……困った。あの女っぽい間抜けヅラを思い出しても、胸は痛まない。ドキドキもしない。別にカッコ良くないし。したがって、頬も赤くならない。

 当然、想った所で別に……。


『ああ、頑張ったね。おめでとう』

『……うん、やっぱり似合ってると思う』

『……これ、勉強頑張ったご褒美でもあるから。だから、もらってくれると嬉しいかな』


 ……思い出す、この前の思い出を。頬が赤く染まり、胸が鼓動によって痛む。


「って……だから!」


 ボフッ、と枕に顔を埋めた。頭突きする勢いで叩きつけ、頭が沸騰するんじゃないか、と言うほどに熱くなってしまう。

 ……そう、元々あの男の外見に惚れたわけではない。……いや、まぁあの外見だからこそ他の男よりは接しやすくもあったわけだが。

 何にしても、やはり好きだ。あのバカが。やはり……好きになった以上は付き合いたいが……。

 どうしよう、と言わんばかりに。頭が真っ赤になる。ていうか……仮に恋人にするために頑張るとして……あれを? どうやったらなびく? 全く分からない。

 でも……他人に言うのは恥ずかしいし……どうしたら良いのだろうか?

 なんで悩んでいると、スマホが震えた。


「もしもし?」

『あっ……ああああのっ、緋奈さんですかっ?』

「小野ちゃん? どうしたの?」


 と言うか、なぜこの子は自分と話すと毎回、緊張するのだろうか?


「……ていうか、落ち着けし?」

『ご、ごめん……その、友達に電話とか……慣れてなくて……』

「だからそう言う重い話はいいから」

『で、でも……こうして話せると……その、やっぱ友達感あって良くない?』


 いや、割と昔からこれが当たり前だった辺り、その気持ちはわからないが……でも、持っていなかった人にとってはそうなのかもしれない。


「そうね?」

『あー! あんま共感してない!』

「それより、何か用?」

『話逸らされた!』


 いや、あまり共感しづらい話題で話を続けても仕方ないし。

 改めて、朱莉の話に耳を傾ける。


『その……遊びに行きたいなって』

「全然オッケー。何処か行きたいん?」

『や、ほら……今度、グリズリーのサマーフェス行くし、その時に備えて……買い物とか』


 また買い物……まぁ良いけど、と内心で思いながら頷いた。

 それに……自分もこの前買ってもらってしまった服に、さらにプラスアルファで何か自分なりの着こなしをしたい。……じゃないと、なんかちょっと悔しい。あの馬鹿に勧められた服を、勧められたままに着るのは。


「良いよ。アタシも欲しいモンあるし、行こっか」

『え、えへへ……やった』


 クッ……か、可愛い……と、身悶えする。なんだろう、この子。さみしんぼの女子ってとっても可愛い。

 それと同時に……とっても、この子を哲二に渡したくなくなる。


「何買うの?」

『あ、うん。さっき真夏のグリズリーって事で調べてみたんだけど……必要なものって多いんだね。水筒、タオル、帽子に日焼け止め、あと塩分チャージに……』

「あ、買い物ってそっち?」

『うん』


 いや、まぁ間違ってはいないが……そんなわざわざ改めて買うほどじゃない。ていうか、服とかアクセサリーを買うものだと思っていた。


「別にわざわざ新調しなくても、家にあるもので平気だよ」

『えっ、そ、そうなの?』

「まぁ、買い物には全然、付き合うけど」

『スポーツ用のボトルとかUVカットサンバイザーとかいらないの?』

「いらんわ。何処のサイト見たのそれ……」


 たまにある。誇張した情報を載せているサイトは。その辺、どれだけ鵜呑みにして良いかを見極めるのは、割とアウトドア派の緋奈は得意としている。


「ま、その辺も買い物の時に考えよ。いつ行く?」

『あー……ちょっと待って』


 そう答えた後、電話の向こうから「この日はダメ、この日もキツい……あ、ここは良いかも」なんて声が聞こえた後、改めて返事が来た。


『7月31日!』

「良いけど……それサマフェス前日じゃん。平気なん?」

『大丈夫!』


 ……まぁ、本人が言うなら良いか、と思うことにする。


「じゃあ、その日に駅前ね?」

『分かった』


 しかし、部活はやっていなかったはずなのに忙しいのだろうか? ちょっと意外に思いつつも、とりあえずはその日を楽しみに待つことにした。


『ところでさー、緋奈さん』

「何?」

『この前のデート、どうだったの?』

「ぶふぉっ!」


 吹き出してしまった。そうだった、そもそもあれは朱莉のお膳立てがあって成立したもの。だから、知られてもおかしくないが……でも、好きになった、なんて口が裂けても言えない。

 初恋ってこんなに気恥ずかしくなるものなのか、と新たな発見に頬が赤く染まる。全然、嬉しくない。


「な、何もなかったけど?」

『あったの!?』

「ないってば! 聞いてた!?」

『大丈夫、アタシは応援するよ!』

「っ、ち、違うってばホントに!」


 なんで、なんでわかんの!? と、冷や汗が流れる。こんなに鋭かっただろうか?


『じゃあ嫌いなの?』

「い、いやそういうわけじゃ……」

『じゃあ好き?』

「そ、その二択はずるい!」


 そ、そもそも……普段、口喧嘩している所ばかり見られているだけあって、仮にその好きが「友達として」の好きだとしても口にするのは気恥ずかしい。


「ほ、本当に何もなかったし! 二人で買い物に行っただけだし、あいつ途中で店員さんと揉めたりして大変だったからマジで」

『どうやったらクラスメートとの買い物デートで店員さんと揉めるの……』

「相変わらずバカなのあいつは」


 あの後も大変だった。樹貴本人が着たいと言って選ぶ服はスーパームリオブラザーズのTシャツだったり「これめっちゃ面白い」とか言ってえりんぎのぬいぐるみに夢中になったり、ラピートのプラレールに夢中になったり、まー苦労させられたものだ。

 良い機会だし、ちょっと愚痴らせてもらおうかな……なんて思った時だ。


『姉ちゃん、母さんが呼んでる』

『あ、はーい。……ごめん、緋奈さん。切るね』

「あ、うん。じゃあ土曜日に?」

『うん。駅前で』


 それだけ話して、通話を切った。本当に忙しいらしいのだが……お金持ちの家だから、とかだろうか?

 何にしても、当日の事がバレなくて良かった、とホッと胸を撫で下ろす。

 とりあえず、樹貴と哲二にもグリズリーのことは伝えておくことにした。


 ×××


 さて、当日の土曜日。朱莉は大慌てで待ち合わせ場所に向かう。すでに5分オーバー……連絡はしてあるけど、謝らなければ。

 早足気味に歩いて到着する。既に緋奈は待機していた。


「ひ、緋奈さんごめんっ、おまたせ……!」

「遅いし。どしたん?」

「夏休みの宿題、終わらせて来たから」

「早っ!?」


 そうは言われるが、親に七月中に終わらせないと八月の予備校の期間を増やすと言われている。終わらせないわけにはいかない。


「真面目か! てか、まだ始まったばっかじゃん、夏休み!」

「こういうのは、早く終わらせるに限るの。むしろ、緋奈さんこそ大丈夫?」

「うっ……そ、それはちょっと言わないでほしい感じ……」

「また大沢に頼み込んで、絞られても知らないよー?」


 なんとか話題を逸らした。あまり、親のことは聞かれたくないから。


「で、グリズリーの準備だっけ?」

「うん。どんなのが必要?」

「そんな特別なものはいらないし。ちゃんと休む時に休んで、水分とってればヘーキ」

「え、そ、そうなの?」

「そもそもグリズリーのサマーフェスは至る所にスプリンクラーが設置されてて、結構濡れるから。……あ、そういう意味じゃ、濡れても透けない服は必要かも」

「な、なるほど……」

「特に小野ちゃん……大きいし?」


 直後、むんずっと下から胸を持ち上げられる。思わず顔を真っ赤に染めてしまう。この人一体何をしているのか。


「ひ、緋奈さん!?」

「……ホントでっかい……腹立ってきたしなんか。少し分けて」

「や、脱着可能じゃないから……!」


 恥ずかしくて死にそう……だけど、ちょっと気持ち良い。いや性的快楽ではなく、友達同士のやり取りみたいで。

 ……とはいえ、公衆の面前であることを忘れてはいけないので、そろそろ恥ずかしくなってきたしやめてもらうが。


「そ、それ以上、揉んでも良いけど……揉むと大きくなるって言うし、もっと差がついちゃうかもよ」

「うぐっ……!?」


 言うと、渋々手を引っ込めた。本当に可愛い人だ。


「……あいつは大きいのと小さいの、どっちが好きかな……」

「え?」

「あっ……!」


 聞き違いかと思ったが、本人が「あ、しまっ……!」と言うように口を塞いでいるので間違いない。


「え、誰か好きな人出来たの!? 大沢!?」

「違う! なんでだし!?」

「いや、大沢しかいないから!」

「違うってば! いいから買い物!」


 顔を真っ赤にして先に進んでしまったので、慌てて後を追う。しかし……ほぼほぼ間違いない。あの元ギャルグループの女子は、ギャルが付き合うに一番、適さないであろう男が好きになったようだ。

 正直、恋をしたいと思っていてもしたことがない自分としては、何故あの男に惚れたのかはわからない……が、とりあえず応援してあげたい。

 そう決めて、ひょこひょこと後をついていった。


 ×××


 せっかくの機会なので、自分も何かアクセサリーを買いたいところだが、それならばやはりこの前、樹貴が買ってくれた服に合わせたい。

 まぁ、まず何を買うかは朱莉に任せるが。


「何買うん?」

「先に買って楽なものから済ませようと思うんだけど……ほら、塩分チャージとか」

「それいらなくね?」


 この前の電話、覚えていないのだろうか? 正直、水筒も現地で飲み物買えば良いと思う。現地でしか飲めないものを飲むのも、グリズリーの楽しみ方だ。

 しかし、朱莉は頷きながら答えた。


「いや、アタシもそう思ったんだけど……大沢がいるじゃん」

「……あー、そっか」


 そうだった。あの異常に弱々しい男と一緒になって回ったら、何回倒れられるか分からない。

 その倒れる回数を減らすためにも、色々と用意した方が良い。

 ……でもその案……せっかくなら、自分が思いつけばよかったな、とちょっとだけ悔しかったり。本当に気がきく女の子は違うんだな、なんて思ってしまう。

 ……いや、自分もそうなれば良いだけの話。足りない部分は補えば伸ばせば良いのだ。勉強もそうしてきたんだから。


「そ、そうだ。大沢が倒れないように、首からかける扇風機買ってあげる?」

「え、気軽に買えるものなのそれ。……あんまりあの子に尽くしすぎると、逆に遠慮されちゃいそうだけど」

「……ーっ!」


 普通にその通りだった。塩分チャージとは値段が違う。顔が真っ赤に染まり、頭から煙が出る。


「やっぱり好きなんでしょ?」

「絶対に違う!」


 隙あらば言われてしまう。割と良い性格しているものだ。

 だが、自分は知っている。あのヤンキー幼馴染が、この巨乳に惚れていることを。


「ていうか、そっちこそどうなの?」

「え、な、何が?」

「テツとなんかないの?」

「え……鉄?」

「ごめん、後藤」

「あ、ああ。哲二だから?」


 昔の呼び方がつい漏れてしまった。向こうも自分のことは、昔は下の名前で呼んでいたが……まぁ、今はそんな関係でもない。

 むしろ、その……樹貴に下の名前で呼んで欲し……。


「アホかアタシはアアアア!?」

「急にどうしたの!?」


 頭を抱えた。なんだ今の、なんだ今の。本物のアホか、と。なんで一々、思考の隙間に樹貴を挟むのか不思議な所だ。

 何にしても、こういう時は考えなくても済むように動くことだ。


「じゃあ、とりあえずその辺から行こっか」

「あの、大丈夫?」

「いいから!」


 さて、そんなわけで、まずは熱中症対策から始めた。ていうか、下手したらこれ鞄もオシャレさより機能性を重視しなければならないかもしれない。

 塩分チャージを買うために、まずはスポーツ用品の店に向かった。

 電車に乗って移動し、そのお店に入ってみる。そういえば、自分も中学の時はソフトに熱中してたな……なんて思い出してしまった。


「そういえば、緋奈さんってソフトボール部だったんだっけ?」

「うん」

「こう言うお店よくきてたの?」

「きてたよ。後藤と一緒に来て、どっちが重いダンベル持てるか、とか競争して」

「そうなんだ……アタシも鍛えようかなー、大沢みたいになりたくないし」


 そういうことならおすすめする。何せ、女性は男性より太りやすい体質だし、今のうちに運動する癖をつけておいて困ることはない。


「じゃあ、みんなで海行く時までに、やる? トレーニング」

「え……お腹バキバキになったりしない?」

「ならないから」

「じゃあ……しようかな」


 ノリが良い。ていうか、体育の時から思っていたが、割と運動神経良いし、体動かすのは嫌いじゃないのかもしれない。


「小野ちゃんってスポーツ好きなん?」

「え? あー……まぁ、小学生の時に少しやってたんだー」

「へぇ、何してたん?」

「水泳と、テニスと、体操と、ゴルフと……」

「そんなに!?」

「まぁ……どれも中途半端だけどね……もう、お母さんも私に何も言わなくなってしまったし……」


 ……何か、悩みがあるのだろうか? でも、家庭の事情だとしたら口を挟んで良いのかわからないし……とりあえず、買い物を続けることにした。


「そうなんだ。道理でスタイルが良いわけだ」

「え? でも緋奈さんも昔から運動して……あ、いやなんでもない」

「もう遅いし」

「ごめんなさい!」


 シメる、と思い、おっぱいを揉みしだいてやろうと思った時だ。


「あ、緋奈ちゃんと朱莉ちゃん!」


 元気溌剌な声が聞こえた。顔を向けると、そこに立っていたのは大沢美鳥……樹貴の妹だ。相変わらず背が高くてスタイル抜群、とても中学生とは思えない少女である。


「何してるの? こんな所で……あ、筋トレ!?」

「違うよ。今度、グリズリー行くから、オタクのお兄さんの為に塩分チャージ買いに来たの」

「え……に、兄ちゃんもグリズリーに行くの? 大丈夫?」


 朱莉の説明を聞いて超心配そうにされてしまったが、気持ちはとてもわかる。妹としては、あのバカ兄貴が心配でしいないのだろう。


「少しでも大丈夫に近づける為の準備をしに来てるの」

「なんか……兄ちゃんがごめんね」

「気にすんなし。みっちゃんは何しに来たん?」


 緋奈が聞くと、美鳥は「あ、そうそう」と声を漏らす。


「私も似たような感じだよ。下級生、体力ない子が多いから、倒れないようにするためのもの買いに来たんだー」

「つまり、大沢は中学生と同じレベルってわけね……」


 よく考えたら妹より背が低い兄って異常である。まぁ、それをわざわざ口にしたりはしないが。


「じゃあ、私のオススメを教えてあげる! 効率的に塩分摂れるやつ!」

「ホント?」

「助かる!」

「任せて。……その代わり、当日は兄ちゃんをよろしくね。ホントに弱々しいんだから。中学の時のマラソン大会、三年連続でお金こっそり持ち込んでタクシー使ってたから」

「あー想像つ……タクシー!?」


 想定をはるかに超えてきて、思わず緋奈は声を漏らしてしまった。思ったより真面目じゃないとこは真面目じゃないらしい。

 ……いや、にしても何処でお金を使っているのか。


「ま、まぁわかった。しっかり見とくよ……」

「アタシも」

「うん」


 二人で頷いて答えると、美鳥も満足そうに頷いた。

 さて、そんなわけで三人になって改めて店内を見て回る。こういう光景も久しぶりだ。昔はバットが売っている場所に来るだけでウキウキしたものだ……。

 そんな中、美鳥が声を掛けてきた。


「そいや、二人とも何かスポーツとかやってたの?」

「ソフト」

「色々。……今はたまにゴルフやってるかな」


 朱莉のそのセリフは少し意外だった。


「今もやってるんだ?」

「うん。まぁたまに練習場行くくらいだけど」

「良いなー。ゴルフって楽しいん? なんか自然の中回るーって感じが憧れててさー」

「あ、それ私も分かる。スポーツなのに、常に落ち着いてできそうだよね!」


 美鳥も頷いて答えた。疲れるイメージがないから。だが……朱莉は少し苦笑いを浮かべて答えた。


「いやー、それがそうでもないんだよね……ゴルフってピンまでの距離感によってクラブを使い分けるんだけど……結構、数あるの。アタシが使ってたクラブだけでも、3〜9番、S、A、P、ドライバー、ウッド、ウッドも数字あるし……あとパター……まぁとにかく、金属の棒を大量に担いで回らないといけないから」

「え、カートは?」

「学生は使わないよ。……や、まぁゴルフ場によってはカートないとダメってとこもあるし、全く使えないわけではないんだけど、部活とかのゴルフは担がないとダメ」

「へ、へー」


 意外と想像するとしんどいのかも? ソフトボールをやっていた身としては、他の球技とは違う疲労を感じるんだろうな、とは思っている。


「それに、クラブ高いし」

「え、いくらくらい?」

「見てみたら?」


 との事で、三人で売り場を見てみた。

 壁から銀色の棒が伸びていて、そこにヘッドがかけられて並んでいる。

 なんだかんだ実物を手に取るのは初めてな緋奈は、少し興味深そうな様子で見てみる。


「おお……意外と重い? 殺傷能力高そう」

「猟奇的な感想だなぁ……でも本当にゴルフ始めるってなって振るときは周りをちゃんと見た方が良いよ。怪我じゃすまないから」


 その辺はソフトをやっていただけあって分かっている。


「持たせてー」

「どうぞー?」


 美鳥も興味を持ったので、手渡してあげる。手に持ってみた美鳥も物珍しそうに眺める。


「この部分でボール打つんだよね?」

「うん。そのヘッドって場所で打つ」

「でも止まってるボール打つんだし……簡単じゃないの?」

「いやいや……最初は必ず空振りするよ。意外と当たらなくて。ボールから目が離れちゃうんだよね」


 意外とわかる気がしないでもない。意外と難しそうだ。ボールも小さいし。


「それに、当たるだけじゃダメなんだよね。ちゃんとヒットしないとスライス……曲ったりとかするし、トップしたりダフったりすると手の方が痛いし、正直ヤバい」

「上手く打てないとって事?」

「あ、うん。そう。ボールの真ん中打ったり、土ごと打っちゃうって事」

「へぇ〜……」


 そう言えば、今でもやってるんだっけ、なんてさっき言ってたことを思い出す。

 ……ちょっと打ってみたいかも、なんて思った時だ。


「今度、打ちっぱなし行ってみる?」

「え?」

「私、夏休み中は週一で練習場行ってるんだけど、良かったら今度来るかなって。アタシの貸すから」

「行く!」


 打ってみたかった。元ソフトボールやっていた身としては。


「それ、私も良い?」

「勿論」

「やった……!」


 美鳥も参加したがってくれた。中学生なのに、高校生の中に入りに行くのを何一つ気にしないあたり、何処となく兄と似た空気を感じる。この一家は、割と周りと自分の差とか気にしないタイプらしい。

 一瞬、グリズリーに誘おうかな……なんて思ってしまったが、あれは試験勉強終わりの打ち上げなのでやめておいた。


 ×××


 良い人に恵まれたな、なんて美鳥は、目の前の二人を見てしみじみ思った。こんなに綺麗な人が、自分の兄の周りに居てくれるのはありがたい。

 それは外側だけではなく中身もだ。同級生と出掛けるだけなのに、わざわざその対策のためのものを用意してくれるなんて……良い人にも程がある。

 今はスポーツ用品のお店での買い物を終えて、他のものを買いにきている。


「そういえば、小野ちゃん。帽子も買うとか言ってたけど、いらないと思うよ」

「? なんで?」

「いやほら、グリズリーと言えば、耳のカチューシャじゃん?」

「あー確かに」

「それ、私も前に行った時のやつ残ってる。兄ちゃんに渡しとこうか?」

「そうして! あいつ、絶対に現地で買わないし!」


 食いついてきたのは緋奈だった。前々から思っていたが……この人、自分の兄のこと好きなのだろうか? 今日、歩いていても、何度か兄の話題を口にしていたし……。

 なんて風に思っていた直後だ。緋奈が口を挟む。


「あー、ごめん。ちょっとトイレ行きたい。コンビニ行っても良い?」

「良いよー。てか、私も喉乾いた」

「じゃあ奢ったげる」

「やったー!」


 次の店に移る途中でコンビニを指差したので、頷いたら、緋奈がそう言ってくれた。

 コンビニに入り、緋奈はトイレに入る。残ったのは自分と朱莉。ぶっちゃけ気になったので、聞いてみた。


「ね、朱莉ちゃん」

「何?」

「緋奈ちゃんって、兄ちゃんのこと好きなの?」

「だよね!? そう見えるよね!」


 ビックリするほど元気になった。この人……恋バナとか好きなのだろうか? ……いや、というよりも知ってる人二人の恋愛が面白いと思っているのかもしれない。

 何せ、樹貴と緋奈だ。相反する二人の仲なのだから、面白くないわけがない。


「でも認めないんだよなー。恥ずかしいみたいで」

「……兄ちゃんが、女の人にモテてる……これは奇跡なの……?」

「え、そんなに?」


 それはそうだ。関わって日が浅いから「そんなに?」と思うかもしれないが、妹である美鳥から見れば本当の奇跡だ。

 何せ、少なくとも樹貴の今までの知り合いは、誠実な正直さを見て「デリカシーがない」だの「融通が利かない」だの「偉そう」だの聞いたことがあるような言葉で片づけ、評価をしようとしなかった。

 勿論、全部が全部、樹貴が正しいなんて言うつもりはないが、それでも図星をつかれた人は軒並み離れていった。


「……兄ちゃんにも、やっと理解者ができたんだ……」

「今までいなかったの?」

「うん。学校の先生でさえ、敬遠してたから」


 それは教員としてどうなの……なんて思ってしまったが、ここ最近の教員はどうにもイジメを見過ごしたり、なんなら教員自らが同僚をいじめることも多いため、あり得る事なのかもしれない。


「良い子なのにね」

「でも、朱莉ちゃんと緋奈ちゃんは兄ちゃんのこと嫌いじゃないんでしょ?」

「え? うん。まぁ……」

「じゃあ……よろしくね。兄ちゃんのこと」


 正直、心配ではある。頭もキレるし、手先も器用、口は強いし芯もあるけど、何分弱い。とにかく弱々しい。

 でも……こんなに綺麗な女子に囲まれるなら、少なくとも男子からは手を出されないだろう。

 何せ、男子も女子も異性に嫌われるのを気にするが、その為に下手にその同性を虐めるのが女子、なんとか自分の方に気をひこうとアピールするのが男子だから。

 それを理解しているのかはわからないが、朱莉は控えめに頷いた。


「うん」


 そんな話を終えた直後だ。トイレから緋奈が出て来た。ちょうど良い、緋奈には特にお願いしておかなくては。


「お待たせ」

「あ、緋奈ちゃーん!」

「何?」

「緋奈ちゃんも兄ちゃんのこと、よろしくね!」

「えっ!? よ、よよよろよろよろしくって……にゃっ、なっ……何が!?」

「緋奈ちゃんには、兄ちゃんの童貞もらってもらうかもしんないから、マジよろし!」

「ドーティッ!?」

「……なんで外国人風?」


 その直後だ。ジロリ、と緋奈は真っ赤な顔のまま美鳥の隣の朱莉を睨む。


「えっ、違っ……あ、アタシ何も言ってない! 察されてた!」

「嘘こけー!」


 もみ合いが始まったのを、とりあえずニコニコしたまま見守った。


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