第17話 話せば分かるって言う奴ほど人の話を聞かない。
コミュニケーション能力とは、やはり何処までも大事なものだ。相手にとっての地雷を見抜き、逆に飴となる会話を選び、そして心の距離を詰める……。
これを「相手を懐柔している」と悪く捉える奴もいるが、これこそがコミュニケーションの基礎と言えるだろう。
別にこの後に悪巧みをしているわけでもなければ、何か嵌めようとしているわけでもないし、機密情報を得ようとしているわけでもない。
むしろ、仲良くなるための一歩と言えるだろう。
「緋奈ちゃん、パース!」
「サンキュー、みっちゃん!」
「大沢、早く戻って!」
「ちょっ、待っ……し、死……!」
秒で打ち解けた。緋奈も美鳥もコミュニケーションは苦手ではないので、あとは年上の緋奈が樹貴の話題を出し、朱莉も交えて談笑すれば一発だった。
で、今はバスケをしている。樹貴は虫の息だが、まぁたまには良い薬だろう。
「よーし、18点目〜」
「ナーイス」
「大沢、アタシ一人でやってんじゃん! もう少し動いてよ!」
「……」
ダメだ、もうほとんど動けていない。というか息してるのだろうか?
少し心配になったので、休みを入れることにした。
「休憩にしよっか」
「そうね」
「やっとか……」
「兄ちゃん兄ちゃん! 見てた? ウチの活躍!」
「見てた見てた……見てたから今の俺に話しかけないで……」
「えー! なんでー!?」
……妹ちゃん、意外とその辺鈍いようだ。自分達が半ば強引に樹貴を連れてきたこともあり、少し申し訳ない。
朱莉と目を合わせてアイコンタクトを取ると、朱莉が美鳥に声を掛けた。
「美鳥さん、飲み物買いに行かない? ご馳走するよ?」
「えー? ウチまだあんま喉乾いてないから平気だよ?」
「……お兄ちゃんに買ってきてあげたら、喜ぶんじゃない?」
「あ、じゃあ行く!」
と、連れて行ってくれた。
ステ1のバスケットのコートは交代制なので、使わないときは引き上げないといけない。
そんなわけで、荷物を持って一度、外に出た。とりあえず、のんびり休めるベンチに座りながら荷物番。
一息つきながら、樹貴に声を掛けた。
「ふぅ……疲れたね、流石に」
「疲れさせられたんだよ……」
「みっちゃん、可愛いじゃん」
「まぁね。男子からも人気あるらしいし」
「お、何々。シスコン?」
「バカ言わないでくんない? むしろ、彼氏の一人でも作ってくれれば、少しは落ち着くと思うんだけどなっていつも思ってるよ」
意外と冷たい事を言うものだ。まぁ、兄弟がいない緋奈には何とも言えないわけだが。
「家だとうるさいしアホだし思春期拗らせてコソコソエロサイト見たりしてるし、困ってないわけじゃないんだけどね」
「え……そ、そうなの?」
「残念ながらそうなんだよ」
ちょっと驚いた。自分はそういう事した経験なんて全くないし、普通に引いてしまう。こうして遊ぶ分には良い子なのに。
「あんた……妹がそれで引いたりしないん?」
「引くのはしょっちゅうだけど。たまに風呂とか覗いてきたりするし」
「超ブラコンじゃん……え、そんな人本当にいんの?」
「いるけど……ブラコンとかじゃないよ。多分だけど、異性に興味があるだけ。その中で、1番身近にそれを見ることが出来るのが自分の兄、ってだけだよ」
……いや、分からない。そうなのだろうか?
「やめて、とか言わないの?」
「何でもかんでも言えば良いわけじゃないから。多分、今言ってやめさせたら、今度はもっとバレない手段を考えられるだけだよ」
「……え、そんなに性にストイックなん?」
「違う違う。したい事を邪魔されたら、人は別の手段でそれをやるだけじゃん。他人にバレたくない事なら尚更。それがエスカレートって言うの。授業中にやるゲームとかそうでしょ」
それはー……まぁ、そうかもしれない。授業中にスマホゲームとかで見つかる連中とか、筆箱の中とか机の中とか色々と手を考えるものだ。
「いずれ気がつくよ。自分がやってる事がどういう事なのか。何でもかんでも言えば良いってものじゃない」
「でも……あんたは平気なん? そういうの……」
「? なんで?」
「だって……嫌じゃない? 覗かれたりすんの」
「昔は一緒に風呂とか入ってたんだから別に」
「いやでも絶縁したくなったりしないわけ?」
自分なら絶対に嫌だ。弟も兄もいないからかもしれないが、家から追い出すまである……のだが、樹貴は真顔で答えた。
「妹だよ? そんな簡単に切るわけがないでしょ」
「……」
「そのすけべな一面が妹の全てじゃない」
それを聞いて、少し目を丸くする。この男、人間関係は断捨離だーとか思うイメージがあったが、そこまで冷徹でもないみたいだ。
それに引き換え、自分はどうだろうか? もう長い事、哲二と口を聞いて来なかったが、思春期を迎えて少し異性に興味が点だけを見て、それまで仲良くしてきた哲二との思い出を忘れていたかもしれない。
……あれであのバカ、昔は良い奴だったのに。
「……」
「ふわあぁぁ……眠っ……つか、あいつら遅くね?」
「この階に自販機ないから仕方ないでしょ」
「あー……だめだ、俺眠い……そろそろ、電池切れが……」
「えっ、ちょっ……」
そのまま樹貴は目を閉じ、横に体重を預ける。自分がいる方ではなく、手すりも何もないベンチの空いている部分へ……。
「危なっ……!」
思わず肩に手を回してキャッチしてしまった。何やってんだ自分は、と今更になって後悔する……が、そのまま寝させるわけにはいかない。
仕方なく、身体を起こして何とか普通に座らせる。あのまま向こう側に転がったら怪我しそうだし。
「ちょっ……お、大沢……!」
だが、樹貴の身体はまた反対側に揺れ始め、また何とか身体を支えるために手を肩に回す。
「ちょっと……普通に寝……!」
「Zzz……」
「なんでそっち行こうとするの……!」
絶対反対側に寝転がろうとしてる! と苛立つ程、反対側に何度も揺れている。
「っ、あーもうっ!」
頭に来たので、自分の方に強引に引き寄せた。おかげで、樹貴の頭頂部が自分の顎にヒットする。
「ごはっ!?」
綺麗に決まり、顎が上がると共に脳が揺れる。今のは効いた……と、頭の中で断末魔を漏らしながら、緋奈も気絶した。
それから、どれくらい経過したのかはわからない。ただ、なんとなくだけどあまり時間は経っていない気がした。
ぼんやりと目を開けたのは、なんか何処かからヒソヒソ声が聞こえたから。
「……撮れた、めっちゃ綺麗に……!」
「う、ウチにもちょうだい……?」
「もちろん。……これ、三人のグループのトプ画にしちゃおう」
「ふへへ……に、兄ちゃんも緋奈ちゃんも可愛い……」
なんの話……ていうか、今『撮れた』って言った? と思いながら顔を上げた時だ。視界に映っているのは、スマホを持っている朱莉と美鳥。
「んっ……な、何撮ってんの……?」
「げっ、な、なんでもない!」
「二人の写真!」
「ちょっ、美鳥さん……!」
「はぁ?」
て言うか、なんで自分も寝てたのは何故……なんて思いながら、なんか膝の上が重いと思って下を見た時だ。樹貴の頭がそこにあった。
「はっ!? ちょっ……なんっ……!」
「え、気付いてなかったの?」
「無意識的仲良し的な?」
「それある!」
「ないから!」
ツッコミを入れながら、何があったのかを思い出す。確か……樹貴がなんか疲れでうとうとし始めて……それで、椅子から転げ落ちそうになってたからなんとか起こそうとして、でも起きなくて……で、自分の顎に脳天がコキンと一発……。
「お前の所為だろうがああああああ!!!!」
「っ!? 痛っ……え、痛っ……!」
思わず立ち上がって叩き起こしてしまった。この野郎、無邪気な顔で眠りこけやがって……と、顔を真っ赤にしながら奥歯を噛み締める。
起こされた樹貴は何が起こったのか分からない様子で周囲を見回していた。
「え……な、何? 地震……?」
「っ……」
「あ、上野……え、なんで怒ってんの?」
こいつ……と、苛立ったので、ハッキリ告げてやった。
「あんた、明日筋肉痛になる覚悟をしとけよ」
「え」
「今からフットサルね」
「休憩は?」
「遊びにそんなものはない」
その日、樹貴は妹におんぶしてもらって帰った。
×××
翌朝。緋奈の目覚めはあまり良いものではなかった。
あんなアホに言われた事とはいえ、夜中は久しぶりに中学や小学校の頃のアルバムを見返してしまったから。
あの頃は楽しかったな、と振り返る。家族ぐるみの付き合いというほどではなかったが、一緒に野球をして泥だらけになるまで遊んで、お菓子の取り合いで喧嘩して……。
少しずつ信頼関係は築いていた。もしかしたら、周りからしたら、自分の方がおかしいのだろうか?
少し悩みながら、支度を終えて家を出た。電車に乗り、そのまま移動。ラッキーと言うべきか、座れた。
……ふと顔を上げると、哲二が同じ電車に乗っているのが見えた。
「……」
少し距離があるから、どちらにせよ話しかけるつもりはない。
結局、中学で自分も哲二もそれぞれスポーツはやめた。チームが勝っても、張り合いがなくなったから。ソフトと野球は全然違う……とはいえ、試合ごとにどっちが多く打ったか、とかそういう競い合いをしていたから、話さなくなってからはそれも無くなってしまった。
そういう意味でも、あの男の影響は自分の中でも大きかったのかも……でも、なんで哲二は喧嘩ばかりするようになったのだろうか?
「……」
まぁ、今日も体育あるし、その時に少し話をしよう……そう思うことにして、しばらく待機した。
さて、着いたので電車を降りて改札から出て、そのまま駅から学校に向かう。
別について歩いているわけではないが、仲良く隣を歩くわけでもなく……なんか進行方向が同じなので、7〜8メートルほど後ろをのんびりと歩いている時だった。
「……あっ」
前を歩いている哲二が急に立ち止まり、振り返った。
やばっ、と思ったのも束の間、その哲二とガッツリ目が合ってしまう。
どうしよう、せっかくだし今から少し話そうか……なんて思った時だ。
「……チッ、朝から下品なツラァ見せやがって」
はい、この男泣かす、とすぐに脳内を切り替える。
「は? あんたのその悪人ヅラよりよほどマシだから」
「年相応って言葉を知らねェ化粧まみれのケバい顔面が言うじゃねェか」
「あんたこそ少しはその仏頂面を何とかする努力をしろし。眉間にシワを寄せててカッコ良いと思って許されるのは中学生までだから」
「アア!? 分不相応に背伸びしようとするマセ女よりマシだっつンだよ!」
「四六時中威嚇し続けてる野生動物よりマシだから!」
なんて少しずつヒートアップしてる時だった。さりげなく声が混ざってきた。
「確かに、後藤は割と怖い顔してるよね。表情筋の筋トレしてんのかってくらい」
「ほら見ろー! あんたの顔面のが怖いんだっつーの!」
「でも、上野の化粧ももう少し控えめで良いのになーとは思うよ。前、小野の家ですっぴん見た時の方が良いと思ったし」
「おら見ろ! テメェは化粧し過ぎなンだよバーカ!」
うるさい、化粧するくらい高校生なら誰だってやっている。
「なんであんたらにそんな事、指摘されないといけないワケ!?」
「そりゃお前、化粧がない方が綺麗だからでしょ。ねぇ、後藤?」
「そうそ……って、違ェし!」
「違うの? じゃあなんで?」
「え? あ、あー……えっと、あ、あれだ。高校生の癖に背伸びしてる感じが気持ち悪ィってンだよ!」
「つまり、上野には年相応のオシャレが一番と?」
「そういうこ……や、だから何なンだよ、その解釈はさっきから!?」
「ポジティヴシンキング」
「一言で答えんな! てかお前誰よ!?」
そう言いながら声の方向を見る哲二。ていうか、緋奈も気になった。なんか普通に話に入ってきたけど誰だろうか?
顔を向けると、そこに立っていたのは大沢樹貴だった。
「で、実際はどんな意味でおっしゃっていたの……でっ!?」
「テメェ……なんのつもりだコラ……!」
「痛いです痛いです痛いです。俺の頭で握力計測しても数値は出ないです」
「テメェは制裁受けてる時も人を煽ってンのか!?」
ギリギリギリギリっ、とアイアンクローをもらう樹貴によって、さらに哲二の怒りは高まる。
「ちょっと! 何、大沢虐めてんの!?
「っ……うっせェよ! そもそもテメェにもハナっから用はねェンだよ!」
そう言いながら、頭を掴んだ樹貴を突き飛ばす。後ろにひっくり返る樹貴に慌てて駆け寄った。
「ちょっ、平気?」
「そうでもないかな。泣きそう」
「本当にちょっと泣いてんじゃん! ……後藤!」
「知ったことか、悪ィのはそいつだろうが」
そう言って、哲二は不愉快そうに駅のほうに引き返す。
「どこ行くの!?」
「コンビニ」
「っ……」
今は樹貴を先決しよう、と思い、無視して顔を向ける。
「大丈夫?」
「一応。おしり割れちゃったよ……」
「それ元からだから! ……てか、こう言っちゃなんだけど、何のつもりだったわけ?」
「いや、なんか上野が話したい感じだったし、きっかけ作りにでもなれば良いかなーと思ったんだけど、難しいな」
「ーっ!」
言われて少し頬が赤くなる。なんで分かるのか、と奥歯を噛んだ。
「別に話したそうにしてない!」
「してたじゃん。なんか一定の距離を保って、電車から降りてから後藤の後ろついて行ってたし」
「偶然だから!」
「でも後藤には気付いてたでしょ。見てたし」
「……と、登校コースなんてみんな大体、一緒じゃん!」
「いや、何通りかあるじゃん。わざわざ同じ道を選んで後ろを歩いてた時点でお察し」
頬が更に真っ赤に染め上がった。こいつ、本当に腹が立つ。
「わ、悪かったね影響されやすい奴で! どうせあんたの妹ちゃんへの感情を聞いて、幼馴染に何かしようと思うようなチョロい女ですよアタシは!」
「あ、それで何か話そうとしてたんだ」
「っ〜〜〜!」
また言わなくて良い情報を漏らした、と頭の中で自分を殴り飛ばす。
「でも良いじゃん。それで動くの。別にそう言う影響は受けやすくても良いんじゃないの?」
「な……ど、どういう意味?」
「だって、別に悪いことしようとしてるわけじゃないと思うし。仲直りしようとするのは良いじゃん」
そう……なのだろうか? でも、よく「あんたドラマの影響受けすぎだから〜」とかバカにされるように言われたこともあるし、あまり良いイメージはない。
そんな緋奈の考えを見透かしたように、樹貴は続けて言った。
「よく影響を受けることをバカにしてるように言う奴はいるけど、それはよほど無謀なことをしてるときだけだから。他人の話を聞いて一歩踏み出そうとするのは悪い事じゃないと思うよ」
「っ……」
こ、こいつは本当にズルい男だ。バカにしてるのかと思ったら真剣に応援してくれてるし……と、ため息を漏らす。
バカにされてると思ってから、実は自分を応援してくれていると分かるからタチが悪い。お陰でこっちも素直になれない。
「邪魔した癖に……」
「だから、それはごめんって。なんか喧嘩になってたから、援護しようと思ったんだけど……」
「誰がどう見たってあんなの後藤に対する煽りでしょ……」
「いや、とりあえずどちらかでどちらかを褒めさせようと思ったんだよアレでも。その為に誘導尋問みたいに褒め言葉を出させようとしたんだけど……」
誘導尋問って……と、少し半眼になる。こいつ、手段を割と選ばない性格のようだ。
気持ちはありがたいけど、失敗してしまえば世話はない。
「あのさぁ……誘導尋問なんかで褒め言葉を出されたって、アタシには効かないから。あいつがアタシのことすっぴんのが良いとか思うわけないっしょ」
「いや、それは知らんけど。でも誘導尋問するには、する側が思ってる方向に持っていくのが一番楽だからなぁ」
「? そうなの?」
「そうでしょ。自分が思ってない方向に誘導すんのは疲れる」
相変わらずよくわからない知識がある男だ。まぁ、それよりも、そろそろ学校に行かなくては。
「ついでだし、一緒に行く? 学校」
「うん。そうしてくれると助かる」
「? なんで?」
「筋肉痛で歩きにくいから」
そういえば、昨日のステ1でだいぶ無茶させたことを思い出す。今思えば悪かったな、と思わないでもないので、付き合ってあげることにした。
「はいはい。ゆっくりで良いからしっかり歩いて」
「あざ」
「どこが筋肉痛なの?」
「腹直筋と腹斜筋と大臀筋とハムストリングと三角筋と大胸筋と広背筋と上腕二頭筋、三頭筋」
「ほぼ全身じゃん……やっぱ少しは運動したら?」
「前向きに善処する」
「しない奴でしょそれ!」
なんて話しながら歩いてる中、ふと「ん?」と小首をかしげる。
さっきの樹貴のセリフ「でも誘導尋問するには、する側が思ってる方向に持っていくのが一番楽だからなぁ」という言葉が頭によぎった。
という事は……哲二を誘導しようとしていた方向に、樹貴は本当に思っていた、と言う事だろうか?
え……だとしたら、と思う。もしかしてこの男……本当に自分はスッピンのが綺麗だと思っている、と言う事だろうか?
「っ!」
ポフッ、と顔がまた赤く染まった。この野郎は本当に人を上手いこと照れさせてくれやがる。お陰で、今更になって羞恥心が強く込み上げてきた。まさかわざとじゃないだろうな、と変に勘繰ってしまう。
……いや、そもそもおかしい。いくら男子の中では良い奴、と言う判定とはいえ、こんな男が自分を綺麗だと思ってくれているだけでこんなに照れさせられるなんて。他の男だったら普通に距離置くのに。
まさか……ちょっとだけ嬉しいとか思ってしまっているのだろうか?
「いやいやいや……」
それはない。あってたまるか。好きな男性のタイプ、とかはまだ考えた事ないが、こんな男か女かもわからない見た目の奴なんて、好きになってたまるか、と強く思う。
うん、落ち着いてきた……と、気を落ち着かせつつ、何気なく樹貴に視線を戻すと、ドン引きした顔で自分を見ていた。
「……な、何?」
「いや……なんか急にイヤイヤ言い出したから。発作?」
「……」
やはり、ない。こんなムカつく男に照れさせられるなんてことは。
とりあえず、イラっとしたので脇腹を突いた。
「ひゃふっ!? な、何……?」
「なんでもない。チビ」
「えー……わけがわからないよ……」
そのまま二人で学校まで歩いた。
×××
哲二は基本的に、お昼ご飯は購買部で購入するか、コンビニでキャロリーメイトを買う。適当なのを買って満足するからだ。
だが、今日は少しワケが違った。ここ最近、たまに一緒に飯を食べる相手が出来たからだ。
名前は……小野朱莉。たまたま一度食事を摂った程度の仲だが、今度また昼を一緒に食べる約束をしてしまったし……で、その時にまた飯をもらってしまったら、こちらからも何かそれ相応のものを出さないといけない。
なので、コンビニ弁当である。少し高めのやつを買っていけば良いだろう。
……いや、別に全然楽しみにしているわけではない。あの時、なんかやたらと心臓の鼓動が速くなったのは覚えているが、あんなものはただの心臓病だ。いや、心臓病がどんなものなのかいまいち分からないが、自分がそうだと思っているのだからそうだ。
そんなわけで、どんなのが良いか選んでいる時だった。
「あれ、後藤くん?」
「っ!? お、小野……!」
「え、なんか怒ってる?」
顔を見ると、思わず少し照れが襲ってくる。やはり、おかしい。確かにツラは可愛いし、スタイルも良い子だが……自分は面食いではない。
なのに……なんかやたらと動悸が激しくなる。いや正直、可愛いとは思う。一々、弁当なんかで一喜一憂して、最初はびびっていたとはいえ、すぐに慣れたと思ったら積極的に声をかけてくる変な奴だ。
「っ……お、怒ってねェよ」
「良かった……何してるの?」
「昼飯買いに来ただけだ」
「あ、そうなんだ。実はアタシもなんだー。朝、寝坊してお弁当忘れちゃって……」
そういう事、朱莉でもあるのか、と少し意外に思いつつ、ふと気がついたのでため息をつきながら自分の髪を指しながら呟く。言うなら学校に着く前のほうが良いと思ったから。
「ここ、寝癖直ってねえぞ」
「えっ、うそ……!?」
慌てて手鏡を取り出して確認する朱莉。ぴょこん、と髪の横の部分が跳ねているを見て、少しだけ頬を赤らめた後「ま、いっか」とはにかんだ。
「誰にも言わないでね?」
「ーっ……み、見りゃ分かること秘密にしてどうすンだよ」
「あ、あはは……だよね」
クソッ、一々可愛い反応をしやがる、と目を逸らす。
まぁ、何にしても……朱莉と昼をここで買うのなら、今日はシェアとかは無さそうだ。なら、こっちもいつも通りのもので良いだろう。
「イイから、さっさと昼飯買って行くぞ」
「あ、待った!」
「なンだよ」
「昼飯って……何買うつもり?」
「アン?」
それは勿論、キャロリーメイト……のつもりではあるのだが……何か問題でもあるのだろうか?
「メイトだけど?」
「また!? 前から思ってたんだけど……ちゃんと食べてんの? ご飯」
「だからメイト食ってンだろうが」
「それちゃんとしたご飯って言わないから! ダメだよ、食べないと!」
「イイだろ、別に何食ったって。死にゃしねェよ」
「今はね!? でも早死にするから!」
お袋みたいなことを言ってくれるものだ。女子は昔からこうして真面目な奴が多い。……自分が知ってる昔から不真面目な女なんて、緋奈くらいものだ。
昔は、よくバカやったものだが、今思えばその頃が1番楽しかった……って、もうほとんど縁を切ったような関係の奴のことは忘れた方が良い。
……アホな女のことを思い出し、思わず苛立ってしまい、舌打ちを漏らす。
「……チッ」
「ひえっ!?」
「や、だから……あーもうっ」
漏れた舌打ちにまでビビられてしまい、思わず反省してしまう。自分はそんなに怖いオーラが出ているのだろうか? ……出てる。ついさっきもボロクソに言われたばかりだし。
「悪かったっつの。……で、何を食えば満足だ?」
「栄養摂れるもの!」
「ここコンビニだぞコラ」
「そ、それっぽいものはあるでしょ」
「……チッ、メンドくせェな……」
朝から最悪だ。……いや、まぁ朱莉に会えたという意味じゃ悪くないが……いや、でもその分、バカと会ったしやはり最悪か……なんて、ため息をつきながら哲二は食事を選ぶ。
とりあえず、シャケと明太子のおにぎりを一つずつと、サラダのパックを手に持つ。
「わぉ、ベジタブル?」
「お前が栄養摂れっつったンだろ!」
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
「あ、いやだから謝るンじゃね……ああもうっ!」
やりづれェ、なんて正直な感想を漏らしながら、とりあえず購入を終えた。
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