第16話 下の子は上の子の友達と相容れない。

「本日よりこちらのお店でお世話になります。大沢樹貴といいます。よろしくお願いします」


 そう挨拶する樹貴の前には、バイトが一人とお店のオーナーが一人。そしてその隣にいる上野緋奈が一人だ。

 緋奈の紹介もあり、無事に採用となった樹貴は、夕方の四時間、働くことになった。

 場所はコンビニ。その挨拶に、少し年配のオーナーは軽く頷く。


「うんうん。良い挨拶だね。まずは挨拶の仕方からかな、と思ってたんだけど」

「? 挨拶に良し悪しが?」

「あるよ。まぁ、まだ社会に出てない高校生くらいの子だと、挨拶の仕方が分からないのも仕方ないんだけどさ」

「なるほど」


 それは暗に自分のことを言っているのだろうか? と、緋奈は目を逸らす。当時は「上野でーす。四覚高校一年、よろしく☆」とか適当な挨拶をしてしまっていた。

 ……まぁ、樹貴の場合は化けの皮が剥がれるのも早そうな気がするが。


「でー……上野さんは知り合いなんだよね?」

「はい」

「じゃあ紹介はいいかな。で、今日はもう一人いるから」


 そのセリフに、黒髪を長く伸ばし、目さえ半分隠れている真面目そうな女性が頭を下げる。


「……お、同じバイトの右井うい麗華です……。えっと、一応……大学二年生なので、分からないことがあったら……その、気軽に聞いてください……」

「分かりました」


 そう言う麗華のことは正直、緋奈もよく分かっていない。話し掛けても、やたらとドモってしまい、まともな会話もできないから。

 一応、お客様とは普通に話せているので全くダメというわけでもないが、あまり彼女のことを知ることができない。


「じゃあ、今日のところは上野さんが面倒見てあげて」

「分かりました」

「早速、よろしく」


 とのことで、先に麗華が表に出て、緋奈はまず誰も気にしない基礎の部分から教えていく……のだが。

 中間の時は、自分はかなり厳しくしごかれた。まぁ自分の成績のため、と他人に教わっている立場、と言うこともあっておとなしくしていたが……今日は逆の立場だ。厳しく行こう。


「じゃあ早速だけど、バイト中はアタシのこと先輩と呼ぶように」

「え、まぁ確かに先輩だけど……」

「あと敬語も。アタシに対しては敬語を使って」

「分かりました。上野先輩」


 あ、悪くない。むしろなんかしっくりくる。どう見たって年下の少年の外見なのだから、そういう意味じゃやたらと後輩のポジションはぴったりな感じがあった。


「じゃあまず、誓いの言葉を読むから。アタシの後に続いて」

「あ、それ知っています上野先輩」

「ほんと? バイトの経験あるん?」

「いや、聞いたことあるだけですので上野先輩」

「一々、上野先輩ってつけるのやめろし!」


 結構、そういうのある。自分も小学生の時、通っていないプール教室が練習前にする宣誓を覚えていたりするから。

 知っているのなら話は早いし、早速詠唱した。


「じゃあせーのっ、今日も一日……」

「宣誓、我々、選手一同は……」

「選手宣誓じゃねーし! なんでボケんの!?」

「いや、過去におそらく一度もない教える側に立って緊張してるかなーと思って」

「してねーよ! 後輩のくせにいらない気遣いすんなし!」


 なんかこいつ今日、テンション高いな、と思わないでもない。もしかして……むしろ緊張しているのは樹貴の方な気がしないでもない。


「あんた、緊張してんの?」

「いえ? ただソワソワして何か話してないと落ち着かない感じですね」

「それを緊張って言うの!」


 こいつ緊張すると無駄に口が回るのか、とまた変な一面を知ってしまった。……ちょっと可愛いな、と思わないでもないのが困る。どこまでも子供っぽい。

 さて、宣誓を終えてから、次は接客五大用語である。


「接客五大用語ね。店によって色々違ったりするけど、基本的にうちのファイアーマートだと『いらっしゃいませ』『かしこまりました』『少々お待ちくださいませ』『申し訳ございません』『ありがとうございました』の五つね」

「なるほど……つまり、基本的に客が来てから物を買って帰るまでの流れですね」

「え?」

「あれ、違うんですか?」

「そうなの?」


 何処がなのだろう? と、思って、改めて頭から考えてみる。

 お客様が来て「いらっしゃいませ」。

 商品を注文されて「かしこまりました」と準備するため「少々お待ち下さいませ」。

 で、次が……ん?


「申し訳ございません、は?」

「基本的には、って言ったでしょう。ここで持ってきた商品が違ったりした場合、待ってもらったのに時間取らせて申し訳ございません……的な感じだと思いました。間違えなければ使うものじゃないかもしれませんが、接客の際、必ず必要なものになるから五大用語に入ってるんだと思われます」

「な、なるほど……」


 そして最後は「ありがとうございました」。要するに、退店される時、当店で物を買ってくれて、と言う事。

 ……まさか、勤務日数0日の奴に、むしろこちらが教わってしまうとは……。


「中々、優秀だね。大沢くん」

「そうですか?」


 オーナーが聞いていたようで、仕事しながら口を挟んだ。


「うん。初めてでそこまで考えられる子は珍しいよ。そこにいる上野さんは覚えるまですごく時間かかったんだから」

「よ、余計なこと言うなし……!」

「敬語使うの逆にしたら?」

「絶対に嫌ですからそれは!」


 せっかく優位に立ててるのに、というセリフは飲み込んだが、とにかく嫌だ。優秀なら、もっと厳しくしてやる。


「とにかく、覚えたんならさっさと表出るから!」

「まだ復唱してませんけどね」

「じゃあさっさとしろ!」


 こ、こいつやっぱ可愛げない! こいつの敬語むしろむかつく! と、眉間に皺がよる。かしこい正直者ってマジでムカつくだけだ。

 五大用語の復唱が終わった後は、改めてお店へ。


「とりあえず、店内でやることからね。最初は掃除、品出しと検品の三つを覚えて。レジ打ちは、今日は後ろで見学してもらうから」

「分かりました」

「じゃあ、まずは掃除からね」


 と、順調にものを教えて行った……のだが。

 正直、バイトを紹介したのは、たまには自分が上の立場になれると思ったから、と言うのもないわけでもないわけで。

 なのにこいつと来たら……。


「清掃、終わりました」

「そ、そう……」

「次、品出しですね?」

「う、うん……?」


 裏から商品の山を持って表に出る。スイスイと賞味期限の確認と、古い商品を前に出し、新しい商品を後ろにする仕事を片付ける。

 そんな中、お客様がご来店されたら……。


「いらっしゃいませ」


 欠かさずに挨拶する……。いや、ほんとに可愛げがない。頭が良いとこうなってしまうのだろうか?


「ず、随分とものを覚えんのが早いじゃん……もしかして、経験あんの?」

「メモをしていますので」

「メモ全然、見てないじゃん」

「メモは見直すため以外にも、教わったことを一度、目視できる形に自ら記録する事で記憶する、と言う役割もあるものですよ。ですから、授業中の板書は割と重要なのです。上野先輩」

「っ〜〜〜!」


 クッッッソムカつく! と頭を抱える。他人を煽るのが上手すぎる、この男。いや、煽っているつもりはないのかもしれないが……いや絶対煽ってる。


「もういい! それ終わったら休憩だから、さっさと片付けろし!」

「後少しなんでもう少し待ってて下さいね」

「なんでアタシが休憩行きたくて行きたくて仕方ない奴みたいに言われんの!?」


 本当にムカつかされる。ダメだ、この男に厳しくするのは出来ない。優秀過ぎて何をやらせてもそつなくこなされてしまう。

 さて、そのまま品出しと検品を終えて、一度店の中に戻る。休憩だ。


「休憩中はここで休んで。椅子に座って何しても良いから。あんまり大きな音立てなきゃ」

「分かりました」

「じゃあ、お休み」


 と、そう言った直後だ。その場でどしゃっと樹貴は倒れ込んだ。まるでスイッチをオフにした直後のような倒れ方に、思わずゾッとしてしまった。


「え、ちょっ……どした!? 大丈夫!?」

「……疲れた。死んじゃう……」

「いやまだ二時間半くらいなんだけど……」

「寝かせて……」

「……」


 もしかして、割と我慢して頑張っていたのだろうか? 何にしても……これはチャンスだ。

 しゃがみ込み、頬をつねり上げた。


「ちょっとー、寝るならせめて椅子に座って寝ろー。床で寝たら埃ついて不潔なイメージつくっしょー」

「……えー。上野パイセン厳しか〜……」

「ほら、起きろ。じゃないと蹴るよ」

「わ、分かりました……」


 ふらりと起き上がった樹貴は、ヨロヨロと老人のような足取りで椅子に手をかけ、その上に倒れ込むように座り込み、机の上にもたれ掛かった。

 さて……これは良い機会だ。自分の前でこんな無防備な姿を見せるとは、いじめてくれと言っているようなもの。

 顔に落書きでも……。


「Zzz……」

「……」


 ……いや、なんか出来ない。寝顔が可愛いとかではなく……その、なんだろう。テキパキと仕事をこなしていたわけだが、それも全部疲労に耐えながらやっていたんだと思うと……非道な真似は出来ない……!


「……き、今日の所はこれくらいにしといてやるから……!」


 ……狡い男だ。人にいじめる気を無くさせるとは……と、少し理不尽なことを思いながら、緋奈は寝顔を見守っ……。


「……うえ、の……」

「えっ、ね、寝言……?」


 どんだけ熟睡してんの? と、なんでアタシの名前? が同時に襲い掛かってくる。夢に自分が出てくるとは……なんか少し気恥ずかしい。

 どんな夢なんだろう? と、耳を傾けていると、ツラツラと声が聞こえて来た。


「だから、長文はまずざっと本文を読むんだよ。じゃないとこの英文が何について話してるのかも分かんないでしょ。そもそも英語の長文なんて現代文の問題とほとんど一緒だから、難しく考える事ないってやマジで。とりあえず一緒に読んでみようや」


 めちゃくちゃ寝言でペラペラ喋るな……と、半眼になる。それと同時に、夢の中の自分、頑張れ、と応援してしまう。


「……」


 なんか腹立って来た。やっぱりなんで自分だけ厳しくされないといけないのか。そもそも寝かせてって、15分しかない休憩で何分寝るつもりなのか。


「起きろ!」

「っ!? え……な、何? 地震?」

「休憩中でも人手が足りなくてやむを得ないときは前に出ることもあるから、ちゃんと気を引き締めとけし」

「え……さっき静かなら何しても良いって……睡眠ってこれ以上にない最適解かと……」

「イイから、今のうちにさっき教えた事、復習ね。はい、まずは検品の仕方から……」

「Zzz……」

「寝るなー!」


 起こして無理矢理、厳しくしてみた。


 ×××


 翌日の朝……今日も学校。窓から差し掛かる陽射しは樹貴の顔を照らし、それによる熱と眩しさで目を覚ます。

 もうすぐ梅雨入りする季節。もしかしたら、今日こそは雨が降るかもしれないな……なんて思いながら、樹貴は身体を起こした。時間を見ると、10時45分だった。


「……は?」


 遅刻……それも、もうあと5分で二限目が終わる時間。

 さて……どうするか、と軽く伸びをした時だ。ドタドタドタ、と足音。うるせーのがきた、とため息をつく。


「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃああああああああああん!!!!」


 ドッカーン、と頭悪い擬音が聞こえそうなほどの威力でぶちかまされた蹴りは、樹貴の部屋の扉を破壊し、そのまま飛び込んできた。

 喧しいポニーテール、自分とは違いキリッとした表情、身長171センチの中学三年生……大沢美鳥だ。

 もうすでに樹貴の身長を抜かしている上に、顔面も高二くらいに見えて、体型もボンッキュッボンッという……要するに兄とは真逆の成長をした妹である。


「お前何してんの? 遅刻だよ」

「兄ちゃんが遅刻してたから、うちも遅刻してみました!」

「あそう。じゃあ待ってて。今から朝飯用意するから」

「ひゃっほおおおおおおい! 兄ちゃんの朝飯だあああああああああ!!!!」

「いつものことでしょ」


 アホな妹には何を言っても無駄である。こう見えてバスケ部のエースで、去年の時点で関東に出ていることもあり、高校は強豪校への進学がほぼ決まっている。

 ま、妹は妹でちゃんと頑張って結果を出しているので、その辺をとやかく言うつもりはない。

 ただ、うるさい。


「制服、着替えてきな」

「分かったであります! 兄ちゃん上等兵!」

「なんで上等兵……」

「聞いたことあるのがこれだけだったのであります!」

「そっか。超嬉しいバンザイ」

「year!」

「yeahな」


 適当に返しながら階段を歩いて降りる。ま、こう見えて甘えん坊な妹だ。おそらく、一緒に登校したいのだろう。

 それを拒否する理由もないし、一先ずはのんびりと準備をさせてもらう。

 まずは顔を洗う。目ヤニとかつけたまま出掛けたくないし。

 続いて、髪を梳かす。怒りによって目覚めた異星人のような髪型のまま出かけたくない。

 それらを終えて、ようやく朝食作り……といっても、まずは食材のチェックだが。


「んー……米が残ってるし、炒飯で良いか」

「ひゃっふぉーう! 兄ちゃんの炒飯ーーーーー!」

「一昨日も食ってたけどね」


 一々、声がデカいが、もう言っても治らないので諦めている。

 調理をする中、机の上で待っている美鳥が、声を掛けてきた。


「兄ちゃんさー」

「何?」

「最近、学校楽し?」

「なんで?」

「いや、なーんか……ちょっと変わった感じあるから」

「何も変わってないよ。楽しくはなったけど」

「お、何々!? 友達でも出来たの!?」

「まぁ……友達っちゃ友達かな。出来たことないから分からないけど」

「お、おおおお〜!?」


 たかだか友達程度でとても嬉しそうに目を輝かせる。


「どんな人!?」

「バカとお嬢様とヤンキー」

「何その濃いメンツ……え、てか……女の子?」

「? うんまぁ?」


 話しながら、食材の仕込みが終わったのでフライパンを振るう。

 後から塩と胡椒を振り撒きつつ、またフライパンを振るう。

 そろそろ良いかな? と、思ったので、さらに炒飯を盛り付けている時だ。ふと、静かになったなーと思って顔を向けた先で、美鳥が項垂れた様子で立っていた。


「美鳥?」

「兄ちゃんに……女の人の、友達……?」

「なんだよ。てか、スプーン持って行って」

「……その人に、騙されてない?」

「会話しようよ。スプーン」

「話を聞いて!」

「分かった。炒飯あげない」

「スプーンね、わかった」


 アホな妹の取り扱いなど心得ている。とりあえず言うことを聞かせた……とはいえ、思った以上に過剰な反応が返ってきて、少し困る。

 何を考えているのかなんて知らないが、ただでさえ遅刻をしている現状で、さらに揉め事が起こるのは勘弁して欲しいものだ。

 少し考えてから、美鳥に声を掛けた。


「兄ちゃ……」

「美鳥、飲み物は?」

「あ、うん。牛乳」

「まだ背を伸ばすつもりなの?」

「そ、そりゃあ勿論、兄ちゃんを守れるようにならないとだし! ……あ、そう。それで兄……」

「今のままでも十分、カッコ良いし頼りになるよ。だから、まずは炒飯を食べなさい」

「カッ……う、うん! そうする!」


 はい終わり、と頭の中で唱える。さて、さっさと食べ終えて学校に行かなくては。


 ×××


 到着したのは、四限の授業が始まる前の休み時間。授業中に入りたくなかったので時間を調整したわけだが、まぁバレてて怒られた。

 さて、そのまま放課後。帰ろうとした樹貴だが、その樹貴に声が掛けられる。


「大沢」

「なーにー?」


 声をかけてきたのは緋奈。少しむすっとした顔でこちらを睨んでいる。


「放課後、付き合ってくれない?」

「え、なんで? バイト休みじゃん」

「休みだからこそに決まってんじゃん!」

「うおっ、びっくりした。何怒ってんの?」


 なんでそんなに怒鳴られるのか。何かしたっけ? と、小首を傾げる。


「昨日のバイトの事だし! あんた体力なさすぎ! 休憩終わった後、ずっとウトウトしてたっしょ!?」

「あ、バレてた?」

「あれでミスがないのが不思議なくらいだったけど……でもあのままってワケにいかないから! アレじゃいつミスってもおかしくないし!」

「まぁ……そうね?」


 確かに、昨日は運が良かっただけかもしれない。自分も永遠に寝ながら仕事できると思っているほど自惚れてはいない。


「で、どうして欲しいの?」

「トレーニング!」

「帰るわ」


 直後、ガッと手首を掴まれる。


「……えっ」

「逃すわけないっしょ」

「二人とも何してんのー?」


 嫌な予感がする、とその声が聞こえてきた瞬間から思っていた。

 口を挟んできたのは、小野朱莉。こいつも、実を言うと侮れない。なんだかんだ体育の授業を普通にこなしているし、足も早かった気がするから。


「大沢とトレーニングするって話。こいつ昨日、バイトで寝ながら仕事してくれやがったから」

「えっ、だ、大丈夫なのそれ?」

「奇跡的にミスはなかったけど……どう思う?」

「アタシも付き合う!」

「決まりね」


 マズい、と思っている間に、朱莉が樹貴の反対側の腕を拘束した。


「待って。何処でトレーニングするつもり?」

「スポッチャとか楽しそうじゃない?」

「あ、それある」


 ステージ1というボウリング場にあるスポッチャとは、色んなスポーツを触る程度に楽しめる施設だ。

 つまり……トレーニングというより遊びに行くとしか思えない。


「体力つけるには、元気よく遊ぶのが一番だから」

「そうそう。だから小学生は無限の体力があるんだよ」


 なるほど……それでうちの妹も朝からあんな元気百倍あんぽんたんなのか、と真顔になってしまう。あれは中学生だが。


「あの……勘弁を……」

「ダメ、いくよ」

「レッツゴー!」


 全く嬉しくない両手の花を砂漠にぶん投げて枯らしてやりたい気分に浸った。

 だがしかし、まさかこの後も砂漠に砂嵐が巻き起こる事になるとは、夢にも思わなかった。


 ×××


 今日は部活が休み……従って、大沢美鳥は帰宅していた。バスケを中学生の割には極めた美鳥は、休息の大事さをとてもよく分かっている。

 それ故に、今日は家でのんびりすることにした。……でも、最近は自分の兄が家に帰って来るのが遅いのが気になる。それに、今朝は女の子と知り合いみたいなことを言っていたし……気になる。

 いや、その女の人が良い人なら構わないが……もし、あんなひ弱な兄が女の人に絡まれているのだとしたら……もしかしたら、財布にされているかもしれない。


「……帰ったら、もっかい問い詰めないと……」


 なんて思っている時だった。


「スポッチャで何やろっか?」

「それはほら、大沢がやりたい奴でしょ」

「何あるか知らんし。何あんの?」

「基本、スポーツならなんでもあるから」

「それこそボウリング以外ね」

「じゃあeスポーツ」

「ねえよ!」

「せめて身体を動かすの選んでくれる!?」


 騒がしい声が聞こえる。大きな声が嫌いな自分の兄なら絶対に咲かないタイプ。

 あまりにも目立っていた事と「大沢」という苗字を呼んでいた事でつい目を向けてしまった。


「じゃあお前らがやってたアレ……ダーツ」

「それも身体動かさない奴じゃん!」

「体力をつけろって言ってんの!」


 怒られながら派手な女子二人に両手を拘束されて歩いているやたらと小さい男は……自分の兄、樹貴だった。


「兄ちゃんんんんんんん!?」


 思わず声を漏らす。その直後、三人がこちらに目を向けてきた。

 派手な女子二人……スポッチャ……樹貴が何をして遊ぶかの選択権を得ている……つまり、財布にされてる!

 そう判断した直後、一気に美鳥は地面を蹴った。


「兄ちゃんを離せクソビッチどもおおおおおおおお!!!!」

「え、何。知り合い?」

「てか、なんかカバン振り回してね?」

「二人とも下がってて」


 そう言いながら一歩前に出た樹貴が、キッと睨んで自分に声を掛ける。


「お座り」

「わんっ!」

「え……何これ」

「どういう関係?」


 思わず反射で、樹貴の前に座ってしまった。座ってから後悔した。自分は何をしているのか、と。


「って、何させるの兄ちゃん!?」

「いや何してんだよ逆に。びっくりしたわ」

「お座りって兄ちゃんがいったんじゃん!」

「言われた事全部やっちゃう任務遂行系スパイかお前は。そんなんじゃ誰かに利用されて終わっちまうよ?」

「そ、そうかもしれない……ありがとう、兄ちゃん! ウチはまた少し賢く、逞しくなった!」

「そうかそうか。じゃ、俺らはこれで」

「うん!」


 そのまま適当に挨拶して別れようとした……が、あれ? と、小首をかしげる。


「って、いやいやいや! 待ってよ兄ちゃん!」

「そ、そうだし! アタシらにまで紹介なし!?」

「ちゃんとしないとダメだよその辺!」


 まさかの樹貴の周りにいる二人からもダメ出しをされていた。関係性はよく分からないが、イエスマンというわけではないようだ。

 ……いや、そんな事どうでもよくて。


「それより、その二人は誰!?」

「クラスメート。こっちが小野朱莉で、こっちが上野緋奈」

「は、初めまして……小野です」

「上野でーす、ヨロシク☆」


 要するに……背が低いけど胸が大きい方が小野朱莉、背が高いけど胸が小さい方が上野緋奈、ということだろう。まぁどちらにしても樹貴よりは背が高い。

 すると、背が低いけど胸が大きい方が樹貴に声を掛けた。


「それでー……えっと、聞き違いじゃなければ、なんだけど……」

「何?」

「い……妹って言った?」

「そうだけど?」


 言われて、樹貴は「なんで?」と小首をかしげる。


「妹の美鳥。自然の緑じゃなくて、美しい鳥で美鳥ね」

「えー……妹ちゃんの方がお姉ちゃんみたいじゃんー。てかなんであんた逆に小さいわワケ?」


 ……やはり、言われている。自分の兄の良さを知りもしないで、平気でそういうこと。

 ムッとしてしまったので、思わず美鳥は樹貴の手を引いて自分の方に抱き寄せる。


「兄ちゃんをどうするつもりなのあんた達」

「え」

「いやまぁ……これからしごこうかと?」

「しごっ……!」


 思春期である美鳥は……すぐに連想してしまった。……つまり、その……局部をしごく的な意味合いで。

 顔が真っ赤に染まる。つまり……これは間違いない……援交って奴だ。イイ思いをさせる代わりに、兄の財布を搾り取るつもりだ。

 そんな事はさせない。兄はやはり……自分が守らなくては。


「兄ちゃんは誰にもあげないから! 特に……あんた達みたいな人には!」


 すると、二人とも顔を真っ赤にする。


「嘘……ぶ、ブラコン……?」

「ヤダ……可愛い、アタシより背が高い子なのに……」

「はぁ……面倒臭……」


 ため息を漏らす樹貴は、なんかもうされるがままだ。自分より背が高い妹に抱き寄せられ、ぬぼーっと空を眺める。

 その美鳥は、ガルルルっ……と、威嚇をするが……その威嚇など効かない緋奈が一歩踏み出し、遅れて朱莉もついていく。

 そして……美鳥の手を引いた。


「もう可愛い子じゃん〜。流石、大沢の妹〜」

「こ、このお兄ちゃんのどこが好きなの……?」

「な、なんでウチを抱き締めんの!? 離せ!」

「離さないしー。てか、今からステ1行くんだけど、よかったら一緒に行かん?」

「行かないから!」

「お兄ちゃんと一緒でも?」

「行く!」

「行くんかい」


 ステ1で何をするのか知らないが、兄と体を動かす機会を逃すわけにはいかない。


「行こう、兄ちゃん! ……あ、でもウチお金ない……」

「俺が出すから気にしなくて良いよ」

「お、流石お兄ちゃん」

「カッコいいお兄ちゃん」

「お前ら、次の試験の時、覚えとくことをおすすめするよ」


 そのまま四人でステ1に向かった。


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