第18話 何事も少数精鋭。
体育祭まで残りわずか。これに伴い、練習も仕上がっていく。樹貴以外。
「ふぅ……そもそも、本番は一回しか走らないのに、一日に何回も走ってどうすんの?」
「本番一回のために何回も走るんだよ!」
「なんで何回も走ることが本番のために繋がんの? そもそも障害物は当日まで練習出来ないし、意味ないよねこれ」
「うっ……ぐ、ぐだぐだと……これだから賢い人は……」
座り込んだまま動かない樹貴に朱莉がドン引きしていると、その二人の元に大声が響いてくる。
「だーかーらー! テメェバトン渡した事ねェのか!? なんで手首のスナップをそンな強く効かせンだよ!」
「そんなに強く渡してないし! ちょっと突き指狙っただけだから!」
「ばっちり怪我する威力だろうが!」
「そもそもあんたなんかにバトン渡してあげてる時点でありがたく思えっつーの!」
「ンだそのトンデモ理論!」
向こうは向こうで言い争いが絶えない。チームワークなんてものはこのチームにはなかった。
思わず朱莉がため息を漏らすと、樹貴が立ち上がった。
「よし」
「どしたん?」
「トイレ」
「サボる気でしょそれは! てか、サボるのは良しとしてもあの二人と一緒にしないで!」
「じゃあ一緒に来る? トイレ」
「男女で一緒にトイレ行ってどうすんの!」
「食堂でも良いよ」
「ほら見ろサボる気だー!」
ダメだ、見過ごせない……なんて、少し困っていると、樹貴が迷惑そうに続ける。
「大体、お前俺にあの中に入ってどうして欲しいワケ?」
「止めてまた練習再開したいの!」
「無理でしょ。絶対あれ話なんて通じないって」
「なんでそう諦めるの!」
「通じると思うならお前が話聞いてくれば良いじゃん」
「え、いやそれは……」
少しヒヨってしまう……なにせ、あの罵詈雑言の中に突っ込むのは、嵐の中に突っ込むようなものな気がするから。
「とにかく、今はスルーした方が良いでしょ。後藤はどうだか知らんけど、今朝は上野が何か話そうとしてたみたいだし、ここは……」
なんて樹貴が話していた直後だった。
「もういいわ! 俺体育祭当日サボるから! テメェら三人でママゴトしてろ!」
「はぁ!? な、何それ……!」
「テメェからバトンを受け取るくらいなら休ンだ方がマシだっつーの!」
「じ、上等だし! アタシこそあんたにリレーの代名詞のそれを渡さずに済んで清々するから! むしろスタンバトンをくれてやりたいくらいだし!」
「上手くねェンだよクソ貧乳!」
……なんか、サボり宣言始めたんだけど、と朱莉はジロリと樹貴を見る。
「まぁ……マズイかもね。あいつ、本当にサボりかねないし」
「分析してる場合か! どうすんの!?」
「やれやれ……なんでまともに話もできないのかな……どっちも身長以外小学生なの?」
「いいから!」
「とりあえず、女同士で話してあげて。俺はあの男と話してくるから」
それだけ話して、樹貴が面倒臭そうに哲二の元に向かったので、朱莉も緋奈の元へ走った。
「ひ、緋奈さん! 大丈夫?」
「……」
「緋奈さん……?」
「……あ、小野ちゃん。大丈夫、頭の中であのバカ射殺してるだけだから」
「怖いよ!」
それは別の意味で大丈夫ではない気がする。
こういう時……何を言えば良いのだろうか? あまり人の喧嘩に介入したことがないから分からない。話してあげて、とは言われても……いや、友達なんだから、悩みくらいなんとか聞いてあげないといけない。
そう思い直し、聞いてみた。
「えーっと……ひ、緋奈さんは……そもそもどうして後藤くんと仲悪いの?」
「悪い。はっきり言って嫌いだし」
「でも、大沢から聞いたけど、気にはなってるんでしょ?」
「……あのバカ、余計なことを……」
正確には、今朝話そうとしていた、と言う情報を得ただけだが、当たりのようだ。
「あ、アタシにはよく分からないけどさ……まぁ、せっかく同じ種目に出ることになったわけだし……その、仲良くしてくれると……」
「無理」
「む、無理か……」
……ここ最近は、割と哲二と関わることもあった身としては、あまり悪い人には見えない。すごく素直みたいで、わざわざ律儀にコンビニでサラダを買っていたし。
「で、でも……緋奈さん、昔は仲良かったんでしょ?」
「……昔の話だから」
「な、なら……えっと、ほら……せめて体育祭終わるまでは……その、普通にしない?」
……言ってから「自分にとって被害が無ければ良いかな」みたいな言い方になってしまったことに後悔する。
でも、難しいこういうの。どこまで言うと「余計なお世話」になってしまうのかが分からないから、慎重に少しずつ言葉を選んだ結果がこれだ。
人間、期限を決めれば頑張れるものなので、短期間で良いから仲良くしようよ、という意味で言ってみたのだが……これでは。
「……分かった。なるべく我慢するから」
「っ、そ、そう!?」
「小野ちゃんはそうして欲しいんしょ?」
「う、うん……」
「なら、まぁあのバカの憎まれ口は上手く躱すから」
「あ、ありがとう!」
「いや、お礼言われるどころかこっちが謝る立場だから。ごめん、関係ないのに気を遣わせて」
とりあえず……うまく行ったのかな? と、ホッと胸を撫で下ろす。
×××
「ったく、あの貧乳……!」
ツカツカとグラウンドから離れた哲二は、一息つきながら水を飲みに蛇口の前に来た。
本当に腹が立つ。朝から見たくもない顔面を見せられて、非常にイライラさせられたものだ。
……いや違う。自分が本当にあの女に話したいのはこんな事じゃない。
それはそうなのだが……どうしても、緋奈を前にすると苛立ちが強くなる。あの女の無防備な点は、今でも腹が立つのだ。
今でこそパッドは外したみたいだが……それでも、少し開いた胸元とか、白い体操着によって透けたブラとかを見ると、バカだった自分を思い出す。
「……クソっ」
思わず苛立ったような声を漏らした時だ。
「そこはクソするところじゃないよ」
相変わらず人を挑発するような言葉が飛んでくる。顔を向けずとも誰が来たかわかる。今朝、泣かされかけた癖に、よく平気で声をかけてくるものだ。
「うるせェ、失せろ」
「いやいや、俺も喉乾いたから」
「他所行け」
「え、他所の学校まで水飲みに行くの? 怒られそうだし疲れそうだから嫌だ」
「ンなわけねェだろ! テメェは本当に話通じねェ野郎だな!?」
イライラさせられる。このバカ男は、ある意味では緋奈以上にムカつかされる。
「テメェはホント何なンだよ。弱ェクセに俺みてェなのに絡ンで来やがって」
「俺みてェなのって?」
「わかンだろ!」
「いやよく分かんないけど。同じ種目に出る男に話しかけちゃいけないの?」
「いや、だから……」
「それより、早く来てくれない? 小野が練習したいって」
「……しねェよ、もう」
ていうか、話が進まない。そもそも、こんな一番足引っ張ってる奴に話し掛けられる謂れはない。
「あ、もしかして、女の子と一緒に練習するの、恥ずかしくて照れちゃう系男子?」
「ブチ殺されてェのかクソチビバカ! そンな思春期の中坊に見えンのかコラ!?」
「うん、見える」
「テンメ……!」
胸ぐらに掴みかかろうとする前に、樹貴は真顔のまま続けた。
「だって、よく分かんないんだもん。お前も上野も。仲悪いって言う割に同じ高校にいるし、喧嘩の度に昔の思い出話掘り返すし、久々にした喧嘩の割に言い合いのテンポは抜群だし」
「っ!」
「なんか側から見てると、異性に素直になれないツンデレ二人にしか見えないよ」
ムカつく、本当に。また痛い目見せて二度と生意気な口を開かせないとダメだろうか? 何も知らないくせに。
「御託は十分だ。テメェ、ちょっと歯を食いしばれ」
「ああ、殴られるときはホントに歯を食いしばらないと危ないらしいね。口の中ズタズタになるから」
「分かってンならそうしとけよ!」
「そうやってまず最初に他人を攻撃することばかり考えるから、いつまで経ってもコミュニケーションとれないんだよ。行動でも言動でも」
「っ……!」
言われて拳が止まる。割と本気で殴りに行っていたのに、この男は微動だにしなかった。どうせ殴られる、と諦めていたみたいに。
「何があったか知らないけどさ、話したい事そっちからもあんなら話せば良いじゃん。多分、上野は聞くよ? ちゃんと」
「っ……て、テメェには分かンねェだろ。あいつはそういうヤツじゃねェンだよ」
「なんで? 今朝だってずっと後藤のことつけてたし、あいつ勉強嫌いのくせに俺の指導に最後までついてきたよ」
「……ア?」
それは嘘だ。あの勉強嫌いで、暇があれば外で身体を動かしていたような奴が、こんなチンチクリンに勉強を教わろうとするはずがない。
「適当な嘘こいてンじゃねェぞ」
「ホントだって。本人……が恥ずかしくて無理なら、先生にでも成績聞いてみたら?」
「恥ずかしくねェ! てか先生に聞く方が恥ずかしいだろ!」
「それはー……そうかもね」
他人の……それも異性の成績を聞きに行く生徒とか、ストーカーとしか思えないレベルである。
それはさておき、というような感じで樹貴が続けた。
「過去に何があったのか知らないけど、謝れば良いじゃん。謝りたい事あんなら。お前が信じる信じないは勝手だけど、上野は話聞いてくれると思うよ」
「……俺の話は聞かねェンだよ」
「自分だけ特別だと思ってんだ。自己中」
「テメェは……!」
「人は少しずつ変わるものだよ。小野は今学期から友達が出来た。上野も普段のギャルグループからボッチの集まりに移動してパッドを外した」
それは心当たりがある。確かに、緋奈にしては冴えない連中とつるみ始めたものだ、と思っていた。……とはいえ。
「最後のだけ余計じゃね?」
「変化は変化でしょ」
「お前、よく上野に殺されないな……」
「いやもう割と何度か殺されかけてる」
懲りろよ、なんて思っている自分に、樹貴は聞いてきた。
「お前はずっとそのまま?」
「っ……て、テメェ……!」
そんなこと言われても……そもそもどんな経緯でここまで喧嘩になったかも知らない癖に。
「話せば分かる、ってか?」
「いやそんなこと言う気はないけど。やってみないと分からんけど」
「俺があいつの男嫌いになった原因でも、か?」
「うん」
「っ……」
何があったかも聞かずにこの返事だ。元より他人に話すつもりなどないが。
中二の夏、思春期が遅かった緋奈は、周りが胸の下着を購入したのを見て自分も欲しくなり、買ってそれを哲二に自慢してきた。感覚的には、新しいグローブを自慢するのと同じだったのだろう。
だが、当時すでにバッキバキの思春期だった哲二は、既に男子と陰でする猥談に結構熱中していた。
その翌日、野球部のメンバーにその下着のことをネタにして話したら、その野球部の奴がさらに次の日に教室で話したおかげで一気に広まってしまった……。
その後から、緋奈と自分の確執は広がった……こんな事、軽々しく高校でまだ数回しか話していないムカつく男には話せない。
正直、この件に関しては謝りたいとは思っていたが、話しかければ向こうが憎まれ口を叩くので、ずっと謝れないでいた。
「……お前に分かるかよ。謝りたくても謝れない奴の気持ちが」
思わず呟いた時だ。樹貴は目を丸くした様子でしゃあしゃあと答えた。
「なんだ、謝りたいと思ってんじゃん」
「っ、わ、悪ィか!?」
「いや、それなら全然良いでしょ。周りに自己満足って言われようと、偽善だって言われようと、お前がそう思ってんなら全然」
確かに周りの目……特に謝られた緋奈本人のことを気にしてた……みたいなとこはあるが、よくもまぁ正確にその辺を引き当てて来るものだ。
「俺は、小二の時にクラスで買ってた金魚の飼育係りをしてたけど、ある日飼育係でもない奴らが消しかす丸めた練り消しを金魚の餌代わりに上げて死んじゃった時、係だった俺の所為にされたけど、そいつらの誰からも謝られてないよ」
「……お、おう……」
急にヘヴィーな話をぶっ込まれ、少し引く。自虐ネタか何か、なのだろうか?
「小三の時は、遠足の公園で班員が蛇の穴を見つけて木の枝で突いてたら蛇が飛び出してきて何故か俺が噛まれたけど、勝手に俺一人で穴をほじくってた事にされて治療後アホほど怒られたけど、そいつから謝られてないよ」
「へ、蛇に噛まれることなんてあんのかよ……」
「ほら、これその後」
そう言いながら、樹貴はジャージを捲って腕を見せてくる。そこには今でも痛々しく残った跡があった。小三から身体に痕に残る傷が出来るとは……と、少し道場に近い情が湧いてくる。
「あと中一の職場体験の時、スーパーで体験していた同じ班の奴が飲み物万引きして俺の所為にして警察沙汰になったけど、そいつから謝られてないよ」
「ちょっと待て! お前どンだけ……てか、それは平気だったのか!?」
「いや監視カメラあったから秒でバレてた」
こいつ……他人にカモられ過ぎているのでは? と普通に心配になるレベルだ。
「まぁ、要するに人間なんて、子供の頃から悪いことしたと思っても謝らずに隠蔽したがる生き物なんだよ。子供は純粋で可愛い、なんて思ってる奴は余程、自分の少年時代に良い思い出しか残してないんだろうね」
「結局何が言いたいんだよ?」
「いや、でもお前みたいに謝りたい、っていつまでも思ってる奴もいるんだなって思っただけ。思ってるだけで終わらすのか、思ったことを伝えるのかは知らないけど、少なくとも謝られたかった側の印象は違うよってだけ」
謝られたかった側……ということは、もう今は謝られたくないのだろうか? いや……というより、諦めているのだろう。
実際、今更謝られて何が変わるわけでもないだろうし。……だが、自分は今、謝ればまだ何か変わるのだろうか?
まるで、地獄に垂らされたあまりにか細い蜘蛛の糸のようなそれを、思わず掴みたくなる。……だが、それを掴んで希望を持ち、登ろうとすれば不要な緊張に駆られるかもしれない。
何せ、同じ高校、同じクラス……そして、同じ体育祭の種目にも出る……きっと、変わるのかもしれないと思ってしまうから。
……いや、ここで躊躇うから、こんなひ弱な男にチキンと言われるのだろう。こんなの、ナイフや金属バットをケンカに持ってくるような相手に比べれば屁でもない。
勇気を振り絞り、その垂らされた糸を強く掴んだ。
「……チッ、被害者側の実体験を踏まえて話しやがるとは、嫌な野郎だ」
「やる前から否定ばっかするチキン野郎に言われたくないね」
「アア!?」
「てか、そんな事いいから、今はとりあえず練習に来て。小野が待ってるから」
「……ったく、メンドくせェ」
そう言いながら、グラウンドに戻った。とりあえず、今の時間くらいはこいつらの顔を立ててやることにした。
さて、さっさと戻って……と、思っていると、樹貴が来ていないことに気づく。
「お前は来ねェの?」
「トイレ」
「……」
サボる気だ、と秒で理解したので、肩の上に担ぎ上げて連行した。
×××
お昼休みになった。緋奈は今日もパンを買いに購買部に向かう。それは樹貴も一緒だ。
二人でのんびり歩きつつ、緋奈は樹貴に声を掛ける。
「後藤と何話してたワケ?」
「ん、いや向こうが悩んでたから、それを聞いただけ。俺は大したこと言ってないよ」
「……」
悩み……と、少し考え込む。あの男が他人に相談? それも自分の事を? と一瞬、考え込むが、まぁこの男の事だ。自分にノートを手渡した時のように、上手いこと誘導したのだろう。
「ちなみに、上野」
「何?」
「幼馴染ってどんな感じなん?」
「は?」
「やっぱ、信用出来んの?」
信用……の範囲にもよるが、少なくとも今は無理だ。
「出来るわけないじゃん。中学の時、なんで喧嘩したか分かってる?」
「いや知らん」
「人が下着買ったの教えたら、それを野球部の連中と一緒にクラス中にバラしたんだよあいつ?」
「まずなんで下着買ったのを後藤に言ったわけ?」
「初めてのブラだったの。分かるでしょ。自慢したくなっただけだから。なんか大人の階段登ったみたいで」
その時の自分は浮かれていた。……いや、今思えば、思春期真っ只中の相手にそんなことを言えばネタにされてもおかしくないかもしれないが。
にしても、言ってほしくない事なのはわかると思っていた。
「それで喧嘩したんだ」
「そういうコト。あの後マジ大変だったし。どいつもこいつも人をスポブラ女とかバカにしてきて、女子からもビッチ扱いされて……ホント勘弁して欲しかったしあれは」
「でも、不要な種を蒔いたのはお前だよね」
「……は?」
言われて少しカチンとくる。それでも樹貴は平然と続けた。
「悪さの比率で言えば、確かに9:1くらいで後藤が悪いよ。普通、そう言うの聞いても他人に言わないと思うし。俺だって妹の下着のサイズ聞かされたけど誰にも言ってないよ」
「……いくつ、とか聞いても良い?」
「本人に聞いたら?」
「いや……やめとく」
それが賢明な気がする。自分より背が高くて、目視だけで分かるほど胸の大きさは胸の大きさは向こうのほうが上……どう考えたって、結果を聞けばショックを受けるのは自分だ。
それより、何故自分の方が悪いか、である。
「でも、そもそも教えるべきじゃなかったでしょ。どんなに長い付き合いでも」
「……あいつが言わなきゃ良いだけじゃん」
「聞かされた男子も困るでしょ。似合うといえば良いのか、それとも可愛いと言えば良いのか……どんな意味で言っても変態的な意味に聞こえるだけだから」
「それは……そうカモ……」
残念だけど、頷くしかない。当時、哲二になら言っても良い、と思った。それは甘えだったのかもしれない。
「ま、それでもやっぱ基本的には周りに言った向こうが悪いから、そこまで気に留める事もないと思うけど」
「……」
「何パンにすんの?」
声をかけられてハッとする。いつの間にか、購買に到着していた。
「じゃあ……カレーパン」
「何、好きなの?」
「まぁ、うん」
「前にも食ってたよね」
話しながら、二人でパンを購入した。
さて、そのまま二人で引き返す。教室では、また哲二と朱莉が一緒に食事をとっている事だろう。
まぁ、別にどうでも良いけど……なんて思いながら、教室に到着した。
扉を開けるなり、ふと気がついた哲二がこっちを見る。そして、歩いて寄ってきた。
「っ……う、上野」
「何?」
「ちょっとツラ貸せコラ」
「は? カツアゲ?」
「照れ隠し。分かってあげ……ぶべっ!」
裏拳を貰った樹貴を無視して、二人で教室を出た。
いきなり話……少しはゆっくりする時間が欲しいと言うものだ。
連れて行かれた場所は、屋上の扉の前。到着するなり聞いた。
「何の用?」
「……ちょっと待て。今言うから」
「てか、さっきまた大沢のこと殴ったでしょ。あれは大沢が悪いから無視したけど、次殴ったら許さないから」
「前から思ってたけど……お前、やたらとあいつのこと庇うな。なんかあんの?」
「っ、な、何もない!」
「お、おう?」
自分でも驚くほど大きな声が出た。なんか、言われてやたらと恥ずかしくなってしまったから。
ハッとなったから、少し誤魔化すようにコホンと咳払いをして、あらためて続ける。
「いいから、何の用!?」
「あ、ああ……」
珍しく歯切れが悪い。この男にもじもじされると、ちょっとなんか気持ち悪い……と、思ってしまう。なんとなく用件はわかっているから黙っているが、とりあえず待機……していると、頭を下げてきた。
「……悪かったな。中二の時、その……お前の下着のこと」
「……」
まさか、本当に謝られるとは……と、謝られておいて少し冷や汗をかく中、さらに続けて哲二は言う。
「当時、男子の中で女子の下着の色の話とか、男子の中で盛り上がってて……そのネタにしてた。ちょうど良いとか思ったから。……だから、その、悪かった」
ネタにしてたんだ、と、自分はてっきりバカにするつもりで言われてたのかと思っていたので少しいらっとした。
まぁ、どんな理由でも良い。過ぎたことだから。
「……で?」
「話はそれだけだ。……じゃあな」
話だけして、すぐに立ち去ろうとする哲二。許しをもらうつもりはない、ということだろうか?
そのまま自分の横を通り過ぎて行こうとする哲二だが……自分はそれで良いのだろうか? と、思わず悩んでしまう。
樹貴が言うには……自分にも良くないところはあった。それは緋奈も理解した。
つまり……言うべきことがあるのはこちらだって一緒だ。
「待てし!」
気がついた時には、反射的に体を止めていた。
「っ……な、なんだよ」
「あんただけ用件済ませて帰るとか、ちょっと勝手なんじゃないの?」
「は?」
「っ……ぁ、アタシも、ごめん……あんたになら下着くらい良いか、とか……当時は思ってた」
「……」
謝られると思っていなかったのだろう。少し面食らっていた。
「分かってなかった。異性の差とか、親しき仲にも礼儀ありとか、その辺が。だから、何も考えずに自慢してた」
「っ……」
「ごめん」
「……」
「……」
お互い、何も言わずに黙り込む。中々、何を言ったら分からない。もう、以前までのように二人とも競い合える何かがあるわけでもなければ、今更仲良くなったとしても何をして遊べば良いのかなんて分からない。
……だから、気持ちを伝えられた時点で、既に割ともう用事はなかったりする……と、思っている時だった。
「……えっ、もう終わり?」
「ちょっ、大きな声出さないでよ。バレるよ」
「あ、ご、ごめん……や、でももっとこう……幼馴染ラブ的なヤツ……」
「そうなったらめっちゃ面白いわ。ツンデレカップルとかリアルであんのかな。……あったら、何回別れて何回復縁すんだろ」
「あ、それ見てみたい」
「それな。でも巻き込まれんのは勘弁じゃない?」
……そんな声音が聞こえ、二人揃って固まる。あのダブルボッチども、どうやらコソコソと後をつけてきたらしい。
本当に困った奴ら……だが、ちょうど良い。哲二もどうせ学校に友達はいないのだし、前に戻らなくても友達グループの中に入れてあげるくらいは構わないだろう。
「後藤」
「……オオ」
とりあえず、説教だ。ゆっくりと並んで降りて、声がした所に顔を出した。
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