第12話 頼れないのと頼らないのは違う。
「え、バイトしたいの?」
「うん。で、上野のバイト先教えてくんない?」
緋奈が話しているのは樹貴。休み時間中に声を掛けられたので、顎に手を当てる。
「えー……アタシと同じとこで働く気?」
「え、だめ?」
「正直、嫌。絶対、あんた客と揉めるし」
「なんで俺そんな信用ないの?」
「あると思うの逆に?」
この人が初対面の人と揉めない様子が想像出来ない。
「俺ってそんな荒くれ者のイメージ?」
「精神的荒くれ者」
「喧嘩っ早くないよそんなに」
「そういうんじゃなくて……こう、何。ああもう、なんであんたそんな形容しづらい性格してるワケ?」
「お前は一言で片付くもんな。ワガママバカ」
「ブッ飛ばす!」
「ぶたないで。自慢じゃないけど、痛いの嫌いだから泣いちゃうぞ」
「どこに自慢する要素があると思ってんの!」
ホント、この男との会話は疲れさせられる。なんでそんなにマイペースなのか。
そんなやつとバイトなんて……と、一瞬思ったのだが。
割と悪くない気がしてきた。何がって、後輩バイトとして樹貴が入ってきてくれるなら、自分は当然先輩になる。マウントを取れることだ。
つまり……樹貴を言いまかすチャンスになり得る……!
それに……樹貴には個人的にも借りがあるし、バイト先を紹介するくらい構わない。
そうと決まれば、まずは許可だ。
「良いよ。紹介してあげる」
「マジか。ありがと」
「ちゃーんと感謝しろよ? 割と高校生がバイト先探すのって大変だから。テスト前に休めるとこなら尚更」
「そうなんだ」
まぁ、ちょうど人手も足りなかったし。別に構わない。
「で、何処?」
「コンビニ。時給千円とか期待しないよーに」
「月に2万も稼げれば十分なんだけど……」
「意外と欲がない!」
「あくまでも本分は勉強だから。どこかの誰かと違って」
「あんた人にバイト先紹介してもらう自覚あんの!?」
そんな話をしている中、二人の元に飲み物を買いに行っていた朱莉が戻ってきた。
「お待たせー」
「小野ちゃんもする? バイト」
「え?」
「大沢がうちでバイトするって言うから」
「あー……アタシはいいや。お金に困ってないし」
「そっかー」
そういえば、ボウリングにダーツにカフェといろいろ付き合ってくれているが、この子の資金源は何処から来ているのだろう?
身に付けているものを見ても、割と良いものを揃えている。シャンプー、リップクリームなど以外にも、前に勉強会に行った時は割と良い服ばかりだったし。
「……」
……ま、まさか……エンコーって奴をしているのでは……なんて勘繰ってしまった。そんなの自分が前に所属していたグループの連中もしていなかったと言うのに。
いや……あり得ない話ではない……? 何せ、樹貴のようなキテレツな奴以外だと、教員とは普通に話せる子だ。
ならば、それはつまり「歳上とは話し慣れている」ととってもおかしくないわけであって。
「お、小野ちゃん……今日、予定とかあるん?」
「え、夕方までなら空いてるけど……」
「特に夜」
「夜……あーうん。ちょっと」
「!!」
やはり! と眉間にシワが寄った。この子、何かある……!
「そ、そっか……じゃあ、今日はいいし」
「ごめんね」
「ううん」
話しながら、緋奈は樹貴に声を掛けた。
「大沢は? 今日暇なん?」
「いや、忙しい。今日からイベントだから」
「じゃ、放課後ちょっと付き合えし」
「聞いてた?」
「い、い、か、ら!」
「……まぁ良いけど。バイト先紹介してもらうし」
いやそれは別件の借りを返すつもりだったのだが……まぁ、面倒臭いしそう言うことで構わない。
「じゃあ決まりだから」
「あっそ」
「え……ふ、二人で出かけるの……?」
「そうだけど?」
なんか朱莉が意味深な声を漏らした……が、何かあっただろうか? ……ん? 二人? 男子と?
「……」
……いやいやいや、必要以上にデートなんて意識することはない。相手は樹貴なのだから、緊張する理由さえないんだから。
「そういや、上野と二人で出掛けんのって初めてじゃね」
「なんでそう意識させるようなことを平気で言うの!」
「え、意識させるって……別にこの質問、意識不明な人を回復させるような効果ないよ?」
「そう言う意識じゃねーよバーカ!」
「? じゃあ……行くのやめる?」
「それは行く!」
行かないと、真相はわからずじまいだ。もし、エンコーしてるのなら許されない。絶対になんとかしてあげないと。
「……小野、なんでこいつこんな燃えてんの?」
「さ、さぁ……」
内なる闘志を秘めて、そのまま放課後を待った。
×××
さて、放課後。緋奈は樹貴の机の周りに集まった。
「よしっ、行くよ!」
「てか聞いてなかったけどどこ行くの?」
「知らない」
「は?」
「それを突き止めるんだから」
本当に何を言っているのかわからない、といった顔になる樹貴だが、仕方ないのだ。……これからするのは、朱莉のストーキングだから。
「ほら、小野ちゃん帰っちゃった。あと追うから」
「え、待って。どこか遊びに行くんじゃないの?」
「? そんなこと言ってないっしょ。……小野ちゃんを尾行するの」
「ごめん、とても現代文が得意な人と話してる感じがしない。順序よく話そう。会話の基礎は、相手に伝わるように話すことだよ」
「どの立ち位置でどんなスタンスでアドバイスしてんの本当に!?」
割とこっちもメチャクチャなお願いをしている自覚はあったが、やはりこの男の言動程ではない。よくもまぁ攻める立場から攻められる立場に早変わり出来るものだ。
何にしても、一緒に来てもらうつもりではあるのだから、説明する理由はあるが。
「だーかーらー、小野ちゃんの資金源が気になってんの。あの子、よくアタシらとよく遊ぶけど、バイトもしてないのにガンガンお金使うじゃん? 気になるっしょ」
「それでなんでストーキングなの。家族構成から把握して、ラン姉ちゃんにとってのソノコ姉ちゃんにするつもり?」
「どんだけ捻くれた目で探偵漫画読んでんの!? そうじゃなくて……その……え、エンコーとかしてるんじゃなくて、心配してるだけだし!」
むしろ樹貴の思考回路が心配だった。素直なひねくれ者とか、中々の天然記念物ではある。
だが、その樹貴はジト目で自分を見ていた。
「エンコーでお金って……何言ってんの? てか、エンコーの言葉の意味わかってる?」
「か、仮にも女子に何聞いてくれてんの!? セクハラだからそれ!」
「? え、どんな発想? 延長コードでセクハラ……?」
「いやだから……え?」
「延長コードで亀甲縛りでもすんの? 新しすぎてついていけないんだけど」
「……」
そっちのエンコーじゃねえええええ! と、頭の中が真っ赤になる……というか多分、顔も真っ赤になっている。
もうダメだ、とにかく今はもう朱莉を追わないといけない。
ガッ、と樹貴の腕を掴むと、そのまま緋奈は歩き出した。
「もういーから行くし。あんたももう黙ってついてきて」
「はいはい……放課後にクラスメートのストーキングか……俺の高校生活」
「ぐだぐだるっさいし!」
そのまま強引に引き摺り回した。
教室を走って出て、昇降口で朱莉に追いつき、慎重に後ろから朱莉をつける。
「……歩き……駅までっぽい?」
「で、延長コードが何?」
「じゃなくて、援助交際」
「……何それ?」
その反応に、思わず緋奈は目をむいてしまう。
「え、あんたマジで知らないの? 体売ってお金もらう奴」
「それは臓器売買って言うのでは?」
「そうじゃなくて! えっちなことしてお金稼ぐって言ってん……」
「声大きいよ。ばれるよ」
「えっ」
慌てて前を見ると、確かに朱莉は振り返ろうとしている。
マズイ、と思って緋奈は身を隠す所を探すが、電柱しかない。
仕方ないので、電柱の後ろに樹貴を押し込んで隠れた。
「……気の所為かな」
そんな呟きが聞こえ、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。行ったようだ。それに伴い、壁際に押しつぶしてしまった樹貴を離した。
「っ、と……ごめん。ヘーキ?」
「うん。そっちこそ平気?」
「? 何が?」
「胸のパッドズレてる」
「ーっ、だ、だからデリカシー……!」
「だから声。いや、言わないと気付かなかったら恥かくのお前だし」
まずは声を潜めてから、改めて言い返すことにした。
「……でも、男女の差ってものをさ……!」
「俺一人に気付かれる代わりに指摘されるのと、誰にも指摘されずすれ違う誰にも気付かれるの、どっちが良い? 後者なら次から気をつけるけど」
「っ……わ、分かった……」
まぁ……そう言われると仕方ないと言えば仕方ない感じはある。もしかしたら、樹貴なりにどちらの方が良いか、一般論に流されることなく考えた上での結論なのかもしれないが……。
「じゃあせめて言い方考えてくれない?」
「と言うと?」
「パッドとか胸とか言われると、女の子は普通に考えて恥ずかしいとおもうっしょ」
「え、でも小野はやたらと胸元開いてるじゃん」
「あれくらい大きかったら自慢になるかもだけど、アタシは小さいから盛ってんでしょ? それを誤魔化してるのバレたらなおさら恥ずいに決まってんじゃん」
「? じゃあ誤魔化さなきゃ良いじゃん?」
ほんとにこいつは女心というものがわかっていない。
「誤魔化さなくても恥ずいっしょ……この年で74か……って、何言わせんの!?」
「いや勝手に言ったんでしょ」
言わなくてよかったことをバラし、思わず八つ当たり。ちなみに、74というのも少し盛っていて、本当は72だったりする。
冷静にツッコミを入れた樹貴は、そのまま言った。
「ていうか、胸が小さいからって恥ずかしがることなくない?」
「男に何言われても慰めにもならないから。あんたに気持ちわかんないでしょ」
「まぁ……俺は元々、低身長にも女っぽい顔も気にしないタイプだったから、確かにわからないかもね」
「……」
そうだった、この男も割と男にしてはコンプレックスの塊かもしれない。この性格になったのもそれが原因だとすると……気持ちが分からない、は言い過ぎかもしれない。
「それより早く小野を追おうよ。さっきのエンコーとやらが何なのか知りたいし」
「だからそれは……」
「言いにくいことなら自分でググるよ」
「そうして」
そのまま二人で後をつけた。
しばらく後ろをつけて歩きながら、電車に乗った。隣の車両に乗り込み、緋奈と樹貴は隣の車両で眺める。
しかし、と樹貴のことを見る。この子に思春期は訪れていないのだろうか? 援助交際という言葉くらい誰だって知っているだろうと思ったのだが……。
まぁでも、知らなくて良い言葉とも言えるし、とにかく止めないといけないこと、と思ってくれれば幸いだ……。
「ああ〜、援助交際って金払ってエロいことするって意味なんだ」
「何を大きな声で言ってるしマジで!?」
「いや、調べてみたんだけどさ、そうやって書いてあったから」
周りからザワザワと声がする。よりにもよって中学生にしか見えない男と、割と背が高い自分……最悪の組み合わせだ。何がって自分がそれをしているように見えるから。
「え、でも小野は絶対、こんなのやらないでしょ。てかリアルでこんなんやる人いんの?」
「いや知らないから、まず名前言うのやめてあげて!」
「あーそうだよね。こんなのやったら社会的に死ぬこと間違いなしだもんね」
今の会話でなおさら、乗客はザワザワし始める……が、樹貴はどこ吹く風。まぁ自分達の風評は守られたかもしれないが、小野という苗字の人は少しかわいそうなことに……。
「まぁ、でも気になるなら本人に聞けよ」
「神経疑われるわ! これ相当ヤバい行為なの分かってる!? 人殺したことあるかって聞くのと同じレベルだから!」
「いや分かるけど」
いや、分かっていない。この男の倫理観とかちょっとよく分からないし。
「とにかく、今日のとこはアタシに合わせて。じゃないと、バイト先紹介しないよ」
「あそう」
そんな話をしていると、朱莉が降り始めたのが見えた。ここ、緋奈の家の最寄駅の隣だ。
「あ、降りた。追うよ」
「尾行するなら、二手に分かれた方が良い感じもあんだけどなー。まとまってると見つかりやすいし」
「そ、それだとアタシが退屈になんでしょ!」
「ああそう」
適当な話をしたまま、後ろをつける。思ったより近かったので、樹貴は緋奈と二人で帰宅する。朱莉の家に。
二人でそのまま、しばらく後をつけると……ようやく家なのか、建物に入って行った。
「着いたのかな」
「そうじゃね。表札『小野』って書いてあるし」
「……無事に帰ったか……」
「だから、援助交際は無い。帰ろう」
「まだに決まってんでしょ。夜まで時間あるんだから」
「はぁ?」
あの子は夜から予定がある感じだった。つまり……家を出て夜に出かける可能性も無きにしも非ず。
「張り込みするから」
「バカなの?」
「うるさい。あんたは心配じゃないわけ? もしかしたら、友達が変な男に引っ掛かってるかもしれないんだよ!?」
「引っかかってないかもしれないんだけどね。その心配『もしかしたら空から隕石が落ちてくるかも知れないから、遺書書いとこう!』って言ってるのと同じだよ」
「全然違うから! こっちは収入源が謎である事と夜に予定がある事を軸にして……!」
「いや、だっていえ、超デカいじゃん。普通に金持ちなんじゃね?」
そう言う通り、一軒家にしてはかなりの大きさである。四階建て、一階にはおそらく車庫があり、それもシャッター付き、二階には庭があり、三階はベランダ付き、四階の上には屋上がある。
……確かに、金持ちなのかもしれない。いや……まだ分からない。もしかしたら……。
「ここが……エンコーの現場、かも……!?」
「なんでだよホントに。普通に自宅でしょ」
「分かんないじゃん! もしかしたら……」
「帰って良い?」
「ダメ!」
「……」
あり得ない話ではない……金持ちの家というのは、何となく異性関係にだらしないイメージがある。もしかすると……もしかしたら……なんて迷っているときだった。
ふと樹貴を見ると、スマホを耳にあてがっていた。
「何してんの?」
「もしもし、小野?」
「ちょっ、何やって……!」
大胆にも程がある! もしエッチなことをしていたら……嗚咽が口から漏れ出すかもしれないというのに……!
ひとり焦る中、平然と会話を始めた。
「急で悪いんだけど、今どこ? 家着いたとこ? あーそう。ごめん、大した用じゃないから。上野が『大沢と話してるだけでストレス溜まるから、ストレス溜まらない人と話したい!』とか言い出して」
言ってない! でも言いそう! なんでそんなに正確な嘘話ができるの! と、心の中で憤慨するが、当然樹貴には届かない。
「変わる? ……りょかい」
「えっ」
「はい、上野」
そのままスマホを手渡される。どういうつもり? なんていうのは聞くまでもない。話の流れでありそうなものを言ってしまったのだろう。
ならば、受け取るしかない。……それに、本当のところが分かるかもしれないし。
「もしもし?」
『あ、緋奈さん? どうしたの?』
「いや、さっき大沢が言ってた通り、デリカシーなくて身勝手で腹立つアホな男と一緒で疲れてるだけ」
ボロクソに言っておいた。普段、こんな感じだから……なんて思っている時だった。むすっとしたのか、樹貴が自分にジト目になる。
だが、怒るなら普段の自分の言動を見直せ、という意味でむしろ舌を出してやった。
『あ、あはは……大変だね?』
「全くだから。もう少し人との付き合いってもんを学んで欲し……ひぁんっ!?」
『えっ?』
その直後だった。首の横側を、爪の先で突かれる。
「ちょっ、な、何すんの!?」
「電話、電話」
『ど、どうしたの……!?』
「い、いやなんでも……」
取り繕うとした直後だ。今度は、首の後ろ側に息が吹きかけられる。
「ひゃふんっ……!?」
『ひ、緋奈さん……?』
「な、なんでもないって……ちょっ、電話してるんだからやめろし……!」
こ、こいつ〜! 仕返しのつもりか〜! なんて思っている時だ。
さらに、耳元から声が聞こえてくる。
『え……二人で、何してるの……?』
この聞き方……もしかして、えっちなことをしていると思われてる? まずい、誤魔化さないと……何せ、本当にしていることはストーキングなのだ。つまり、やましいことはあるわけで。
「な、何もしてない! してないから!」
『なんか変な声漏れてるけど……ほんとに?』
「ほ、ほんと! こんな男にアタシの処女あげないから!」
「え、今どんな話してんの?」
『え……誰もそんなえっちな話してないけど……』
はい、今のは自分がバカ。大バカ。バカバカ村のバカバカチャンピオン。思わず自分の顔を殴り飛ばしたくなる。
『え……あの、良かったらしようか? 通報』
「それはマジやめて! ほんと違うから!」
捕まるのは樹貴だけではなく自分もだ。捕まらなくても怒られる。
『……何かされたなら言ってね。アタシは緋奈さんの味方だから……!』
「大丈夫」
……これ、明日また問い詰められそうかも……なんて思っている時だ。
「じゃ、上野。そろそろ勉強に戻んぞ」
「え?」
「ていうか、脇腹突いたら電話切れって言ったじゃん」
……あ、な、なるほど。そういう事にするのか、と意図を理解し、すぐに乗った。
「そ、そうだね」
『勉強してるの?』
「うん、まぁ……大沢とすることなんて他にないし」
「ストーキングしてるけどな……痛っ!」
余計なことを言う馬鹿の脛を蹴って黙らせる。
「じゃあ、ごめんね。またね?」
『う、うん。またね』
そのまま電話を切った。まぁ……なんにしても、向こうもえっちなことをしている様子ではないのは良かった。エンコーなんてもっての外である。
「ごめん、大沢。なんでもなさそう」
「でしょうね」
「わかってたなら言ってよ」
「言ったよ」
なんか……我ながら、時間をだいぶ無駄に使った気がしてならない。
思わずため息を漏らしている時だった。ポツッ、と鼻の頭に冷たい何かが当たる感覚。
「え」
「あれ」
その何かはさらに連続して降り注がれる。雨のようだ。
「うげっ……最悪」
「全くだよ……俺の家、遠いんだけど」
「傘は?」
「ないよ。学校に折り畳みならあるけど……」
「使えな」
「この状況を作った奴がそれを言うとは恐れ入った」
それはそうかもしれない……と、思いのほか、反論できなくて黙り込む。
そうしている間にも、雨は徐々に強くなっていく。
「早く駅まで走ろ」
「ん」
二人揃って走り始めた。駅はここから20分弱。まぁこのくらいなら風邪引いたりはしないだろう。電車に乗ると煙たがられるかもしれないが、そこは致し方なし……。
なんて思いながら、二人で駅に向かって走ることしばらく。ようやくその駅が見えてきた。
屋根の下に退避し、胸元をパタパタと開ける。久々に走って疲れた。
屋根の下に入って改めて外を見ると、すごい豪雨となっていた。
「ふぅ……ちょっと濡れすぎかな。一応、電車乗る前にタオルで拭いた方が良いか……あれ?」
隣にいたはずの樹貴がいなくなっていた。
え、はぐれた? と少し不安になる。探しに行こうか迷ったが……折角、駅の屋根の下に入ったのに、また出るのは嫌だったのでやめておいた。
待ち時間にふとスマホを見ると、大量にRIMEが届いていた。
大沢『待って』
大沢『待ってって』
大沢『ライム見て』
大沢『転んだ』
大沢『トラックに水かけられた』
大沢『人の心とかないんか?』
大沢『今日は公園で寝るわ』
大沢『また明日学校で』
途中ではぐれてた! てか、声かけろし! と思ったのだが、仕方ない。とりあえず引き返すことにした。
慌てて雨の中、来た道を戻る。確か帰り道、公園があった。おそらくそこのことかと思って戻ると、案の定、なんかすっごくポツンとした様子で体育座りをした少年がいた。
ただでさえ中学生にしか見えないビジュアル……に加え、びしょ濡れ、泥だらけが加わり、まるで虐待を受けて家出した子供に見えた。
「何してんの……!」
「あ、戻って来てくれた。RIMEの通りだよ」
本当にドジしたのか……と、少し狼狽える。というか、前々から分かっていたことだが、本当に基本的な体力はないようだ。
「てか、声かけろし!」
「かけたけど、走って行かれちゃったから」
「なら拗ねてこんなとこにいないで、なんとかしようとしろ!」
「いや、だから今日はここで住もうかなって」
「それ本気で言ってたの!?」
変なとこ逞しいな! と、普通に引いた。……いや、でも拗ねているのは間違いない。なんにしても雨の日に滑り台の下で寝る学生は無い。
ホント、よく分かんないとこで子供だな……と呆れている時だ。
「でも、戻ってきてくれてありがとう」
「え?」
「いや、そのまま帰っちゃってもおかしくなかったから」
「……」
あれだけしつこくRIME送ってきといて……とは、ならなかった。こいつのずるいとこ二つ目だ。素直になられると、やたらと可愛く見えるのがムカつく。
「……とにかく、そのままじゃ電車も乗れないから」
「帰ってて良いよ。俺は俺でなんとかするから」
「いいから。……こういう時、なんとかするのが友達でしょ」
と言っても、自分もその友達に頼るしかないと思っているのだが……。
小さくため息をつきながら、緋奈はスマホを取り出した。
×××
夜は弟に勉強を教える予定の朱莉は、のんびりと机で中学の教科書を見ていた。何とかなると思うが、物を教えるには自分も下調べることが大事であることをこの前知ったため、実践中である。
にしても……さっきの電話はなんだったんだろう、と少し不安に思う。なんか勉強がどうとか聞こえたが、はっきり言うと本当かどうか分からない。
「まさか、あの二人……」
付き合ってるのかな……いや、まさかまさかまさか。あの二人に限ってそれはない……と、首を横に振るう。
そんな時だった。インターホンが鳴り響いた。
「?」
出ないと、と思い玄関に向かう。今は自分しかいないから。
「はーい」
パタパタと玄関に向かって開ける。玄関が2階にあるため、その前には階段があり、その階段の前には門がある。
その門の前にいるのは、さっきまで電話で話していた二人だった。
「ごめん、小野」
「ちょっと、シャワーと傘貸して」
「……え?」
ふたりともびしょびしょなんだけど……と、少し状況が飲み込めなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます