面白いもつまらないも周り次第。

第11話 やれば楽しいのではなく、やって波長が合えば楽しい。

 何かおかしい、と樹貴は頭を悩ませる。

 何がおかしいかって、そりゃ勿論、現状だ。ここ最近、自分はやたらと人と関わることが多かった。

 何故かラピートから興味を持たれ、ゲームに誘ってくる小野朱莉。

 職場見学からの中間試験をきっかけに、勉強を教えてあげた上野緋奈。

 だが……まぁ、中間試験のおかげでゲームから離れた朱莉からは誘われることはもうなくなったし、緋奈も中間試験が終わった以上、教えることなんて何もないし、もう二人との縁もおさらば……と、思っていたのだが。


「でさー、見た? この前の金ロー」

「見た見た、マジ久々に聞いたわー」

「『40秒で支度しな!』」

「出た! なんかシブリ映画の中でもやたらと名言多いのマジウケるわー!」

「緋奈さんは何が好きなん?」

「アタシはアレ。『人がゴミのようだー!』」

「アレもマジ笑えるよね! 最悪のシーンなのに、何度も見てると笑えてくんのマジ不思議!」

「小野ちゃん、ちゃんとやった? トゥイート」

「勿論、あそこはもうずっとスマホ片手に構えてた」

「「バルス」」


 声を揃えた直後「ハモったー!」と爆笑し始める二人。

 実に楽しそうだ。まぁ気が合うのは割と前からわかっていたことだし、少し一緒にいればテレビやら何やらの話で盛り上がるのはわかっていた。

 問題は……。


「ねぇ、なんでお前ら俺の机の前に集まって来んの?」


 思わず声をかけてしまった。何故か樹貴の机の周りに二人がやって来るのだ。

 すると、二人はキョトンとした顔をこちらに向ける。


「別に良いっしょ。ここ窓際一番後ろで陽当たり抜群なんだし」

「こんなに可愛い同級生が二人が集まってるのに、何贅沢になってんの?」

「光に群がるとか蛾かよ」

「言うにかいて蛾!?」

「失礼にも程があるから!」


 そう言われても、言ってしまうと普通に邪魔である。今、絵を描いている。

 その自分に、緋奈が怪訝な顔で聞いてきた。


「てか大沢、何描いてんの?」

「パジェロ」

「あ、知ってる。確か車の……え、なんでパジェロ?」

「カッコ良いから」


 こう言う少し変わった乗り物が大好きだったりする。ラピート、パジェロ、F-15……などなど。F-15は二枚尾翼があるところが好きだ。


「てか、なんでこのタイミングでパジェロ描いてるワケ?」

「そうだよ。せっかくここにきてるのに」

「そのセリフ、そっくりそのままリフレクター。なんでパジェロ描いてる時に人の机に集まるわけ?」

「良いでしょ別に」

「要はそういうことだから」


 そう返しながら、樹貴は手を止めずに描き続ける。

 その間も、二人の会話は続いた。


「そうだ、今日はどうする?」

「あ、遊びに誘ってくれてるの?」

「勿論っしょ。……あ、そだ。スタバ行かん? 新作出たし」

「す、スタバ……友達と……ふへへ。行く!」

「よっしゃ」

「や、だからさ、その約束を俺の机の前でやる理由ある?」


 なんでわざわざ集まってその話をするのか。


「良いっしょ別に。あんたも来るんだし」

「そうだよー。特に予定もないでしょ?」

「なんでさ。帰ってゲームやりたいんだけど」


 日々のストレスはゲームにぶつかるのが、樹貴の発散方法だった。リアルで何かにぶつけるには金をかけるかお縄につくしかないから、ゲームしかないのだ。

 その自分に、朱莉は思い出したように言った。


「あ、そういや最近、EPEXやってないね。……やる? 久々に」

「やんない。お前すぐ怒るし」

「ええっ!?」

「ゲーム? あー、前にやってるつってたっけ?」


 緋奈が眉間にシワを寄せながら声を漏らす。それに対し、樹貴は声を漏らして返した。


「最近やってないけどね。こいつとゲームすると夜中まで残らされんだもん……」

「つ、次は勝てそうな気がするんだもん!」

「それギャンブル負けまくる奴と同じ言動だよ。大体、どうすれば満足なわけ? 勝てたことないじゃん」

「か、勝てそうな一歩手前まで行けばとりあえず良いの」

「そしたら『次は勝てそう!』ってなるじゃん」

「か、勝てなくてもアタシがそこそこキル取れたりすれば満足だから!」

「そしたら『今、調子良かったから次なら勝てる!』ってなるじゃん」

「しょ、初動で落ちが続いたら、流石に今日はやめとくってなるから……」

「ならないじゃん。『せめて中盤までは残りたい!』ってなるじゃん。つーかそれ、むしろ諦めてるし」

「ぐ、ぐぬぬっ……!」


 悔しがるくらいなら普段の自分の言動を振り返ってもらいたいものだ。


「ゲームねぇ、アタシはあんまキョーミないわ」

「その方が良いよ。俺はリアルと違って人を殺しても怒られないからストレス発散にしてるけど、慣れてない奴がやるとああなるだけだから」


 ああなる、とはそこにいる朱莉のこと。それを見るなり、緋奈もウンウンと頷く。


「分かるわ。見れば」

「でしょ?」

「でしょ? じゃないでしょ!」

「いや、まぁ一緒にゲーム出来る奴がいるのは、俺は嬉しいから誘われれば付き合うけど、小野がストレスを発散したいなら別のゲームのが良いよ」


 それくらい向いてない。爽快感なら無双ゲームとかその辺が良い気もするが、樹貴は好みじゃないから持っていないので「お一人でどうぞ」という感じだ。

 ……と、思っているのだが、朱莉と緋奈は少し目を丸くして自分を見ていた。


「……本当、しれっと素直だよね」

「嬉しいんだ? ゲーム仲間」

「うん? 小野とやってから気付いたけど、通話しながらゲームやると、意思疎通取りやすくて楽しいよ」


 なんでこの人達は自分がポジティブな意見をする度に頬を赤らめるのか、と眉間に皺を寄せる。


「それより、とにかくそう言うわけだから、俺はスタバには行かない」

「えー、ノリ悪いなー」

「まったくっしょマジで」


 すると、次の授業の先生が教室に入ってきた。ちょうど良いタイミングだ。


「ほら、先生来た。散れ散れ」


 しっしっ、と手を払うと、二人とも不満げに机の周りから離れて行く。

 なんで周りに来るのか知らないけど、ホント二人がどう言うつもりなのか気にはなる。自分みたいな、周りの人間にとって「性格が悪い」と称される男の周りにいても楽しくないだろうに。

 一緒にゲームが出来る人がいるのは正直、ありがたいし楽しいのは分かるが、それで関係が出来て放課後に遊びにまで誘われるのは勘弁して欲しい。金掛かるし。

 なんとかしないとなーと思いながら、教科書を開いた。


 ×××


「と、いうわけで、どうやってあのバカを誘おうか?」


 そんな話をするのは、放課後のスタンツヨスギコーヒーにいる緋奈と朱莉。

 緋奈が愚痴るように呟いた。


「全然、遊びに付き合ってくれないし。なんなんマジで?」

「それはアタシに聞かれても……基本的に自分の時間を大切にするタイプみたいだし」


 そういえば、勉強を教わる時も時間をどうこうとか言ってたが……だからって少しくらい付き合ってくれても良いだろうに。


「こうなったら……大沢を遊びに誘う方法、考えないとじゃん? 何か良い案ない?」


 聞かれた朱莉は、ふっと目を逸らす。


「アタシ……昔から遊びに誘ったことないから……友達と勇気、両方ともなくて」

「……え、中学の時とかは?」

「その……友達いるとは言ったけど、なんていうか……親戚みたいな立ち位置にいる人達だから……」

「えっ、じゃあ教室に友達とかは?」

「……」

「あ、ごめん……」


 思ったより寂しい人だった。自分と話しているときは……まぁ多少、気は使われているものの普通に話せているし、ちょっと意外だ。


「なんでそんなに話しかけられなかったん? 普通に話せば良いじゃん」

「い、いやー……まぁ、その……なんか話しかけて変な空気になったら嫌だなって思うと……」

「そういうもん? アタシにはよく分かんないけど……」

「結構あったんだー。アタシ、そもそも中学の時、こんな格好じゃなったし」

「え、そうなん?」

「前髪はだらだら伸びてたし、襟足も腰まであって、ずっと本だけ読んでたんだけど活字も好きじゃないから、カバーだけ取って漫画に被せて読んでて……」


 意外な話を聞いてしまうと同時に、気まずくなってしまった。あまり話したくないことを聞いてしまったのではないだろうか?


「で、でもほら、体育祭とか合唱コンとかあんじゃん? それで割と友達とか……」

「体育祭は、一年目は風邪、二年目はお婆ちゃんのお葬式、三年目は雨天中止だったな……」

「……が、合唱コンクールとかなかった?」

「クラスごとのイベントって、友達いない奴はさりげなく混ざるしかないんだよね……」


 ……この子、もしかして友達作らないようにプログラムされてる? なんて思った直後だ。


「あ、し、修学旅行は? あれなら班行動とかあるでしょ」

「六人班でサッカー部三人バレー部二人と組まされて、周りが盛り上がる中、ずっとカメラマンしてた」

「……」


 ひ、酷い……と、軽く引いた。

 いや、もしかしたら自分から動こうとしなかった朱莉も良くないのかもしれないが、他の班員も声をかけてあげればよかっただろうに。


「じ、じゃあさ、今年の修学旅行はアタシと同じ班になろうよ!」

「え?」

「それなら、多分楽しくなる! はず!」

「あ……う、うん……!」


 そう、過去に帰れないのなら、未来で頑張れば良い。思い出作りもそうだ。


「せっかくなら、大沢も同じ班にしてさ」

「あ、そ、そうだね」

「あいつもどうせ浮いてるし、一緒に回る友達なんていないっしょ」

「うん!」


 そんな、少し先のイベントにワクワクしながら、早速とりあえずもっと仲良くなることにした。


「よっし、じゃあ今日は親睦を深めるし! このあと、ダーツでも行かん?」

「だ、だーつ……! やった事ないけど、平気?」

「何事も最初は初めてだし、ヘーキヘーキ!」


 との事で、そのままその日は二人で遊び明かした。


 ×××


 帰り道を歩いていた樹貴は、コンビニでポテチを買ってから、再び帰路に戻った。

 ポテチに欠かせないのが、箸である。こう見えて綺麗好きな樹貴は、手に青のりがつくのも、その手についた青のりを舐めて取るのも好きじゃない。

 その上、コントローラに青のりとか塩がついたら、もう発狂するレベルである。

 さて、そんな樹貴は物を食べながら歩くのも好きではないので、手に持ったまま川の上に架けられた橋に差し掛かった……そんな時だった。

 ドガッ、バギッ、ゴスッ、とバイオレンスな音が耳に響く。川下からだ。


「?」


 顔を向けると、そこでは喧嘩が起こっていた。殴り合いの。このご時世、土手の下で喧嘩なんてベタなことあるんだ、と興味が出たので、見学することにした。

 土手沿いに腰を下ろし、見下ろす。せっかくなので、ポテチを開けて割り箸を割った。

 人数は8人。その内、3人が倒れている。人数より気になるのが割合。茶髪の男は私服だが、他の男はみんな着崩した学生服……つまり、7対1で喧嘩しているのだろう。

 それでも3人のしているのだから、あの男の人強い。自分なら1人も倒せずに逃げる。

 とは言っても、まだ4対1。なんとなくの人数不利から判官贔屓精神で茶髪さんを応援していると、スマホに連絡が来た。

 三人のグループRIME。朱莉からだ。


 AKARI☆『ダーツにて、才能開花する。』


 そう言う通り、ダーツの的のブルのとこに矢が三本刺さっている写真が送られてきた。

 すごい、と、素直な感想が漏れる。今日はダーツに行っているらしい。


 大沢『すごいじゃん』


 名前を緋奈に無理矢理、変えさせられた樹貴が返事をすると、緋奈から返事が来た。


 ヒナ『すごいっしょ。小野ちゃんマジ上手いわ』

 ヒナ『てか、ダーツなら大沢も来れるんじゃん? あんま体力使わないし』

 大沢『それはそうかもね』


 次は行ってみても良いかもしれない。金額次第で。

 ちなみにこの前のボウリングでは翌日、片腕が筋肉痛で動かなくなり、もう片方の手は突き指で動かなかったので、授業中は寝て過ごした。


 AKARI☆『じゃ、この次は大沢も参加ね?』

 ヒナ『決定』

 大沢『それはダーツ1プレイ分の金額次第』

 ヒナ『お金ないならバイトしたら?』

 ヒナ『アタシはしてるよ』

 大沢『バイトしてんの? あの成績で?』

 ヒナ『うるせーから』


 よく両親も止めないものだ。金払って通わせてもらって勉強をしないような奴、自分なら退学させる。

 なんで話している時だった。ゴガッという鈍い一撃から出たような男が耳に届く。

 顔を向けると、喧嘩が終わっていた。最後の一人を打ち倒した茶髪の勝利である。


「あーあ……」


 本当にあんな強い人種いるんだ……と、目を丸くする。

 まぁ終わったのなら立ち去ろうかな、と思ったのだが、ポテチがまだ残っているのでそのまま食べていると、目の前にその茶髪さんが歩いて来ていた。


「オイ」

「はい?」


 身長……182センチ程だろうか? 座っているとは言え、かなりデカいし圧を感じる。


「見せモンじゃねェンだよ。失せろ」

「いやまだポテチ残ってるんで」

「ア? だからなンだよ」

「俺、食べ歩きとかするの嫌いなんだよね。日本人の文化的に違うし」

「じゃあ、日本人の文化は他人の喧嘩を覗き見することか?」

「いや、覗いてないでしょ。堂々と見学してるんだから。てか、覗きだとしても忍者とかいた事あるし日本の文化なのでは?」

「……」

「……あ、もしかして食べたかった? 良いよ、二枚くらい」

「いらねェ」


 袋を差し出すが、拒否される。だが、グイッと近付けた。


「いや、いらねェっつってンだろ!」

「ごめん、お腹いっぱいになってきちゃった。手伝って」

「ふざけンな! ブッ飛ばすぞテメェ!?」

「運動した後で疲れてるでしょ。エネルギー充電」

「半分しかねェポテチで充電なンてされっかよ!」

「お腹空いてる時はされるよ、何食べても」

「ちょっ、いらねって……おい、何なンだお前マジで!? いらなきゃ捨てりゃ良いだろォが!」

「バカヤロウ、ちゃんと食べることもできない人だって世界にいるのに、その辺を食べられる人が雑に扱って良いわけがないでしょ」

「ッ……!」


 ギリっと奥歯を噛んだと思ったら、茶髪の男は自分の隣に腰を下ろした。


「チッ……! わーったよ、寄越せそれ! ちゃンとのり塩味なンだろうな!?」

「サワークリームバジル」

「どンな味だよ!?」

「美味しいよ。今まで食べたポテチランキングで78位」

「めっちゃ下の方だろそれ!?」


 まぁ、そうかもしれない。うん、不味くないと言った方が適切かもしれない。

 一口食べる茶髪。すると、顰めっ面がさらに顰められた気がした。


「何、この……何?」

「不味くはないでしょ」

「アア、不味くはな……」


 ため息をつきながら、茶髪の男はまた舌打ちをする。


「チッ……意味分かンねェ。なンで喧嘩終わったと思ったら喧嘩覗いてたヤツと意味分かンねェポテチ食わなきゃいけねンだ」

「人生なんてそんなもんだよ。俺も、全く接点がないギャルとグリズリー行って勉強教えてまだ付き纏われてるし」

「ア? ンだそりゃ」

「知らない。言ってて意味わからないし」


 まぁ喧嘩することも多いのだが。付き纏われて喧嘩するって、もはや少年漫画のライバルのような関係である。


「……お前、名前は?」

「え、言わないよ。路上で喧嘩するような人に」

「……ポテチは食わせるのにか?」

「ポテチは個人情報じゃないからね」

「お前……よくムカつくって言われねェか?」

「言われるけど……でも間違ったこと言ってないでしょ。まだ俺は喧嘩の理由も知らないし、どっちが喧嘩売ったのかも知らないし、普段のあんたの事も知らない。そんな人に易々と情報をあげちゃマズイでしょ」

「……」


 せめてこっちが向こうの素性を知れるのならば考えても良いのだが……なんて思っていると、また茶髪の男は口を開いた。


「後藤哲二だ。四覚高校二年」

「あ、同じだ」

「もう十分だろ。お前は?」

「え、そんなに名前知りたいの? ホモ?」

「殺すぞコラァッ!」


 怒らせてしまった。そんなつもりはなかったのだが……まぁ、そんなに知りたいのなら仕方ない。殺されたくないし、素直に言うことにした。


「大沢樹貴だよ。同じ二年生で、同じ四覚高校」

「そうか……クラスは?」

「D」

「……同じかよ」

「あ、うちのクラスにお前みたいな巨人いたっけ……?」


 見覚えがない。まぁそもそも基本、ほとんどのクラスメートが見覚えないわけだが。


「しょっちゅうサボってンだよ。行っても面白くねェから」

「え、なんで面白さで学校行くか決めてんの?」

「ア? テメェに説教される理由はねェ」

「説教? いや普通にそんな考えの人もいるんだーって思っただけなんだけど……なんで説教だと思ったの?」


 こっちこそ説教する理由はない。そんなの疲れるし。


「テメェ……」

「後ろめたいんじゃん。サボりに」

「殺……!」

「そんな風に思うなら行けば良いのに。……まぁ、俺はそもそも面白いか面白くないか、で学校なんて行ってないから、後藤の気持ちは分からないけど」

「っ……」

「でも、今は行っててよかったと思ってるよ。ちょっと面白いことも増えてきたし」


 そう言いながら、樹貴は立ち上がった。ポテチをちょうど食べ終えたから。

 袋を丸め、手に持ったまま鞄を背負い直した。


「じゃあ、俺帰るね。帰ってゲームしたいし。食べるの手伝ってくれてありがとう」

「……ア、アア?」


 そのまま別れた。さっさと家でゲームをやりたいから。

 そんな風に思ったまま、樹貴は帰宅した。


 ×××


 翌朝。樹貴はいつものように、学校の教室でのんびりしていた。絵を描くこともなく、なんとなくぬぼーっと天井を眺める。

 天井のシミを眺めるのは、割と好きなのだ。数を数えるだけで心が落ち着く。ちなみに、たまに土手でのんびりするときは雲を数えている。

 そんな風に思っている時だった。


「大沢っ」

「また来たよ……」

「来ちゃ悪いわけ?」


 机の周りにやってきたのは朱莉。昨日が余程、楽しかったのか、かなり機嫌が良さそうだ。


「別に悪かないけどさ……で、どしたん?」

「いや? 用事はないけど?」

「じゃあ戻ってくんない? 今、天井のシミ数えるのに忙しいんだけど」

「アタシと喋るのは天井のシミカウンティングより退屈って言いたいのかしら!?」

「どうせ昨日のダーツの話でしょ。どうしたの、投げる直前に上野が的の前に滑り込んで鼻の穴に矢が突き刺さったりした? それなら面白そう。詳しく聞かせて」

「どんな状況でそうなるのよ!? 全然、違うから!」

「じゃあ瞼でキャッチしたとか」

「緋奈さんは超人!?」


 まぁないとわかっての発言ではあるのだが。

 でもまぁ、こういうやりとりが楽しくて話している感じはある。からかっているわけではないけど、話しているだけでリアクションをとってくれる相手というのは悪くない。


「でも、楽しそうだったから、ダーツは次、参加するよ」

「でしょ? 来れば良かったのに」

「いや、ボウリング行ったばっかでお金ないし。……俺もバイトしようかな」

「良いんじゃない? なんなら、緋奈さんと同じとこにすれば、人との衝突は避けられるかもよ」

「え、なんで衝突する前提……」


 ……いや、まぁ衝突するだろう、と自分でも思う。基本的に、人はちょっと都合の悪い図星を話されると怒る生き物だから。


「そうだな。上野と同じとこにしようか……どこでバイトしてんだろ」

「聞いてみたら?」

「そうするわ」


 とのことで、とりあえずバイトすることにした……そんな時だった。

 教室の扉が開かれた。そこから姿を表したのは……後藤哲二。


「……」

「……チッ」


 樹貴と目が合う。お互いに顔を見合わせた直後、哲二は小さく舌打ちした。

 昨日、適当な話をしただけなのに、わざわざヤンキーが遅刻もしないできた……そんな事がなんとなく面白くて、思わず笑いが溢れてしまう。


「プッ、単純」


 しかし、それは当然、舐められたくないヤンキー系男子にとっては地雷である。


「泣かす!」

「それなら簡単だよ。俺、痛いの苦手だから一発殴れば泣いちゃう」

「よっしゃ! 今、一発お見舞いしたらァ!」

「なんで煽ってるのよあんたは!? ちょーっ、お、落ち着いてー!」

「うるせェ! 退け!」

「まず席に鞄置いてきたら? 学校って暴れるとこじゃないし」

「あんたはヤンキーが相手でもお構い無しか!?」


 なんて、騒がしい朝が始まる中、樹貴は少し目を逸らす。なんか面倒臭いことになりそうな気がしつつ、とりあえず今はまた隣で暴れる男をチラ見しつつ、天井のシミを数えた。


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