第10話 打ち上げは酒を飲まなくても行け。
中間試験が終わった。金曜日が最終日で終わり、土日を挟んで月曜日から科目の授業ごとに試験結果が返ってくる。
さて、と樹貴はようやく肩の荷が降りたような気がした。
今日にて、緋奈の世話係もお役御免。なんかようやく気が楽になった……新たな勉強方法を模索する意味でも引き受けてみたことだが、やはりちょっと負担が大きい。多分、今回緋奈に教えた科目は、手応え的に95点を超えているだろう、というくらい、教えるためにまず自分が理解した。
さて、そんなわけで今日も帰宅しようとしたのだが……その樹貴に中野梨奈先生から声がかけられた。
「大沢、ちょっと良いー?」
「嫌です」
「ダメですー。集合ー」
首根っこを掴まれ、教壇の前に立たされた。
「なんすか?」
「本当は生徒にこういう情報を漏らしちゃいけないんだけど……あまりにも気になったから言うねー?」
「はい?」
「君、英語満点ー」
「は?」
「や、だから百点満点ー」
「マジすか」
「マジー」
高校の試験でそんなことあんの? と、少し勘ぐりたくなったが、その樹貴に先生が続いて聞く。
「で、ここからが本題なんだけどー……」
「はい?」
「前に『教科書の作り方を教えてください』なんて業者みたいなこと聞きに来たじゃんー?」
「ああ、はい」
当然ながら、先生は教科書を作っている人ではないので、教わった事は結局、授業のために作ったプリントの作り方を教わった。
「それ、作った奴、今あるー?」
「あー……ちょっと待っててください」
言われた樹貴は、教室内を見回す。そのノートをあげた少女はまだ帰ってないと思う……あ、いた。朱莉と一緒に話しているのが見えた。
「上野」
「? あ……な、何? オッサー?」
「その変な呼び方やめてくれない?」
「何か用?」
「人の話聞いてんの?」
「えー、良いじゃん。オッサー」
「オッサンみたいだから嫌だ」
「じゃあ……下の名前、樹貴だっけ?」
「ダメ」
「まだ案も出してないし!?」
ダメなものはダメなのだが……すぐ勝手に声を掛けてきた。
「じゃあ……タツキチ!」
「お前、あだ名のセンスが壊滅的にないよ」
「よし、じゃあ決まり! これから大沢のことはタツキチって呼ぶから!」
「ぷはっ……!」
ダメ出しを無視して決定されたことと、吐き出すように笑われたことがダメだった。イラっとした樹貴は、無慈悲に告げた。
「そう呼ぶたびに俺はお前の事を胸パッドって呼ぶし、小野のことはギャルボッチって呼ぶね」
「はー!? てかなんで知って……!」
「当たりかよ。不自然に大きいと思ったわ」
「てかなんで私まで巻き込むのよ!」
「笑ったから。てかいいからこの前作ったノート貸してくんない?」
なんてやっていた後に、ようやくノートを手に入れて教卓の前に戻った。
「すみません、お待たせしました」
「上野のために作ってたんだー? 道理であの子も良い点取ってたな……」
「いくつ?」
「61……って、な、なんでもなーい! 生徒の点は教えられないー!」
「良かった、50超えたんだ……」
「ホント人のリアクション見ても自分の言動を変えるつもりないあたり、可愛げないよねー?」
一先ず漫画一冊は無事……と、ほっと胸を撫で下ろす。結局、勉強というのは本人次第なのだ。だから、実際に点を取ったのを聞いて少し安堵してしまった。
「ちょっと土で汚れてますけど、どうぞ?」
「ありがとー」
話しながら、パラパラ中を捲る梨奈。なんか……自由研究の作品を見られている気分だ。
「うーん……これであの上野の成績をアップさせたのかー……」
「結局、本人のやる気次第でしょう。今回は『50点以上取らないとペンケースの中身へし折る』って脅迫して教えたんで」
「せ、生徒ならではの荒技だねー……それでよくあだ名の話で盛り上がれるほど仲良くなれたねー?」
「盛り上がってませんし仲良くもなっていません」
残念ながら、そんなに関係が変わったわけでもない。試験期間中、勉強しているときは喧嘩もしたし、相変わらず怒らせてしまうことが多かった。
「ふーん……ま、良いけどー……」
ペラペラと捲る中、先生が「ん?」と小首を傾げた。
「ねぇ、ここの注意書きみたいなの、教科書にもなかったし私も言ってないよねー? なんでここが注意だと思ったのー?」
「ん? ……ああ、be going toですか。英語苦手な人は進行形と勘違いするからですよ。なんか知らんけど」
「なるほどねー……」
何せ、Was youとか言い出した子だ。どんな間違いをされるか分かったものではない。
「ちょっと預かっても良い?」
「いやもう俺のじゃないんで」
「ああ、そっか……借りられるか聞いて行くね」
「ご自由にどうぞ」
そのままノートを持って緋奈の方へ歩いて行った。許可を得られたのか、頷かれると持ったまま職員室を出て行く。
しかし、そんな参考にされるほどのものだったのだろうか? 緋奈に合わせて作ったものだから、ハッキリ言って大半が中学レベルの内容なので、そんなに感心されるほどではない。
「……ま、いっか」
持って行かれた以上、もうどうすることも出来ないし。
とりあえず今日のところは帰宅だ。久しぶりにゲームをやり込める……と、思いながら席を立った時だ。
「大沢、今日暇?」
「忙しい」
朱莉の誘いを秒でお断りしていた。隣にいる緋奈も眉間に皺を寄せる。
「なんで!?」
「帰ってゲームしたいから」
「クラスの女子と遊ぶよりゲームなわけ!?」
「お前らだって男子と遊ぶよりは、ショッピングとかしたほうが楽しいでしょ?」
これで終わり……と、思ったのだが、緋奈がすぐに言い返してきた。
「楽しい楽しくないじゃなくて、打ち上げしたいっつってんだけど?」
「シャトルの?」
「違う! お疲れ様会に決まってんでしょ!」
「……まだ結果出てないのに?」
「「……」」
言うと黙ってしまった。確かに、という表情……ではあったが、すぐに緋奈が切り返した。
「じゃあ逆に、結果が出たら付き合ってくれるの?」
「まぁ、それなら断る理由もないからね」
「決まり。試験返ってきたら打ち上げだから!」
小さくため息をついた。まぁ、どれだけの成果が出たのかは知らないが、少なくとも英語は点数出ている。
本当によく頑張っていたとは思うし、労ってあげるのも悪いことではない……。
そう思いながら、とりあえずその日は帰宅した。
×××
さて、時早くして、水曜日の放課後。今日の授業で全試験科目は返却された。
ここまで、試験科目は全部50点を超えている。後は……数学のみだ。
「どう? 結果」
「0点?」
「何を期待してんの!」
休み時間中、朱莉は緋奈の机の周りに集まって声を掛けつつ、アホな期待をしてる樹貴の脇腹を突いた。
しかし、緋奈は静かだ。試験用紙は机の上で裏返して置いてあるし、少し気になる。
もしかして……ダメだったのだろうか?
「あ、あの……緋奈さん……」
と、言いかけた直後だった。緋奈は紙をひっくり返す。そこに書いてあった点数は……50点ピッタリ。
「おおおおおお! おめでとおおおおお!」
「ありがとおおおおおお!」
椅子を倒して立ち上がった緋奈が、目の前の朱莉に抱きついてきた。当然、朱莉もそれに応じる。二人揃ってハグをした。
「これでサマーフェス行けるー!」
「ぃよっしゃー!」
「うひょー!」
「うぇーい!」
「べろべろびゃー!」
「うるせー……」
テンションが上がりすぎて奇声を上げあってしまっていると、冷めた声が樹貴から聞こえて、二人とも落ち着く。ちょっとテンションが上がりすぎた。
「でもすごくない!? 全科目、50点以上!」
「普段からちゃんと授業聞いていれば取れる点だけどね」
「そういう話してないしー! アタシにしては、の話だしー!」
「Was you?」
「それは言うなっつーの!」
両手を振り回して叩こうとする緋奈だが、樹貴は机を挟んだ奥にいるので、一歩後ろに下がれば当たらない。
割と早く反撃を諦めた緋奈は、ため息をついて椅子に座り直す。
「も〜……少しくらい褒めてくれても良いのに……」
「ん、それもそうか」
「え?」
なんか思った以上に早く肯定され、声を漏らしたのは緋奈。朱莉も同じように驚いてしまった。褒めてあげるの? と。
間髪入れずに、樹貴は立ったまま少しだけ微笑んで緋奈に告げた。
「頑張ったじゃん。お疲れ様」
「ーっ……!」
頬を赤らめる緋奈。この野郎、素直な気まぐれでたまにこういうとこがある上に、顔だけはアホほど可愛いのでたまにときめかされる事もある。
……朱莉はまだその経験はないが、まぁ気持ちだけは理解できた。
少し照れさせられたのが悔しかったのか、無謀にも緋奈は言い返した。
「あ……あんた、たまには一日肯定だけして生きてみたら? そしたら少しは可愛げ出るんじゃない?」
「お前こそ常に必死こいて勉強してたら? ウンウン唸って難しい顔してた方がまだ可愛げあるよ」
「んがっ……!? よ、余計なお世話だしバーカ!」
「俺、英語100点だけどね」
「へ、変態バカ!」
やはり、返り討ちにあっていた。少し苦笑いを浮かべつつ、改めて話しかける。
「てかそれより、何処で打ち上げする? 行きたい場所とかある?」
「どうしよっかー。小野ちゃんは?」
「アタシは今回一番何もしてないから、二人に任せるよ」
「それはダメっしょー。てかそんなことないし。みんなの意見で決めよ?」
尊重してくれるのは嬉しいけど……言ってしまうとあまりそういうクラスメートと打ち上げの経験とかないから、どんな場所を選べば良いのかわからない。
「……お、大沢は?」
なので、隣の男に聞いてしまった。一番聴いちゃいけない人なんじゃ、なんて後になって思ったが、もう遅い。
「俺はー……そうだな。京都に行きたい」
「本当に行きたいとこを言ってどうすんの!?」
「今から行けるもんなら行ってみろし!」
「もしくは奈良」
「修学旅行か!」
「そういうガッツリ旅行的な場所言われてもいけねーっつーの!」
欲望に忠実過ぎて困る。なんなら打ち上げを理解していない可能性さえあった。
「そうじゃなくてさ……もっとこう……近場で行けるとこを聞きたいんだけど……」
「じゃあ……図書室は?」
「近すぎるわ! もういい!」
ダメだ、やはりこいつに聞いた自分がバカだった。てことは、結局……打ち上げの場所は緋奈に決めてもらうことになるわけで。
「緋奈さんは?」
「アタシ? アタシはー……そうだな、カラオケとか?」
「あ、じゃあそこにしよっか!」
決まりだ。あまり行ったことないけど、カラオケなら楽しめそうだし、良いだろう……と、思ったのだが。
「俺、アニソンしか歌えないけど」
「全然、平気っしょ。アタシもアニソンならめっちゃ知ってるし。ワンピとかデジモンとかの……」
「ご注文はラビットですか? とか、OLD GAMEとか?」
「……え、パン津玄師とか顎髭ダンとかは?」
「名前だけ知ってるけど、曲は知らない。そもそもあんま音楽聞かないし」
それは……確かに盛り上がらないかもしれない……と、思っていると、緋奈が不満そうに声を漏らす。
「はー? てかあんた何、キモオタなの?」
「まずそのキモオタのラインを知らないと答えられないかな」
「あーもうその返事がキモいわ。そもそもアニソンしか知らないって時点であんた人生半分損してるし」
「人生の価値観小さいな。勉強しなさ過ぎて人生の五分の四損しそうだった人に言われたくないね」
「べ、勉強が人生の全てじゃないし!」
「自分で努力できる人間にとってはそうね。でも大半の人間にとっては、残念ながら勉強が人生の大半だよ」
「ま、まぁまぁ! 二人ともそこまで! それよりどこに行こっか!?」
なんでちょっと目を離すと喧嘩がはじまりそうになるのか。樹貴の言葉の無駄な説得力のお陰で、緋奈は頬を膨らませて黙り込むしかない。
「そうね……てか、小野はどこか行きたくないん?」
「えっ、あ、アタシ?」
「結局、聞けてないし」
「あんたの意見も聞けてないけど。図書室とか論外だから。それともまともな意見も言えない国語力なん?」
それを言われて、樹貴は少し真剣な表情を作る。その気迫に、ちょっとだけ緋奈も気圧されてしまった。
「図書室の何が悪いの? 試験期間中、一番使ってた施設、お金が掛からない、試験終わって人が少ない、って良いこと尽くめじゃん」
割と多いメリットを提示されるが、もちろん出来ないことは多い。
……にも関わらず、緋奈は少し冷や汗をかいて顎に手を当てる。
「そ、そうやって聞くと好条件に聞こえる……た、確かに……あ、アリかも?」
「ひ、緋奈さん! プレゼン力に騙されちゃダメだって! 物は食べられないし、大声も出せないし、最終下校時刻までしかいられないしリスクも大きいよ!」
「あっ……お、大沢ー!」
「騙される方が悪い」
本当に騙されかけてたようで、顔を赤くして樹貴に抗議する緋奈だが、樹貴は涼しい顔で受け流す。
「で、小野はどこか意見ないのか?」
「あ、アタシはー……」
どうしよう、あんまり思いつかないけど……でも、この調子だとお互いに案を出すたびに喧嘩になりそうだ。
少し考え込んでから「オタクとギャルの漫画」で読んだ経験を頭の中で総動員させ……そして、答えを出した。
「ボウリングは?」
提案すると、緋奈と樹貴は考え込む。そして、やがて緋奈から笑顔で答えてくれた。
「良いね。ボウリング。アタシ、結構行ってるし!」
「俺やったことないけど、それでも良いなら?」
「え、ボウリングも!? あんた今まで何が楽しくて生きてたん!?」
「ゲーム、漫画、アニメ、絵、ラピート」
「本当にオタクじゃ……え、ラピートって何?」
「電車」
良かった、割と何とかなった。今日の打ち上げはボウリングである。
×××
放課後になり、三人は近くのボウリング場に来た。割と得意な緋奈は、普通に楽しみだった。ボウリングとはパーティにはもってこいで、対戦球技でスコアもハッキリ見えるのに、不思議とお互いにスペアやストライクを取ると「おめでとう」「イェーイ」と喜びを分かち合える。
だから、打ち上げには割ともってこいである。帰りに晩御飯も一緒和に行きたいところだが、まぁそれは二人次第だろう。
「小野ちゃんはボウリング行ったことあるん?」
「うん、一応……中学の頃だけどね」
「へぇ〜、どう? 上手いん?」
「あんまり自信はないかな……周りの人がみんな上手くてアタシだけヘタクソだったから、良い思い出は少ないかな……」
「そ、そうなん……」
いる。そういう奴。緋奈としては男子に多い印象がある。
あまりにも腹が立ったので、男子は嫌いだって言ったのに連れていかれた男女混合のボウリングでボロカスにして優勝した思い出もあったりする。
「ま、まぁでも、今日は楽しくやろーよ。ね、大沢?」
「ねぇ、ターキーって何? 鶏肉?」
「……」
レーンの方を見て盛り上がっている人達を眺めつつそんな質問をしてきた。なんか……大丈夫だろうか? このボウリング大会……。
さて、まずは受付。名前を書く。
「緋奈さん、名前どうする?」
「ヒナで」
「はいはい。あとアカリと……大沢は?」
「名前ってスコアボードに出る奴?」
「そう」
「じゃあ……フラダンス山本で」
「……何そのネーミング。てか入んないしそんなに」
小学生? と、緋奈も眉間に皺を寄せる。
「じゃあマシンガン榊原」
「さっきから誰なのその濃い名前!? あと文字数考えてよ!」
「じゃあヘッドホン松村」
「本名にしなさいよ!」
とうとう当たり前の言葉が出たが、樹貴は眉間に皺を寄せて答える。
「やだよ。顔出しであんな派手に名前晒されて本名とか、ご自由にお取りください個人情報じゃん」
「……いや誰もそんなの気にしてないと思うけど……」
「ただでさえ制服着てきてんのにまずいでしょ。二人とも本名はやめた方が良いよ」
一々そんなな気にしてたら……とも思ったが、まぁ一理あるのかも、と思い名前を考え直した。
「どうする? 小野ちゃん」
「じゃあ……アタシはスウガクで」
「あー、得意科目で行くカンジ? じゃ、アタシはエイゴかな」
「現代文じゃないの?」
「今回、一番点数良かったの英語だから」
過去の自分じゃ考えられないことだ。……それも、認めるのは癪だが、あの男のお陰だ。
チラリ、と樹貴の方を見る。その樹貴はぬぼーっとした顔で小首を傾げた。
「? 何?」
「……別に」
そういえばまだ……お礼を言っていなかったな、と思う。この機会にそれだけは伝えないといけない。
「大沢はどうすんの?」
「俺は……じゃあワズユーで」
「あんたホントムカつくんですけど!? いつまでそのネタ引っ張んの!」
「ダメ?」
「ダメに決まってんでしょ!」
お礼言いたくなくなってきた。こういうところがあるから、この男には素直にお礼を言ったりしづらいと言うものだ。
「一応、アタシ達は得意科目で決めてっから。あんたもそうしたら?」
「じゃあ……俺はゼンカモクで」
「少しは謙遜したら!? ムカつくなぁ!」
「全科目得意じゃなかったら、お前に勉強なんて教えられなかったよ。見えないところで役に立ってるのが勉強ってものだから」
こ、こいつ〜! と、そのそれっぽい事を言って論破してくるの狡い。何が狡いって、教え方の教えやすさや試験に出そうなポイントの抑え方的に、本当に全知識を総動員しているように見えることだ。
要するに、説得力がある。
さて、受付を終えて、実際にボウリングをする。
「どこのレーン?」
「8」
緋奈の問いに朱莉が答えると、今度は樹貴が聞く。
「個室とかないの?」
「あると思うワケ?」
やはりバカなの? なんて、本当に安定しない彼の頭に不安さえ覚える。
まずは靴を借りないといけない。シューズ機の前で立ち止まり、お金を入れてお目当てのサイズを取る。
ふと隣を見ると、朱莉のサイズは自分より小さかった。
「小野ちゃん、24なん?」
「そうだよー」
「良いなぁー、アタシ26もあってさー。まだ身長伸びそうなんだよね」
「カッコ良くて良いと思うけどなー」
今でも165あるのに、これ以上は勘弁して欲しい。まぁ、父親と母親は二人とも背が高いから仕方ないのだが。
そんな中、ふと朱莉が気になったのか、もう一人に声を掛けた。
「身長と言えば、大沢。あんたは足のサイズ……あれ?」
いない。緋奈も辺りを見回すが、完全に見当たらない。トイレにでもいったのだろうか……と、思っていると、自分達が使うレーンで待機しているのが見えた。
「いた。先に借りたんなら、待っとけし。ホント集団行動の取れない奴……」
「ま、まぁまぁ……そこはほら、大沢だし」
それはその通りだ。あの子に協調性なんて求めてはいけない。
そのまま二人で、8番のレーンに向かった。
「大沢、あんたなんで先行くし」
「え? だって俺は靴借りないし」
「は?」
「え?」
靴借りないってどういう意味? と、日本語を学んでいる最中の外国人が聞きそうなフレーズが思い浮かんだ。
周囲を見渡すと、確かに靴はない。今、樹貴が履いている靴もローファーだ。
「あほ! 靴は借りたい人が借りるんじゃなくて、みんな共通して借りないとダメなの!」
「ええ……なんで?」
「床が滑るから!」
「なんでボウリングの起源を知っててそんな常識を知らないのよ!?」
「やった事ないから。ボウリングの起源に床が滑るから靴を履き替えるなんて書いてなかったし」
そりゃそうだろうけど! と、思うが、言い返せない。いや、そんなことよりも、だ。思った以上に遊びの経験が無さすぎて困る。なるべく近くで面倒を見てやらねば。
「あーもう仕方ない……ちょっと来いし!」
「ちょっ、何?」
「ごめん、小野ちゃん。荷物見といて!」
「了解!」
グイッと腕を引っ張ってアホをレーンから一度、引かせる。
「ボウリング場はまず靴を履き替えんの。滑ると超危ないし、ボール転がすとこなんて超危ないから」
「へー……うわ、結構高いな、靴代」
「それはアタシも思う」
まぁ、大袈裟に高いってわけでもないけど、それでも学生には痛い金額だ。それならバイトしろ、と思わないでもないが。
樹貴はとりあえず靴を借りる。26センチ……自分と一緒だ。……つまり、この子の成長期はまだ来ていない、ということだろう。
「……」
背が伸びた樹貴……少し見てみたい気もするが、憎たらしさも倍増しそうだ。
「で、次は?」
「あ、ああ、ごめん。あとはボール選んで」
話しながら、ボールが置かれている場所に向かう。……と言っても、まぁレーンの後ろにポンドごとの置き場があるため、とりあえず緋奈がよく使うボールまで案内したが。
「ボール……オススメは?」
「アタシは10とか使ってるけど、普通に重いし……てか、あんた運動出来んの?」
「出来なくはない……かな。リフティングとか変化球とか得意だし」
「じゃあ、10ポンド前後が良いんじゃないの?」
「あそう」
答えながら、樹貴は穴に指を突っ込んで持ち上げようとした。直後、ゴキッという音同時に、ボウリングのボールは真下に落下した。
「危なっ!? ちょっ……何やって……!」
「突き指した。重くて」
「は!?」
なんでそんな冷静なの!? と思って顔を見ると、痛かったみたいでうっすらと涙が浮かんでいる。いや……ていうか重くて突き指とか力無さすぎる。
「あ、あんた全然運動出来ないじゃん!」
「出来るよ。リフティングとか足の下通して足首の上に乗せて踵で上げて首の後ろに乗せられるし。足疲れるから普通にやると20回くらいしか出来ないけど」
「テクニカルタイプってことね!」
技術が運動能力が釣り合っていないタイプらしい。
ていうか、涙目になっている時くらいしおらしく口を閉じることが出来ないのだろうか? 本当にどこまでも可愛くないガキみたいな性格をしている。
「あーあー、ほんとに腫れちゃってんじゃん……手、出して」
「逆パカされるんでいいです」
「しないわー! アタシのことどんな風に見てんの!?」
流石にそれはしない……というか出来ない。そこまでドSじゃない。
「今日投げられんの?」
「それは平気。両利きだし」
「ほんと変なとこすごい人……」
まぁ、それなら話は早い。
「じゃあ、受付でどこで買えるか聞いてくるから、先に席に戻ってて」
「いや、自分で行くよ。俺の不注意だし」
「……大丈夫? 揉め事起こさない?」
「そっちこそなんだと思ってんの?」
いや、割とどこで口喧嘩が始まるか分かったものではないので、その辺の信用はない。
「とにかく、行くなら行ってきて。絶対に問題は起こさないように」
「へいへい……」
そのまま渋々、受付に向かう樹貴を、後ろから見守った。
×××
ボウリング大会が終わって、各々帰宅。残念ながら、樹貴の財布にお金がなくなり、帰りに晩御飯を食べることは叶わなかった。
正直、かなり世話にはなったので、晩御飯くらい奢っても良かったのだが、流石は樹貴。変な義理深さによって断られてしまった。
ま、これから機会はいくらでもある。また誘おう。
「……」
しかし、と思う。やはり、朱莉と樹貴との関係は今までのどの友人とも違うように感じた。
気は使わない、駆け引きもない、言いたいことを言える……これが、とても楽だ。むしろ今までの関係が全て友達と呼んでよかったのかが気になる程だ。
その空気を作っているのは、おそらく樹貴だろう。言いたいことを言ってしまうから、会話が途切れることもないし、こちらもそれを言える。
……いや、もちろん友達ならこそ気遣うべき点もあるし、あの言いたいことをマシンガンのようにぶちまける樹貴が正しいとは思えない。関わり始めた最初の頃は「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの?」と思ったものだ。
でも、彼は彼なりの人生を歩んで、その教訓としてあの性格になり、発言をしているのだろうから、やたらと説得力があった。
「……大沢樹貴、か……」
男子が嫌いになって以来の、はじめての男の子の友達……いや、まだ友達と言えるかは微妙だが、話すだけで不愉快に感じるほどではない。
まぁ……ムカつくことも多いし、なんならムカつくことの方が多い感じも否めないが。
でも、それは朱莉がうまいこと立ち回ってくれている。
可能なら……今後も、三人で連んでいたいもの……と、思いながら目を閉じようとした時だ。スマホが震えた。
『 AKARI☆ からグループに招待されました。』
何のグループだろう、なんて言うのは考えるまでもない。多分、今日の記念に三人のグループを作ってくれたのだ。
こう言うところ、もしかしたら朱莉も三人で仲良くしたいと思ってくれているのかもしれない。
すぐに参加した。
AKARI☆『三人のグループ作りました!』
AKARI☆『こういうの憧れていたので!』
可愛い、流石ボッチ、なんて思ってしまう。グループなんて、自分にとっては当たり前のことだったから、可愛いものだ。
ヒナ『うーっす』
ヒナ『よろしく(^^)』
返事をした直後だ。また新たな人物が発言した。
Was you『これ何の集まりなん?』
やはり……この男はただムカつくだけだ。
心に決めた。高二の一年が終わるまでに、絶対に一度はこのオタク男を言い負かす、と。
とりあえず……その日のRIMEバトルは日付が変わるまで続いた。
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