第8話 友達と手錠は紙一重。
勉強会が終わった日の夜、緋奈は「一人でやれ」と言われた文系科目の勉強をしていた。
他の科目に比べれば得意な部類だったので、軽く勉強しただけでも身になるのは助かる。
……が、今日は一人での勉強は早めに終えることにした。
何故なら、本当に今日は疲れたから。あの本当は二つか三つくらい年下なんじゃね? と思わんばかりの男の服選びで遅れた分、長く勉強していたから、やたらと疲れた。
でも、まぁ自分と遊ぶには及第点の服を買ってあげられたし、とりあえず良かった……。
「……いや、良くないでしょ」
なんだろう、同級生に私服買ってあげるって。本当に弟と姉みたいだし、なんなら母親と息子の関係のような気さえしてくる。
いや……そういう意味じゃ、家庭教師と生徒みたいになっている逆転的な関係もおかしいとは思うが……。
なんか、ちょっと変な男と歪な関係になってきていることを自覚しつつあると、そんな自分の元に一本の電話がかかって来た。普段、絡んでいるギャルグループの前川裕子からだ。
「もしもし?」
『あ、ヒナ? 明日暇? 恵理香達とボウリング行くんだけど〜』
「あーごめん。明日も試験勉強すっから〜」
『また〜? 試験期間に試験勉強とか真面目かよ〜』
「だよねー。アタシ、超真面目ちゃんになったからさー」
少し前の自分では考えられない自覚は確かにあった。
でも、まぁ残念ながら試験勉強期間とは本来そういうものだ。だから、誘ってもらって申し訳ないと感じつつも、勉強をやめるつもりはない。……まぁ、ボウリング大会とか超楽しそうだし、心底行きたいな、と思わないでもないわけだが。
『なんかヒナ、付き合い悪くなったよね〜?』
この声音……と、少し目つきが鋭くなる。
『もしかして、本当は男でも出来たん〜?』
やはり、とすぐに予測していた。自分が男嫌いなことは裕子も知っている。だから、男絡みのイベントをする時は、自分は外してもらっているのだ。
だからこそ、もし自分が影で彼氏でも作っていたら、それは良い顔をしないだろう。
勉強のために男にそれを教わっているのもグレーかもしれないが、それは自分の成績に危機感を持っているから止むを得ず。
それも、教わっているのは数学、理科、英語の三つだけだし、そのうちの数学と理科の物理は朱莉に教わっている。二人きりで勉強するハメにならないためにも、朱莉にも付き合ってもらう口実が欲しかったのだ。
朱莉もそれを理解してから、快く引き受けてくれた。
とにかく、誤解だ。すぐに受け流す。
「そんなわけないしー。アタシが男嫌いなの知ってるっしょ?」
『だよね〜』
女性だけのグループはそう言うとこナイーブだ。裏で何かやる、影でコソコソやる、みんなに内緒で動いてる……これらは全て孤立の種となり「バレなきゃ良い」なんてものは通用せず、察知されたらもう終わりだ。
だから、慎重に対応しないといけない。その為にも打つ手は一つだ。
「何なら、明後日の放課後とか、勉強会参加する?」
男もいる現場に、自分から誘えば問題ないだろう。今後「男の苦手意識、克服してんじゃん」と思われるかもしれないが、まぁ樹貴の性格を知れば成績アップのために利用しているだけだと分かってもらえるだろう。
……ていうか何より、あの弱々しい見た目を自分が好きになることなんてないとも取ってくれるはずだ。
『え〜……誰と〜?』
さすが、仲間意識が強いギャルグループの一員。嫌な顔をされるかも、とも思っていた。実際、来ないのがベストだ。
大事なのは「誘った」と声を掛けた事実。本当に潔白なのだから、隠さないことが大事だ。
「小野ちゃんと大沢」
『誰〜?』
「一応、クラスメイト」
知ってる癖に……特に朱莉のことは。決して自分から話しかけることはないが、女子は自分より可愛い子に関して、ちゃんとチェックしているものだ。
『面倒臭そうだし良いや〜』
「試験終わったら思いっきり遊べっから。その時にアタシも行くわ、ボウリング」
『分かった〜』
そのまま電話を切った。
……ふぅ、と一息つく。疲れる、女子のコミュニティは。気を使うのが一番。
そういえば……朱莉や樹貴と一緒にいる時は、あんまりこう言う気疲れはないな……と、実感する。樹貴とは別の意味で疲れるが、朱莉と一緒の時は本当に気が楽だ。
「……女子でそんな子、初めてカモ……」
でも、多分だけど朱莉は自分と一緒でも楽ではないのだろう。緊張が伝わって来る。樹貴と話している時は全然、緊張しな……いや、あれに緊張しろと言う方が無理なとこあるが。
「……もう少し、柔らかくなって欲しいかな……胸以外」
自分も樹貴には当たりが強いかもしれないが、誰にだってああじゃないし、朱莉にあんな事は言わない。
×××
さて、月曜日。トイレで手を洗っていた朱莉は、鏡を見ながらふと気がついた。
あれ……そういえば最近、緋奈の勉強ばかりであんまり「オタクに優しいギャル」になれてなくない……? と。
そうだ、元々の目的はそれだったのに、なんか何も出来ていない。
樹貴が思った以上に悪い奴ではなかったと分かった今、多少思い通りにいかなくても改めてオタクに優しいギャルっぽく接したい。
「……よしっ」
頑張らなくては。気合を入れるように強く手を握り締めた朱莉は、今日こそは、と言う勢いで教室に戻った。
ガラガラ、と扉を開けて改めて最近、話すようになった二人を見ると、やはりクラスでは大した変化はない。緋奈は友達のグループに混ざっているし、樹貴は一人で何かをルーズリーフに描いている。どうせラピートだろう。
ちょうど良いので、また声をかけてみることにした。
「大沢ー、なーにしてんの?」
「新しい英単語帳に入れた方が良さそうな単語をメモってる」
「……上野さんの?」
「それ以外に誰がいんの。海外の映画を見てたり歴史とかの覚えが良いだけあって、英単語覚えるのは早かったから、もう一つ作ってやらないとって思って」
「……」
早速、オタクに優しいギャルを実践しづらい事をしてくれてるなぁ、なんて少し困ってしまう。
だが、自分だって英語は苦手ではない。とりあえず、樹貴に声を掛けた。
「作るの手伝おっか?」
「いや、いい」
言うと思った。でも負けない。
「出そうな単語のピックアップっしょ? そういうの、アタシも得意」
「選考基準は?」
「問題集。出るって言ってたとこから何かは出るから、そこから」
高校生の英語の授業に単語の問題なんて出ない。基本的にその程度の問題は中学までだ。
だが、勉強をサボってきた緋奈は頭に入っていない単語が多い。だから、問題集というおそらく出ると言われている問題から選考する……という意味で言ったのだが……どうだろうか?
「採用」
「やったね……じゃあ、机半分借りるね。いくつ出せば良い?」
「20個くらい。出題範囲のケツから追って行って。俺は頭から追ってるから」
「りょー」
樹貴の前の席を借りて腰を下ろし、机の上で問題集を開きながらペンを動かす。
「……」
「……」
なんか違う。オタクとギャルってもう一人のギャルのためにこういうことするんだっけ? と……。
いや、やりたくないとか面倒臭いとかはない。緋奈のためにこれをやるのは全然良い。
でも……なんだろう。なんか思ってたのと違う。そうだ、この男を緊張させるために……足をすりすりとかさせてみようか?
「……」
心の中で深呼吸してから、朱莉は机の下で足をすりすりさせるために伸ば……あ、つま先が脛に当たった。
「痛っ……え、痛っ……!? なんで蹴ったのなんで蹴ったのなんで蹴ったの?」
「ごめんっ……いや、蹴るつもりだったんじゃなくて……ちょっと伸ばしたくなったっていうか……」
「邪魔するのはやめてくれる? 休み時間10分しかないから」
「ごめんって……」
それはその通りだし、仕方ない。今はとりあえず手を動かし……つつ、何か照れさせるような手段はないか考える。
もう前にやったブラチラは使えない。アレはもう過去一のトラウマになりつつある。
他に何か良い方法はないかな……と、思って探す。
「……」
「……」
「……」
「……」
「………」
「………」
あれ、なんか色々と一人の時は考えられるのに、一緒にいると出て来ない。他にどんなオタクに優しいギャル作戦できたっけ……なんて、しばらく沈黙が続いてしまった時だった。
「おい、大沢」
「? ……ああ、佐川」
顔を上げると、この前何故か一緒に勉強した佐川圭が立っているのが見えた。
「何?」
「今日も放課後、勉強すんの?」
「するけど、嫌だ」
「まだ何も言ってねーだろ!」
「邪魔されそうだし。黙っててくれるなら良いけど」
まだあの時は圭もどういう趣旨の勉強会か理解していなかったのだろうから、結構緋奈を庇うような言動も目立っていた。
……が、まぁ総合的に言えば、自分は気にしていないけど、樹貴的には邪魔されていた感覚だったのだろう。
「邪魔しないから。頼むって……」
「てか、なんで一緒に勉強したがるわけ? 俺は上野とずっと話してるし、お前的にむしろうるさくないの?」
「今日はイヤホン持ってきたから大丈夫だ」
「……ああそう」
チラッと、樹貴は朱莉を見て来る。自分は問題ない。
「アタシは良いけど……上野さんにも聞いた方が良いんじゃない?」
「なんで?」
「なんでって……」
割とこの前、緋奈も迷惑そうにしてたから、とはストレートに言えない。何せ本人が横にいるし……。
「ああ、そういやあの時、割と上野も邪魔そうにしてたもんね」
「えっ」
「直球! 言い方!」
なんでそんなに突貫力があるのか。ブレーキとハンドルを切り落とした車なのだろうか?
「分かった。聞いてくる」
「あ、う、うん……え、今?」
チラリと朱莉は緋奈の方を見る。緋奈は友達と談笑中。男嫌いの緋奈が、おそらくそのことを知っている普段のグループの中に、樹貴が突撃……嫌な予感しかしない!
「ちょっ、待っ……!」
「上野」
「早っ……!?」
いつの間に向こうに……と、思ったが、もう遅い。樹貴は何食わぬ顔でギャルグループの中に入り、平然と聞いた。
「今日の勉強会、佐川も来たいらしいんだけど、断る?」
「え、なんであいつ断られる前提の聞き方したの?」
こちらにいる圭もショックを受けていた。なんか、普通に喋っているだけで周囲をギスギスさせるの、本当にすごいと思う。
で、一方で向こうは……やはり、緋奈は固まっていた。
「え、ヒナ〜この可愛い子誰なん?」
「男子じゃん」
「超弱そうなんだけど。ヒョロっ」
流石、ギャル特有の距離感。……漫画だと撫でられたり小突かれたりしていたが、現実では言いたい放題、言われる程度ということだろうか?
何にしても……こうして側から見ていると、割と馴れ馴れしいのでは? と思わないでもない。人のこと言えた義理ではないかもしれないが。
一方、緋奈は。
「大沢。アタシの家庭教師」
「え、勉強会って家でやってんの〜?」
「いや? じゃあ専属教師。めっちゃスパルタで、もう殺してやろうと思ったの1回や2回じゃないから」
なんとか躱していた。流石、コミュ力のギャルである。
「でも男子じゃん。苦手じゃなかった?」
「嫌いだけど? 正直、大沢のことも別に好きじゃないし。けど、教えんの上手いから使ってるだけ」
「ふーん」
「ねぇ、大沢っち。彼女とかいんの? ……いないか」
「いつ緋奈と知り合ったん?」
からの質問攻め。
なんとなく、嫌な予感がした。ああ言う自分が上だと思っている連中こそ、樹貴が相手だと痛い目を見る。
「いや、先に質問してるの俺だから。……で、上野。どうする? 佐川」
「は? 聞いてんの分かんないワケ?」
「何シカトしてんの?」
「いや答えたでしょ。先にこっちの質問に答えろ、って」
「それ聞きたいことの答えになってないし」
「ていうか俺、上野と話してるんだよね。なんでお前に会話遮られないといけないの? マネージャーか何かなの?」
「……は? 何意味わかんない事言ってんの? マジきもいんだけど」
「いや意味わからないのこっちなんだけど」
次第に険悪になって行く。どっちも譲らない。……いや、聞いている限りでは樹貴の言っていることは間違っていない気がする。
いやそんな分析よりも、だ。緋奈が少し困っている。助け舟を出してあげないと。
「大沢ー、そんなとこで話してる暇あるならこっち手伝って」
「は?」
「ほら、こっち!」
慌てて駆け寄りながら背中を取ると、膝カックンをして転ばせる。予想通り、か弱い生き物ではあるみたいで、尻餅をついた。
「痛った……! え、な、何……」
「ほらこっちねー。お邪魔しましたー」
「ねぇ、制服に埃つくんだけど……」
無視してそのまま廊下まで引っ張り出した。手を離すと、樹貴は少し転がりそうになるが、なんとか堪えて立ち上がる。
「ちょっ、何なの? ……あーあーあー、お尻に埃ついちゃったじゃん。どうしてくれんのさこれ」
「そんな事よりも。どうするのよ? あんなこと言って」
「なんか悪いこと言った? 言われた覚えはあるけど」
やはりそういう認識か、と予想はしていた。間違ったことは言っていないのはわかる。
「でもほら、話す順番くらいどっちが先でも良いでしょう?」
「いや良くないでしょ。こっちは人待たせてるんだから。10分しかない休みで時間もないし。その『話す順番くらいどっちでも良い』ってのは向こうに投げかけるべき言葉では?」
正論だ。正論の乱射だ。頷かざるを得ないレベル。でも、一応こっちにも主張がある。
「分かるけど、上野さんの立場があるでしょ? 勉強教わってる人と友達が喧嘩を始めたら、その両方と接点ある人的には嫌じゃない?」
「? お前がそうじゃん。俺と上野、いつも喧嘩してるし」
「……」
確かに、と思わないでもない。だが、もう慣れてしまった。慣れた、というよりも「なんだかんだ大丈夫」な気がしているのだ。
「それはアタシが、大沢と上野さんが喧嘩したって大きな問題も起こらないって分かってるから平気なの」
勿論、起こるかもしれないし、最初は不安だったが……なんか最近は、これはこれで相性良いんじゃないか、とも思えてきている。
「俺とあのグループもそんな問題起こるとは限らなくね?」
「本当にそう思う?」
「ごめん、思わない。集団になると急に強気になって若気のイキりが強くなるのが人間だし」
若気のイキりって……と、相変わらず分かりやすく刺さる言葉選びに軽く引いたが、まぁ間違っていないので続ける。
「そういう事……だから、あんまり揉めるのはやめてあげなさい」
「あの女次第だけど?」
「じゃあ……一回は言い返すの我慢しない?」
「どゆこと?」
「揉め事は基本的にどちらかが折れないと解決しないでしょ? 折れるんじゃなくて、一回だけ相手の言葉をスルーするの。こちらの態度次第で、向こうの態度も変わるかもしれないでしょ?」
「変わらないでしょ。相手が怯んだら付け上がるのが人間だから」
「そ、その変わらなかった時は遠慮しないで言っちゃうの!」
「……なるほど」
少し黙り込んだまま、樹貴は顎に手を当てる。
「分かった。それで」
「うん。ありがとう」
「お前に礼を言われることはないよ」
そう返した樹貴は納得してくれた。なんかこうして見ると小生意気な弟に見える……と、どこかの誰かと似たような感想を漏らした。
×××
放課後。緋奈は少し気まずかった。今日の休み時間はずっと前川裕子達ギャルグループと一緒にいたが、まぁ樹貴の悪口のオンパレードだった。
やれ「ボッチのくせに生意気」だの「偉そうでムカつく」だの「男の癖に器が小さい」だのと言いたい放題だ。
知らない仲ではないので少し話に混ざりづらかったが、まぁとりあえず笑顔で聞いておいたが、結構しんどい。
今日はこれから勉強会なのでもっとしんどくなるが……まぁ、やるしかない。グリズリーサマーフェスのためだ。
「……あ、アタシ今日日直じゃん」
そうだった。残念ながら、すぐには行けない。樹貴と朱莉と、あと朱莉から送られてきたメッセージに対して、生返事で「良いよ」と言ってしまった佐川圭が、勉強会のために図書室に向かって行く。
早く行かないと、と思いながら、掃除をしようとしている時だ。
「ヒナー、渋谷行かん? 今日みんなで行くんだけどー」
裕子から声をかけられてしまった。その後ろでは、いつも絡んでいるもう二人も控えている。
「あーごめん。今日も……」
「えー、来ないの?」
その声音に、少し片眉を動かす。いつもよりほんの少し低い声のトーン、言葉の途中でシャットアウト……間違いない。この「来ないの?」とは「もう今後、ウチらとの集まりに来ないの?」という意味だ。
どうしよう、と少し悩む。樹貴も朱莉も、一生懸命自分に勉強を教えてくれていた。だから、ドタキャンなんてしたくない……けど、女子の集まりというのは熱しにくく冷めやすい関係だ。ここで行かなかったら本当にハブられる可能性がある。
正直……これ以上、知ってる人の悪口を聞くのは嫌な感じもあるが……でも、やはり失うものを数えると一日くらいは遊びに付き合っても良いかもしれない。
「分かった。今日はそっち行くし」
「じゃあ、掃除手伝う〜」
「サンキュ」
あとで朱莉に連絡するとして、いまは掃除をすることにした。
×××
「来ないって」
「上野か?」
「そう」
思わず漏れた呟きに反応した圭に、朱莉は頷いて答える。時刻は、勉強を始めて一時間ほど経過した頃。スマホに連絡があった。
連絡が遅かったのは、恐らく連絡するタイミングを伺っていたからなのだろうが……何にしても、来れないならここで勉強する意味はない。
「じゃあ、アタシ家で勉強するわ」
正直、ここより家のほうが集中できる。試験まであと一週間と一日だし、のんびり集中出来る時くらいは集中したい。
「あー……じゃあ俺も」
圭も席を立った。まぁ、元々別に仲良いわけでもないだろうし、正直なんでいるのかもわからない人なのでそうなってもおかしくはない。
「あっそ。お疲れ」
樹貴は残るようだ。そのまま圭と並んで昇降口に向かった。帰り道が途中まで同じなら、わざわざ別で帰るのも変な気がして。
……正直、こういう時にどんな話をしたら良いのかわからなくもあるのだが……。
「小野は、いつから大沢と知り合ったんだ?」
そんな中、横から声をかけられた。向こうから声をかけてくれるのはありがたい。コミュ障だが、話しかけられないだけで振られれば返事は出来るのだ。
「二週間くらい前……だったっけ。絵を描いてたから、何となく声かけてみた」
「え……そんなオタクに優しいギャルみたいな展開、あるのか?」
「え、ないの?」
「あんなの二次元の世界だと思ってたわ」
そ、そうなの……? と、カルチャーショックを受けたが……でも、すぐに首を横に振った。今はその話じゃない。
「なんの絵?」
「ラピート」
「は?」
「だから、ラピート。大阪を走ってる電車だって」
「……ああ、あの青いヤツ」
「知ってんの!?」
「なんかの本で見たことあるだけだ」
もしかして、知らない自分の方が珍しい……? なんて不安にさえなってしまったが、圭は気にした様子なく聞いてくる。
「え、ラピートの絵なんて描いてどうすんの?」
「いや知らないけど。好きらしいよ、あの子」
「あいつ……ホントに変なんだな……」
……聞いても良いのだろうか? こっちこそ、圭が樹貴と知り合って勉強会に来る理由が聞きたい、なんて。
大丈夫、言い方を気をつければ。なんで勉強会に来たの? みたいな言い方をしなければ平気だろう。
「……佐川くんはなんで大沢と?」
「ああ、アレだよ。小野が大沢の後頭部にバスケのボール当てた時」
「あー……そっか。それで連れて行ったから?」
「保健室の先生が来客で一旦、保健室に出て行ったから、ちょっとだけ俺が何かあった時のために隣にいたんだよ」
それで、か。と理解したが、圭はそのまま続けた。
「そん時さぁ、なんか暇だから話振れっつったら、なんか大久保利通とかパラワンナンタラクワガタとか言い出してさ……しまいにゃ、ボウリングの起源だの、悪の十字架だのと変な話し始めて……話してるだけであんな疲れる奴初めてだわ」
その気持ちはとてもよくわかる。普通の会話ほど疲れる相手だ。逆に勉強の話だと普通に話せたりするのが不思議だ。
「誰にでもそんな感じなんだ、あの子」
「ああ、ありゃ多分、先生とかにも似たような態度を取ってんじゃねえの?」
「でも、あんまり先生の中で大沢を嫌ってそうな人いないけどね」
「え、そうなのか? てかなんでわかんの?」
「学校に友達いない人って教師と仲良いから」
「なるほ……あ、いやごめん」
「学校には、だから。学外にいるから」
「うんうん。分かってる分かってる」
流されている……が、実際、先生が友達のいない生徒にやたらと構ってくれたり、フレンドリーに接してくれたりするのは、気を遣ってくれているからだと思う。
正直、朱莉的には先生との会話は勉強になって楽しい事が多いのでもっと話しかけて欲しい。
「正直、変な奴過ぎて、俺も勉強教わろうとしたんだけど、考えちまうんだよな。なんかやたらとガチで『やんなら本気でやるから』とか言われたし」
そこ、やはり聞いてる分には引いちゃうんだ、と変に感心する。気持ちは分かる。当時、緋奈への熱弁を聴いてた時は自分も引いたから。
でも、毎日一緒に勉強してた時は思った。ちゃんと、教えるつもりがあるからやってるんだな、と。その根源は責任を問われたくないから、らしいけど、だからこそ信用できる。
「本当に成績上げたかったら頼んでみたら? あの子、責任感は強いし」
「いやー、同い年にボロクソ言われんでしょ? 俺はちょっといいわ」
まぁその気持ちもわかるので置いといた。一回、勉強会で怒られている緋奈の姿を見ているからこそだろう。
そうこうしているうちに、昇降口に着いた。
「じゃあ、また今度ね」
「あ、おう。じゃあまた……」
そのまま帰宅した。帰宅したまま、少し不安が胸を渦巻く。明日、緋奈が来てくれるのか……それがかなり。なんだかんだ、この学校で初めての同性の友達だ。
だから、勉強会は楽しかった。自分はほとんど何もしてない日もあったけど、二人の勉強の様子を見ているだけで笑えるから。
「……はぁ」
ため息をつきながら、のんびりと帰宅した。
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