第7話 人は外見ではなく内面にも限度がある。
「死ぬ〜……」
そんなつぶやきが漏れたのは、早朝だった。勉強のしすぎで頭が痛い……。
今日は土曜日だから学校は休みなのだが……残念ながら、今日も勉強である。あの憎たらしい男が組んだ勉強の予定表は、ほぼ毎日である。
これ本当は自分とデートしたいだけなのでは? なんて勘ぐりたくなったりもしたが、朱莉も一緒なのでそれはない。
「……はぁ」
そういえば、なんかこの前いた男は来るのだろうか? 喧しくてあからさまにナンパ目的で来ていそうな男。
正直、男嫌いの自分としてはいない方が良いのだが……まぁ、樹貴の言うことには従うと言ってしまったし仕方ない。
「起きなきゃ……」
これから、カフェで勉強である。午後からなわけだし、そんなに早く起きる必要は正直ないのだが、現役JKとして朝の時間を無駄に出来ない。みんな大体「休みの日は昼まで寝てるわー」とか言っているが、嘘であることは知っている。
朝は早く起きて、軽い朝食。それから、軽い運動をして体型を維持する。
そんなわけで、卵かけご飯を食べてからランニングに出て、戻ってきた。
「ふぅ……」
シャワーを浴びる。汗だくのまま外に出たくない。
スッキリしてから、バスルームから出て着替えをする。
実を言うと、緋奈の胸は大きくない。平均ちょい下くらいだ。それ故に、パッドを使用した上で、ギュッと寄せて谷間を作っている。
男子に見せるためではない。周りの人が大きい人ばかりだから、何となく比較されたくなくて。
「よし……」
準備を終えて、時計を見るとまだ少し余裕があるので、少しゆっくりする。……ついでに、軽く社会の教科書を読む。
樹貴曰く、リラックスしてる時に気が向いて読む場合は、覚えるつもりではなく漫画を読むくらいの感覚で読め、との事だ。
それだけで覚えられるのかはわからないが、やらないよりマシと言っていた。……そして、それは英単語でも同じのようだ。
「……よしっ」
英語だ。ちょっとくらい頑張ってもバチは当たらない。そう思って、樹貴が自分に作らせた英単語帳を開いた。
音読すると効果が上がるらしいが、今はあくまでリラックスタイムなので、ぼんやりと眺める。
こうして映画を見ていると、結構過去に見た映画とか、日本語でも使われているものがあったりする。
例えば「カンスト」と言う言葉があるが、あれがカウントストップの略語であることを緋奈は知らなかった。
「……」
……そういえば、男子とプライベートで顔を合わせるのなんて中二以来だ。あの頃から、自分の男嫌いになったっけ……と、思い返す。
思春期に入って、友達は男に興味出てきて、男は女に興味出てきて……で、思春期が遅かった自分はそう言うのに疎くて……。
「……ヤなこと思い出した」
やめだ。変なこと考えるのは。今はもうあの頃とは違うし、周りの人間も違う。増してや、自分専用の教師みたいになっているあの男は、過去一変な奴だ。
今ばっかりは、あんまり考えすぎないようにするために、とりあえずそのままのんびりし続け……ようとした時だ。
スマホが震えた。朱莉から連絡が来た。
AKARI☆『突然の連絡、ごめんなさい。』
なんだろう、畏まって。まぁタイミング的に今日のことなのだろうけど。
AKARI☆『今日、着て行く服が決まりません。助けて下さい。』
て言うかなんで敬語? そしてなんだろう、その質問?
別に構わないけど、そんな身構えるようなことではない気もするが……。
前々から思っていたが、この子も結構、変だ。なんというか、やたら緊張してるのにフォローの時だけは普通に口が回るし、よく分からない子パート2である。……案外この二人が仲良くしているのも頷ける感じある。まぁこの子の場合、可愛げがあるので全然、構わないが。
ま、何にしても時間までの良い暇つぶしになる。
ヒナ『良いよ。写メ送って』
そう言って、しばらく朱莉からの写真を待つ。すると、服だけの写真が送られて来た。
白いシャツに、膝下くらいまでの水色のスカート……シンプルだが、清楚な感じがとても綺麗だと思う。
……だが、あのギャルみたいな見た目の少女がこれを着るの? と、疑問でもあるが。いや、着てみたら意外と似合う、みたいなこともあるし、見てみないことにはなんとも言えない。
ヒナ『いや、着て見せてよ』
送ると、すぐに返事が来た。
AKARI☆『自撮りは恥ずかしいです。。。』
女子高生だよねこの子? と、少し半眼になってしまった。
ヒナ『想像じゃ限界あるし』
ヒナ『てか、これ小野ちゃんが着るんでしょ? どんな感じなのか見たいし』
そう送ってみると、しばらく返事が途切れる。……が、やがて画像込みで返事が来た。
そこに写っていたのは、緩いウェーブが掛かった金髪の女の子が、照れたように頬を赤らめて口元をスマホで隠し、鏡に写っている自分を撮っている姿。
ヒナ『かわいい。結婚したい』
AKARI☆『なにいってゆの?』
AKARI☆『何言ってるの?』
AKARI☆『変じゃないかをきかたいの』
AKARI☆『変じゃないかを聞きたいの』
いちいち、誤字をする度に送り直して来るマメさも可愛かった。
……ホントに不思議だ。なんでこんな可愛い子に友達が出来なかったのか。……そして、なんでこんな子と自分は友達になろうとしなかったのか。
正直、もう少しからかっていたい気持ちもあったが、まぁ時間はたっぷりあるわけでもないのでやめておいた。
実際の所……似合っているかどうかは別の話だし。似合ってないわけではないが、髪型とは合わない。
ヒナ『もう少し派手な服ないの?』
ヒナ『スカートももう少し短めの方が似合うんじゃない?』
ヒナ『なんなら短パンでも良いかも』
ちょっと連続して送りすぎただろうか? まぁ、RIMEというメッセージアプリでのやり取りなんてそんなものだが。
しばらくして、また返事が返ってきた。
AKARI☆『これ以上、膝丈を上げるのも恥ずかしいです。。。』
え、あなたギャルだよね? ていうか普段、割と胸元広めに開けてるよね? 最近はそうでもないけど……なんて、少し引く。
まぁオシャレなんて要するに自己満足だと緋奈は思っているから「何着ても良いんじゃないの?」と言う感覚はあるのだが。
どちらにしても、緋奈としてはその恥ずかしいとかいう理屈は通らない。スタイルの良さを自覚しているのに、それを活かしたコーディネートしないでどうするのか?
ヒナ『いいから、足はもう少し露出するような服の方が良いと思うけど?』
AKARI☆『でもこういう服しか持ってないです。』
その後、写真が複数枚送られてきた。クローゼットやタンスの中の写真。あまり派手な服はなく、白や水色、黒など落ち着いた雰囲気を漂わせる服ばかりだ。
ロングスカートやパンツばかりで、足を露出させるようなものや胸元を露出させるような服はあまりない。
え、これ本当にあの朱莉のタンス? と、少し思う。いや、JKなだけあって、どの服も組み合わせ次第でとても良いものになりそうだが、派手な服の子が着るものではない。というか、なんであのオッパイを持つ子が清廉潔白なイメージの服ばかり選ぶのかわからない。
そこで、ふと思った。ギャルと清楚が混合したら、どんな感じになるのか?
そう言う意味では、むしろ見てみたい気もしてきた。
ヒナ『じゃあ色々選んであげるから、自撮りして送ってくれる?』
AKARI☆『えっ』
ヒナ『選んで欲しいんでしょ?』
AKARI☆『わ、分かりました……』
リモートファッションショーを始めた。
×××
死ぬほど恥ずかしかった……と、朱莉は若干、頬を赤く染めたまま待ち合わせ場所に到着した。
まさか、午前中から自撮りをいくつも撮らされるとは……正直、自分の容姿にはそれなりに自信があるが、自撮りとかそういうのは得意じゃない。
「……っ」
でも、緋奈に「可愛い」って言ってもらえたのは嬉しかったな……なんて思いながら、とりあえず駅前で待っている時だった。
「ねぇ、君……一人?」
「えっ?」
声を掛けられた。男の人に。顔を向けると、一人だけだが、その後ろでニヤニヤしながらこっちを見ているのがわかる。
「まじいったよあいつ」
「それな。振られるに今夜の飲み代半額」
「じゃあ意外とうまくいくに今夜の飲みでシャンディーガフ全員に奢る」
「シャンディーガフ飲み屋にあるか?」
賭けまで始めてるし……というか、賭け金的に大学生だろうか? こんな高二の女の子捕まえてどうするのか。
「い、いえ……友達待ってるので……失礼しまーす」
「友達って女の子? 何人で遊ぶん? 俺ら三人いるからさー、良かったら今日遊ばない?」
「え? さ、三人ですけど……」
「ピッタリじゃん。金は俺らが出すからさー、大丈夫。日付変わる前には帰すから」
そんなに長時間、遊んでいられない。……ていうか、こっちの三人のうち一人は男だし。
どうしよう……知らない人に声をかけてくるとか、下手に強く拒絶したら手を上げられるかもだし……と、何を言えば良いのか分からない。
とにかく逃げた方が良いのかな……怖いかも……いっそのこと、ここでだけ許可して、後で絶対に断るタイプの二人に任せても良いのかも……と、狼狽えている時だった。
横から、自分の肩を抱くように抱えて、さっと立ち塞がる影が割り込んだ。
「行かないっつってんじゃん。あんたらしつこくね?」
自分を守ってくれるために、颯爽と現れた背の高いヒーロー……上野緋奈だった。
普段の明るくて一生懸命に勉強している時とは真逆、まるで初めて樹貴と会話した時のような冷たい視線を向けて男達に声を掛けた。
「この子、アタシの連れなんで」
「君も可愛いじゃん。一緒に遊ばない?」
「遊ばない。もう一人男だし、そもそも遊びに行くんじゃなくて勉強会だから。あんたらがアタシ達の学校の成績を今の倍以上、上げた上でもし上がらなかったらそれ相応の責任を取ってくれんなら入れてあげないこともないけど?」
まるで捲し立てるような言葉の瞬間風速。とにかく寄せ付けないし、しれっともう一人と男が緋奈の成績上げにそれだけの責任感を抱いている事をアピール。
すると、脈がないと判断したのか、男は撤退した。
「ふぅ……ったく、しつこいったらない……」
「ご、ごめんね……ありがと」
「……」
正直、かなり助かった……不良に絡まれたのを助けてもらっただけで死ぬほど惚れる少女漫画のヒロインの気持ちがアホほど分かってしまった。……緋奈は女の子だけど……なんて思っている時だ。
スコン、と脳天にチョップを喰らった。
「痛っ!?」
「なんでオドオドしたまま流されそうになってんの!?」
「えっ……な、なってないよ……!」
「なってたから! アタシが今までナンパを見てきた経験上、後もう2〜3押しで一緒に遊ぶことになっててもおかしくなかったし!」
そ、そうだったのかな……と、すこし震える。確かに、これが自分一人なら危なかったのかもしれない。
少しシュンとしてしまっていると、その自分を緋奈はキュッと抱き締めてくれた。
「ああいう時、怖いのは分かるけど、キッパリと拒絶しないとダメ。ましてや余計な情報を相手に上げるのは絶対良くないから」
「え……な、何か言ったっけ……?」
「人数! あれが相手の突破口になってたの分かんない!?」
「ご、ごめんなさい!?」
ナンパの経験は初めてじゃなかったが、今までは「いや行かない」といえば撃退出来た。
でも、今日の相手はしつこかったし……そういうのも断れるようにならなくては。
そんな中、ハグを解除した緋奈は、少し離れて自分の服装を見る。緋奈が選んでくれたうちにある中で唯一、膝丈上くらいのワンピースと、カーディガン。
ソックスは長めのものにして、足の露出はあるようで無いものにした。
「うん、良いじゃん。似合ってるし」
「そ、そう……? 良かった……」
まぁ一度、リモートで褒められたばかりなのだが、やはり生の声で言われるのも嬉しい……。
そんな風に思いつつも、だ。改めて緋奈の服装を見る。ショートパンツに、首周りがやたらと開いたTシャツを左肩側にずらし、キャミソールの紐がチラ見えする。
ラフなのに……なんか、やたらと色っぽくて綺麗だ。
「上野さんも、その……綺麗だね……」
「そう? サンキュ」
あ、その笑顔も可愛い……なんて思っている間に、緋奈は周囲を見渡した。
「てか、大沢は? あいつ人に責任感がどうとか言うくせに、毎回遅刻して来るじゃん」
「そ、そうだね。まぁあと1分あるけど……」
「お待たせ」
呑気な声が届いた。顔を向けると、そこにいたのは大沢樹貴。……白い無地のポロシャツに、なんか苔みたいな色の短パンの。
「えっ、ダッ……」
「ダッサ!」
朱莉が踏みとどまった一言を、平気で緋奈はぶちかました。
「え、あんた何その服……何?」
「? Tシャツとズボン?」
「そうじゃねーし!」
「ていうかTシャツでもないよ! それポロシャツだよ!」
「良いんだよ、Tシャツもポロシャツもボロシャツも似たようなもんでしょ」
「「全然、違うしボロシャツって何!?」」
いや……いやいやいや、待ってほしい。自分達はこれからこの格好の男と一緒に勉強をするのだろうか? 緋奈に至っては、これに勉強を教わるわけだ。
「別に勉強するだけだから良いでしょ。誰かに見られるわけでもあるまいし、都会の人間なんて他人に一番興味示さないものだから」
いや、もう本当「オタクに優しいギャル」系の漫画を描いている人は一度、自分に謝りに来て欲しい、と朱莉は思う。
あの手の漫画の主人公はなぜか、ダサくもなくオシャレでもない普通の服を着てこれるものだが、実際のボッチオタクはこれである。本題を見過ぎて細かいところを見てくれない。
すると、ガッとその樹貴の両肩に緋奈が手を置いた。
「痛……重っ?」
「お願いだから、服買いに行かせてくんない?」
「は? 勉強会だよ? 分かってる?」
「そう、外でやる勉強会だからお願い」
「大丈夫、お前の服も小野の服も、十分キマってるから」
「あんたの服を買いに行くってんだけど!?」
話が全く分かっていないどころか、問題を自覚さえしていない様子に、少しずつ声を荒立てる緋奈。
さて、割と他人に借りを作りたがらない性格をしている樹貴は、そんな事を言われたら当然、こんな返しをしてくる。
「いや俺お金ないから無理」
「奢るから言うこと聞いて!」
「服って高いんでしょ? 余計な借りは作れない」
「じゃあ、勉強会で成果出た時の成功報酬で払わせて!」
「……いや、まだ成績が出てないのに前払いなんてもらえない。同じ授業を受けている同級生に勉強を教えるのなんて初めてだし」
ダメだ、こいつのこの変な義理堅さ、こう言う時は意外と面倒臭い性格してる。
でも、自分ら二人としてはこんなダサい服装の男と歩くのはちょっと恥ずかしいというものだ。というか、今もちょっと恥ずかしいし、ここは援護しておく。
「ほ、ほら、大沢。こうやってウダウダやってる時間がもったいなくない? さっさと買って着替えて勉強した方が良いっしょ」
「じゃあお前らが折れてよ。買い物してる時間が無駄でしょ」
「買い物して遅れた分はちゃんと頑張るから! ……ね、上野さん?」
「えっ、も、勿論だし!」
「逆に大沢も前払いをもらった分は絶対に50点以上取らせないとダメってことにならない?」
「……てか、なんでそんな必死なの? 俺がどんな服着てても別に良くない?」
ここまで譲歩してもらっておきて、この男らしかなくグダグダと言うサマに、いよいよ緋奈の限界が来た。
樹貴が普段、ズバズバ言うのとほぼ同じような感じで、スパッと言い放った。
「だーかーらー、その夏休みに虫とりあみ振り回してそうな短パン小僧のくそダサファッションと一緒にいたくないって言ってんの!!」
腰に差してある帯刀による居合一閃。一撃必殺のそれは、何処までも朴念仁の樹貴のハートであっても一刀の元、斬り捨てられた。
あっ、と一瞬「やっちゃった」みたいな顔をした緋奈だったが、すぐに「でもこれははっきり言って間違いないはず」と言わんばかりに強面を作り直す。
正直、朱莉もそう思う。言わないと分からない人は、おそらくどうしてもいるのだろう。
……だが、言われた樹貴は、瞳がまるで光を失ったように虚になってしまっていた。
いつもあまり表情が変わらない樹貴だが、今回は過去一変わっていないように見えるのに、過去一感情は読めてしまった。
要するに……超ショックを受けていた。
「………ジャア、ソレデ良イデスヨ……」
「うしっ、決まり!」
「とりあえず、ヤニクロで良いかな?」
「あんま高い服は買えないし、それしかないっしょ。……はぁ、予定外の出費」
二人で歩き始めつつ、後ろを見る。ヨロヨロ、とその後ろをゾンビのような足取りで樹貴はついて来た。
×××
「どんなのが良いと思う?」
「背も低いし、性格と違って可愛い顔してるし、あんまキザなのはやめといた方が良いんじゃね?」
「そうだね。となると……やっぱ明るめな感じかな」
「つーか、大沢はどうなん?」
顔を向けると……大沢は今、似顔絵を描いたらそっくりに描けそうなほど死んだ表情のまま目を逸らして答えた。
「……ボクみたいなクソ雑魚ナメクジダサ小僧の意見などかけらも役に立たないしお任せします……」
拗ねていた。……いや、余程ショックな様子だったから、そのまま本音を言ったのかもしれない。
どちらにしても、少し申し訳な……いや面倒臭いこの男。そもそも、普段同じくらいズバズバ言うのはこいつだ。同じことして何が悪いのか。
「ちょっとー。あんたの服買いに来てんだから、そんな適当なこと言わないでくんない?」
「ま、まぁまぁ上野さん……今、ちょっとだいぶショック受けてるみたいだから……」
「はー? 普段から言いたい放題言われてるのアタシ達の方だから。良い薬って奴でしょ」
「……流石、オシャレな上野さんですね……難しい言葉をよくご存知で」
「あんたはしょぼくれながらもバカにしてんの!?」
本当にいつもいつでもムカつく男だ。
まぁとにかく、さっさと服を買って、さっさと着替えて、さっさと勉強しないといけないし、本人が選べと言うのなら選べば良い。
「もういいし。小野ちゃん、アタシらで選んじゃおうぜい」
「あ、うん」
そのまま二人で服を見て回った。……と言っても、男が嫌いなだけあって、メンズ服はどんな服を選んだら良いのかは正直、よく分からない。
それは、おそらく朱莉も一緒だろう。
「ね、小野ちゃん。メンズ服の選考基準ってどんなん?」
「わ、分からないかな……ただでさえ、大沢は割と中性的な顔してるし……」
「だよねー。本人の意見が聞ければ一番良いんだけど……」
「聞いたら?」
「無理っしょ。今、アレだし」
尸状態だ。それを朱莉は眺めてから、少し小さく呟く。
「アタシも……一歩間違えたらああなってたのかな……」
「?」
何急に? と、思ったが……まぁ、確かにボッチだった朱莉の私服は、本人の羞恥のポイント的に派手なものは着られないからか、微妙に髪型とズレたものが多かった。……いや、何なら髪を染めたのが春休みからで、高二デビューの結果、服だけ噛み合わなくなった可能性もある。
つまり、朱莉も自分に……じゃないとしても他の誰かに似たようなこと言われる可能性があったわけで。
それ故に、少し気持ちは分かってしまっているのかもしれない。
「……」
自分なら朱莉にはそんなキツイこと言わない……が、じゃあ樹貴相手なら良いのか? と聞かれるとそんな事はない。
思えば、樹貴の普段の言動は的を射ている内容である事は多いが、自分のアレは半ば八つ当たりだったかもしれない。
その後も「普段言われてんだから仕方ない」とか「事実だし別に良い」とか、正当化するような言い訳ばかりして……。
「……はぁ」
「上野さん?」
「ちょっと大沢と話して来る」
「あ、うん。大丈夫?」
「ダイジョーブ」
ピースしてから、改めて後ろを相変わらずゾンビのようについてくる樹貴に声を掛ける。
「大沢」
「なんでしょうか……最先端のファッショナブルを極めたグリズリーの王妃様……」
「な、何言ってんの……?」
普段の語彙力もちょっと理解出来ない方向に突き進んでいる。あの一言、相当な威力があったようだ。
困ったように髪をかきあげ、ポリポリと頭を掻きながら改まった様子で謝罪を続けた。
「ごめん……さっきは言いすぎた」
「いえいえ……いつも一つの真実なんで……」
「そう、実際ダサいの」
「死にます」
「いいから聞いて! あんたが死ぬとか言うとほんとに死にそうで怖い!」
とりあえず止めておいてから、改めて話を続けた。
「例えば、あんたと一緒にいるアタシか小野ちゃんが、幼稚園のスモッグとか着て来たらどう思う?」
「え……それはまぁ、ビックサイト行けとしか……」
「一緒にいるの嫌じゃね?」
「別に……いや、嫌だ」
最初は気にしない、と思ったのだろうが、樹貴ほどの想像力ならば、周りからジロジロ見られ、SNSに上げられ、最悪通報されて本来の目的が全然、進まない上に晒し者にされるところまで見えるだろう。
「要はそういうこと。……ちょっと極端な例だったけど、私服も年相応に成長させないといけないワケ。メチャクチャにオシャレしろって言ってるわけじゃなくて、せめて年相応の服装をしろって言ってんの。……まぁ、ちょっとキツい言い方したのは悪かったケド」
「……」
「急に選べって言われても分かんないと思うけど、今はアタシとか小野ちゃんがいるっしょ? だから、一緒に選んであげるから、いつまでもしょげてないで選んでくんね?」
言われた樹貴の瞳に、少しだけ光が戻る。ようやく言いたいことが伝えられた気がして、少しだけ緋奈もホッとしてしまう。
……なんか、久々に言いたいことが伝わった気がした。全く、本当に人は一面じゃないことを認識させられる。
あれだけ勉強に関してはしっかりしてて、普段の言動も言い方を変えればしっかり他人に自分の意見を言える人で、学校でもオタクグループの男子と違って寝癖とかを直してくる人だから油断していた。
やはり、人にある欠点は一つだけではないのかも……なんて思った時だ。
「上野」
「何?」
「勉強会前なのに、教える側の俺が足引っ張ってごめんね。次から気をつける」
「……」
今分かった。こいつの性格が。言いたいことを言ってしまう性格……それはつまり、素直な性格だと言うことだ。
言いたいことは言うし、その中には厳しい生意気な言葉も含まれているが、悪いと思ったことには素直に謝る。
早い話が……。
「……〜〜〜っ」
小生意気な弟みたいでちょっと萌えた。そして、その自分がとっても恨めしかった。こんな男に少しとは言え好意的な印象を抱かされた事が本当に悔しい。
「こんのっ……バーカ!」
「は?」
「違うから! これは違うから!」
「どれ?」
「っ……とにかく、違うから!」
「……あ、もしかしてその着てるTシャツのサイズのこと? 確かに、明らかにサイズ違うだよね。肩出ちゃってるし」
こ、い、つ、は〜! と、さっきまでとは違って怒りが煮えたぎって顔が赤くなる。オシャレについて語った癖にこっちがサイズ間違えて買った服を着てると思われたのだろうか?
「そうじゃないっつーの! これはそう言う着こなし!」
「ああ、そうなの。道理でぶかぶかなのにナチュラルだと思った」
「ナチュラル?」
「……英語の勉強、もう少し力入れないとね」
「え、な、何!? どういう意味なん!?」
どうせ貶されてるのだろうが、一応意味を知っておきたかったが、無視されてそのまま朱莉と合流されてしまった。
「……ムカつく」
ホント、やはり基本的には人を小馬鹿にしている……そんな気がしてならなかったが、一先ずは服選びに専念した。
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