第6話 人を見た目で判断したらダメ。
体育の授業中というのは、あまり良い思い出がない。何せ、好きな人同士で組む、と言うイベントが発生するからだ。他クラスと合同なのも面倒である。
それが雨の日なら尚更だ。外の種目の体育を室内でやることになり、いつもより緩い空気でやる事になる。
つまり……ボッチは尚更、放っておかれるし、何もしていないボッチは先生にはバレやすくなる。
まぁ、でもその辺の対策は終わっている。まずその一……。
「ボール、転がってきた」
「おお、サンキュ」
手渡し、そして撤退。これが第一段階。その間で、少しずつ全員の輪の中に入った試合を見守り、如何にも参加してる風を装う。
で、さりげなく人混みからまた球拾いに当たって机を移ったりして……と、地道に時間を稼いでいくしかない。
教員もずっと見ているわけではないので、このループで後は目立たないように立ち回れば良い。
まぁ「いーれーてー」と輪の中に入っても良いのだが、騒がしいのは苦手なので入りたくないのだ。後は、最近は何処かのギャルボッチのお陰で寝不足気味で激しい運動はしたくない。
と、上手いことしばらく立ち回っていると、トイレに行きたくなった。そろそろ良いか、と思い、先生に許可をもらった。
「すみません。トイレ行って良いすか?」
「おう」
あっさりと許可を得る。この時間に保健体育の保健のほうの課題を一枚ずつ採点しているようだ。
体育館にも一階にトイレはあるが、女子が下でバスケをしているため、わざわざそこの中に入ってトイレに行くのは憚られる……という大義名分を使って時間のかかる校舎のトイレを借りることにした。
「ふわぁっ……」
にしても……やっぱり眠い。元々、低血圧気味なのに、体育が1〜2時間目の時は普通に死ねる……なんて考えながら、体育館から出て行こうとした時だ。
ゴヌッ、と後頭部に重い何かが直撃した。ふらっ、と脳が揺れるのを感じた。
トーントーン……と、数回バウンドして落ちたのは茶色のバスケットボール。
ふっ、と薄く笑みを浮かべる。体育の授業で一番、ありがちな事故だ。
「わあああ! ご、ごめん〜……!」
おそらく朱莉の慌てたような声が耳に届く。
返事をしないと、と思ったのだが、やはりダメだ。なんか頭がぼーっとして……それで……。
「テキサス……」
「うわっ、た、倒れた!? やっば……!」
ふらりとぶっ倒れて気絶してしまった。
×××
薄らと目を開けると、保健室。一応、ベッドで寝かされていたらしい。
横に座っているのは、見覚えのない男子生徒だった。自分と似たように髪も肌ではないが少し長め、整髪料はつけておらず、ちょっと長い前髪を左右に分けているメガネの男子生徒。
でも、あのやかましいオタクグループにはいなかったはずだ。
「あ、起きた」
「誰?」
「同じクラスの保健委員だよ! なんでわからねえんだ!?」
「そうか、名前は?」
「ボケじゃなくてマジで名前知られてねえんだな!」
申し訳ないが、クラスメートの名前はあまり把握できていない。関わらない人の顔と名前なんてどうでも良いのだが……しかし、こうして世話になるような事があると大事なことかも、なんて少し思ってしまう。
「俺は大沢樹貴」
「知ってるよ! 名乗られなくても! お前と一緒にすんな!」
「お前は?」
「まさか、中間近い時期になって改めて自己紹介の機会を設けられるとはな……佐川圭だ」
とりあえず、お礼を言わないといけない。
「ありがとう、佐川。お前が俺をここまで運んでくれたの?」
「いや、運んだのは俺じゃねーよ。運んだのは小野さん。……で、保健室の先生が面倒見るはずだったんだけど、来客で出ていっちゃって、小野さんは授業長く抜けるわけにいかないし、戻って先生に報告して、男子の保健委員の俺が見ること事になった」
アニメや漫画なら、美少女の保健委員か美人の保健室の先生が待っていてくれるものだが、やはり現実は違う。
もっとも、別に待っていて欲しいわけでもないが。
「なるほど。ごめんね」
「貧血だって」
今後はもう少し、夜更かしの時間を控えたほうが良いかもしれない。……なんか、あんまりゲームやってる時も、朱莉は楽しそうじゃないし、ずっと怒ってばかりだ。……自分はその朱莉を見てて楽しいけど。
ま、しばらく寝てれば大丈夫だろうし、これ以上、付き合ってもらうことはない。
「もう戻ってて良いよ。なんか卓球盛り上がってたし」
「いや、先生に戻るまで見てろって言われてっから」
「あそう」
「……」
「……」
なんか病人扱いって、ちょっと嫌だな……なんて思う。まぁ仕方ないわけだが。
窓の外を眺めつつ、暇なので妄想する。題して……「あの窓の景色がスマブラのステージだったら」というタイトル。
スマブラとは、スマッシュブラスターズの略で、人天堂のゲームのキャラクター達が集まり、敵を場外に落として戦う大人気ゲーム。
そのルールで、妄想するキャラはその「人天堂」縛りを無くし、ゲーム出身でさえないキャラクター達を出し、技などを細かく決めて妄想するのだ。
これが暇つぶしにはもってこいなのだ……なんて考えているときだ。
「いや、なんか言えよ」
「?」
「黙ってても暇だろ」
佐川圭が声を掛けてきた。急に。いや、暇なのはわかるが……なんかって急に言われても。
「え、なんかって……大久保利通?」
「いやなんで人名だよ。そうじゃなくて……」
「じゃあ、パラワンオオヒラタクワガタ」
「クワガタでもなくて!」
「じゃあ……そうだな。ボウリングの元々の起源は、魔物を祓う儀式だったと言われていますが、何処の国発祥でしょうか?」
「なんで雑学クイズになんだよ! てかさっきから何を基準にして言葉を発してんの!?」
「答えは?」
「知るか! ……ちょっと気になるのがムカつく!」
「じゃあヒント。カイロ」
「それ答えじゃねーか! ブラジルだろ!」
「エジプトだよバカ」
「っ〜〜〜!」
あ、めちゃくちゃ恥ずかしがってる……と、思ったが、カイロ=エジプトは割と常識だと思うので同情は出来ない。
そんな中、隣の席の男は「って、そうじゃなくて!」とガタッと席を立つ圭。
「なんで人名とかクワガタ名とか雑学クイズになるんだよ! そうじゃなくて……こう、話だよ、話!」
「話……話か……」
言われて、顎に手を当てる。あんまりこう言う時にできる話はないけど……。
「『あくのじゅうじか』って知ってるか?」
「悪の十字架?」
「そう」
「……急に何?」
「いや、そういう店があるんだよ。どこだか忘れたけど……超田舎に。まぁあまりにも不穏な名前の店だったから、マスコミとかテレビの取材陣とかが多く押し寄せて」
「あー……まぁ、その噂を聞けばそうなるだろうな」
「で、そこに行った人達はみんな、肩を落としてため息をつきながら戻ったらしいんだよ。こう……生気を失くした感じっていうのかな」
「え……なんで?」
「知らん。これは何かあるな、って思った一人のマスコミが、その謎を解くために店に取材に行ったらしい」
「へぇ……勇気あんな」
あまり良い予感はしない。何せ、名前が不穏な田舎のお店なんて、怪しさマックスだから。割と田舎のお店は「それ都会でやったらヤバくね?」ってことも平気であるし、場所によっては自販機から出てくる飲み物の賞味期限が切れていたりする。
「で、いざその店に着いたんだけど」
「お、おう……」
「そのお店の閉ざされたシャッターに、張り紙が貼ってあったんだよ。そこには、こう書かれていたれ
ゴクリ、と喉を鳴らす圭。少し間を置いてから、樹貴は改めて告げた。
「『開店10時から』。マスコミは思わずため息をつきながら声を漏らした。『開くの10時か……』」
「ただの漫談かよ! テメェ今の時間と俺の緊張感返せコラ!?」
「話をしろって言うから」
「そういう話じゃなくて雑談とかだよ!」
というか……さっきから結構、ブツクサと言ってくるが、自分は何か話したりしないのだろうか?
「お前はないの? 何か話」
「あん? オレ?」
「そう。オレ」
「……まぁ、ないこともないんだけど……」
「俺にばっか話させないでよ」
「……」
しばらく黙り込む圭。話すのが苦手なのだろうか? 自分は友人との雑談の経験がここ最近の出来事しかないのでなんとも言えないが、君は友達いるでしょ、と思わないでもない。
「お前さ……最近、勉強会やってるだろ。女子と」
「え?」
「図書室で勉強しようとした時にチラッと見えた。なんか騒がしかったからすぐ移動したけど」
しているが……まさか、見られているとは。どこかのグループに所属している人間なんて、悪意以外でグループ外の他人に興味を持つことはないと思っていた。
「さっきの感じ、お前って頭良さそうだからさ……勉強教えてくんないかなって」
「……」
嘘だな、となんとなくわかった気がした。いや、嘘ではないのだろうけど、別の目的がある。
勿論、それは女の子との勉強会だろう。特に、朱莉も緋奈も可愛い部類。後者はケバいけど。
樹貴のようなボッチに群がった女子なら、自分でも彼女になってもらえるかも……なんて淡い期待を抱いているのかもしれない。
……ま、それが邪推であったとしても、言えるのは一つだけだ。
「俺が勉強を教えるからには、ガチで教えるよ。お前の今の成績を把握させてもらった上で、どのレベルでどの計画でどれくらい、一日に詰め込めるかを把握した上で面倒を見させてもらう」
「家庭教師かよ!?」
「万が一にも欲しかった点数に届かなくて俺の所為にされたら困るし」
「しねーよ!」
「いや、人間の『お前の所為にはしないから!』は信用出来ない」
まだ自分が「友達」を欲していた小二の時、基本的に友人という生き物は「お前の所為にはしないから、やってみろ!」と言って人の所為にするし、逆にそれを断って問題になった時は連帯責任にするし、教員も問題解決が面倒な時は連帯責任か気が弱そうな生徒一人の所為にするし、やるからには責任感を持ち「自分の所為にされても仕方ない」と思える程度にやらないといけない。
「お前……どんな人生歩んでたらそんな価値観になるの?」
「うるさい。……で、どうすんの?」
「……」
しばらく黙り込んだ後、圭は改めて声を掛けてきた。
「今日もやんの? 勉強会」
「やるよ」
「とりあえず……一緒に勉強だけして良い? 様子が見たい」
「良いけど、邪魔はしないでよ。こっちは上野と自分の中間試験の成績を預かってるんだから」
「お、おう……」
まぁ、邪魔するようなら追い返した方が良いし、その辺は自分が取り締まれば良い……そう思いながら許可をすると、保健室の先生が戻ってきた。
×××
佐川圭は、クッソ楽しみだった。勉強会が。
自分の成績は中の中、良くもないが悪くもないし、本当に普通だ。それも、勉強時間は程々で抑えているので、ちゃんとやれば困ることはない。
逆に言えば、ちゃんとやるためのやる気スイッチがいまだにダンジョンの奥底に隠されている宝箱で眠っているので中々、やる気にはなれないが、もしかしたらやる気になら良い機会になるかも……というのもちょっとある。
だが、それ以上に……やはり、女の子達とキャッキャウフフな勉強会が出来るかも……それも、教室内でも可愛い方の女子と、と思うとやはり楽しみだ。
あと……まぁぶっちゃけ、あんなボッチに女の子二人が群がるなんて少し納得いかない……と、思わないでもない。
自分だって彼女が欲しいのだ。校則違反してまでオシャレに気を使うほどではないが。
それと……まぁ「オタクに優しいギャル」のように見える関係が本当にあるのか見てみたいと言うのもあったり。
さて、今はその放課後。勉強会だったが、今日は自分は日直なので、少し遅れて図書室の扉を開いた。
「うがー! もう、意味分かんないしー!」
「大きな声出さない。はいやり直し。そもそも、代名詞の後は動詞って言ってるでしょ」
「なんで! 大体、和訳したら『私は、します、野球を』っておかしいっしょ絶対!」
「だから声大きい。ここ図書室」
「うがっ……! お、同じ注意ばっかり……あんたは図書委員なの!?」
「図書委員で良いから一々、大きな声出さないで集中して。……ここのページ終わるまで帰らせないから。最終下校時刻過ぎたら、帰りにカフェ寄ってでも終わらせさせるから」
「うぎぎっ……!」
……あれ、なんかほんとに家庭教師きてる? 学校に? と、思うような声が聞こえてくる。
勉強しているのは、大沢樹貴と上野緋奈。……その横で仲介したそうにしている小野朱莉。やっぱり可愛い。
……正直、せっかくあんな美女二人のうちのどちらかとカレカノの関係になってもおかしくない事してるのに、あんなに厳しくノリ悪くしてたら嫌われるだけじゃね? と思わないでもない。勿体無い。
すると、朱莉がコチラに気づき、手を振って来た。
「……あっ、佐川くーん! こっちこっち」
話を通しておいてくれたみたいで、既に知っていたような様子で声をかけてくれる。
……正直、あの子はなんであんなに可愛いのについ最近まで友達と絡んでいる様子が見られなかったのか分からないほどだ。
「あ、おう! 今行……!」
「だから声デカいってば。人が注意されたことは自分もされたと思ってくれる? 図書委員に注意されて最悪追い出されて勉強時間取られて一番困るのは上野だから」
「ご、ごめん……」
緋奈以外にも厳しいし……と、普通に圭は引いた。何様なのだろうか? クラス内カースト最下位の癖に……いや、言ってることは間違っていないが……。
「おい、大沢。少し言い方ってもんがあるだろ。同い年でなんでそんな偉そうなんだよ」
「教えてる立場なんだから多少、上からの言い方になんのは仕方ないでしょ。……てか、お前も邪魔するなら帰ってね」
「……あ?」
「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて……さ、佐川くんはこっちでアタシと勉強しよ? アタシも今日は教える側じゃなくて、付き添いで勉強してるだけだから」
「おう。そうするわ」
そう返しながら、朱莉の向かい側に座って教材を広げる。
……というか、とチラッと隣を見る。前に見かけた時から思っていたが……緋奈ってクラス内カースト最高位のギャルグループに所属してる人だった。なんでそんな人が樹貴なんかと勉強しているのだろう? と、少し不穏に思わないでもない。
「あー……じゃあこう考えてみ」
「何?」
「海外のアクション映画とか見る?」
「見てる。アヴェンジャーズとか超見てた」
「じゃあ敵との戦闘中に、トールがキャップとの連携のために、敵の隙を作ったとする」
「うん」
「その時『キャップ、今だ! 敵をやれ!』って言うのと『キャップ、やれ! 敵を! 今だ!』って言うの、キャップはどっちが早く動ける?」
「……それはー……後者?」
「そう、なんで?」
「指示が先に来てるから……だと、思うけど……」
「そう、それが当たり前になってるのが英語。急いでいる時じゃないと指示が最後になるが日本語ってこと」
「……な、なるほど……」
……あれ、意外とちゃんと教えてる? と、少し目を丸くする。文化の違いによって英文の構成を説明していた。
「逆にそれを念頭に置いてこれもっかいやってみれ
「わ、分かったし……」
素直にやり直す。わかりやすいと言えばわかりやすい例えだ。
解けた後のようで、ノートを樹貴に見せる緋奈。
「……こう?」
「あー……うん。正解」
「っしゃオラ! 楽勝!」
「声。鶏かお前は」
「ご、ごめん……」
「でも、よく出来ました。つい最近までWas youとか言ってた人とは思えないね」
「そ、それは忘れろっつーの!」
え、わ、ワズユー? と、普通にドン引きしつつも、顔を赤くしてる緋奈可愛いな、なんて少し思ってしまう。普段、友達と一緒にいる時、ギャルなんてケバくてうるせーだけだと思っていたが、こうして見ているとやっぱ顔が良いだけあってかわいい。
「じゃあ、次の問題」
「えー!? 休憩ー!」
「まだ40分しか経ってないし、大問4が全部終わるまでダメだって言ったでしょ」
「いいじゃんちょっとくらいー!」
「じゃああとちょっと頑張るくらい良いでしょ」
「それはダメだし! ホントあんた一々、返しがムカつくんですけどー!」
「あと声大きい」
「その注意もうしつこいし」
「お前の声の大きさの方がしつこい」
……ここだ。少し口を挟ませてもらおう。厳しい男より、優しい男の方がモテるから。
「良いだろ、少し休憩するくらい。どのくらいやってるか知らんけど、あんま詰め込んでも意味ねーぞ」
「そーだそーだー」
「余計なこと言うなら帰ってくれる?」
「いやいや、だから休憩も大事だって話だろ? 授業だって一コマ50分なんだし、個人で勉強する時なら少し短くても良いだろ」
「生徒にも優しくしろよー」
「時間で決めて授業をするから、学校の授業は理解より網羅が優先されるんでしょ。個人勉強でまでそれをやってどうすんの」
こ、こいつ……意外と口が減らない……! というか、なんか頭良さそうな返しをして来やがる……と、思っている時だ。
「……あっ、電話。妹から。ごめん、席外すけど、休憩するならちゃんと解いてからにしてね」
そう言って、樹貴は図書室から出ていった。その背中を眺めつつ、扉が完全に閉まったのを見てから、緋奈が大きく伸びをしながら背もたれに寄り掛かった。胸が強調されて超エロい。
「っあ〜〜〜もぉ〜〜〜〜! あいつマジ何様だし〜〜〜!! ホンッッットムカつくわ〜〜〜!」
「それなー、聞いてるとなんかすごい高圧的に聞こえるし、あいつの言葉」
言ってることは間違ってなかった気もするが……でも、とりあえず愚痴には付き合っておいた。
その隣で、同じように胸が大きい朱莉がやんわりと口を挟む。
「あ、あはは……まぁ、上野さんの為だから……」
「にしてもじゃね? あいつ、いつもあんな感じで喋んの?」
「うん。意外と遠慮しないで言いたい放題だし……」
「マジ一発殴りたいと思ったのも一度や二度じゃないし」
「勉強教えるってだけでどんだけ偉そーなんだあいつ……」
保健室で話した時はそんな悪い奴には感じなかったが、人とテンポが違うとは思っていたし、感性のズレもある。もしかしたら「勉強を教える」ってだけで教師にでもなった気でいるのかもしれない。
しばらくこのまま愚痴でも聞こうか……と、思っていると、伸びを終えた緋奈が直ぐペンを持った。
「っし……そろそろやろう。小野ちゃん、今のは休憩じゃないから、愚痴だから」
「分かってるよ。黙っててあげるから」
「? まだ戻って来てないし、もう少し愚痴でも良くね?」
「は? やれって言われたことくらいやんなきゃダメっしょ。怒られるし」
「……」
そう言いながら机に向かう緋奈……だが、怒られる、って……本当に教師と生徒みたいな関係になっている……これはこれで新しい調教のようだ。
「いやいや、そこまでバカ真面目にやんなくても平気でしょ。授業態度で成績引かれるわけじゃないし。もうちょい休んでも……」
「るっさい。もうやるから。邪魔するなら帰ってくれない?」
「……悪い」
やはり、ギャルはギャルか……と、少しため息をつく。そっちが嫌そうにしていたから気を遣ったのだが、怒られた。
まぁ……本人が勉強やると言っている以上、邪魔する方が悪いと言う見方も出来るので、ここは謝っておいたが。
「ご、ごめんね……佐川くん。上野さんも大沢もマジで勉強やってるから……」
「いや、平気」
声を掛けてくれる朱莉だけが本当の天使なのかもしれない……。
とりあえず、また今後も勉強会に参加して、朱莉を狙ってみるのも良いかも……。
そんな事を思いながら自分も勉強をする事にした。
「……ね、小野ちゃん」
「ん?」
すると、朱莉に緋奈が声を掛けているような声が聞こえてきた。
「ここnowなんだけど……どうするん?」
「あー……nowの意味は?」
「今、でしょ? 暇なうとか少し前に流行ったあれ」
「そう。時間を表す単語は英文の最後に来るから……」
「あ、じゃあ一番最後?」
「そう」
「よっしゃ……あざ」
「ううん」
……でも、やはりこうして見ていると友達同士の勉強会にしては真面目にやっているように見える。
自分がたまにやる友達同士の勉強会はここまで真面目にやらない。なんか問題を出し合い、それがボケにつながり、そして最後には笑いの取り合いになったりする。
……なんか、ちょっと思ってたのと違ったな……なんて思っていると、図書室の扉が開く。樹貴が戻ってきた。
「ほれ」
そう言いながら、朱莉、緋奈、そして圭の近くに紙パックの飲み物が置かれた。ココア、アロエヨーグルト、カフェオレだ。
「え、良いん!?」
「わ、ありがとー!」
受け取った二人がストローをむしるが、その前に口を挟んだ。
「いや、飲んじゃダメでしょ今。ここ飲食禁止だし」
「なんでじゃあ買って来たし!?」
「拷問!?」
「え、拷問に感じるほどパックの飲み物好きなの?」
そうじゃねえだろ、と強く思いつつも、とりあえず何も言わない。というか、自分にまで買ってきてくれたんだ、という事実が衝撃で何も言えない。
その樹貴は、二人に声をかけた。
「その大問終わったら休憩するんでしょ? なら、その時の楽しみがあった方が頑張れるでしょ」
「……」
ちょっと思った。金を使ってるだけ、と言えばそれまでだが……なんだか、本気で勉強を教えているようにも見える。
保健室で話していた時に感じた責任感の強さとか見ると、なんかそんな気もするが……。
いや、でもそれならこんな美人ばかりに囲まれる理由はない。どうして仲良くなったのかは知らないが、ギャルがボッチに興味を持つことなどないのだから。
そんなことよりも、だ。
「俺も良いのか?」
「だって一人分だけ買ってこないわけにいかないでしょ」
「……お、おう……いくらだった?」
「いいよ、金は。一人だけから取るわけにもいかんし」
「……悪い」
「いやいい。勝手にやっただけだし」
まぁ……今は素直に受け取っておこうと思い、飲み物を受け取る。
さて、その後で樹貴は緋奈の方を見て声を掛けた。
「ほら、上野。やらないと飲めないよ、飲み物」
「いやそこまで唆られないしー」
「じゃあいらないのね」
「そ、そうは言ってないじゃん!」
「大沢、あんま上野さんに意地悪言わないで」
「え、俺が意地悪言ったの?」
なんか、ちょっと……この人達のやり取り面白い。次からも、お邪魔させてもらおうことにした。
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