第3話 友達を作るには類に入るのが手っ取り早い。

 類は友を呼ぶ、と言う様に、基本的に人は近しい人同士が惹かれ合う……とは言うが、実際の所、惹かれ合うのではなく惹かれ合うための場所があると言うのが正解だろう。

 わかりやすい例が、部活やサークル。同じ特技や趣味……あるいは興味の琴線に触れ合う者達を集める「場」だ。

 逆に言えば、それらに所属していないにもかかわらず惹かれ合う者達こそ、真に類は友を呼ぶ、と言えるだろう。

 そんな持論を友達がいた経験がないながらに抱いていた樹貴は、一つだけ不思議に感じるところがあった。

 視線の先にいるのは、小野朱莉。ここ最近、やたらと絡んでくる少女である。

 自分とその少女は……一体、どんな類に惹かれて来ているのか?


「大沢〜! どうすりゃ勝てるの!? まだ一回もチャンピオンになってないんだけど!」

「声大きい」

「あ、ご、ごめん……」


 共通点はない。彼女が言う「EPEXにハマった」は信用ならない。ここ最近、ほぼ毎日やっているが、ようやく面白さはわかって来た様子だが、それまでに時間がかかりすぎている。とても「興味があって始めた」ようには見えなかった。

 つまり目の前の少女は何か理由があってそれを始めた……イコール自分との共通点にはなり得ない。


「でも、どうやったら勝てんのー? 本当にわかんないんだけど。だって戦ってたら必ず漁夫来やがるし、逃げても逃げたところに敵がなんかいるし……アレ絶対、アタシら二人vs五十七人みたいになってるっしよ」


 その上、異性だし、見た目は派手だし、やはりわからない。いや、まぁひとつだけ共通点があることと言えば、あれだ。激烈にヒキが悪いこと。

 ゲームに関しては、だが……まぁ、樹貴と一緒でヒキが悪い。初動で敵とダブると必ずと言って良い確率で敵は武器を拾えて、自分達は回復アイテムを拾う。

 お陰で、こちらが拳で対応してダメージを与えても回復されてしまうのだ。最後の一人の野良の人には本当に毎回、迷惑が掛かっている。……ま、自分は気にしないが。


「この前だってやっとラスト二部隊まで来たのに、唯一の移動系アビリティを持つ野良が死んで、高所から撃たれまくって負けたじゃん? アレマージで最悪だったしー」


 ……いや、そういえば、だが……一つだけなんとなく察している事はある。一つだけ、というか……なんなら割と序盤から気がついていた事だ。

 チョイチョイ漏れてたし、毎日ゲームに誘って来たり自分の先に訪ねに来る時点でお察しとも言える事だったが、この際だ。聞いてみることにした。


「小野」

「何?」

「お前もボッチだろ」

「話の腰を折るどころか粉々に粉砕して来た!」


 こんなに派手な見た目をしていて、髪まで染めて胸元も樹貴が注意するまでガバッと大きく開いて、唇にはリップクリームまで塗っているのに、多分……というか確実に友達がいない。


「ていうか、何失礼なこと言ってんの!? い、いるから! 友達くらい……」

「少なくともこのクラスにはいないっしょ」

「い、いいからゲームの話しようよ!」

「よしきた。じゃあ俺がお前に友達がいない事を当てるゲームをしよう」

「そのゲームじゃないわよ! どんな方向転換で条件をクリアしようとしてるわけ!?」


 ダメか、と思いつつも、確実にボッチだと思う。小野朱莉が自分なんかに声をかけて来た理由……それは、つまり同じ友達がいない者同士で仲良くしたかった、ということ。これはつまり、類友とも呼べるだろう。


「ていうか、いるもん! 友達くらい!」

「その人の名前は?」

「え、な、名前?」

「そう、名前」


 言えない名前だろうか? 高校生で言えない名前ってなんだよ、と思わないでもない。つまり、いないのだろう。


「……ま、真下祐之介とか?」

「へー、誰?」

「他校の人」

「ふーん」


 聞いたことがない。まぁそもそもクラスメートの名前はあまり覚えていないわけだから確認のしようがないわけだが。

 なんにしても、突破口しかない。


「普通友達って言ったら同性の友達言わない?」

「え? ……あ、そ、そうかな……?」


 焦ってる。ちょっとほんとっぽいことを言っただけで揺らいでる。実際、友達がいたことがない自分としては、異性と同性の友達、どちらを紹介するかなんて知らないが、それで迷っている時点でおそらく嘘である。


「て、ていうか、友達ならあんただっていないでしょ!?」

「ん、まぁね」

「なら、あんたも一緒でしょ! なんで人にだけそんなに言うわけ!?」

「いや……まぁ確かにお前がボッチだろうがボッチじゃなかろうがどうでも良いけど」

「だからボッチじゃない! 友達はいるもん!」

「いやだからどっちでも良いから」


 前々から思っていたが、この女割とプライドが高い。別にボッチって悪いことじゃないと思うが。

 それなら放っておけ、と言われるかもしれないが、どうしても気になる理由はあった。それは……。


「ただ、ギャルみたいな見た目してボッチって大分、珍しいなって思って」

「ーっ……!」


 真っ赤な顔をされた。あれ……もしかしてこれ地雷だった? と、今更になって実感する。

 そして、地雷と言うのは踏んでからではもう遅い。バン! と、むしろ手の骨が心配になるほどの強さで机を叩いた朱莉は、その勢いで席に戻る。


「もういい! 大嫌い!」

「ごめん?」

「知らない!」


 そう怒鳴り散らして、立ち去ってしまった。言い過ぎたかな……と、少し冷や汗をかく。先生には人に言ってはいけないことを図るようにしろ、と言われたし……。

 いや、でもそれ人それぞれだから、結局無理くね? なんて思っている時だ。教室の扉が開かれた。次の授業はロングホームルームだ。今日は何の話をするのだろうか?


「よーし、全員席に着けー」


 先生の手にあるのはプリントの束。何か配布物があるらしい。

 それを机の上に置くと、改まった様子で全員に声をかけた。


「うしっ、全員いるなー」


 ……ホントに見た目と口調が合わない人だ。こんなゆるふわ系中学生な見た目をして、口の曲がり方は最近の少年誌を真似した様な口調になっている。

 その先生は、やはり実に綺麗な字で黒板に文字を書き始めた。

 記された文字は「職場見学」と書かれている。


「今日は、もうすぐある職場見学についてなー」


 そういえば、そんなイベントがあった気がする。高二は受験か就職かの選択を迫られる時期でもある。その上、受験をするとしても最終的に就職をするわけだし、どんな職種があるかを把握するため、とも言える。

 先生はプリントを配り始めた。配られたプリントに目を通す。

 行ける職場は「テレビ局」「グリズリーランド」「工場」の三つ。明らかに熱量に差がある。

 さて、そんな三つの中で、三人一組の班に分かれる。その三箇所には当然、人数制限があるので、まずは希望の職種を募り、その後でジャンケンなりしてあぶれた分の人を余っている職種に振り分ける。

 まぁ、希望の職種と銘打ってはいるが、テレビ局かグリズリーランドというテーマパークに人が集まるのは必須だ。

 何せ、職場見学は終わった後が自由時間なので、テレビ局はお台場だし、グリズリーランドはそのまま遊べる。……まぁ、工場も都心にあるので、遊びに行こうと思えば行けるわけだが。


「じゃあ、まずは班決めてー。自由で良いからー」


 説明を終えた先生の号令で、全員が立ち上がる。……いや、全員ではない。樹貴は立たなかった。何せ、こういうのは仲良い人同士で集まるから、ボッチの自分は余り物で集まるしかないのだ。

 なので、焦って集合しても仕方ない。……というか、焦って仲良い人同士で集まろうとしている連中にこそ疑問が出る。どのグループも4〜5人くらいはいるだろうに、その中であれば誰と一緒でも構わないはずだ。なんでそんな取り合いになるのか?

 ホント、一人というのは気が楽で助かる……そんな風に思っている時だった。

 自分の席の前に現れる、見た目はギャルのボッチな少女が一人。顔を上げると、真っ赤にして怒りと羞恥で震えている朱莉が立っていた。


「……」

「……」


 まぁ恥ずかしいわな、と内心で理解する。さっきボッチである事を見抜かれた上に、自由に班員を決められる時間で自分の所に舞い戻って来る時点で肯定してしまっているから。

 それでも、恥を偲んでここに来たのは「知らない人より知ってる人と組んだほうが良い」と損得勘定を弾いたのだろう。


「……班、一緒に組もう……?」

「真下祐之介くんと一緒じゃなくて良いのか?」

「そ、それは他校にいるのー!」


 真っ赤になった顔で「キー!」と猿の様な雄叫びで両手を振り回し始めたので、机の下に隠れた。


「あいったぁ!」


 振り回した手を机の角にぶつけて悶絶し始めたので、机の下から出て椅子に改めて座り直す。


「もう一人か……誰かいない? 組んでくれそうな人」

「ちょっとは心配しなさいよ!」

「大丈夫? 机は」

「お願い、一発で良いからビンタさせて!」

「それ聞く度に思うんだけど、良いって言う人いると思ってんのかね」


 ま、他の連中も一人くらい余りはいるだろう。それをのんびり待つ……最悪、二人しか決まっていない班が二つ見つかるかもしれないが、その時は潔くここが散れば良い。

 なんて思っている時だった。


「ね、二人とも余りなん?」

「「?」」


 思ったより早いな、と思いながら顔を上げる。やたらと高くて軽い声……女子か、と思ったのも束の間、思わず顔を見て驚いた。

 白過ぎるほど真っ白な肌と、ちょっと血色が良過ぎない? と、思うほど赤い唇……明るめの茶髪をサイドポニーに纏め上げた髪……吊り目に付けられた長いまつげ……などと、いかにもギャル、と言う外見だ。


「アタシも入れてくんねー? マージ普段連んでる奴らとジャン負けしてさぁー」

「ケバっ」

「……は?」

「な、なんでもなーい!」

「おぐっ!?」


 思わず漏れた口を朱莉に張り手で塞がれ、後ろに吹っ飛ばされる。

 でも、ケバいのだから仕方ない。だって、ちょっと化粧が濃過ぎる気がするから。


「そいつ今なんか言ったー?」

「い、言ってない言ってない! け、けー……競馬のゲームやりたいって言ったんじゃないかな!?」

「あー、あれか。ウマお姫ってヤツ。最近流行ってるんしょー?」


 ウマいこと誤魔化してくれたが、何にしても顎が痛い。綺麗に顔面への張り手は決まったから。そんなに悪いこと言いそうになったのだろうか?


「と、とにかくよろしくねっ! 上野さん!」

「よろしー☆ えーっと……小野ちゃんと、大阪だっけ?」

「そう! よろしく!」


 関西人にされてしまったが、班員は決まった。もっと面倒な揉め事が入ると思っていたが、まぁ良かった。

 思ったより明るいのは……恐らく、職場見学地を他の普段、連んでいるメンバーと合わせるつもりなのだろう。

 そうなれば、現地で半行動なんて律儀にしなくても良い。

 さて、そうと決まれば次だ。身体を起こしながら席に座り直しつつ、さっき聞こえて覚えた名前を使って声をかけた。


「なら行き先は上野さんが決めて良いよ」

「え、良いん?」

「うん。どうせあの人達と同じ場所行きたいんでしょ?」

「マジかー! え、サワちん良い奴なん?」

「なんでみんな俺を触り魔みたいな呼び方したがるの?」


 わざわざ付けにくい苗字のあだ名を考える理由があるのだろうか?


「じゃ、グリズリーランドにするから! 待ってて、ジャンケンでボロカスにして来るし」

「一応、言っておくけど、ルールは張り手と目潰しと拳骨じゃないからね?」

「分かってるから!」


 それだけ話して、一度新たな班員は友達グループの中に戻っていった。


「……香水臭かったー。え、俺アレと一緒に職場見学すんの?」

「バカなこと言わないでよ。ものを正直に言い過ぎ。あの子、このクラスの中でも最高カーストにいるんだから」

「え、クラスにカーストとかあんの?」

「あるに決まってるでしょ」

「変わった価値観だな……」


 そんなのいちいち気にしたことないし……というか、そのカーストを得たから何になると言うのだろう?


「で、そのカーストは高くなると何かあんの? 学食代安くなるとか?」

「いやそんな上級会員にのみ配られるクーポンとかじゃないから」

「授業サボっても見逃されるとか?」

「だからそんなのもない。別に特典はつかないよ」

「あ、分かった。成績上げてもらえるんでしょ」

「人の話を聞け!」


 半ばわざと揶揄ってた感じは否めないが、まさか怒られるとは……。

 でも、逆に何一つ特典が発生しないカーストになんの意味があるのかを知りたい。

 ……あ、分かった。所謂、カジュアルマッチでやたらと扇動・指示・アイテム強奪をするシルバー・ゴールドランクの野良みたいなこと出来るのだろうか?


「すげーな、学生のカースト」

「何想像してるか知らないけど多分違うよ」

「小野はカーストいくつなの? シルバー? ゴールド? ……あ、まさかソロマスターとか?」

「だから違う! なんで学生のカーストがEPEXのランクと精通してんの!? てかソロってどういう意味それ!」


 そうは言うが、友達がいないのにギャルっぽい見た目してるって中々ないことな気がする。

 すると、先生が全員に声をかけた。


「班は決まったー? じゃあ、班員は集まって席についてー」


 言われるがまま、とりあえず三人集まって近くの席に座る。

 正直……いづらい。何せ、あのギャルでボッチじゃない上野と同じ班ということは、必然的に他のメンバーも近くに座ると言うわけであって。

 樹貴の周りには女子生徒ばかりだった。


「……」


 だが……いづらさを感じるのも束の間だった。まぁ周りに誰がいようとあんまり関係ない。どうせ好きな場所に行けるわけでもないし、我関せずでスマホをいじった。

 さて、そのままとにかくスマホをいじり続けている間に、梨奈が進行を続ける。


「じゃあ、班で決めた行きたい場所、班長が書きに来て」


 黒板にはいつの間にか里奈が書いておいた三箇所の見学地がある。

 面倒臭かったのか、上野が樹貴の方を見て声を掛ける。


「大阪、書いて来てよ。あんた班長で」

「……」

「ちょっと、聞いてんの?」

「……」

「は? シカト? あんた程度の奴に声かけてやってんだけど?」

「……なるほど」

「納得した? なら、さっさと……」

「このジョブのメイン武器をこっちにすれば火力が跳ね上がるわけか。これバランス調整ミスってんじゃね」

「何の話だし!? ていうか、どんだけ授業中にゲームに熱中してんの!」


 そこまで言われて、ようやく顔を上げた。なんか周りが騒がしいと思ったら、自分にギャルチームの視線が向けられていた。


「え、何? 俺に話しかけてた?」

「そうだよ! 名前呼んだじゃん!?」

「嘘。呼んでた?」

「えっ?」


 聞かれたのは朱莉。友達はいないけど友達が欲しい朱莉は、この班が良い機会になる気がしてなんて答えれば良いのか分からない。

 なので、答える前に上野が声を掛けたのは幸運だったかもしれない。


「呼んだっしょ! 大阪って!」

「? 行きたいの?」

「そっちの大阪じゃねーし! あんたの名前でしょうが!」

「いや俺の名前、大沢だから。純然たる関東人だから」

「知るか! じゃあ大沢、あんた書いてきて」

「いや自分で行ってよ。そっちが行きたいっつった見学場所じゃん」

「は? あんたが選んでいいって言ったんでしょ」

「や、だからそれくらいやってよ。……てか、俺が書いて来るなら俺が行きたい場所書くよ」

「……は?」


 なんでこんなわがままなの? と、思いつつも、向こうが書くと言わざるを得ないレスポンスをする。

 後から班に混ぜてもらいました、それで行きたい場所を選ばせてもらいました、自分で書くのは面倒なので他人に行ってもらいます、とかなめている。

 そんな時だった。


「ま、まぁまぁ、アタシが行くから。だからギスギスしないでよ。……ね?」

「ほんと? ありがと」

「なんでお前が行くの?」

「い、い、か、ら! ……上野さん、どこに行きたいの?」

「グリズリー」


 なんか怒って黒板の方へ向かってしまった。その背中を眺めつつ、再びスマホに視線を落とす。その樹貴に、上野から声が届いた。


「男の癖に……小さ」

「お前も良いとこ同じレベルだけどな」

「っ、あんた……!」

「そこー、さっきからうるさいぞー」


 先生に怒られた上野は仕方なさそうに黙り、樹貴もそのままスマホをいじる。

 結果は案の定というかなんというか……普通に、グリズリーとテレビ局の二強だ。現地集合して現地解散するなら、せっかくだし遊びたいと言うのが大きいのだろう。

 しばらくして、そのまま代表者によるじゃんけんが始まる。

 すると、朱莉がガッツポーズしながら戻って来た。


「やった……! 勝った!」

「おっしゃ、ナイス!」


 それに伴い、上野の機嫌は元に戻る。一人だけ友達グループから外れた身としては、自分だけ遊びに行けないかも……と、気が気じゃなかったのだろう。

 心底どうでも良い樹貴はスマホから目を離さなかったが、とりあえず望みの場所になってよかった……とは思わなかった。

 だって……まだ、もう片方のグループが勝ち残ったとは限らないから。


「ごめん、負けたわ」

「……えっ」


 戻ってきたギャルグループの一人が謝ることによって、上野の体はその場でフリーズした。


 ×××


 胃が痛い、と思うのは自分だけではないはずだ。今の朱莉の立場なら、誰だって胃に穴が空く思いをするだろう。

 それくらい、朱莉はそろそろ気まずさが天元突破している。

 何せ……班員二人の仲があまりにも悪過ぎる……。

 というか、単純に相性が悪いのだろう。プライドが高いギャルグループの一人と、言いたいことをなんでも言ってしまうボッチ。そりゃ「混ぜるな、危険」という表示も出るというものだ。


「と、いうわけなんだけど、もう少し仲良く出来ないわけ?」

『それは向こう次第だから』


 今日も二人でゲームをやりながら、そんな会話をする。


『俺は何もおかしな事は言ってないからね』

「分かってる、分かってるけど……でも、あんな言い方してたら誰だって怒るって」

『誰だって怒る言い方をしたのは向こうでしょ。俺は普通に話してたよ』


 アレを煽っているつもりがなかったのか、と思ったが、でも確かに向こうの高圧的な言い方に比べれば理性的な言い方だったと言える。

 でも……それで喧嘩になったら、同じ班でやっていくのに気まずくなる。そこは大人の対応をしてほしい。

 分かってもらうためにも、申し訳ないけど上野を少し悪くなる言い方をさせてもらう。


「でもほら……そんな人と同じレベルに立っちゃダメでしょ?」

『そのセリフ聞く度に思ってたんだけどさ、大人になるってのは理不尽を受け入れるってことじゃないからね』

「え?」

『あの場でお前が行った時点で、これ以上騒いでも無駄かも、と思って黙った俺が言っても説得力無いけど、臭い物には蓋をしたってそこに残るだけで何も変わらない。臭い物そのものを除去しないと何にもならないって事』


 どういう意味? わかるようなわからないような……なんて顔をしていたのが、マイク越しのはずなのに察されたのだろう。すぐに返事が来た。


『あそこでもし俺が引き下がって書きに行ってたら、高圧的に人をパシリにした奴の一人勝ちじゃん』

「あー……それはそうだね?」

『だから正しい事を言い返したら、喧嘩両成敗になって俺もあいつも同罪になるっておかしいと思わない?』

「……うん」


 そう丁寧に言われると分かる。確かに不公平だ。どう動いたって樹貴が損する結果になってしまう。悪いのもきっかけも向こうなのに。


「でも……あのまま、アタシが介入しないで口喧嘩になって後から二人揃って生徒指導室に連行されたらどうするの?」

『望む所だわ。ちゃんと説明する機会が設けられるなら、正しいのはこっちだし罰則があるのは向こうでしょ』

「それは……まぁ、そうかも」


 そっか……キチンと事情を理解出来る機会が訪れるのなら、損するのはやはり本当に悪かった方か。

 意外と言いたいこと言うのも間違っていないのかも……。


『とにかく、あんな風に人を挑発するような言い方する奴に言い返すことも許されないなんておかしいでしょ。言うべきことを言っただけだから、怒られる謂れなんかない』


 そう結論づける様に言われた時だ。そこで、ふと違和感。あんな風に人を挑発する言い方……と言っていたが、確か上野に呼ばれていた時……。


「じゃあ、もしかして……最初の方は聞こえなかったフリしてたの?」

『は? ……ああ』


 その理屈で言うなら、被害者も必要以上に相手を煽ることは良くない。それこそ両成敗だ。

 案の定、今の自分の質問だけで何を言おうとしているのか察した様で、少しさっきまでより弱々しい声音で答えた。


『……まぁ、さっきのは俺も……イラっとして、しなくて良い挑発をしたかもだけど……』


 ……反省してる声……意外と、この子も悪いと思ったことは認めるタイプなのかもしれない。


『……なるほど。言わなくて良いこと、か……』

「え、なんて?」

『なんでもない。……まぁ、小野に気を使わせたし、もう少し言い返す基準は下げるよ』

「な、なるべくなら言い返さないで欲しいんだけどな……」


 まぁ……でも基本的に間違っていないこともあって、矯正しろとは言えない。とりあえず、まぁ仲良くしろとは言わないけど、仲悪くなられるのも困るということだ。


「それより、さっさとゲームやろ。今日のストレス、全部ぶつけるから」

『溜めることになって憤るのはやめてね。鼓膜破けるから』

「は? 大声上げたことなんてないから」


 自分はいつでも冷静だ。そう思いながら、10分後に絶叫した。

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