第2話 目論見は基本的に上手くいかない。

「……げっ、しまった」


 登校中、トゥイッターを見ながら声を漏らした朱莉は、思わず昨日の自分を振り返って死にたくなる。

 よくよく読んでみたら、オタクくんとギャルが二人で外出する様になるのは物語の中盤以降……つまり、間違っても出会って初日ではない。

 冷静に考えれば、話し始めて初日の男の子と二人で出掛けるとか、ギャルでもやらないだろう。

 こんなんじゃ、ギャルの中でも特にビッチな奴だと思われたかも……と、冷や汗を浮かべる。

 いや、やってしまったものは仕方ない。それよりも、今後は気をつけることにして、これからはどうするかを考えた方が良い。

 そして……それは、漫画によると消しゴムとかの貸し借り、いきなりあだ名呼び、そしてオタクがはまっているコンテンツに興味を示す……よし、これだ。これを実践しよう。

 特に、消しゴムとコンテンツへの興味はリンクさせると自然な流れになりやすいっぽい。

 さて、教室に到着。早速、あの少年を探す……が、姿は見えない。まぁ朱莉自身、余裕を持って登校しているので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


「ふぅ……」


 手鏡を用意して、顔を見る。変な所はない。メイク……といっても軽くリップを塗った程度だけど問題ない。化粧は勉強中である。

 少しずつ教室には生徒が集まって来て、それに比例して騒がしくなっていく。

 オタクグループ、運動系グループ、少し不良系グループが集まり、その中でもやはり男女は別れている。昔は男女混合のグループもあったらしいが、今の高校は男女間を意識してしまうことも多く、基本的に男女別。

 代わりに、イベントの時は不良系と運動系の男女が仲良くなる。オタクもたまに中に混ざったりする。

 こうして見ていると、学校に来る生徒のタイプはとてもわかりやすい。

 オタクグループが最初。このグループは基本的に校則は表向きは守り、裏では実は学校に持って来てはいけないオタクグッズを見せ合う。

 その上、なるべくなら他の人種がいない事を望むので、朝早く来て色々はしゃいだりするのだ。

 続いて来るのはどのグループにも属さないタイプの生徒達だ。男子でも女子でも。そんなに厳しくない部活生や帰宅部が来る。教員に一番好かれるタイプ。

 さて、その次はそろそろギリギリの時間帯。運動系のお出ましだ。何せ、朝練が終わる時間帯だから。

 それ以上にギリギリの時間で不良系。必ず1〜2人はギリ遅刻の時間に来て先生に怒られ、笑いを取ろうとする。あまり雨白くない。

 だが、今日は珍しく先生が来る前に不良っぽい生徒は全員、来ていた。


「よーし、全員席につけー?」


 ホワホワと間伸びしているのに口調は曲がっている、担任の先生が入って来る。教員なのに地毛の茶髪を染める気がないのは、この学校が緩いのか、それとも本人が自由人なのか。

 何にしても、そのフワフワした茶色の癖っ毛、眠たげな眼差し、そして156センチくらいの低身長はとてもマスコット感がある。


「あれ、大沢はー?」

「……」


 それを聞いて、朱莉もハッとした。そういえば……あいつ来てない。先生より遅く来た時点で遅刻確定なわけだが、いつになったら来るのか?

 本当に人の思った通りに動いてくれない人だ……と、少し呆れ気味に思いながら、とりあえず気が付かなかった事にした。


 ×××


「で、何か言い訳はー?」

「? 大人は言い訳したら怒るのになんで言い訳を欲しがるんですか?」

「今のは皮肉だからー。有り余る素直さで煽るのはやめなさい」


 一時間目が終わった後の休み時間、授業の途中で入室した大沢樹貴は、担任である中野梨奈に廊下で怒られていた。


「……君、ちゃんと反省してるかー? もう遅刻、今年で三回目だぞー」

「すみませんね」

「いや、その空っぽの謝罪はいいから。四回遅刻で欠席扱いになるってわかってるー?」

「分かってますけど」

「ちなみになんで遅刻したのー?」

「うちの猫がスクール鞄にゲロ吐いたから、それ取ってました」

「……」


 仕方ないと言えば仕方ない理由なのが、先生的に困っている所だろう。

 だが、怒られる本質はそこではない。不可抗力だろうとなんだろうと遅刻は遅刻だし、怒られている生徒の態度だろう。早い話が、反省しているように見えない。


「大沢は……友達はいるのかー?」

「いないですね。ご存知の通り」

「欲しいとかは思わないー?」

「……どうだろ。もうずっとそうだったから、今更いいかなって感じはあります」


 そういえば、昨日は妙な奴と絡まれた。なんか初めて話した奴とフェルソナカフェに行ってしまった。

 こっちが金を出せば特典は多くもらえるし、実際の所、特典にダブりはなくて最高だった……が、その後、ネタバレ解禁のつもりでトゥイッターを見れば、フェルソナカフェの内装の発見が多く出ていて全然気が付かなかった事に気が付いた。

 他の誰かと飲食店に入るのは初めての体験で、つい話をする事に夢中になってしまったが、だいぶ勿体無いことをした気分だ。


「趣味とかはないのかー?」

「趣味とか言われても……ゲームとか?」

「うちのクラスにもあるだろーそのグループ。混ざったりしないのかー?」

「いや騒がしいの嫌いなんで」


 なんでオタクって一人の時は全然、喋らないのに大人数になると声が大きくなるのか、と少し嫌悪感が出る。

 そもそも、騒がしいのが好きではなかったりする。会話するのに大きな声はいらないだろうに……もしかして、近くの鳩を追い払ったりしているのだろうか?


「まぁ、あいつらは授業中は静かだし、友達同士の時だけ騒がしいしー……教師としてはありがたいんだけどなー」

「教員は好きですからね。ああいう当たり障りのない連中」

「……」


 昔はどうだか知らんが、結局人間は事なかれ主義。そして、事が起きてもなかった事にする主義だ。だが、そのなかった事にするのも簡単ではないので、元々本当に何もなければと思っている。

 それは、教員だけでなく誰でも同じだろう……なんて思っている時だ。ぼんやりし過ぎていたからか、中指の関節を突出させた拳で、こめかみをグリグリと攻められた。


「いだだだだっ……め、目ぇ飛び出るって!」

「君はアレだなー、一言多いタイプだなー」

「えっ、な、なんかまずかったですか!?」

「言わなくて良いことまで言ってる事を理解しろー?」


 そう言いながら、手を離しながら、つま先立ちになっていた足を戻す。わざわざ背伸びしてまで、高い部位にある弱点を突きたがる辺り、身長にコンプレックスがあるのかもしれない。

 圧迫されていた様なズキズキする痛みに手を添えつつ、とりあえず怒らせたのなら謝ることにした。


「ったぁ〜……す、すみませんね。嘘はつけない正確なもので」

「嘘をついてるなんて言っていないぞー? お前の言うことにも一理あるからー」

「はぁ?」

「ただ、言わない方が良いことを言ってるってんだー」


 言わなくて良いこと? と、小首を傾げていると、梨奈は腕時計を見下ろした。そろそろ時間らしい。


「悪いけど、もう戻るから。……ま、何が言って良いことで何が良くないことなのか、私が身体で教えてあげるから」

「え、身体って……」

「こっち」


 ゴキゴキと指を鳴らし始めたので、思わず冷や汗をかいて一歩引く。このご時世でパワータイプの教員とは恐れ入った……が、樹貴は教員の体罰はむしろ肯定派だ。

 勿論、木刀で殴ったりだとか、背中に根性焼きしろとかではなく、ビンタやゲンコツ、あと今みたいなコメカミグリグリくらいは構わないと思っている。

 その程度の罰も問題にしたがるから、本来加害者側の奴が被害者になって問題の本質はいつの間にかスルーされてしまうのだ。

 ……とはいえ、やはりコメカミは痛かったので素直に謝っておかないといけないが。


「で、ですよね……スミマセン」

「とにかく、少し口に気をつけるように」


 それだけ言って、梨奈は大沢樹貴の前から立ち去っていく。

 あれ? ていうかこれ遅刻の指導じゃなかった? と、小首を傾げたが、まぁとりあえず終わったし、席に着こうと思って教室に入る。

 自分の席に着くと、その近くに昨日知り合いになった女子生徒が立っているのが見えた。


「サワっち〜!」

「……それ俺に話かけてる?」


 なんだろう、その呼び方。すごく馴れ馴れしいしやめてほしい。


「そう、良いっしょ?」

「触り魔のタマコっちみたいじゃん。やめて」

「ええ〜……じゃあなんて呼んで欲しいの?」

「そうだな……クラスメイトA」

「学園映画のエキストラか!」


 半分冗談のつもりだったのだが、全力のツッコミを入れて来る。

 で、何を思ったのか、コホンと咳払いをした小野朱莉は、少し周囲を見渡した後、頬を若干、赤らめ、そして顔を近付けて改めて声をかけて来た。この子……香水をつけているのか、それとも洗剤の香りなのか、良い匂いする。


「く……クラスメイトA」

「ホントに呼ぶんかい。斬新なイジメだなオイ」

「そ、そっちが呼べって言ったんでしょー!?」

「声大きい」

「誰が声量のポテンシャルを引き上げに来てると思ってるのよ!」


 ちょいちょい女の子っぽい口調が漏れるよな、と思いながら、次の授業の準備をしつつ話を進める。次の授業まで4分を切っている。


「で、なんか用? 俺忙しいんだけど」

「あ、ごめ……いや学校にいるんだから予定はみんな一緒でしょ!」

「や、いいから用事」

「っ、こ、この……まぁいいや。……コホン」


 なんかまた咳払いしたと思ったら、少し頬を赤らめて照れを隠しきれていない表情で、手を差し出しながら聞いて来た。


「消しゴム貸してくんね?」

「……は?」

「や、だから消しゴム」

「嫌だけど……え、そのためにわざわざ席の前で待ってたの? 割と席遠いよね」

「あ……それは確かに……嫌なの!?」

「嫌だよ。2個しかないし」

「じゃあ良いでしょ!」


 いや、でも嫌だ。そもそも何の理由があって借りたがるのかわからない。一時間目はどうしたのだろうか?

 すると、何やら突然、ピンと来た表情になったかと思ったら「はっはーん……」と言わんばかりにイラっとする笑みを浮かべて来る。


「もしかして……消しゴムに好きな人の名前書いてるとか?」

「お前本当に令和世代の学生か? 大正辺りじゃないの?」

「誰が平せ……大正!? せめて昭和って言いなさいよ!」

「それ自分的にも古い自覚あるってことだよね」


 というか、あの顔でそれを言われたのが一番腹立つ。

 まぁ、何にしても貸さないと授業が始まるギリギリの時間まで席から退きそうにないし、そしたらまた目立つかもしれないので、さっさと追い出す。


「……で、消しゴム貸せば良いの?」

「! そ、そう!」

「ほれ」


 ペンケースから放って消しゴムを渡した。


「あ、ありが……えっ」


 モンスターバスター……通称「モンバス」のイベントで購入した、モンスターのフン型消しゴムを。

 それを見た直後、ほぼ反射的な反応速度でこっちにぶん投げて来た。


「なんてものを女の子に貸すのよ!」

「身勝手の極意」


 が、こちらも反射神経だけは誰にも負けないので、それが当たる直前に手を出してキャッチ。すると、朱莉は頭を抱えて絶叫した。


「んぎああああああああ! 腹立つ!」

「断末魔?」

「違うわ!」

「で、使うのか? 使わないのか?」

「使わない! 別の消しゴムはないの?」

「別の……はい」

「最初からこっち出してよ……」


 言いながら手渡したのは、同じくモンバスのなわばりのフン型消しゴム。


「小学生かああああああ!!」

「大丈夫、限定品だけど家に保存用もある。結構、消えるんだよこれ。消しカスもまとまりやすい優れもの。ビジュアル、性能、共に優れたうんこは世界中探してもこれだけだぞ」

「なんで急にレビュー始めてんの!? ていうか、ビジュアルは優れてないし! むしろ汚らしいし! 世界一触りたくない形してるし!」

「借りてる立場で偉そうなこと言うなよ」

「もう借りないからいい! 自分のあるし!」


 なんか勝手に怒り出したと思ったら、そのまま立ち去っていった。自分のがあるならなんで借りに来たんだよ、と思いながらも、とりあえず消しゴムはペンケースにしまった。保存用は確保してあるとはいえ、大事に使わなくては。


 ×××


 少しムカついたが、これはまた彼のゲームについて知る良い機会だったのでは? と、今更になって少し後悔。

 でも……いや、やっぱりギャル的に考えてフンの消しゴムなんて使いたくないし使ってはいけない。

 だが、少し興味はある。モンバスの名前くらいはゲームに興味がない朱莉でも知っている。

 モンスターを狩るゲームで、その素材で武器や防具を作り、強くなっていくゲーム。

 これも、興味は持ったほうが良いのだろうか? なんて少し考えつつも、とりあえず次の休み時間になったので、また彼の机に遊びに行く事にした。

 サワっち、というあだ名は嫌がられてしまったので、ひとまず苗字で呼ぶことにした。


「大沢くーん」

「……何?」


 あ、怪訝そうな顔してる。でも大丈夫、こっちには切り札があるから。


「そういえばさっき気になったんだけど、モンバスってどんなゲーム?」

「あ? あー……うんこ投げ合うゲーム」

「人が知らないと思って適当なこと言ってんじゃないわよ!」

「え、いやだってさっきのくだりで興味持ったって事は、うんこに興味が出たってことっしょ?」

「もう興味失せたから、次にその言葉発したらビンタするから!」


 可愛い顔してなんでそんなに世界で1番汚い言葉を連呼するのか。本当に小学生なのでは? と勘繰りたくなるまである。


「てか、なんか用?」

「え……あ、あー……」


 自分の学習能力のなさに少し呆れた。そうだった、何か用事を示さないと……。

 どうしよう、と少し考えてから、改めて声を掛けてみる。


「き、今日はゲームやれるの?」

「え? 別にやっても良いけど。やる?」

「や、やろう」

「分かった」

「……」


 用事終わってしまった。黙ったまま佇んでしまっていると、すぐに怪訝な顔色で聞かれてしまう。


「……え、まだなんかある?」


 ……やっぱり、なんか違う。なんでこう……ギャルのオタクのはずなのにこちらが押され気味になるのだろうか?

 ここは一つ……強引な手段で照れさせるしかない。つまり……色仕掛けだ。大丈夫、その辺のあざとさも漫画で習った。

 腕を組んで胸を持ち上げ、そして椅子の上で短くしたスカートから太ももが出るように脚を組む……これだ。

 その上で……色気とは全然、関係ない話題を出せば良い。


「ねぇ、大沢くん……EPEXの事なんだけどさ」

「その前に、胸元から下着見えてるから、もう少しボタン止めてネクタイちゃんとした方が良いよ」

「……」


 こ、こいつは本当に〜〜〜っ、と顔が真っ赤になると同時に、頬が膨らむ。

 わざとに決まってんでしょうが! どこかの誰かを誘惑するために! と、言いたくなるのを堪えた。言えば終わるから。


「な、なんでそうはっきり言うわけ!? ホント、デリカシー無さすぎない!?」

「いやはっきり言ったほうが伝わるでしょ。『見えてる、見えてる』ってアイコンタクトして伝わる?」

「そ、そうじゃなくて……! なんかもっとこう……下着とかじゃなくて遠回しな表現とかあるでしょ!?」

「じゃあ……黒くてひらひらがついてる、白いブラウスの下に来てたら晴れてても避けそうな布がはみ出てるよ」

「ぎ、ギャルはみんな大体こんな感じでしょ!?」

「いやギャルの下着見たことないから知らないけど」


 どうしたことか、本当にイライラして来た。ここ最近、ニュースで無差別殺人や未遂が無かったら、一発顔面に張り手をお見舞いしていたかもしれない。

 頭にきたので、今日はもう会話を打ち切る。


「もういい! 死んじゃえバーカ!」

「あ、待った」

「何!?」

「俺お前の連絡先知らないんだけど。今日ゲームやるんでしょ?」

「よくそれを言えるね!?」

「やらないの?」

「……」


 聞かれて冷静になってしまった。そうだ……腹立つけど、この男と仲良くゲームを……。

 というか、意外と樹貴も乗り気なのでは? なんて思わないでもなくて。


「……何、あんたもやりたいの?」

「………まぁ……誰かとゲームやるの、初めてだし……」

「……」


 クッソーーーーっ、と、目に片手を覆う様に当てがい、天井を見上げる。このやろう、自分の顔面の可愛さを理解してやってんじゃないだろうな? と、思いたくなるような仕草に、全てを許す気になってしまった。自分、チョロい。


「はい。これQRコード」

「どうも。じゃあ出来る時、言って。俺はいつでも行けるから」

「リョーカイ!」


 決定し、とりあえず放課後を楽しみにさせてもらった。


 ×××


 弟からヘッドセットを借り、弟のゲーム機を借り、弟のアカウントを借りてゲームの準備をする。最近、弟はパソコンでゲームをするようになったので、割と問題なかったりはしているわけで。

 さて、それはさておき……まずはゲーム機で他人とゲームをやるのは初めてなので、弟に教えてもらう。


「で、どうしたら良いのかしら?」

「まずその人とフレンドなんか」

「え……ど、どうでしょう……話すようになってまだ二日目だし……」

「いやそんな友達の境界線を学ぶ道徳の授業みたいな事じゃなくて。プレ4のフレンドかってこと」

「えっと……モンストゥのフレンドのような意味合いかしら?」

「そういうこと」

「まだ」

「……じゃあ、まずそこからだと思うけど……」


 流石、リア友よりゲーム友達が多い弟。頼りになる。


「電話出来ないの? その人と」

「えっ」

「した方がわかりやすいよ」

「い、いや……それは勘弁して欲しいわね……」

「なんで」

「ちょっと……うん」


 なんか男子のクラスメートと仲良くしてるのを弟にバレると思うと少し気恥ずかしい。というか、家族に異性の友達がいることがバレることが普通に恥ずかしい。

 多分、最近なんかやたらと髪に気を使う様になった弟にも、仲の良い女友達が出来たのだろうが、家族にはなるべくなら知られたくないだろう。


「あ、分かった。もしかして男?」

「っ、ち、ちぎゃうけど!?」

「なんで怪獣の鳴き声みたいな噛み方したの?」

「と、とにかく、やり方を口頭で教えてくれる? それでなんとかしてみせるから」

「まぁ良いけど……」


 と、いうわけで、やり方を教わった。

 多分大丈夫……というところで電話がかかって来た。ついさっき登録したばかりの名前だ。……「エクステンデッド山村」って意味不明だけど……。


「ありがとう、蒼葉。後はなんとかするから」

「ん。頑張って」


 それだけ話して、弟は出て行った。

 さて、まずは電話に出る。


「もしもし?」

『山田?』

「小野よ! あんた、人の名前まだ覚えてないわけ!?」

『そうそう、小野田』

「是が非でも間違えないと気が済まないのね!」

『一つ、ゲーム始める前に言っておくけど……』


 なんだろう。改まって。まだゲームを始めるどころかフレンドにもなっていないと言うのに。


『FPSはイライラしたら負けだからな』

「ゲームなんかにイラつくことなんてないから安心しなさい」

『あっそ。ならいいや。まずはフレンドから……』


 と、ゲームを始めた。

 しかし、まさかイライラを疑われるなんて……と、ちょっと癪ではある。元々、ゲーム自体に興味はなかった。

 ただ、単純にオタクに趣味を合わせるためにやっているだけだし、勝ちたいと思ったりはしないから、イライラもない。

 むしろ、こっちが宥めたり、甘えたりすることをする事こそが、オタクに優しいギャルの真骨頂だろう。いや……むしろ、オタクより活躍するギャルというのもアリ……。

 そんな事を考えながら、フレンドになった。


 〜20分後〜


「んがあああああ!! ム、カ、つ、くうううう! なんで死んだ後にまで撃ってくんのこいつら!?」

『死体撃ち』

「やり返すわよ! もう一回!」

『同じマッチに同じ人がいるとは思えないけどね。バトロワと旅は一期一会』

「いい感じのこと言っている暇があるなら、さっさと次のマッチ始めて!」


 その日は、沼の底まで沈んでいった。


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