オタ男に勝てないギャル子ちゃん。
@banaharo
勝ち負けを決めたがるうちは子供。
第1話 現実と漫画は違う。
「……」
小野朱莉は、SNSに流れて来てたまたま目についた漫画を読んでいた。
オタクに優しいギャル……というジャンルの恋愛漫画。簡単に言えば、オタク趣味の少年が絵を教室で描いてたら、それがクラスのギャル系女子に発覚。
馬鹿にされる……! と、身構えるや否や、ギャルは少年の絵に興味を持ち、そこから少しずつ持ち前のコミュ力で仲良くなり、そのまま恋愛関係になっていく……というものだ。
まぁそれがゲームだったり、あるいはギャルの方にオタク趣味があったりとか様々だが、とにかく大体こんな感じ。
何故か、ギャルの方からオタクに惚れる定型分があったが……とにかく、思った。
「……これだ!」
これなら……自分にも彼氏が出来る……! これでようやく、友達の中で一人だけ彼氏いない歴=年齢じゃなくなる!
今の今まで、それはもうおちょくられて来た。格好だけはウェーブを掛けた髪に金髪、本当は死ぬほど恥ずかしいけど胸元は第二ボタンを開け、耳にピアスをつけている。
実を言うと、告白された事もある……が、やはりというかなんというか……恥ずかしいのだ。
さらに、高校生といえば性欲も盛んな時期。実際の所、そういう行為を行うカップルがいるのかどうなのかは知らないが……その、えっちをするのはまだ早いみたいな事を思うと……特に、無理矢理されるかも……なんて考えてしまった時、つい告白を断ってしまう。なんかみんなすっごい胸見てくるし。
だが……オタクなら……流石の自分でも、力づくで来られても勝てる……!
そう強く思った。
「よし……明日から、行動開始……!」
そう決めて、とりあえずその日はオタクに優しいギャルの漫画を探して読み漁った。
×××
さて、オタクに優しいギャルについて調べた結果……分かったことがいくつかある。
選ばれるオタク特性の男の子だが……まず、基本的に自分を空気と思い込む節があり、何故かオタク友達もいない。
そして、地味と自称する割に地味なのは髪の色だけ。顔は話数を追うごとに可愛くなっていく。
さらに、こちらはオタクが好きなアニメでも漫画でもゲームでも好きになり、趣味を合わせなくてはいけない。その健気な姿にオタク男子は頭の中では「僕なんかのためにどうして……」と思いつつも、嬉しそうにする。
で、ギャル側の近すぎる距離感に狼狽えつつも跳ね除ける事もせず、心の中で「良い匂い良い匂い……」と快楽を実感する。
「……これ自分がやられたら普通にキモいな……」
いや、普通に無理。自分は初恋もまだだが、イケメンに至近距離から告白されても「良い匂い良い匂い……」なんてならない。キャツビィの匂いはしたから「キャツビィ匂いキャツビィ匂い」って言うしかない。
でも……彼氏は欲しい。これで友達から子供扱いされずに済むし「見た目だけギャル」とかも言われない。
さて、そんなわけで今日は品定め。クラスのオタク系男子を調べる。
オタク系男子は元々、人数が多くない。それだけあって、グループはクラスにも一つだけだ。その代わり、そのグループに五人ほど集まっている。
あの中で……一人を、彼氏に……。
「今朝の無料10連引かん?」
「良いね。俺も取っといた」
「悪いけど今日は引くから。キタちゃん」
「はい、今のでフラグ立った」
「ていうか、完凸しないと使えんしSRのがむしろ当たりじゃね?」
なんて話しているのが聞こえる。よく分からないが、その「キタちゃん」というのが良いのだろうか? まず何の話だろう。多分ゲームか何かだと思うが……。
「じゃあ引くぞ」
「あ、待って。例のアレ」
「あーはいはい」
例の? と、思ったのも束の間、一人がスマホをいじった後、音楽が流れて来る。クラシックだろうか? お腹の奥に響くような音。他の生徒達も騒がしく談笑しているのに、音は朱莉の所まで届いていた。
何となく、歌詞がない音楽だけのものなのかも、と察してはいたが、そんな音楽の中でも「あ、サビだ」と思うリズムの直後……全員がスマホをタップした。
「「「「「ここから、出て行けええええええ‼︎」」」」」
五人で絶叫しながら。なんだろう、なんかのキャラのセリフ?
音楽に合わせてセリフを吐きながらガチャを引くって……何か意味があるのだろうか?
分からん……と、腕を組みつつも……でも、何となく思った。仲良しグループって言ったって、どこも大差ないものだな、と。
今まであの手のオタクに興味はなかったから知らなかったが、正直に言うともっと静かに陰湿にしているものだと思っていた。
でも、実際に見るとそれぞれのグループでそれぞれの世界があって、合言葉ではないけど何か彼らにしか通じないものがある。
だから……まぁ、なんだ。楽しそう。
「……でもあの中からは無理」
あの中の人を彼氏にするのは嫌だ。だってボッチじゃないし。ギャルと付き合うオタクには友達がいてはいけない。
……いや、それを抜きにしても、だ。目脂がついてて朝に顔を洗った形跡がない、髪もボサボサで梳かした様子もない、髭が濃いメンバーもいる……など、不細工とかデブだけならともかく、不潔で身嗜みも整えられないような人は、流石に「人は見た目じゃない」の範疇を超えている。
ボッチのオタクはいないのかなーなんて教室内を見回していると、一人だけいた。教室の隅っこで何か絵を描いている男の子。
髪も制服も着崩している様子は見られず、顔はどちらかというと中性的で、見た感じだが顔に目脂どころかニキビもないし、髪も普通に整っている。
名前はー……確か、大沢だったはず。
「……よし」
あの子に決めた。こう言う時、漫画によると前の席にいきなり座り、陽気な声をかけるものだ。
大丈夫……オタクなら変に会話を拒否したりしないはず……そう強く思い、前の席に座ってみた。
「オタクくーん、何描いてるん?」
「ラピート」
「へー、何そ……え、何それ?」
同じことを聞いたのに聞き直してしまった。美少女アニメの美少女を描いているかと思ったら、まさかの青い電車。ちょっと頭の形が独特……ていうかこれ、仮面ライダー辺りの電車だったりしないだろうか?
普通、人を描くものだと思ったが……まぁ、そこは人それぞれと思うことにして、テンプレ通り誉めておくことにした。
「へぇ〜、上手じゃん。なんのアニメに出て来んのー? それとも特撮?」
「現実」
「随分、深そうなタイトルのアニメだね……てか、特撮?」
「や、だから現実」
「? や、あの……アニメか特撮か……」
「よし、出来た」
……話が通じない。オタクってみんなこうなのだろうか? 正直、怖い。
ボッチじゃなくても、あっちのオタクに切り替えようか? と、思いちらりと集団を見る……いや無理無理無理。どんなに性格イケメンでも不潔なのは嫌。
もう少し粘ってみよう……そう思って声をかけ続けた。
「上手じゃん。現実ってアニメ面白いの?」
「? 現実なんてタイトルのアニメがあんの? 俺絶対見ない」
「あ……特撮?」
「現実ってタイトルのアニメを特撮でやんの? ……深いな」
「違うっつーの! さっきの電車が出て来るアニメ!」
思わず大きい声を出すと、ようやく顔を上げた大沢は怪訝な顔をする。
「……お前日本語わからんの? さっきの電車は現実にあるもんって言ってるじゃん」
「はぁ? いやいや、あんなキテレツな形した電車、あるわけないっしょー。流石にアタシだって騙されないから」
「……ほれ」
スマホの画面を見せてきた。するとビックリ、本当に実在した。
「あんの⁉︎」
「カッコ良くね?」
「カッコ良い!」
驚いた。こんな変わった形の電車が……しかも、色彩も相まってなんか強そうで速そうだ。
「ほえ〜……これ、どこで乗れんの?」
「大阪」
「うわ、遠いな〜……新幹線と正面から撃ち合ったら勝てそうじゃね? こう……真ん中の尖ってる感じが真っ二つに裂きそうで」
「速度を出すためのフォルムであって、裂くためのフォルムじゃないんだけどね」
なるほど、この形にもちゃんと理由が……なんて何故か盛り上がってしまった所で、ハッとする。というか、なんで自分が少し驚かされているのか。
漫画の展開では、むしろ「なんでこんな可愛い人が僕の所に?」ってなる予定だったのに……現実と漫画ではやはり違う。
「で、なんか用?」
「え? あ、あー……」
「絵を見にきただけじゃないでしょ。どういう魂胆?」
「魂胆って……人聞き悪くない? 何か企んでるって思われてるわけ?」
「いや別に。聞いてみただけ」
困った。この子は人選ミスかもしれない。話のペースが違うような感じがするし……いや、見た感じ身体は細いし、弱々しい見た目をしているし、でも不細工ではないので、外見だけならこれ以上ない人材なのだが……。
「で、何?」
……ていうか、そうだ。こっちもなんで話しかけたのか考えてなかった。まさか「オタクに優しいギャル」を実践したかった、なんて言えない。
「あー……えっと……あ、あれ。暇潰しに……なんか、描いてたから……」
「ラピート」
「あ、うん。ラピート描いてたから……そういえば、本当に絵、上手だね」
「まぁ、小学生の頃から好きだから。ラピート」
「なんで?」
「見た目が」
それは正直わかる。ここまで形が独特だと、逆に惹かれるものがある。でもなんで昼休みにラピートなのか。
「ていうか、電車が好きなの?」
「いや? ラピートが好き」
「あ……それだけなんだ?」
「君だって、いくらケーキが好きでも『ゴキブリケーキ』が好きかって聞かれた好きじゃないでしょ? 要はそういうこと」
「いや、極端すぎて逆に分かんない……ていうか、気持ち悪いこと言わないでよ」
なんだろう。ゴキブリケーキって。一般的なケーキを構成する要素はスポンジ、生クリーム、そしてイチゴ……なのだが、そこにゴキブリを加えるとなると、やはり奴ららしく物陰に潜んでいるのを表すため、生クリームとスポンジの下から……或いは、一番上のイチゴを取ると黒い触覚が不規則なのに規則的に見える動きで揺れてはみ出て……。
「いやあああああああああああ‼︎」
「え……ちょっ、なに?」
「なんてもの想像させるのよ! 思わず悲鳴が漏れちゃったじゃないの!?」
「自分の想像力を他人の所為にするな。……それは、お前の力だ」
「嬉しくないわああああああ!!」
ダメだ、あの手の虫は想像すると本当に出て来そうな気がするから困る。何せ、どこにいても不思議はないから。ケーキ屋だって所詮は飲食店。害虫駆除とかしているだろうし、そこから這い出てきた虫がうまいこと潜入したりする可能性も全くのゼロではない。
「ああ……もう最悪……あんたの所為で絶対、ケーキ食べる度にGが出て来るかもって身構えちゃう……全て、あんたの所為で……」
もう嫌。オタク男子グループも無理だが、この男も無理。なんかもう今の短い時間で、だいぶ疲れさせられたし、だいぶ要らない思い出を作らせた。
彼氏は……他のクラスで探すのでも良いかも……なんて思っている時だ。
「……どんな想像力を働かせたのか知らんけど……しゃあないなー」
「……?」
その場でうずくまる自分の真上で、大沢は囁くように告げた。
「……想像してごらん?」
「イ○ジン?」
「渋い曲知ってんな……」
「あんたも知ってんじゃん」
「……ふわふわなスポンジ、そして甘さ7:酸っぱさ3のイチゴを絡めた生クリーム、その上からさらに同じくとろけながらも僅かながらに歯ごたえを残したスポンジが乗せられ……そしてまた弾力のない沈むような生クリームを均一に塗りたくられ、トドメと言わんばかりにそっと添えられた赤い果実……それらを、口に入れた時の幸福感を……」
「……」
……シンプルなショートケーキ……何故、シンプルな形がイチゴ、生クリーム、スポンジの三点セットで人類のイメージとして想起されるようになったか……それは、それが黄金比とも呼べるパーフェクトテイストとなるからだ。
想像するだけで、いちごと生クリームが絡むあの味覚に心が震え、ぐーっとお腹が鳴る……。
「あっ」
「……想像だけで腹をすかせるってすごいな」
「〜〜〜っ!」
羞恥から頬が赤く染まる。この野郎、ホントに人の喜怒哀楽をこの短時間で引き出してくれて……!
もう、今日の放課後はケーキを食べに行かないと気が済まなくなってしまった。おかげで、さっきまで想像していたゴキブリケーキなどもう思い出せない。
……そうだ。良い機会だ。まだこいつを彼氏にすると決めたわけではないが……一人でケーキ屋に入るのも嫌だ。
大丈夫……オタクなら、乗ってくれるはず……!
「責任取って」
「は?」
「放課後、一緒にケーキ食べに行かない?」
「太るしお金ないから嫌だ」
「っ〜〜〜!」
プルプルと顔を真っ赤にして震える。こ、こいつ〜……仮にもこんな美少女のお誘いを本当にこいつは〜〜〜! と、怒りで震えてしまう。つーか太るからって、女子か。……いや、むしろその理由で断られる女子の自分が恥ずかしい。
……いや、大丈夫。オタクは押しに弱いのも漫画じゃ当たり前だった。ここは、押せ押せの場面だ。
「良いじゃん〜。アタシに一人でケーキ食べ行けって言うの〜?」
「いや、食いに行かなきゃ良いのでは?」
「どこの誰がケーキの気分にさせたと思ってんの?」
「じゃあケーキじゃない気分にさせりゃ良いのか?」
「え」
「ここで私が提案致しますは……コオロギケーキ」
「やめて! 分かった、奢るからそのプレゼンはやめてケーキ食べに行こう! ……いや、嫌がらせやめてもらうためにケーキ奢るって私いじめられてるのかしら!?」
「いや知らないけど」
なんなのこいつ本当に! と、いや今のは自爆だろ、といつの間にか目立っていたが故に視線を向けていた周りは思ったが、そんな事は知る由もなく朱莉は憤慨する……が、そこで普段ない経験をした朱莉は、ようやく頭が回ってきた。
いじめ……この言葉はキーになる。
「そ、そうだ……! いじめっていじめた側じゃなくていじめられた側の所感で決まるものっしょ? だから、アタシがいじめられたと思ったらそれいじめだから!」
「いや、それでもいいけど、それお前先生に言ったらそれお前鼻で笑われるだけだよそれお前」
「ちょいちょい『それお前』って挟むのやめてくれる!? なんかすっごいイラっとする!」
何だろう、その変な口癖。て言うか今つけたでしょ、その口癖、とイライラがたまる。
しかし、本当に嫌がられるものだ。普通、モテない男の子なら食いついて来るところだろうに……もしかして、意外とモテるのだろうか?
「大沢くんって、彼女いたことあるの?」
「ないよ?」
「???」
尚更、なぜ拒否されるのかわからない……確か、漫画のギャルもこんな感じだったと思うのだが……。
というか、だ。そもそもな話、彼はオタクなのだろうか。なんかあんまりそれっぽい感じはしない。友達がいないのは頷ける性格をしているが。
……自分は、この男を本当に彼氏にするのだろうか? なんかこう……一言で言えば「嫌な奴」な気がしないでもない……。
そんな風に思っていると、すぐに大沢が口を開いた。
「で?」
「な、何?」
「行くの? ケーキ」
「え……い、行ってくれるの……?」
「ああ」
よっしゃ、なんだかんだ来てくれるんじゃん、と内心でガッツポーズ。もしかしたら、さっきまでの一連の流れはポーズだったのかもしれない。
「店は俺が決めて良いなら」
エスコート! これはもう間違いない……!
「う、うん……分かった! じゃあ、放課後ね?」
「ん」
よ、よしっ……ついうっかり情緒死に気味男子だと思ったが、やはり女の子は大好きな様だ。
まぁ……楽しみかと言われれば微妙だが、今の気分をうんと我慢した後に食べるケーキはそれは美味しいだろう、そう思う事にして、とりあえず席に戻った。
×××
さて、放課後。到着したカフェだが……。
「……フェルソナコラボカフェ……」
「デザートと飲み物をしっかり頼むように。特典つくから」
アニメ? とのコラボカフェに、ガッカリしたような、ある意味では腑に落ちたような……どちらにしても、とりあえずやはりオタクであることを実感した。
さて、まぁそんな話はさておき、せっかくだ。中に入って食べよう。
「じゃあ、行こー!」
「あんま大きな声出さないで。騒がしいの苦手だから」
「ご、ごめん……」
ドライだ……なんか、まだ出会って一日も経過していないけど、この子が慌てる様子が想像できない。
「あ、その前に一つ」
「? 何?」
店に入ろうとしたが、止められてしまった。顔を向けると、相変わらずの無表情で言った。
「店内に入る前に……一応、アルセーヌ、イザナギ、オルフェウスだけ覚えておいて」
「え……何それ……無理」
「一回くらい聞いたことあるでしょ。この辺の名前」
「アルセーヌは……確か解答ルパンの名前、だっけ? 三世のおじいちゃん」
「他は?」
「ない」
「……そっか」
あ、少し寂しそうな顔をした。よくわからないけど……自分にも聞いて来ると言うことは、オタク用語ではない? 男の子なら知っている単語とかだろうか?
「じゃあ、アルセーヌと……ゾロ、キッドは覚えられる? このゲームのキャラの名前なんだけど」
「うん。そのくらいならどっかで聞いた」
「なら、アルセーヌ、ゾロ、キッドを覚えて」
「分かった」
さて、今度こそ入店した。
中は、見たこともないキャラクター達のパネルが並んでいる。……いや、あの黒い癖っ毛のキャラだけ見たことある気がするが、他は全く知らない。
しかし……なんて言えば良いのか……なんか、ちょっと煌びやかと言うか、オーラが普通のカフェとは違う。
届いた料理の写真を撮ったりするのは、普通のカフェに来た子達と同じはずなのに…考え過ぎだろうか?
「何食う?」
「え? あー……ショートケーキ」
「知ってたわ、ごめん。何飲む?」
何が良いかな、とメニューを見る。飲み物は正直なんでも良い。正直、ブラックコーヒーなんて飲めないし。
それに、せっかくなら男受けしそうな飲み物……そうだな。自分はギャルなのだし……こういう時はおしゃれな飲み物……そうだ、タピオカだ。
「タピオカ!」
「ないよ」
「ないの!?」
「メニュー見てたよね?」
「あ、そ、そっか……」
そうだった……と、少し気恥ずかしくなってメニューを見直す。他にギャルっぽい飲み物といえば……なんだろう?
「キャラメルマキアート?」
「ないってだから。さっきから何が見えてんの? 薬やってる?」
「やってない!」
「いいから早く選んで」
「うっ……るさいな、もう……」
やはり……なんか、思ってたオタクくんと違う……いや、今時あんな気弱なオタクくんはいないのだろうか? いや今時とは言ったけど別にオタク界隈について詳しいわけでもないが……。
とりあえず、次にギャルが好きそうだなーと、思ったコーラを注文しする事にした。
「コーラ」
「りょかい。呼ぶよ、店員さん」
「ん」
ピンポーン、と呼び出しボタンを押すと、店員さんが現れる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ショートケーキとコーラ、あといちごチョコサンデーとメロンソーダで」
「かしこまりました」
自分の分も一緒に注文してくれた。そんな事で感動はしないけど、少し意外だな、と思わないでもなかったりする。
さて、そのまま少し待機時間。せっかくなので会話を試みてみることにした。
「ちなみに……これ、アニメ?」
「ゲーム」
「あ、ゲームなんだ……スマホとかの?」
「黙ってた方が良いよ。このカフェに来た人のほとんどが熱烈なファンで、特典目当てだから。にわかが来たってわかったら、転売ヤーと勘違いされるかもだし」
「……なんでアタシを誘ったわけ?」
「特典欲しいから。ちょうどケーキも食いたがってたし、WIN-WINでしょ」
「……」
やっぱり……なんか違う。人選から見直したほうが良い気がして来たな……と、少し後悔している時だった。
「そんな事より、そろそろ話してくれない? なんで急に俺に話しかけて来て、出かけようと思ったのか」
「え? あ、あー……」
やはり、気になっている……というか、何なら信用されていない目だ。
どう答えようか……と、少し頭を悩ませる。……正直に話す? いや、とても言えない。それはつまり「彼氏になって」と言っているようなものなのだから。
だとしたら……どうしたら良いのか? やはりー……適当に誤魔化すしかないかもしれない。オタクが相手なら……ゲームに興味を示せば良い。
「あれ……実は、私……EPEXっていうゲームに、興味あって」
EPEX legends……海外のFPSで、レジェンズと呼ばれるキャラクターを一人操り、三人一組二十部隊で収縮するリングの中で武器、防具、アイテムを拾って戦い、最後の一部隊を目指すオンラインゲームだ。
「でも、全然勝てなくてさー。弾当てるのに精一杯ですぐ殺されちゃうんだよね」
「へー」
「それで……コツとか、教えて欲しいなって……」
と、上目遣いで。朱莉は、わざとあざとくお願いしてみる。
ちなみに、そのゲームは全くやっていない。インストールさえしていない。あくまでも興味を持たせるためだ。
まぁ……人選ミスだと思った相手だ。このお願いも会話に困った時に取っておいたものだし、どうせ断られる。
……それに、あんまりゲーム自体にも興味ないし、ぶっちゃけ断ってくれた方が……なんて思っている時だった。
「……良いけど」
こいつは本当に人が望む答えをくれねえなあ! が半分と、え……今「良い」って言った? が半分の、怒りと意外が鬩ぎ合った複雑な表情をむけてしまった。
「? 何その顔?」
「え……い、良いの?」
「良いけど……え、なんで? 逆に嫌なの?」
「いや……ちょっと意外な返事で面食らったというか……」
「ダメだと言われると思ってた初対面の相手をカフェに誘って放課後まで一緒にいんの?」
そう言われると妙な話に捉えられるかもしれないが、それはこっちも同じだ。
「いや……ご、ごめんね? 話してる感じ……そのあんまり人を寄せ付ける人に感じなかったから……」
「ああ……や、そんなつもりはないんだけどな」
「嘘だあ……いつも一人だし、オタクグループにも混ざってないし、言葉は強いし……一人になりたがってるんでしょ?」
「すごいこと聞いてる自覚ある?」
「……ごめん」
確かに今の言い方は大沢のことを強く言えないかもしれない。ズケズケ言い過ぎてしまった……と、少し後悔していると、少しだけ黙り込んだ大沢がすぐに声を漏らした。
「……ま、別に良いけど。そう思われんのはいつものことだし」
「?」
「で、いつからやんの? 今日?」
「えっ? あ……じ、じゃあ……明日からでも、良い?」
ゲーム機はあるが、インストールはしていない。そのゲーム機も弟のものなので、そんなしょっちゅうできるわけでもない。(勝手に)弟の部屋に入ってゲームをするしかないのだから。
「分かった。でも最初に言っとくよ」
「? 何?」
「俺も野良でしかやった事ないから、そんなに為になることは教えてやれんから」
「あーうん。全然平気。……野良? 猫?」
と言うか、まさかやることになるとは……まぁ、なんだかんだ目の前の彼も女の子とゲームやることが嫌なわけではないのだろう。あとゲームの野良ってなんだろう。
なんにしても、彼氏候補から外そうと思っているわけだし、数日付き合ってさりげなくフェードアウトさせてもらおうと思っていると、注文した商品が運ばれて来た。
「お待たせいたしました。ショートケーキとコーラ、そしていちごチョコサンデーとメロンソーダでございます」
「あ、きた! 美味しそう!」
「ありがとうございます」
「そしてこちら、特典の限定ストラップでございます。4品、ご注文いただいたため、4つお待ちいたしました」
そう言いながら、店員さんは大沢のところに二つ、そして朱莉のところに二つ袋を置いて下がった。
「それくれ」
「良いよ。いらないし」
「あざ」
と言うか、そのためにつれて来たのだろう。正直、今の自分にとってはストラップなんかよりも重要なものがある。
「それより、ケーキ食べちゃうね、ケーキ。超美味しそう……!」
「普通のショートケーキだぞ」
「だから美味しいんだよ。シンプルイズベストって言葉知らないの?」
「つまり、器用貧乏が好きってことか」
「ホントにムカつく返しするなぁ……」
なんでそうひねくれた返しばかりするのか。オタクってみんなこうなのだろうか?
少し困ってしまっていると、大沢が続けて言う。
「まぁ、シンプルなものが土台でもあるわけなんだけどな。それがなきゃ、突出したもんは出来ないし」
「え? あ、うん」
「そもそもシンプルはあらゆるものの最大公約数だからね。それが好きな奴が多いのは当たり前だ」
「……う、うん?」
何を言っているのだろうか? なんか遠回しな言い方をしている様な……何か伝えたいことがあるのか……あ、もしかして……。
「フォローしてるの?」
「……してない」
「……」
あ、照れるとわかりやすい、と初めて出た彼の表情を理解する。あんなツンツンした態度を取られ続けたからだろうか? 中性的な顔立ちをしていることもあり、やたらと可愛く見えてしまった。
もしかして「あまり人を寄せ付ける人に感じなかった」と言ったのを気にしているのだろうか? なくもない話だが……まぁ、今はとりあえず食事を続けることにした。
食べながら、また声をかけてみる。
「そ、そうだ。大沢くんって、どのへんに住んでるの?」
「学校の最寄駅の一個隣。チャリ通だから」
「そうなんだ。アタシと家近いかもじゃん。じゃあ今度、後ろに乗せてくれる?」
「重そうだからやだ」
「失礼の極み!」
上がった好感度がまた下がった。ほんとに言いたい事をガンガン言ってしまう性格のようだ。
「ていうか、重くないし。アタシ、体重あんま増えない体質なんだから」
「いや、誰が乗ったって最低でも40キロ以上はあるでしょ。そんな奴乗せて運転したくない」
「そこは男の子の腕の見せ所では!?」
「そんなルールはない。あんまり身体とか鍛えてないし……あ、じゃあ君が運転してよ。俺が後ろに乗るから」
「もう、仕方ないなー。アタシならニケツくらい楽しょ……っておかしいよ! なんでアタシが運転するの!?」
「言い出しっぺの法則」
「悪かった、アタシが悪かったから漕がせたりしないでくれる!?」
本当に疲れる会話をさせてくれる男だ。初対面なのに、割と遠慮というものがない。
そんな感じでお互いの話をしながら、そのまま二人でスイーツを食べ終えた。
やはりというなんというか、趣味は漫画やアニメ、ゲーム。あと何故かラピート。だが、薦めるような真似はして来なかった。
どちらかというと、途中からこちらの話ばかりになってしまったが、それでもずっと耳を傾けてくれていた。意外と聞き上手なのかもしれない。
さて、食べ終えてそろそろ帰宅……となったが、トイレに行きたくなった。
「ごめん、お花つんでくる」
「仮面、鼻水切る?」
「どんな言い間違い!?」
デリカシーは少なくともないようだ、と腹を立てながら席を立った。
トイレで用を済ませながら、あらためて彼のことを思い返す。なんか……思った感じにはならなかった。もっと男の子の事をドギマギさせ、緊張させ、その真っ赤になった顔のまま好きになってもらおうと思っていたのに……なんか、やたらと強い子だったな……と、少し思ってしまう。
でも……その無表情がたまに崩れるあの照れた時の表情は今でも忘れられない。
「……うん。やっぱり、仲良くなっても良いかもしれない」
そんな風に思ってトイレから出ると、元の席には誰もいない。どこに行ったのか辺りを見回すと、出口の方で待っているのが見えた。
「帰るぞ」
「? 支払いは?」
「済ませといた」
「あ……ご、ごめん。いくらだった?」
「いいよ、別に」
「え?」
「特典は俺がもらっちゃったし」
「……」
だ、ダメだ……この子、本当にアリかもしれない……と、胸の中で少し迷う。なんか思ってた感じとは違うが、でもあの照れ顔を何度も出させることが出来れば、今度こそ彼氏を作れるかも……!
よし、決まりだ。ムカつくところはあるけど、とにかく彼を攻略することに決めた。
「あ、帰る前に一つだけ良い?」
「? 何?」
「お前、名前なんて言うの?」
「クラスメートなのに名前も把握しないで二人でカフェに誘ったわけ!?」
「いや誘って来たのはお前でしょ」
いや……違う。とりあえず、ギャルとしてこのオタク男は絶対に照れさせてやる。まずはそこからだ。ゴオッと闘志を燃やして、明日から作戦を開始することにした。
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